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魔法の味はキスの味  作者: 長野晃輝
2章 京都編
21/29

5 騒動の前兆

 ヨーロッパが焦土と化した以降、日本の政治体制は天皇制から貴族制に移行した。(その理由は主に政治の腐敗)

 一時は歴史の繰り返しだと非難する声もあったのだが、現在の政治は国民にも理解を得て、概ね良い国家体制だと評価される。

 その体制では、貴族会というものが国会の代わりを担っている。

 貴族会は三院制で、民出院、貴族院、経出院と別れている。

 それぞれ民出院は立法を、貴族院は海外への対案と内閣の設立を、経出院は経済対策関連の法と政策を役割としている。

 いわば国会を、政府機能、立法機能、経済対策という三つの機能に分けて、個別に稼働させているのだ。

 そして、正裁の天秤の根城たる貴族の屋敷に貴族院の院員である男がいた。

 名を白峰相馬しらみねそうまと言う。

 身長は平均より頭一つ分高く、さらに高い鷲鼻を持ち、体格は岩のようにごつごつしていた。

 顔は決して悪くないのだが、世にいう美男子とは違い、引き締まっていて、たくましさを感じるものだった。

 貴族制の当初から政治に関わり続ける白峰の家に生まれた彼はこれでも根っからの貴族である。しかし、あまりにもイメージにそぐわないため忘れがちになってしまうのが実情だった。

 この白峰相馬こそが、正裁の天秤最大のパトロンであり、彼らの活動を全面的に支えるものである。

 そんな彼は京都で政府に敵対する可能性が高い陰陽師たちの動向を訊くため、その組織のリーダーたる青年、アッセル・リーヒニストに携帯から連絡を取ろうとしていた。

 ようやく読み終えた海外の魔術政策の報告書を、執務用のデスクの端に追いやり、彼は肘をついて携帯が繋がるのを待つ。

 トゥルルルルルという単調な呼び出し音が、ブッツという音と共に消える。ようやくつながったかと相馬は話しだそうと口を開き、


『お掛けになった電話は、現在、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、掛かりません』


 ハキハキした女性の声でそう告げられた。


 アッセルはその時地下にいたのだから仕方ない。



     ♎♎×Ⅴ×☀☀



 見事な魔術の応酬を繰り広げた二人の魔術師に惜しみない拍手が送られている。

 盛り上がる会場の中に彼―川瀬五郎―はいた。

 会場の観客席の中の出口のすぐ右側の席に彼は腰かけていた。

 彼の周囲には一見会場の熱気に浮かされているようで、その実、あまりにも冷たい警戒の目を光らせている警護の軍人が5人ほどいる。

 みな彼を守るために鍛え上げられた精鋭たちである。

 そんな彼の隣の席は、ぽっかりと空いている。護衛たちもそこは空席のままにしている。

 まるで誰かが来るのを待っているかのように、その場所は空けられていた。

 そこに、茶外套を翻しながら音も無く青年が腰かけた。

 川瀬はその青年へ顔を向けることもなく口を開く。

「君がそうなのか」

 無愛想な川瀬とは対照的に青年は好意的な笑顔を向けた。

「はい。六月と名乗っております」

 普段は無表情な川瀬の表情が一瞬だけ不快気に歪む。

「……気に食わんな。私の前ではその名は控えてもらいたい」

 口調こそは諭すようなものだったがその眼光は異様に鋭かった。

 青年は困ったような微笑を作り、少し考えこんだ。

「ではアッセルとお呼びください」

 青年―アッセル―は座ったまま頭を軽く下げた。



 その様子を少し離れた場所からホムラは見ていた。

「あの二人、何してるのかしら」

 周囲が浮ついた雰囲気であるにもかかわらず、川瀬と六月が座る席の周辺だけは少し冷たい空気が漂っていた。

「まあ実際川瀬は氷の使い手だからね~」

『ホムラ、それ関係ないから』

 ホムラの肩に留まっている天照が心底疲れたような声でツッコミを入れた。

「……っ」

 一方ホムラの席の隣ではサクラが今にでもシンラの元へ飛び込もうとするのを堪えていた。

 といってもその実できないのだが……。

「ねえホムラさん。一つご相談があるのですが……」

 重々しそうにサクラは呟いた。

「?」

 隣のサクラを見て、妙な違和感を覚えホムラは彼女を凝視する。

 そんなことは気にも留めずサクラは突然ホムラにグイッと近づいた。

 キスでもしそうなほどに近づかれ、流石のホムラも身を引いてしまった。

「な、何っ?」

「私……、ちゃんといい子でいれてますよねっ!?」

 サクラは目端に涙を溜めていた。

 それを見て、ホムラは本気で思った。

(この娘、めんどくせ~~~~!!)

 先程からサクラが大人しくホムラの隣にいるのには理由があった。


 彼女たちは一旦用意された部屋へ移動したのだが、

「どうして私はシンラさんと一緒に過ごせないんですか?」

 そう愚図り精霊の床をすり抜け、下の階のシンラたちへの部屋へ向かおうとサクラを、

「待った!!」

 大声でホムラは引き止めた。

「な、何ですか!? いきなり大声を出さないでください!」

 通り抜けの途中で止めたためにサクラは手首までが床にめり込んだ状態で止まっていた。

 シンラ君も忙しいだろうし、あたしんが我慢しているのにあんた一人が行くのは許さない。というのがホムラの偽らざる思いであったが、流石にそのまま言うのは気が引けるので、別の面から攻めてみることにした。

「サクラ? よく聞きなさい。ここにいるのはみんな魔術師で、あなたの姿が見える人たちなの。ここでみだりに飛んだり、壁透き抜けたりしたらマスターのシンラくんに迷惑が掛かっちゃうの」

 魔術師たちの間で、シンラ・ミトセの扱いは微妙なものだ。

 想像魔術イメージ根源説を提唱した若き才と讃える声もあれば、その才能を妬むものたちもいる。その青年がただでさえ希少な人型精霊と契約したと知ればどうなるか。しかもサクラは普通の高位の精霊が霞むほどの魔力を持つ精霊だ。

 まず間違いないことは、才能を利用しようとさまざまな思惑がシンラを襲うだろう。

 かつてのホムラがそうだったように。

「迷惑かけちゃったら、シンラ君、サクラのこと嫌いになっちゃうかもしれないよ~?」

 まあ、こういう風に釘を打っておけば安心かなと、ホムラは我ながらいい感じに言えたんじゃない? と慢心していた。

「……」

 サクラも本気で何かを考え込む様子だったので、本当にホムラは気を抜いてしまう。

 だからサクラが泣いていたことに気づくのが遅れた。

「!!」

 声を漏らさないように俯いて、腕を振るわせていた。

「……嫌われちゃったの? わたし……」

「いや! 嫌われてなんかいないよ! まだ大丈夫だから!!」

 この娘純粋過ぎ! とホムラは呆れるとともに思った。

「……えぐっ! うぐっ! ひっく!」

「これからいい子にしてたら大丈夫だから! ね? だから泣き止んでよーーー!」

 本当にこの娘面倒臭い!


 それ以降、サクラは大人しくホムラの後を付いて行き、地下でシンラたちが練習試合をしていると聞きつけこの地下試合場まで来たのだ。

(あたしん……、こういうの向いてないわ)

 うずうずしているサクラの事は意識から振り払い、川瀬たちへ向き直ったが、

(あれ?)

 既にそこには誰もいなかった。



     ✡✡✡✡✡✡✡✡



 そのビルの屋上に、二人の青年が立っていた。

 一人は年齢が20歳前後。灰色のジャケットを羽織い、ジーンズを履いたそれこそどこにでもいそうな青年だった。

 しかし、だからこそ、彼の異様さが溢れだす。

 青年の瞳はスカイブルーに、髪は夜の海のような紺色に染まっていた。

 それは着色やカラーコンタクトや、まして遺伝子が現した自然の色ではない。

 それは魔力に順化した者の証。青の系統は多くは水の魔力を表す。

 もう一人の青年は紺色の髪の青年よりも年上で20代後半ほど。真っ黒なトレンチコートの下にスーツを着ている。

 トレンチコートの青年は黒髪黒眼で、右目を覆い隠すように前髪の右側が頬に掛かるほどに伸ばしていた。

「準備はできたのか?」

 紺色の髪の青年がトレンチコートの青年に話しかける。

「……どうやら問題ないようだ」

 携帯を確認して返答する。

「よし。俺は予定道理に配置に着く。あんたはどうする?」

「最早我に策は不要。我は正面から行こう」

「……慢心は敗北を誘うぞ?」

 紺色の髪の青年は嘲笑を浮かべトレンチコートの青年を挑発する。

「それならば構わん。その時は我がそこまでの存在であるというだけだ」

「……あっそ」

 非常につまらなそうな声を漏らして、魔術師たる青年はビルの中に向かう。

「さてと……、今日の得物は何だろうな」

 舌なめずりでもしていそうな声が背後から聞こえ、トレンチコートの青年は肩を竦めた。

「……よろしいので?」

 唐突に声が聞こえた。

 どこから現れたのか真っ黒な道着を着た集団が青年の傍に控えていた。

 その数4人。

 彼らは一様に不服そうな様子だった。

「構わん。奴は我らの妨害はせん。あれの目的は魔術師だからな」

「……しかし、あのようなハイエナに……」

 代表するように右端の男―声からすると男のようだ―が言う。

 トレンチコートの男の雰囲気が変わった。

「……一時的とはいえ、我らと肩を並べる者を愚弄するのか? 我らがここにこうしているのも彼の力が有ってのことであるのだぞ?」

 道着の集団は息を呑み、黙るしかなかった。

 空気が震撼するような怒気が彼から発せられていた。

「失礼しました。御当主殿」

 右端の男が言うと、青年は黙って首を振った。

「それは彼に、心だけで言うのだな」

 青年がビルに向かって歩み出すと、道着の集団は一瞬で四方へ散った。


 爆発がそのビル、軍が前線基地として使っているそのホテルで起きたのは、それから間もなくのことだった。


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