1 《炎》
この小説はフィクションです。
この小説はタイトル釣りの成分を多分に含んでおります(笑)
〈十八世紀から十九世紀にかけて、産業革命と同時に世界各国で新技術が芽吹いた〉
〈人はそれを『魔術』と呼び 瞬く間に世界全土でそれぞれの実を紡いだ。(これは西洋の一部から始まった産業革命よりも、各地で様々な形で生まれた魔術の方が数の上で広まり易かったのが理由である)〉
〈当時の列強国は世界を席巻したこの二つの技術を競うように取り入れていった。各国には優秀な魔術師を輩出するために魔術学校を設立していった〉
〈一方、科学方面では機械工場が建設され、そこで近代科学技術の集大成である銃などの武器や、電力を使った道具を大量に生産し始めていた〉
〈列強国の中でも、日本・英国・米合衆国の三か国は優れた科学技術を早くから取り入れた。圧倒的な威力を誇る魔術よりも、体制さえ整えば爆発的に数を増やす科学技術に未来を見たのだ〉
〈二つの力が世界をより深い混迷へと誘うことになる〉
〈しかし科学と魔術、この二つ技術が世界を分かつ決め手にはならなかった〉
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山間の深くの道場で一組の男女が稽古をしていた。
男は黒髪黒目の日本人。女は赤目に赤色の髪をしていた。(断っておくと女の髪は染めていない)
「やあ!」
「にょう!」
赤い女の掛け声はいささか奇妙ではあったが、動きは洗礼された騎士のようだ。
女は日本刀型の魔法出力器を振るい、黒髪の男ののど元を切り裂くべく迫る。
(……っく!)
狙いを理解した男は一歩分後ろに下がり、紙一重で刃を避ける。
危機が去ったところで彼は自身の杖型の魔法出力器で突きを繰り出す。
(狙いは脇腹!)
しかし、神速といってもよいほどの速度の突きを、女は上に飛び上がって回避する。
(スカートで飛ばないでくださいよ!!)
男の恨みがましい視線もどこ吹く風。宙で1回転した女は突き出された魔法出力器を蹴飛ばし、華麗に着地する。反す刀で女は男を右切り上げをするように斜めに刀を振り、男の体を斬る直前でピタリと止める。
一瞬の沈黙の後、女は男の顔と自分の顔が触れそうなほどに近づけ、破顔した。
「ふふん。あたしんの勝ちぃー!」
瞬時に刀を鞘に納め、ガッツポーズをとる。
男はがっくりと肩を落としながら女を睨んだ。
「師匠。子供みたいにはしゃがないでください」
師匠といっても女は十九歳。まだまだ少女といっても通じる年(だと自負している)だ。
「ぶー。今日は久々にシャア君に勝ったんだから!」
「ゲームの話をしないでください。それじゃ、僕がシャアっていう名前みたいじゃないですか。僕はシンラですよ」
シンラと名乗った少年はため息を吐きながらバトンのように杖を片手だけで回転させていた。
彼にとってその杖は扱いなれた獲物のようだ。
「というか僕はこれで通算四五五敗ですけど?」
「ふふふ。これであたしんが四五五回君の貞操を奪うんだね~。……ジュル」
「全く意味が違いますけど。あと、唾が溢れていますよ」
「おっと、ゴクリ」
生唾飲み込むのと、涎を垂らすのとどちらが艶めかしいのだろうとシンラは結構本気で考え始めた。
だから気づいた時には、師匠、紅ホムラの整った美人顔が目前にあった。
何のためらいもなくホムラは少し前に体を動かし、結果二人の唇が重なる。赤い髪から女性特有の甘い香りがシンラの鼻腔をくすぐる。
途端シンラは自分の中に《炎》が流れ込むのを感じた。
熱く甘いホムラの吐息や唾液と舌(何気にホムラは舌を入れ込んでいる)に付随するようにその《炎》はシンラの体に注ぎ込まれる。
ホムラはシンラの首両腕を絡ませた。そしてシンラを押し倒すべく、その軽い全体重を掛けていく。
しかし、シンラはホムラよりも頭一つ分背が高い。加えて彼は同年代の少年よりも鍛えられた体をしている。仮にも(これはシンラの主観)女性のホムラがシンラを押し倒すことはできない。
(そうなんだけど……)
シンラは目を閉じたまま貪るようにキスをするホムラを見て、
(男としてこれは精神衛生上この上なく悪い)
師匠であるがホムラとシンラの年齢差はわずか三歳だ。シンラとしても十分恋愛対象内である。
そんな女性からこのようなことをほぼ毎日されているのだ。鈍感だろうがなんだろうがホムラに惹かれるところもあるのだが……。
(この女、キス魔の上に年下喰らいの童貞殺しだからな)
シンラがホムラに弟子入りしたのは四年前。その時シンラにホムラを紹介した先輩魔導師の忠告が「こいつは無類の年下好きで、数々の魔術師が犠牲になったから、気をつけろ」である。
当時はそんな人物を紹介するなよとシンラは本気で恨んだが、このホムラの魔術の才覚は世界でもトップクラスのものである。
シンラはある目的を果たすために、この少女に弟子入りした。それは間違ったことではなかったと確信している。
「ちゅ、あは」
少し唇を離して、微笑むホムラはぞっとするほど魅力的だ。
今まで間違いが起こらなかったことが奇跡だとシンラは思う。
「シンラ君? どうしたの?」
呆けていたせいか、ホムラは心配げにシンラの瞳を覗き込んだ。
「魔力を送りすぎた?」
このキスは何も二人が恋人だからというわけでも、ホムラがキス魔だからというわけでもない。
魔力とは魔法を使うために必要な力である。
このキスはホムラの魔力をシンラに与えるためにしている行為だ。
人間は魔力を生成できない。
これは世界中の人間の共通認識なのだ。
「いえ、そんなことないですよ」
すぐに笑顔で否定する。
「そう? ならいいんだけど」
とまたしても大抵の男を落とせるであろう小悪魔的な笑顔を見せる。この師匠は本当にモデルでもしていたらいいのにと本気で思うシンラであった。
魔力を生成できない人間がどうして魔法を使うことができるのか。
それは人外の存在から魔力を得ているためである。
その存在は精霊と呼ばれている。
「さて、大丈夫なら第二ラウンド行くわよ。二ラウンド目は魔法技術対決ぅ~!」
「はい!」
あえて強く返事をした。そうしないと彼女の唇や香り、その頬の火照りを意識して訓練にならなくなる。
「今度は負けませんよ!」
シンラは不敵に笑う。
「にひひひ! 四五六回目の貞操はいただきだよ!」
と言いながらもホムラは自身の敗北を悟っていた。
この弟子の魔力行使能力はすでに自分を上回っている。そんなこともわからないほど、彼女の洞察力は低いものではなかったのである。
同時に魔術を使う。
その時、二人が使った魔術で小さな道場を燃やしかねないほどの炎が溢れた。
魔法使いは時空の異なる世界の住人たる精霊と契約し、その魔力を提供してもらうことによって魔法を行使する。
魔術師(余談だが魔法に関係する者全てを魔法士という。魔術師は特に魔力を使った事象変化を行う魔法士の呼称である)の器量というのは契約した精霊の力量、および魔力の行使の上手さがものをいう。
しかし、魔力を使う訓練を行わなければ精霊は術師と契約を結ばない。一部の天才以外は訓練は必要不可欠なものだ。
魔力を持たない魔術師見習いに訓練をつけるのは、魔力の提供を受ける先達の魔術師たちである。
先輩魔術師は自身が精霊から提供された魔力を見習いに貸し与え、魔力の使い方、ひいては魔術を教えるのだ。
こうした職人の技術の引き継ぎのようなことが続いて、現代にまで魔術は伝わっている。
ホムラとシンラのような関係がそれであるのだが、二人の場合はなかなかに特殊だ。
シンラを弟子にした当初、ホムラは魔力の提供に先ほどのようなキスが必要だとシンラを騙していたのである。
回数にして二四七回目のキスを受けたあたりで、シンラは自分と同様の魔術師見習いの仲間と出会い、ようやくそれが間違いだと知った。
それを問いただしたのだが、ホムラはキス以外の魔力授与方法はいやだとごねたため、勝負でその方法を決めることで合意したのであった。
ホムラが勝てば、キスをする。
シンラが勝てば、キスなしで魔力を与える。
といった具合である。
実にくだらないと思われることであるが、当人たちは本気で問題にすることである。
いい加減にこの生活から解放されたいと願うシンラだったがその時は確実に近づいていた。
釣りだったでしょうか?
どうぞ長くお付き合いくださいませ。