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魔法の味はキスの味  作者: 長野晃輝
2章 京都編
15/29

4 魔術試合

 この小説はフィクションです。

 今回は男と男の模擬戦です。

 うん、真剣勝負のほうがいいよね。


     ☽☽☽☽☽☽☽☽



 銀はヘルの合図とともにその拳をシンラへと放った。

 初撃は顔への軽い左ジャブ。だが、鉄鋼手を身に着けたその拳は、魔力による強化無しでも人間の頬を簡単に陥没させかねないほどの威力が伴う。

 シンラはすっと上半身を右に動かすことでそれを躱した。

 そこへ銀の第二撃の右手の拳が迫る。それにシンラはバトントワリングのように如意を回し、拳を弾き返さんと振るった。

 ヒュンと風を切る音の後、ガキーンという金属がぶつかる音がフィールドに響き渡った。

 銀の右の拳の軌道がずらされ、シンラの横を空振りした。

 すぐさまバックステップで回避行動をとった銀に、頭部を狙った如意の横払いが襲いかかる。

 しかし一メートル程度しかない如意の長さでは、後方へ回避した銀に命中させられるものではなかった。

 銀の耳にガコンと何かがかみ合ったような音が聞こえた。

 勘からか、経験なのか身を屈めて銀は回避行動をとった。

 その直上を鈍い光を発するシンラの獲物が通り過ぎて行った。

 視界に入った如意は拳を弾いた時よりも、いささか長くなっているように思えた。

 シンラは続けざまに態勢の崩れた銀に向かって如意を振るう。

 またしても何かがかみ合ったような音が聞こえた。

 足元を狙った一撃を銀は飛び上がり回避する。

 一瞬だけ見えた如意はさらに長くなっていた。

 銀はそれを見てある確信を得た。

(間違いなく、如意は長さを変えられるデバイスだ)

 近距離戦において大事な点が二つある。速さと間合いの長さだ。

 間合いが長いほど先に敵を攻撃できるが、攻撃事態の速さでは劣る。逆に間合いが短ければ先に相手を攻撃できるが、相手に近づかなければならない。それも相手の間合いを抜けて、自分の間合いへ相手を入れなければならない。

 そして、間合いの長さは武器によって異なる。だが、それによって優越が決まるとは限らない。

 例えば刀よりも槍の間合いは長い。しかし、一度刀の間合いに入れられると、その長さゆえに速さでは勝てない。

 だが、もしも槍が多段式で長さを変えることができて、刀と変わらない間合いになれば勝敗はわからないだろう。

 シンラの如意とはそういうものだ。もし相手の間合いに入れられても、武器が短くなれば同等以上の速さを得る。逆に相手よりも広い間合いを維持することもできる。

 武器の長さを変えることで、常に相手より優位な戦いができるのだ。

 武器と武器を直接ぶつける近接戦においては、最強の武器かも知れない。

 大雑把に思考をまとめた時、全てがスローモーションで見える中、隙だらけのシンラの頭上が彼の眼に映る。

 自由落下の勢いを使い、ゲンコツでも叩き込むように銀はそこを狙った。

 ガコンと三度目のかみ合う音の後、先ほどと同じ金属音が周囲に鳴り響いた。

 身を屈めたシンラと拳を振り下ろす銀の間で、如意と鉄鋼手がぶつかり合っていた。

 銀は軽く眼を見開いて驚いた。

 シンラは外れた薙ぎの勢いをそのまま回転運動に生かし、その場で一周回転し、さらに如意を刀で斬り上げるように鉄鋼手に打ち付けたのだ。

 如意はさっき程とは比べ物にならないくらいその身を短くしていた。

 さっきまで二m近い長さだったはずの如意は、今はもうその半分ほどしかなかった。

「そいつは便利だな。シンラ」

 だがそれはあくまでも武器の力だ。

 シンラ・ミトセという男の力とは言えない。

 銀は余裕を持った笑みを浮かべた。



 ギリギリと銀の拳が肉薄してくる中、シンラは冷や汗で服の内を濡らしていた。

(銀、お前、鉄鋼手つけてるのに、早すぎだろっ)

 ボクシングというスポーツをシンラは知らなかったが、銀の拳はプロのボクサー顔負けだった。

 シンラにとってその拳を躱すことは銃弾を避けるのとさほど変わらない行為に思えた。

 さらに銀は鉄鋼手という鎧を腕に着けている。ガントレットというものは、本来は防具なのだが、銀のそれはもはや防具と呼ぶべきものではない。完全に攻撃することを目的にしている。

 それはシンラの使ってる金属バットのような如意と、本質は何も変わらない。ただ敵の骨を砕くための凶悪な武器だ。

 シンラはバネのように立ち上がり、銀の重い拳を撥ね退けた。そうして先ほどの銀のようにバックステップで距離を取る。

 しかし銀はそれを追うことはなかった、

 それはある意味当然のことだった。

 魔術師の戦いのメインは魔術。近接戦はただのオプションおまけに過ぎない。

 シンラはイメージする。

 球体状の光の塊から、一条の閃光が銀に向かって一直線に伸びていく光景とともに、口に出す。

「撃ち放て光の銃弾!光条・一閃!」

 それはイメージに伴う名称だった。それを口に出すことで、短い詠唱魔術スペルは完成する。

 シンラの頭上に渦を巻き、光の魔力が集結する。それは球体に形を取ると、そこから一つの光の柱が銀に向かって飛び出した。

 サクラという精霊を得たことにより、シンラは初めて、人の借り物ではない、己の力で魔術を発動させたのだ。

 しかし、少々威力が強すぎた。

 放たれた魔術、光条・一閃は銀を飲み込むほどの大きな光だった。

 光が収まっても、空気中の水分か何かが蒸発しているのか、霧のようなもので銀の姿が見えない。

 感動よりも失敗してしまったことに、加えて友人をけがさせてしまったのではと青ざめるシンラ。

 はっと、試合を止めるはずのヘルの方を振り返って見た。

 しかし彼女は首を左右にゆったりと振った。

 それの意味することはつまり、

「いきなりひどいぞ」

 霧のようなものの中からゆったりと歩き出てきた。

 鉄鋼手を着けた右腕を掌を開いたままシンラに向ける銀が非難の声を上げた。

「だ、大丈夫か?」

「あー、大丈夫だよ。ったく、いきなり本気で撃つなよな~」

 銀は、腕に着いた着いた水を振り落すように二・三度手を振った。

「お返しにこっちも本気で行くからな」

 たいそう楽しそうに唇を歪める銀に、違う意味でシンラはまた青くなった。

 左手の掌に右手を打ち付け銀は少し甲高い声を上げた。

「右手に一発、人の意識を刈り取るぐらいのものを」

 シンラと同じ種類の魔術発動法だが、こちらはより細かい指定を入れていた。

気憑月打きひょうげつだ

 言葉を言い終えた瞬間、銀の右手に変化が起きる。

 どこか青い月光のような光がその手に宿る。

 それは部屋に無断で侵入したと勘違いした際、ヘルに使った銀色の光よりもやや弱い光だった。

「覚えておけシンラ。こうやって言葉で指定すれば魔術の威力を抑えることもできる」

「勉強になるよ。センパイ。そんなもの、どこで学んだんですか?」

「うちの師匠が、な。これ使って散々苛めてきたんでな」

「そりゃご苦労様です」

 舞台劇のようにどこか自然に二人は白々しい言葉をやり取りする。

(おそらく、自身への抑制を言葉として出すことによって、言葉の通りの魔術をイメージさせることでそんな芸当ができるんだろうな)

 銀が笑みを消して、疾風のように駆けた。

 シンラもまた如意をバトンのように回転させ、迎え撃つ準備をする。

 そして、ガコンとかみ合う音がした。

 その瞬間にはもう如意の長さが調節されている。

 再びバトンほどの短さになった如意を素早く引き直し、前に突き出した。

 銀はそれよりも早く拳を突きだそうとした。

 恐ろしい速度で繰り出された拳と如意がぶつかり合う。

 シンラの防御は十分な早さだった。

 だがシンラの体は車にぶつかりでもしたかのように吹き飛ばされた。

 シンラは銀の拳から衝撃波が飛び出したような幻覚を見た。

 すさまじい衝撃に内臓が圧縮されたようだったが、歯を食いしばって耐え抜き、シンラは無理やり体を捻った。

 反転したことによりシンラの正面には壁が立ちはだかることになった。

「……!」

 如意から離した左指だけでシンラは図形を描く。棒から何かが噴出しているような図をイメージしながら描いた。

 書き終えると同時に如意から壁に向かって白い閃光が迸った。

 それはジェット噴射のようにシンラの体の速度を抑えていく。

 しかしそれはあくまで横にかかる力を抑えただけだ。その後にかかる重力を抑えることまではできない。

 シンラは重力に引かれ落下していったが、床に叩きつけられる直前で体勢を立て直し着地した。

「……ハァハァ」

 下手をすると血を吐きそうな痛みの中シンラは銀を睨む。

「……」

 銀は何も言わなかった。

 だが、気遣わしそうな眼がシンラの中の何かを激しく揺さぶった。

(くそう。何だよ。舐めやがって)

 シンラは平衡感覚が狂い震える足を床に突き立てるように叩きつけ、無理やり立ち上がった。



 立ち上がったシンラの眼を見て、銀はほくそ笑んだ。

(意外ともつんだな)

 シンラの闘気、というよりも気迫は全く衰えていない。むしろぎらぎらとした鋭さを持って燃え上がっている。

 正直、先程の一撃は厳し過ぎたと銀は思っていた。

 意識を奪う程度のはずだったが、防御した結果鋼拳流の魔術の違う面の力が効力を発揮したのだ。

 銀が学んだ鋼拳流という魔術は別名「鎧崩し」と呼ばれている。

 その一撃は鎧を貫通し、本体である人体にダメージを与える。

 魔力を拳から体に打ち込み発動させるというのが鋼拳流の基本。つまり体内で魔術を発動させる。効率よく人を戦闘不能にさせるメリットがある。逆にこの魔術を学べば戦闘関連以外進路がないと言う。戦闘にしか使いどころのない魔術なのだ。

 銀が言葉に出して制限したように今の気憑月打という魔術は人の意識を奪う程度の力しかない。

 しかし、鋼拳流の魔術を使っている以上、身体強化の魔術は常時使用しているのだ。シンラ一人ぐらい殴り飛ばすのは簡単なことなのだ。

 銀の魔力の属性である光を体内の神経に打ち込み電気信号として認識させる。そうすると一時的に内臓レベルのダメージを受けたと脳が勘違いする。そんな理屈があるのだが、銀自身もそれを完全に理解している訳ではない。

 大切なのはこの攻撃の効力はさほど長くは続かないということだ。

 今のうちに銀は勝負を決めるべきなのだが、彼は動かなかった。

 既に《気憑月打》の効力は消えて、彼の右腕はもう銀の光を放っていない。だがそれでも彼は動かない。

(悔しさに歯を食いしばるシンラの瞳にはどんな世界が見えてるの?

 私に見せてよ)

 嗜虐的とも取れる思考をしながら彼は笑っていた。

 やがてシンラが、ゆらりと崩れ落ちそうになりながら立ち上がった。



(正直ここで止めても良かったけど)

 どこか危なげに立ったシンラは如意をぐるぐると回転させ始めた。

 冷静に試合経過を見つめるヘルは止めどころを考えていた。

 試合の立会人というのは非常に難しい。

 どのあたりまで試合を続けていいのか判断が付きにくいためだ。

 あまり早く止めると試合者たちに後腐れが残ってしまう。かといって遅すぎると下手をすれば死んでしまう危険性もあるのだ。

 今の一撃は非常に判断がしづらいものだった。魔力攻撃が通っている以上、シンラが敗北したと見てもいいが、彼はその後壁との激突を回避する行動をとった。銀自身が手加減したとはいえ、それで決着とは言いづらい。

(彼はまだ大丈夫そう)

 ダメージは体に残っているようだが、戦闘不能とは言えない。

(普通、素人は痛みがあるとまともに戦えなくなるんだけどね)

 痛みに対する耐性が無いためだろうか。戦闘訓練を受けていない魔術師も初めての戦闘で時々狂ったように攻勢に出たり、逃げたりする。

 しかし、シンラにはそういう様子は無いようだ。

 修羅のような気迫を放つ瞳の奥には氷のような冷たい意思が宿っている。

(きっと二人とも経験が多いのね。普通、素人の戦いを見てこんなに熱くならないもの)

 ヘルは試合の審判である以前に一人の観客として、二人の戦闘に胸を熱くしていた。

(きっと二人とも魔術がすごくキレイだから、なのかな?)

 ヘルの銀色の瞳には二人の使う魔術が透き通って見えた。何物にも染まっていないからなのか、二人が純粋に魔術で試合うことを楽しんでいるためか。

(ワタシには分からない)

 それはとても残念なような気がした。



 気づくと上の観客場にゾロゾロと人が押し寄せていた。

 それに気付かないぐらいシンラは戦いに集中していたらしい。

 しかし、今更それに気付いたところで、彼らは気にすることはない。

 如意を高速で回転させてシンラはイメージする。

 黄色い光。如意の両端に宿り、それは軌跡に従って黄色の円を模っていく。

 それはホムラの試験の時に使った魔術《火円インフェルノ・リング》から想像した魔術だ。

 シンラのアーティストの才が今まさにその力を発揮しようとしていた。

(名付けて、《光輪フォメノン・リング》)

「円を成す光の戦輪!」

 黄色の光がシンラのイメージ通りに如意の両端に宿る。

 シンラは如意を回転させたまま、投げるように如意を振るった。

 銀に向けて如意の軌跡を描いていた黄色のリングが銀に向かって飛翔する。

 対する銀は何かをボソッと呟いた。

 銀色の閃光がその鉄鋼手に再び宿った。

 拳が光の輪を打った。

 その時には光輪にヒビが入り、あっという間もなくガラスが崩れ落ちるように光輪は壊れた。

 そうして地に落ちた破片もすぐに消えた。

 平然と立ち続ける銀を見つめシンラは溜息を吐いた。

(せっかく作った魔術を簡単に消してくれやがって)

 だがシンラは野獣のような笑顔を浮かべていた。

(だが、次は簡単には消させない)

 シンラは如意を回転させたまま垂直に放り投げた。

 両手を塞ぐ如意を手放したことによりシンラ両腕は自由になる。

「数値化」

 詠唱魔術で数値化を発動させたシンラには、すべての座標情報が数値として表せられ、如意があと何秒で落ちてくるかも計算できる。

左手でやじりのついた棒を描き、右手で数式を書く。

左は図示魔術。右は演算魔術マスマッティック。それを複合することでようやく使用可能な魔術。

それはデバイスと同じ名を冠した魔術、《如意》。

回転する如意の先端の片方。そこに炎を思わせる黄色の光が宿る。

魔術《如意》とはシンラが開発した魔術の中で、唯一、他の発動法では発動できない魔術だ。

 それは《如意》の特殊性のためだ。《如意》は座標で発動する。指定された座標、しかも物体の上(例えば右手の上といった場所)であるならその物体が座標移動する際に、その移動した先の座標でも発動し続ける魔術、つまり物体に伸縮自在な刀身を取り付けるような魔術なのだ。

《如意》と似たような魔術で憑依魔術というものがある。だがこれは自分の身から魔術を放出して、それをもとに魔術を構成することで発動するというものだ。そのため憑依させるものに魔力が存在することが必須条件となる。この点で精霊の《天照アマテラス》を使うホムラの《不死炎フェニックス》は憑依魔術に分別される。

《如意》の特性は、今まで開発されたどの魔術、あるいは発動法でもなしえなかった特性だ。さらにその上に刀身の伸縮が自在という点も特異な点だ。

これを成立させるには多数の方式で、自身のイメージを具現化しなければならない。

《如意》はそれをクリアするために、演算で槍の先端という座標を指定し、図示で槍の先端のイメージを強くし、さらに伸びるという特性を与える。そして、

「光塵槍《如意》!!」

 詠唱で発動させるのだ。

 シンラの手元に光の奔流のような鏃をもった如意が落下する。

 槍をぐるりと片手だけで一回転させシンラは如意をぐっと後ろに引いた。それは刺突の構えだった。

「伸びろ!!」

 シンラの言葉とともに光の槍が伸びた。

 数十メートル離れた銀に、恐るべき速度で光の刺突が迫る。



 銀色の光を宿した鉄鋼手の上を滑らせるようにして、銀はその光の槍を回避した。

 押し出されそうになりながらも、そのまま彼は一歩ずつ前進していく。

 あたかも列車が真横を駆け抜けていくような感覚を味わい、銀の背に冷たい汗が流れていく。

「戻れ!」

 その時突然光の噴流が止まった。

 さっきまで銀の横に存在した光の刃はもうそこにはない。

「な、に?」

 驚愕する銀の前には刺突の構えを取るシンラの姿があった。そしてその魔法出力器、如意の先端には、光の刃が煌々と輝き続けていた。

「伸びろ!」

 その声と共に、あるいはそれより速く、光の槍が銀へと伸びた。

 銀の胸部目掛けて閃光は駆ける。

「守護月」

 銀は胸の前で鉄鋼手を交差させた。それと同時にほのかに彼の周囲が銀色に光り始める。

 そして、詠唱で発動した防御用の無属性魔術が発動する。

 だがそれも押し潰すほどの光の濁流が銀の体を呑み込んだ。

 銀は無重力空間に放り出されたような感覚の中、口を開いた。

 その直後、何かが壁に激突したような、爆音に近い音が会場に響いた。



爆音が耳の奥に残っているようだったが、シンラは気にせずに《如意》を元のサイズに戻した。

「はあ、はあ、はあ、……」

 浅い息を繰り返すシンラは肩を揺らしながら、立ち込める粉塵の奥にある数値・・の動きを見ていた。

 数値化を施したシンラは、今の一撃でも銀を倒せなかったことを理解していた。

 粉塵で見えないのだが、銀は確かに彼の前に立っている。

 一体どうやってとシンラは流れる汗を気にすることもなく一心に考える。

 どんな魔術を使えば今のタイミングの《如意》を防ぎ、尚且つ壁と激突したのにもかかわらず平然と立ち上がれるのだろうか。

 少し髪が粉塵で白く汚れていたが銀は見たところ無傷だった。

 一歩一歩、彼は確かな足取りでシンラに向かって歩み寄っていく。

 シンラは薄い笑みを浮かべて、それを消した。

 如意をまたしてもバトンのようにぐるぐると回す。

 そして、剣を薙ぐように如意を振るった。

「伸びろ!」

 瞬時に光の刀身が銀を腰部から切断せんと伸びる。

 銀はそれを飛び上がって回避した。

 彼の足の裏のすれすれを刀身が過ぎていった。

 次の一撃が飛来する前に、銀は駆け出した。

 シンラが手元の如意を振るう度に、伸びた巨大な《如意》の刀身が銀を襲った。

 銀はその刃を、時には躱し、時には銀色の光が宿った鉄鋼手で刀身を殴打し弾いた。

 そうして、着実に彼はシンラへの距離を詰めていた。

(このままじゃ、やられる)

 シンラは光の魔力をその身に受けたばかりだ。故に彼はその扱いに慣れていない。

 既に彼の光の魔力・・・・はほとんどなかった。

 彼の冷静な部分はもう敗北を悟っていた。

 元々この試合、シンラにとって先ほどの《如意》の一突きが決まらなければ、勝利するのは難しいものだった。

 先ほども言ったようにシンラは光の魔術に慣れていない。

 それゆえに扱える魔術の数も少ない。そもそも彼が使った魔術はほとんどがこの試合の中で創造したものだった。手数も実力も足りない。

 加えて銀も隠しているが相当な手並みの持ち主だ。

 鋼拳流がどのような流派か、シンラは知らないのだが、それを自分と同年代で免許皆伝された銀の実力は、シンラにとても容易にその強さが想像できた。

 銀は手加減しているのだろうが、本当に敗北しそうになったなら本気を出して勝ちに来るような男だ。

(アイツ、負けず嫌いだからな)

 シンラはふっと笑った。それはとても自然で、気取らない笑みだった。

(僕はもう勝ちにいかない)

 ただぶつける。今の自分の力を全力で。

 それは格上の兄弟子に稽古を挑むような気分だった。

 勝てるとは思わないが、負ける気もない。

 シンラは《如意》を元のサイズに戻し、銀に向かって駆けた。

 真正面から激突するように、銀とシンラは駆けた。

 この試合で何度もしたように、シンラは手元のデバイスを回転させた。

 ガコンと何かがはまったような音が鳴る。

 目の前から高速で迫る銀が、グッと拳を引いた。

 だがシンラは恐れなかった。

 閃光のような拳も、銀色の光も、彼には恐れる必要がないのだから。

 シンラは如意を振るう。銀の頭部を狙った一撃を、



 閃光の槍、《光塵槍・如意》がないただの金属の棒である先端で。



 銀は驚いた表情で立ち止まって、防御のためか両腕を上げた上段ガードの構えをとっていた。

 魔力の攻撃である《光塵槍・如意》は同じ光属性であるため、銀の憑依魔術で迎撃、あるいは無属性魔術で防げたのだが、ただの金属の棒である如意は魔力攻撃ではない。完全に予想外なことだったのだ。

 常時の銀であるならば、光の槍と同じように鉄鋼手でその如意を弾き飛ばしただろうが、不意の一撃だったために彼はガードをしてしまったのだ。

 しかし、それに気づいたときはもう遅い。

 ガンと金属同士の衝突音の後、シンラはガードをした銀を押してよろめかせた。

 そうして、両端のもう一方、光の槍を装着した如意を銀に向けた。

「伸びろ《如意》」

 超至近距離の銀に向かって光の槍が伸びた。

 その瞬間、



 銀の姿がブレた。



 一瞬遅れて如意が銀を貫くが、そこには誰もいなかった。

「なんだ!?」

 シンラは周囲を見渡したが、どこにも銀の姿は見えなかった。

 耳が痛いほどの沈黙の中、彼は自分の汗が流れる音が聞こえたような気さえした。

 その時、ギリっと金属の軋むような音が彼の背後から響いた。

「チェックメイト、というヤツかな」

 振り返る前に、銀の声がシンラを抑えた。

 それと同時に冷たい鉄の感触が彼の背を押した。

 シンラはふうっとどこか呆れたように息を吐いた。だが、それは極度の緊張から解放された安堵のためなのかもしれない。

「参りました」

 シンラが敗北を認めたことを受けて、ヘルは試合終了を宣言した。

 いつの間にか集まっていた観客たちが歓声を上げた。まるで二人の健闘を称えるかのように、惜しみない拍手と共に握手し合う二人に送られた。

「お前、やっぱり負けず嫌いだな」

 シンラの一言に銀は照れたようにはにかんだ。


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