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魔法の味はキスの味  作者: 長野晃輝
2章 京都編
19/29

天秤たちの暗躍 2‐4

 アッセルは茶色の外套の下から携帯を取り出し、通話ボタンを押した。

「アッセルだ」

 眞左人や瑞樹に聞こえないように、可能な限り声を小さくして彼は話し始めた。

『白葉だ。例の件、片付けておいた』

「そうか。ご苦労さん」

 本当に感謝と労いの意を込めて言葉にしたのだが、孝広は重苦しそうに溜息を吐いた。

『……それで、俺はいつまでここにいればいいんだ?』

「そうだな。……プレゼンはもう終わったのか?」

 実のところアッセルが見て欲しかったプレゼンはニュークリアの事だけではなかった。もう一つ、正裁の天秤にとって重要な内容の研究があるのだ。

『少なくともニュークリアについては明日にも終わるはずだ。セクションごとにそれぞれあるから、もうしばらく続くだろうな』

「成程。……悪いが一応全てのプレゼンを見ておいてくれないか?」

『……了解だが、他に何かあるのか?』

 非常に不承不承といったふうに機嫌の悪い声だが、了承してくれた以上そこを責める必要はないなとアッセルは苦笑いする。

「……ああ、主に、人道的にヤバい研究が行われている可能性があるんだ」

『分かった。もうしばらくここで見学ツアーを満喫しておくよ』

 皮肉っぽい笑い声を残して、電話は切れた。

 携帯をポケットに入れ、改めて眼下を見下ろす。

 夜明けの暗がりの黒いアスファルトをなお深い漆黒に塗られたワゴン車が闇を切って進んでいた。

「さて、それじゃあ俺たちも行きますか」

「その前に……」

「うん?」

 真後ろを飛ぶリーナの声に振り向く。

「あの、そろそろアイナを起こした方が……」

『あ!?』

 アイナは未だに安らかな寝息をたてていた。



 それから十数分後。

 アッセル・リーヒニストは一人で河原へ降りて行った。

 地上近くまで飛行式の高度を落とし、飛び降りる。足の裏から湿った土の感触が伝わる。

 都市部から離れているためか、わずかながらにあった車や、散歩する歩行者はもう見る影もない。あるのは大型デパートとどこかの企業の名前が掲げられた小さなビルだけだ。

 アッセルは息苦しそうに胸元を弛めた。着慣らしていない若草色の軍服は綺麗過ぎて、着心地が悪い。

(軍人の服っぽくないんだよな~)

 アッセルにとって軍服とは戦場の泥や汗、血が染みになっているものだった。

(ま、その内これもそうなるだろうけど)

 考えながら進んでいくと、黒いワゴン車が見えてきた。

 ワゴン車は三台あり、車体を横にして中央だけが手前に停められていて、残りの二台は奥に、それぞれが重ならないように並べられているようだった。

 向こうからもアッセルの姿を見つけたのか、しかし、何故か手前のスライド式のドアを使うことなく、奥側のスライドドアからぞろぞろと屈強な軍人たちが車から降りてくる。

 その数十五人。しかし、ワゴン車に人が残っている可能性もあるため、それ以上に増える可能性もある。

(一人を相手にするにはちょっと多すぎるだろうに……)

 しかし、アッセルは不敵に笑った。その顔に不安の色はない。

 アッセルの正面に立った男が一歩前に踏み出した。

 大柄な体格にスキンヘッドの大男だった。頬骨がゴツゴツしていて、さらに顔の至る所に小さな刃物のようなものの傷痕がある。

 凶暴そうな外見に反し、その眼は相手の隅々まで見通しそうな知的な光が隠れ見えている。

 こういうのが一番厄介なんだよなと思いながらもアッセルの表情は凶悪なほどに歪んでいた。

 踏ん反り返って大男は鼻を鳴らす。

「ふん! 貴様が軍の傘下に入りたいと言う組織の者かぁ?」

「はい。六月と申します」

 恭しく、洗練された動きでアッセルは頭を下げた。

 ニヤッとアッセルは笑った。

(新島四音、……川瀬五郎、その二人の下に加わるって意味なんだが、さて、伝わってくれるかね)

「ムツキ……だと? ふん! 気に食わんな」

 顔を顰め大男はアッセルを見下す。

「どのようなところがお気に召さないのでしょうか?」

 頭を上げ、それでも余裕に満ちた表情を崩さずアッセルは大男に尋ねる。

「その、鼻につく態度だ。貴様のように戦場を知らずに、頭の下げ方ばかり学んだような奴が気に食わないのだ」

 古風な武人のような男だなとアッセルは苦笑いする。

「頭を下げまわることも、わたくしにとっては戦争と同じですよ」

 それに、戦場ならこの大男に引けを取らない程度には知っているつもりだった。

「……ふんっ」

 大男は荒々しく鼻を鳴らた。

「……それで、貴様は軍に加わって、何を企んでいる?」

「裏方の考えることなど、役者には関係ないのでは?」

 アッセルはニヤッと笑った。

「……その通りかもしれんな」

 大男はおもむろに右手を挙げた。

 それが合図のはずだった。



「なんかモメてそうだなぁ……」

 眞左人はまぶしい朝日を右手の掌で遮りながら、その光景を見ていた。

 そこはとある企業が事務を行うために借り切ったビルの屋上だった。

 河原のアッセルたちの姿を見下ろす。

 少し動きが乱れ、遠目からでも軍人たちの緊張感が高まる様子が見て取れる。

「あの人は軍を敵に回したいんですかね」

 リーナが眞左人の隣で苦笑いを浮かべていた。

 本当ならそんなに笑ってられる状況じゃないんだけどな、と眞左人はちょっとこの娘、現実を認識できてないんじゃと不安になった。

 その隣には身を乗り出すようにしてアッセルたちの様子を見続けるアリスがいた。

「しかし、アッセルはよく狙撃手がいるのを見抜いたなぁ」

 一人呟く眞左人は視線を背後に向ける。

 給水塔の横に手錠で自由を奪われた迷彩服の男が横向けに倒れていた。

 それは河原に現れるだろう正裁の天秤の使いをを狙うはずの狙撃手だった。

 アッセルはその男を含めた狙撃手たちの存在を予想し、魔法陣を用いて空から河原周辺、特にビルの屋上やマンションの空き部屋を徹底的に探索した。

 思いの外、簡単に狙撃手は見つかった。

 もっとも、音も無く空を滑空する魔法陣に乗るアッセルたちを、河原を見続けていた狙撃手に発見しろというのも無理な事かもしれない。

 狙撃手は3人いた。

 眞左人たちのいるビルのほかに、大型デパートの屋上、マンションの空き部屋と、アッセルの予想と寸分と違わない結果だった。

 デパートの屋上のはアッセル本人が、マンションの空き部屋は瑞樹が制圧した。

 既に、大男の合図で命令を果たすことができる狙撃手はいないのだ。

(それにしても……)

 と眞左人は今にも戦闘になりそうなギスギスしたアッセルたちの状況を見守りながら考え込む。

(どうも軍が俺たちを本気で殺すつもりで狙撃手を用意したようには思えないんだよなぁ……)

 これは眞左人の能力である《勘》ではなく、人災警官隊としての経験から導いた考えだった。

「まあ、そんなことはいいか」

 そんなことよりも、今気にするべきことが眞左人にはあった。

(いざとなったら、助けないとな)

 眞左人は静かに腰に差した短刀に触れた。



「……これは、貴様らの仕業か?」

 大男は怒りを滲ました声でアッセルへ尋ねた。その表情は悔しさを惜しげもなく表している。

「申し訳ございませんが、わたくしの安全を優先させていただいた結果でございます。ご安心を。彼らの命は保証します」

 アッセルは劇場に立つ役者のように、大仰に頭を下げた。

「キ、キサマァ――!!」

 大男は腰のガンホルダーから拳銃を取り出した。

 にもかかわらずアッセルは笑う。

 大男とアッセルの距離は二十メートルもない。拳銃ならば一瞬でアッセルを殺すことができる距離だ。

 その引き金が絞られる。

 しかし、銃声と銃弾が射出されるよりも早く、一条の紫の閃光が大男の腕を弾いた。

 そこから紫電が血飛沫のように飛び散った。

一歩遅く放たれた弾丸は、アッセルの頬をかすめた。

 大男を庇うように周りの人の軍人たちが大男の前に出る。

 部下に守られながら、右腕をぶらりと腕を垂らし、大男は自分の腕を弾いたものを睨む。

 白く丸っこいその弾は。暴徒鎮圧用のゴム弾を遠距離狙撃用に改良したものだ。

「キサマ……、これは私の部下の魔弾」

 彼を撃ったのはアッセルを狙撃するはずだった魔弾だ。

 魔弾とは魔術が施された弾丸のことだ。それは魔術師が着弾時や、発射時、あるいは発射後と指示を魔術式に組み込み、銃弾に魔術を施すことで完成する、使い捨ての魔法出力器とも呼ばれる兵器だ。

 それは魔銃エレメントガンという特殊な拳銃型の魔法出力器と組み合わせることで初めて効力を発揮する。

 魔銃と魔弾の製造に使われる技術が大変高度なもので、一般の魔術師では一生お目に掛かれないとまで言われる貴重品だ。

 その利点とは他の魔術師が組み込んだ魔術が使用できるということだ。基本的に一体の精霊につき1属性の魔術しか使えないため、軍という集団戦が行う者たちのアドバンテージを高めるために重要なものだ。

 大男の腕を弾いたのは制圧用のゴム弾だったが、雷属性の魔術により一時的に体を麻痺させる効力を持っている。大男の右腕はその効力によって全く力が入らないのだ。

 心底悔しそうに大男は銃弾が飛来したマンションの空き部屋の方角を睨んだ。

 そこには天秤の雷の銃使いがいるはずだ。

 大男はふらつきながら後ろに下がった。そして、背を車体にぶつけ、おもむろにスライドドアを叩いた。

 そして、三台のワゴン車のスライドドアが一斉に開かれた。

「……ほぉ」

感嘆の意を込めてアッセルは息を吐いた。

 ワゴンの奥から現れたそれは砲台だった。

 息を吹き返すように砲身が鈍く輝く。十二もの銀の砲身が円筒状に取り付けられ、一つの砲身となったそれはガトリング砲そのものだった。さらにその端には補充用の弾丸がジャラジャラと延びていた。

 それは軍が開発した魔術兵器。十二連装速射式魔銃ガトリング・エレメントシューターだ。それがワゴン一台に一つ乗せられていた。

 三台の砲台の後ろに、それぞれ男性の軍人が付き、いつでもトリガーを引けるように準備をし始めていた。

(まあ、俺なんぞのためにそんな最新鋭の兵器を持ってきたもんだ)

 速射式魔銃は名が指す通り、魔弾を速射するために作られた砲台だ。

 その目的であった速射性の獲得は成し得たものの、ばらばらの魔弾の魔術式に合わせて魔術を絶えず変化させる必要が増し、魔力消費量が莫大なものになってしまったという経緯がある。

 しかし、軍という組織での戦いを行う場合、この兵器は多大な戦果を挙げることができる。

 既に銃とは呼べない代物だが、その実、手で持って撃つこともできるように、土台から切り離せるようになっている。もっとも、莫大な魔力消費と発射時の衝撃と本体の重さの全てに耐えられたならの話だが。

 そんなものの砲口を向けられてもなお、アッセルは怯えることも臆すこともなかった。

 アッセルは茶外套の下から黒い鞘に納められた日本刀を取り出した。

 刃を地面に向け、鞘を握り、柄を握る直前で手を止める。

 それは戦闘の意思を示すための構えだった。

「ッ!発射用意!」

 大男が声を張り上げる。

 それに合わせて砲台を操作する男たち。既に準備は整っており、射線上にアッセルを捉えていた。

 速射式魔銃は今やトリガー一つで悪夢のように魔弾の雨を降らせることができる。

 しかし、それでもアッセルに焦りの色はない。

 体を捻りさらに刀を引く。

 それは抜刀術の構えだった。


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