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魔法の味はキスの味  作者: 長野晃輝
2章 京都編
20/29

天秤たちの暗躍 2‐5

 ふと、トリガーを握る男たちの背筋が凍るように震えた。

 軍服の下にじわりじわりと汗が滲み、手が震える。

 額からも汗が流れ、それを拭ったアッセルの正面に位置する砲台を操作する男が、目の前の敵と視線がぶつかった。

 直後、男はまるで巨龍が目前でそのアギトを開き、牙を向けているような幻覚を見た。

 恐怖で硬直した男の手が一瞬トリガーから離れた。


 視線が直接合った男ほどではなかったものの、他の軍人たちも一瞬硬直してしまった。

 アッセルから放たれる何かが、軍人たちを震えさせていた。

 それは大男ですら一瞬呼吸を忘れるようなものだった。

 軍人たちを凍らせたもの。それは殺気。極限にまで研ぎ澄まされたアッセルの殺気だった。

 その硬直は致命的な隙をアッセルに与えた。


 刃を下にしたその構えから繰り出されるのは斜め下から右上への斬撃。

 アッセルは体をさらに捻り、刀を奥に引いて、斬撃を繰り出すまでの距離を空ける。

 そして、刀を抜く。

 白銀の刃が漆黒の鞘からその刀身を現す。漆黒の中で輝く宝石のように眩い光がその刀身から溢れ出ていた。

 そしてアッセルはその刃を、地面をえぐりながら大きく振った。

 その一線がえぐった土や小石が巻き上げられる。

 その時、風が吹いた。

 風はその土や小石をさらに上空まで巻き上げる。

「……」

 たとえ無意味な行動に見えようと、何か魔術を使うための行動なのかもしれない。大男は今にも発射の合図を出そうとして……。

 アッセルが空に飛び上がった。

「! 撃て!!」

 アッセルの狙いはわからないが、ここで撃たなければどのような攻撃が来るかわからない。それは恐怖だった。

 しかし、結果としてこの判断は間違っていた。

 大男の命令に反応した軍人たちが、速射式魔銃の重い砲身を上空のアッセルに向けた。


 上空でその光景を見ていたアッセルはほくそ笑んだ。

 そして、アッセルは風が巻き上げた小石と同じ高度まで達した。

(ここからだと小さく見えるな)

 自分を狙う砲台を眺める。

(もっとも、だからと言って外すつもりはないがな)

 風を感じた。

 自分と戯れるように周囲を回り続ける風。それらを利用することで、この抜刀術の真価が発揮される。

 風の流れに添わせるように、その刀を振る。

 風が宙に漂う小石の前に集まって行く。

 その小石はちょうど速射式魔銃の砲口に詰まるほどの大きさのものだった。

 アッセルは風の塊を斬るように刀を振りろした。

 空気の塊が弾け、爆風のような風が吹き抜けた。

 それは宙に浮く小石を地面に向かって吹き飛ばす。

 小石は弾丸にも劣らない速度で、舞い踊るように空を飛び、それぞれの速射式魔銃の砲口に収まった。

 だが、それに軍人たちは気づかないまま、瞬間、トリガーが引かれた。

 数発はアッセルに向かって放たれたが、小石が入り込んだ砲口から魔弾が射出される瞬間……。


 左の速射式魔銃から爆炎が噴き出した。

 その衝撃で、トリガーを握っていた軍人が吹き飛ばされる。

 叫び声を上げる無く、炎に包まれた軍人を保護しようと、別の男が動こうとして、

 右の車両から雷鳴が轟いた。

 それとともにその車両の速射式魔銃を操作していた男が、痙攣しながら車外へ倒れこんだ。

「くっ!? 逃げろぉぉ!!」

 大男は叫びながらワゴン車から離れた。

 軍人たちも急いで車から離れる。

 次の瞬間。


 ワゴン車は砲台ごと真っ二つに切断された。


 唖然とする大男たちを尻目にアッセルは銃弾を躱しながら着地する。

「魔弾は弾の速度を上げるためにブースターとして魔術を使う場合もありますし、単に弾の硬度上げるために使うときもあるのですが、大抵の場合共通する一つの命令を式に込められているのです」

 舞踏を終えたダンサーのように恭しく頭を下げ、アッセルは説明し始める。

「着弾時に魔術を発動させるという命令です」

 何か、恐ろしいものを見るような眼で、大男たち日本軍の魔術師たちはアッセルを見つめた。それも当然の事かもしれない。

 口にされなくても理屈は分かる。だからといって、それを利用できるものとは思えなかったのだ。まして、アッセルは魔力を使っていない。小石が砲口に入ったのを見た見ず関係なく、その場にいる全ての者たちは一様にアッセルがどのようにしてこの状況を作り出したのか理解できていなかった。

 自然の風を操ったとは想像もできないのだ。

「そんなものが放たれる銃口に、小石を詰めるとどうなるか……、わかるでしょう」

 銃口を塞いだ小石に着弾し、銃口内で魔術が発動。

 その発動した魔術が速射式魔銃を破壊したのだ。

 アッセルは抜刀した日本刀を漆黒の鞘へ納めた。

「……キサマ、何のマネだ?」

 右腕が動かず、戦うこともできないはずの大男だったが、それでも射抜くような眼光を放ち、アッセルに迫る。

「我々の目的はあなた方と戦うことではございません。あなた方に協力することです。仕掛けられない限り、刃を向けることなどありませんよ」

「ふ、笑わせる。軍の最新兵器を壊しておいて、今更協力など……」

「問題ありませんよ。何故なら……」

『……せよ。B一〇五いちまるご隊。応答せよ』

 その時、タイミングを見計らったかのように大男の腰につけられたトランシーバーから声が聞こえた。

 アッセルを睨み付けながら大男はトランシーバーの声に対応する。

「……はい。……今、何と仰いましたか!?」

 大男の目が見開かれる。

 アッセルや他の軍人たちはただその様子を見守る。

「……わかりました。はい。すぐにでも」

 無線を切り、大男はアッセルに向き直った。

「川瀬准将から、直々の連絡だ。お前たちを、今回の騒動の間だけ軍に加入することを許可する、だそうだ」

 苦虫を噛み潰したような表情で大男が告げる。

 それを聞いていた軍人たちにも動揺が走る。

 川瀬五郎は実質軍の魔術師の頂点に立つ男だ。それほどの人物がただアッセルたちを軍に加入させると連絡してくる。どう考えても普通の状況ではない。

 唯一アッセルだけは余裕に満ちた笑みを保ち続けていた。

「一体何をした?」

 大男の苦々しい言葉を受け、アッセルは愉快そうに笑う。

「我々が何と呼ばれているのか、あなたもご存知でしたはずでは?」


「裏方、とあなたも呼んだでしょう?」


「手回しならお手の物、ということか?」

 アッセルは曖昧な笑みを返した。

「さて? 我々はただ我々の使える手段で確実なものを使っただけですよ」

「……厄介な者どものだ」

 心底憎らしそうに大男は呟いた。

 気分を切り替えるように首を振り、右腕辺りが麻痺しているにもかかわらずそれを感じさせない動きで、大男は背筋を伸ばした。

「これより、あなた方を軍の重要人物として扱います。もうじき車が来ます。それで我々と共に来ていただきます」

 打って変わった態度を取った男にアッセルは苦笑いを返す。

「貴方もそのようなことをなさるのですね」

「生き辛い組織だからな」

 一瞬だけ相貌を崩し、大男は豪快に笑った。

「……どうして貴方は軍に居続けるのですか?」

 ふと気になってアッセルは尋ねた。

 アッセルにも戦う理由がある。

 それと同じように、目の前の男にも軍に居続け戦う理由があるはずだ。

「そうだな……。守るべきもののためだろうな」

 男は少し考えた後に迷いのない表情でそう言った。

 それは家族の事だろうか。それとも今従えている部下たちの事だろうか。あるいはもっと別の、アッセルでは想像もできない個人的な何かだろうか。

「……あなたと戦いたくない理由が増えましたよ」

 二人は旧知の親友のように笑い合い、酒を酌み交わすように敵意の込めた視線を交わした。

 やがてアッセルは口を開く。

「車はいりません。場所さえ伝えてもらえば、あとはこちらからお伺いします」

 アッセルは慇懃に頭を下げた。

「……ふ」

 呆れるような息を漏らした後、大男は素直にその場所を伝えた。

 アッセルは一度でその場所を覚え、礼を述べた。

「それでは。我々は失礼します。あっ。狙撃手の方々は拘束させていただいておりますので、そちらで回収をお願いします」


 返答を聞くことなく、アッセルはその場から一瞬で去った。

 敵であり、味方になったらしい男がいなくなったその場で、利き手ではない左手だけで不器用ながらも大男は煙草に火を着けた。そして、うまそうに煙を吸う。

「隊長?」

 彼の部下にはその姿が随分楽しそうに見えた。



 それから数分後。

 アッセルは大男たちの元に戻ることなく、眞左人たちを回収し、再び空中魔法陣で空を飛んでいた。

「……なあ、アッセル」

「なんだ?」

「向こうから車を出してくれるんだろう? どうしてわざわざ魔法陣使ってまで移動してるんだ?」

 他のメンバーも不思議そうに首を捻っていた。

「さっきもそうだったろう?」

 それにアッセルは楽しそうに笑う。


「信頼できる相手でもない奴が用意したものなんかに誰が乗るものか」


 ああ……なんか言ってたなと四人は苦笑いしてアッセルの背を見た。

 そのアッセルはまたしても携帯をを操作してどこかへ連絡を取っていた。


「Halo? This is Assel=LieHinst!」

『あの~。すんませんけど、ボク、英語話せませんけど…』

「そこは関西のノリで何とかしてもらいたい」

『かつてないほどの無茶振り!? ドSな兄さんやな~』

「それで、俺が聞いた位置は間違いないのか?」

『間違いないで。兄さんらが目指すべき場所は軍が秘密裏に利用している宿泊施設やで』

「そうか。助かった。では現地で」

『って兄さん? もしかしてもう切るつもり? そりゃないで~。折角調べた俺の苦労を労って~な~』

 容赦なく無言でアッセルは電話を切った。

「……あれと話すと妙な疲労を感じる」

 アッセルは一人そう呟き、魔法陣の速度を速めた。

 もう少しすれば、アッセルたちが途中下車した寝台特急が京都へ着く。それまでの間に準備を済ませなければならない。

(Welcome to battlefield)



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