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魔法の味はキスの味  作者: 長野晃輝
2章 京都編
18/29

天秤たちの暗躍 2‐3

 この小説はフィクションです。


 天秤シリーズが長引くとは思わなんだ(笑)

 その女は孝広に席を勧め、白衣や手袋などを脱いでいった。

 白衣の下にはジーンズに白いカッターシャツで、サイズが大きめなのか、シャツは鎖骨や肩が少し見えるほどで、ジーンズに至っては腰からずれていた。シャツの端が出ているため見えないが、おそらくきわどいラインまで見えるのだろう。

(って、何処を見ているんだ俺は)

 ちょっと頭を抱えた白葉孝広(25歳。妻子持ち)であった。

 白いテーブルの上に湯気を立てる紅茶を置かれて、いよいよ孝広は困惑を深めた。

(普通こんな事態が起これば騒ぐなりするのだが、どうしてこの人は、こんなに落ち着いていられる?)

 まさか自分の行動が事前に知られていたわけでもあるまい。だとしたらこの女、それだけ物事に無頓着ということか?

(それこそ、まさかだ)

 体と心は切っても切れないものだ。そして、体には生命の危機に反応する。

 怪しい男が突然現れたのだから、少しでも危険を感じるだろう。

(だが、それに伴う行動が無い。だとすれば……)

 優雅に紅茶をすする女性を睨み付けた。

「そんなに警戒しないでくださいません?本来ならわたしがあなたを警戒するようなものでしょ?」

「そうなっていないから警戒してるんだよ」

 脱力する孝広を尻目に女は優雅に紅茶を啜る。

 もう早く本題に入ろうと気持ちを切り替えて、孝広は確認する。

「一つ尋ねたいんだが」

「先に名乗るのが礼儀ではなくて?」

 ぐっと言葉に詰まる。

 どうにもこの女は苦手だと内心、顔を歪めた。

「俺は……」

 少し孝広は考え込んだ。ここで本名を言うべきではないだろう。

「俺は正裁の天秤ジャスティバランサーという組織からの使者だ」

 無難にそう済まそうと名乗りはしなかったのだが、どうやら女の機嫌に障ったらしく、女の眉がピクっと動いた。

「わたしは名乗るのが礼儀って言いませんでした?言いましたよね?聞こえませんでした?聞こえましたよね~」

 異様に迫力に満ちた表情と剣幕で思わず孝広は立ち上がってタクトを抜くところだった。

(……仕方ない)

「……リーフと名乗っておく」

 白葉の葉からリーフと取った。少し安直だったかもしれない。

「OK!リーフ。それで、あなたは何をしにこのわたしの研究室へやってきたの?」

「わたしの研究室、ということは、あんたが新島四音か?」

「ええ。わたしがこの生物工学セクターの責任者、新島四音、その人よ」

 無駄に立ち上がり、無駄に胸を張って、無駄に甲高に四音は自己紹介した。

「……分かったから、落ち着いてくれ」

 咳払いをしながら四音は椅子に腰かけ、再び紅茶を啜った。もしかしたら恥ずかしかったのかもしれない。

「それで、あなたは正裁の天秤として何をしに来たの?」

「……我々のリーダーから直々に手紙を預かってきました。あなた宛てに」

 懐から茶封筒を取り出し四音に手渡す。

 それを受け取り、四音は封を破り、手紙を読み始める。

 手持無沙汰だったため、孝広は手を付けずにいた紅茶の一口飲んだ。

 ふと彼は手紙を読む四音の表情を窺った。

 それは彼の癖というか、習慣のようなものだった。他人の表情や行動に目を配らせるその習慣は、彼が人災警官隊の隊長を務めてから得たものだった。

 四音はある程度普通に読み進めていたのだが、数秒間だけその動きが妙だった。

(目には動揺の感情、……か)

 ほんの少しだけ目を見張るような瞼の動きから孝広はそう判断した。

 彼が手紙の内容を知っていれば、読むまでにかかった時間からどの言葉で動揺したのかまでも暴けるのだが、生憎孝広にはその内容は一切知らされていない。

「なるほどね」

 興味深そうに彼女は微笑み手紙と孝広の顔を見比べた。

「あなたはこの手紙に書いてること知らないの?」

「知らない」

 ペラペラと手紙を振る彼女に対し、彼は正直に答えた。

「ふ~ん。そうなんだ」

 何だか視線に動物に対しての憐れみのようなものを感じた。

(あの手紙、そんなに重要なことが書かれてたのか?)

 しかし、孝広にとって重要なことはニュークリアの実験についての事だけだ。アッセルが何を隠そうが、彼にとって重要なことでなければどうであろうと構わない。

「教えてあげるわ。あなたたちのリーダーは、わたしが個人的に所属する組織にコンタクトを測るためにあなたをここへ送ってきたのよ」

「あんたたちの組織?」

「ええ。あなたたちの組織、正裁の天秤とは比べ物にならない大きな組織よ」

「そうなのか」

 正直興味はなかった。

「……動揺しないわね」

「する必要があるとは思えない」

「わたしたちに媚を売りに来たとは考えられないの?」

 不敵に微笑む四音。自信に溢れたその眼は孝広を見定めるように、じっと彼の顔を窺っていた。

「全く考えられない。そんな可能性は皆無だ」

 アッセル・リーヒニストは、それはもう最悪なリーダーだ。敵でない分余計に厄介である。時限爆弾のような男だが、それでも一つ言い切れることがある。

 それは、組織の事を一個人で動かすような馬鹿ではないということだ。

 アッセルは時間がないのにもかかわらず、ルナタワーの住人に生き延びるかどうかの選択権を与えた男だ。自身もギリギリの状況であるにもかかわらず、彼は死を選ぼうとしたあの老人を諭すこともした。ただ選択をゆだねるだけでなく、正しい道にも導けるような人間だ。

 もしこの四音の所属する組織に本気で近づこうとするなら、何かしらの相談なりはするだろう。

 それに正裁の天秤という組織が、この海底都市の技術のプレゼンに潜入できるまでに成長したのは彼や元々の構成員たちの努力の成果だろう。

 それを無視して勝手に動かすほどアッセル・リーヒニストは屑な人間ではないと孝広は確信していた。

「ふ~ん。信頼してるんだ」

 信頼はしていないのだが、ここで敢えて否定する必要もなかったので無言を貫く。

「まあ、いいわ。とにかくこの手紙の件は了解したから、そう伝えておいて」

「わかった」

「また、何かあったら、あなたが連絡役になるのかしら?」

「さあ?」

 ぶっきらぼうにそう言い、孝広は内ポケットからタクトを抜き、振るった。

 移動する間際、怪しい笑みを浮かべていた四音の姿が見えた。



     No.4



 四音は改めて自室兼研究室を見渡し、誰もいないことを確認してテーブルの下へ身を屈めた。

「おいで」

 言葉と共に掌を広げ手を伸ばす。すると、リーフと名乗った男の座っていた椅子の下から、手のひらに乗るほどの動物が駆け寄ってきた。

「ゴロー。良い子ね」

 それは綺麗な茶色の毛並みを持つゴールデンハムスターだった。

 彼女はゴローと呼んだハムスターの頭を愛おし気に撫でた。

 撫でられたゴローはくすっぐったそうに目を細め、その感触に身を任せているようだった。

「さあ、それじゃ、あっちのゴロウ・・・君にも伝えないとね」

 スキップするように軽やかな足取りで、彼女はベットのすぐ近くにある固定電話に歩み寄った。




 孝広が浜辺へ戻ってきた時には、太陽が水平線と交わり、海面の揺らめきと共に光を彼の眼に届けた。

(取り敢えずミッションコンプリートってところか)

 アッセルがどんな意図をもってこの依頼を頼んだのかは分からないが、説明していない以上、文句は付けられないだろう。いいきみだ。

 これはアッセルへのささやかな嫌がらせだった。

 彼は懐から写真ケースを取り出した。

 そこには彼の家族の写真が入っている。

(俺は、ただ、守りたいもののために)

 彼は彼の理由で正裁の天秤にいる。

 それは家族のため。そして、部下たちのためだ。

 例え世間で死亡扱いだろうと、国家の闇に追われる存在だろうと彼は出来得る限りのことをするだけだ。

 そのためにはこの組織で、この国を良くするように活動するべきなのだろうか。

 答えは出ぬまま、それでも日は昇る。

 一応報告ぐらいはしておくかと携帯を取り出す。

 呼び出し音が淡々と、朝日の中に鳴り響いた。


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