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魔法の味はキスの味  作者: 長野晃輝
2章 京都編
16/29

天秤たちの暗躍 2‐1

 この小説はフィクションです。


 今回から分けてちょっと投稿回数を増やしてみようかと(^_^;)


 はい。姑息ですm(> <)m


     ♎♎♎♎♎♎♎♎



 興に乗った歓声が、地下の試合会場に響き渡る。

 会場を見続ける軍人たちの中、黒い鞘に入った刀を持ち、茶外套を羽織った青年が顔を伏せ笑っていた。

 彼はシンラに対してはこう名乗った。

 六月ムツキと。

(シンラ・ミトセ、いや、水戸瀬森羅みとせしんらか)

 やっぱり面白いなと、その口が動いたようだった。

「どうしたんですか?アッセルさん?」

 彼の隣で、周囲に流されたためか立ち上がって歓声を上げていた青年が話しかけた。

 アッセルという、六月のもう一つの名を告げて。

「眞左人、ここでの俺は六月だ」

 藤原眞左人は少しシュンと肩を落としながらも、唇を突出し子供っぽくすねて見せた。

「なんで、アッ、……六月だけ別名があるんだよ。俺たちには普段通りでいいって言いやがったくせに」

「文句言わないの」

「イタっ」

 眞左人の隣、稲妻のように青白い髪を払って橋口瑞樹は彼にデコピンを見舞った。

「何すんだよ」

「子供みたいにすねるから叱ってあげただけ」

「な、なんだと」

 売り言葉に買い言葉といった具合に二人は睨み合い、今にも掴みかかろうと足に力を込めていた。

「ああ、わわわあ。や、やめましょーよ」

 さらに奥の席に座っていた旧欧州人のリーナがあわあわとしながら、瑞樹の袖を申し訳程度の力で掴んでいた。

 その袖は若草色。日本の正式な軍服だ。

 彼らは、アッセルも茶外套の下に来ているため、五人とも同じ服装だった。

「……(キラキラ)」

 ちなみに最後の一人である黒と灰色の異色の両目を持つ少女、アイナ・レフェルトは目の前で行われていた魔術試合を繰り広げた二人に夢中だった。

 リーナは本当にどうしてこうなったんだろうと昨夜の寝台特急を下りた時を思い出した。

 それはもうダイナミックな途中下車だった。



 リーナの目覚めは比較的爽やかだった。

 アッセルが個別に部屋を取ってくれたため、彼女は昨夜こっそり開かれた会議の存在など露と知らず、のんびりとこの後京都観光でもしたいな~とぼんやりと考えていた。しかし、アイナは朝が非常に弱く、起こすには苦労するんだろうけどと苦笑いする。

 支度を終え、アッセルに指示されたブレザー式の学生服を着た彼女は扉から出て、まず見たものは。

 軍服を着た上に何故か荷物まで持ち出したアッセルたちだった。

 瑞樹の胸のポッケットからゴールデンハムスターが顔を覗かせ、眞左人の髪の毛を引っ張りながら浮遊する妖精のような《薫風》もその場にいたのだが、魔術師ではないリーナがそれに気付くことはなかった。

「え!?何で私だけ違うんですか!?」

 自分の制服だけ浮いているような気がして思わずリーナはアッセルに詰め寄った。

「いや、君まだ学生だろう?だったら学生服が自然な格好かと思ってな」

 答えたアッセルは、まず最初にそんなことを言うものなのだろうかと思っていたが、まあどうでもいいかと流した。

「私だけならそうですけど、あなたたちと一緒に行動したら逆に不自然ですよ!」

 そうか、とアッセルは生返事を返し、歩き出してしまった。

「リーナさん。着替えるとしても後でお願いするよ」

 軽く胸元を開き、指摘されない程度に着崩した眞左人が耳元でそっと囁いた。

「あ、後って言われても」

 距離近いから!と内心で焦りながらリーナは努めて冷静に振る舞った。

「今は、アッセルと一緒に行こう?」

 瑞樹は苦笑いをしながらとあるものを、場所を指さした。

 そうして指さされたのは車両の窓、の外。

 ゆっくり十秒かけ、三人の顔をそれぞれ見つめ、大きく息を吸った。


「いやあああ、この人たち飛び降りるつもりよ――!」


 乗客か乗務員に届くようにリーナは全力で叫んだつもりだったのだが、その声に反応したのは元人災警官隊の二人だけだった。

 腕を取ってその動きを止めたのは瑞樹。口を押さえたのは眞左人だった。

「ううう!|ほほははっへふほ(どこ触ってんの)!?」

「どこ触ってんのよ―――!!」

 何故か瑞樹が怒鳴り声を挙げて、モデルガンを抜いた。

 ぎょっとして眞左人は手を離したが、既に遅かった。

「ぶっ飛びなさい!!磁力波!」

 詠唱魔術により、瑞樹の魔術が発動した。

 磁力波という魔術はルナタワーの一軒で彼女が使った『磁力弾』と同種の魔術である。その本質は金属に磁極を付与させ、そのまま吹き飛ばすことだ。

 この二つの違いは範囲の違いだ。『磁力弾』は指定した一か所の金属にのみ磁極を付けるものだが、この『磁力波』は彼女の前方全ての金属を吹き飛ばす。

 それは、小銭やデバイスたる小太刀を持つ眞左人も、黒い鞘に入った刀を持つアッセルも、大きな金属の箱たる列車さえも例外ではない。

 アッセルは鞘に納めた刀を突き刺すように扱い、見事に受け身を取った。しかし、どんっ!と壁に激突した眞左人は受け身も取れなかったはずなのだが、何故か痛がる様子はなく、床にしがみ付いて次に来るであろう衝撃に備えていた。


 ギギギギギギギギッッッッ!!!!


 不快な音を立てて、床が斜めに傾いた。

Heyおい!!橋口!今すぐ魔術を止めろ!!」

 アッセルが言うまでもなく、瑞樹はそのために行動をとっていた。

 逆方向に、今度は逆の磁極の弱い磁力を放って車体を引きつけ、ゆっくりと車両を地面と平行になるまで下ろした。

 その場にいる全員がホッと胸をなでおろして、

「助かったぁ~」

 その中でもリーナの脱力の具合は群を抜いていた。

 彼女の場合は魔術に最も慣れていないためなのだろう。もっとも他の三名が荒事に慣れ過ぎている可能性は否定できないが。

「だよね。あたしに感謝してね」

 あまり大きいとは言えない胸を張る。

 元はといえばお前の所為だろうがとジト目で眞左人は瑞樹を睨んだ。が今のところ何も言う気力はなかった。

「ありがとうございます」

 ぺたんと床に座り込んだままの彼女はこの騒動の元凶が誰かを完全に忘れていたようだった。

 その時、威張る瑞樹に残りの二人が何も言えなかったのは、出てきた個室の客人に説明をして回っていたため、文句を言う暇がなかったのである。

 後でしっかりと瑞樹は二人に説教を喰らった。



 早朝からの騒ぎで起き出した乗客たちが静まるまで待った一行はようやく行動を開始し始めた。

「しかし、本当にこの娘、起きなかったな」

 アッセルは苦笑を漏らして負ぶった少女の顔を見た。

 アッシュブラウンの髪から仄かにシナモンの香りが漂ってきたが、特にアッセルは気にせず三人に顔を向ける。

 眞左人は瑞樹に睨まれ、アッセルが女性にそんな役目をさせるのは男として忍びないと言ってアイナを背負うことになったのだ。

(しかし、よく脱線しなかったな)

 片輪がレールから外れていたはずなのだが、何故か元の通りに走っているのだろうと眞左人は首を捻る。

 しかし、他の面々は誰も気にしていないようだったので、日本人らしく気にしないことにした。

「それでどうやってここから出るんですか?」

 もう覚悟ができたのか、リーナは落ち着いてアッセルに尋ねる。

「さっきも言ったようにこの窓から」

 あっさりと回答するアッセルに頭痛を感じてリーナは眉間を押さえる。

 何この人馬鹿なのとでも言いたげな表情で瑞樹を見て、説明してくださいと言外に頼んだ。

「えっとね、……、アッセル、どういう事なの!?」

 分からないの!?とリーナは心底驚愕した。

 瑞樹に説明を求められたアッセルは面倒臭そうに頭を掻いて、

「ここに、人数分の紙がある」

 そう言って彼は緑色の付箋ほどの大きさの紙を茶色の外套の中から取り出した。

(あの人の外套ってものを入れるところだったんだ!)

 とリーナは少し見当はずれの感想を抱いていたが、黙ってその話を促した。

「この紙には祈の魔法陣が描かれてる」

 眞左人たちは旧人災警官隊テロル・キーパーズの一員で、魔法陣という稀有な魔術発動法を使う少女の顔を、リーナはその少女がやって見せたルナタワーの上層部の建物だけを移動させた光景を思い出した。

 見せつけるようにその手の紙をペラペラと振りながら、

「こいつは無属性の魔力を流せば自動で空中移動の魔法陣が発動できるようになってる」

 眞左人と、瑞樹にその緑の紙を配り、リーナにアッセルは近付いた。

「リーナは魔術師じゃないから、俺がこいつを発動する」

 アッセルはアイナを背負ったまま、リーナに窓を示した。

「窓へ」

「は、はい」

 リーナの顔が仄かに朱に染まり、鼓動が少し早まっていた。

(な、何でドギマギしてるの私?)

 彼女が見てきたアッセル・リーヒニストは少々無気力気味で、いつでも掴み所のない言動を取っていたために忘れていたが、ルックス的には上の中といったところだ。

 普段の態度や雰囲気、言動のためリーナはあまり意識していなかったのだが、こうして近くで見ると

 それにその手はちょっとごつごつしていたが、温かった。母親の胎内を思わせるような温かさで、じんわりと彼女の体を駆け巡る。

 ぼんやりとしている内にアッセルは無造作に窓を開き切った。

 余計にアッセルの手の温度が意識されてリーナは少し頬を朱に染めた。初々しい反応だが、事実彼女はこういう接触の経験があまりないのだった。

 アッセルは何を小声でつぶやくと緑の紙を一枚摘んで、それを窓の外へと向けた。

 紙がビチビチと音を立て、風によって波を立てていた。

 そして、その指を離し、紙を風に流した。

(ポイ捨て?)

 またしても違う点に注目する彼女は無意識にその紙を目で追っていた。

 すると、突如蒼天を思わす青い光を放った。

 目を細める彼女は開いてない窓から外を覗き込んだ。

「……きれい」

 走る列車に並走するように、そこには青白い光を放つチョークで描かれた魔法陣が浮かんでいた。

 それはさっきの紙から切り取られ、さらに大きさも人が乗れるほどのサイズにまで大きくなっている。

「そこに乗ってくれ」

 思わずアッセルの顔を凝視してしまう。

「私、操縦とかできませんけど?」

「大丈夫だ。操縦も全部俺がしてるから」

 気の抜けたように笑うアッセルに不安を感じないでもなかったのだが、思い切ってリーナは窓の向こうへ思い切って飛び出してみた。

 慣性の法則に従い思いっきり後ろの方に追いやられることもなく、魔法陣はリーナを受け止めた。

 列車と同じ速度で動いているならば暴風が襲いかかるはずなのだが、リーナはそよかぜ程度の風しか感じなかった。

(魔術ってすごいんだな~。ヘルもこんなふうにいろんなことができたのかな~)

 今は遠い親友の顔を想像しながら、広い曙の空と風景を魔法陣の上から眺めていた。


 一方魔術を知る者たちはといえば、

「祈ってすごいんだね~!

 あたしも行くわよー!」

 と感心しながら瑞樹はさっさと起動した魔法陣に乗って、リーナを追いかけて行ってしまった。

「……」

「……」

 残された二人の男は沈黙して、視線をぶつけ合っていた。

 アッセルは飄々とした笑みを湛えて、眞左人はどこか懐疑的な瞳をしていた。

 アッセルはアイナを背負いながらそうしているのだから、異様な雰囲気を醸し出している。

「……一つ聞きたいんだが」

 眞左人は自分の緑色の紙を示した。

「発動者本人が不在でも魔術を使用できる技術が存在したのか?」

 眞左人の務めていた人災警官隊は最先端の技術を広く取り入れていた。それは科学技術だけではない、魔術に関しても同じだ。

 事実、眞左人自身が、シンラの発表した論である想像魔術イメージ根源説に従った挙動魔術アクションも使用している。

 だが、そんな職場につい先日までいた眞左人でさえ、アッセルが使ったこの技術は未知のものだった。

 ……もっとも、彼と同じ職場にいたはずの瑞樹は気にした様子もなく、列車の上で楽しんでいるのだが。

「事実ここに在るじゃないか?これ以上の存在証明が必要なのか?」

 戯れるようにアッセルは肩を竦めた。

「……あんた、一体何もんなんだよ?」

 閉口し、悔し紛れに眞左人は言った。

「異世界人」

 これ以上はない真面目な顔でそう言った。

 思わず眉間に指を当てる。

 いくらなんでも常識外れすぎるが、アッセルは眞左人たちを組織に引き込む際も自分を異世界人と称していた。

 他の元短員たちは何かの冗談としか受け止めていないようだが、そんなことを言い続けられれば彼が頭の回路のどこかが焼き切れてしまった人間と評価されかねない。

 そんな少しの心配を胸に、眞左人は彼を窘めようと思い立った。

「あんた、まだそんなこと言ってるのかよ?」

「事実だからな」

「あんた、頭のどっかに変なムシでも湧いてるんじゃないのか?」

 断言したアッセルを一刀両断するかのような言葉を吐き出してしまう。

 正直な感想を思わず漏らしてしまった。一応この男は今の上司にあたるはずので、言った直後に眞左人は脂汗が滲むのを感じた。

「ははは。事実を言っても信じてもらえないのは哀しいことだな」

 全く哀しそうな雰囲気を感じさせることもなくアッセルは笑った。

 内心眞左人はホッとした。今の、言いようによればアッセルに飼われている・・・・・・この状態で、この男を敵に回すのは得策ではない。

「まあ、万に一つあんたが異世界人だとして、その技術はその異世界のものだったりするわけか?」

 半ば諦めた眞左人はさっきとは違い好奇心でアッセルの話を聞きたいと思った。

「ああ、そうだな。でも、この世界でもあと二週間で・・・・考案される・・・・・技術だから、別に今俺たちが先走りフライングしたって……」

「ちょ、ちょっと待て!」

 アッセルの言葉に、看過できないものがあって眞左人は叫んだ。

「?」

「あと二週間・・・って、あんた、未来の事が分かるのか」

 あちゃーとアッセルが顔を顰める。

 そして首を振り、唇だけを動かす。

 もし、眞左人に読唇術の心得があれば、その時アッセルがこう言ったのを認知しただろう。

『仕方ない。干渉限界だ』と。

 だが、眞左人はアッセルがはぐらかそうとしていると勘違いして、彼の肩を掴み近寄った。

「おい、何とか言えよ!もし未来が分かるんだったら、どうしてルナタワーの事件を放置したんだよ!もし、未然に防げたら、どれだけの命が……」

 その時、アッセルの顔を見ていた眞左人と彼の眼が合った。合ってしまった。

 彼の漆黒の瞳は、蒼天のようにも、あるいは蒼海のようにも揺らめく蒼に染まっていた。

「Out of mind」

 歌うような声と共に、蒼い光が眞左人の意識を呑み込んだ。


「あれ?……俺は一体?」

 気が付く・・・・と眞左人は今にも魔法陣に向かて飛び出そうとしているアッセルを見ていた。

「ぼぅーとしてると置いてくぞ」

 アッセルはそう言い残して、さっさと窓の外に向かって飛び出してしまった。

「ちょ、待ってくれよ!!」

 眞左人は緑の紙に魔力を流し、展開した魔法陣に飛び乗りアッセルたちの後を追った。

 こうして、正裁の天秤の一同は寝台特急を文字通り途中下車したのだった。



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