3 氷銀の姫君
この小説はフィクションです。
ようやく三人目の登場です。
ふふふ、未更新三カ月を阻止しました。
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何故かげっそりした顔で帰ってきたシンラを見て、銀は大体の事情を把握した。
どうせまたホムラが彼を誘惑したのだろうと結論付け、座布団の上に座る彼はテーブルに置いた自身の西洋の鎧の一部のような魔法出力器である鉄鋼手を調整し始める。
調整といっても部品ごとの分解などは行わない。
そもそもデバイスは魔術師が魔術を使うにあたって、出力や発動の座標の指定を手助けするものだ。(もっとも、デバイスなしで魔術を使えるものはいないため、手助けというより必要な方法と言った方が正しいかもしれない)
つまりデバイスの調整とは、デバイスに掛けられた魔術を補助する式を作るのだ。
しかし、通常イメージで魔術を使う魔術師は明確に式というものを認知はできない。図示魔術や演算魔術を使うものなら別だが、魔術を記号や図を用いて説明するのは難しいのである。
そのため魔法出力器の調整には、普通は調整専用のデバイスが必要不可欠なのである。。
単眼鏡。片目だけに着けるメガネのようなそれこそがその専用デバイスだ。
それは自身の距離感や、焦点の当て方などを記録させ、魔法出力器の式に反映させることが可能になる。
銀は左目の上にその単眼鏡を付けていた。
条件は整っている。しかし、銀は苛立ったように眉に皺を寄せていた。
「どうしたんだ。銀?」
その質問をそのまま返してやりたいと思う銀であった。
「どうも調整が上手くいかないんだよ」
お手上げだと銀は肩を竦めた。そして単眼鏡を外し、鉄鋼手の隣に荒い動作で置いた。
単純な作業のようで魔術式の調整は困難なことだ。普通は専門の工巧者と呼ばれる職に就くものに任せるものだ。下手に式をいじれば魔術の不発どころか、威力や魔力消費の調節が効かない誤発が起きる可能性もあるのだ。
「調整なら俺に任せておけばいいだろう?」
シンラはデバイスを自作した経験もあり、調整ぐらいならお手の物だった。事実、銀もシンラに調整を頼んだこともある。
「そういう訳にもいかないさ。これから戦闘があるかもしれない以上、俺も調整のイロハぐらいはできるようになっておかないと困るだろう?」
今更のような気がするシンラであったが、その心意気はいいものなので何も言わずに壁際で彼の奮闘を眺めることにした。
再び単眼鏡を掛けて、繊細な魔術式と向かい合う銀を見るのは些か以上に退屈だった。
欠伸を堪えながら、デバイスの置かれた机の下で丸くなっていた猫型の精霊の《アルテミス》の観察にシンラは没頭した。
しかし、十分もしない内に彼の意識に霞がかかった。
バサッと良い音をたて、襖が開かれたのはその時だった。
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「よし。終わったぞ」
単眼鏡を外し、また無造作にそれをテーブルに落とした銀は一つ伸びをし、長時間同じ体勢だった体をほぐす。
そして、肩を回しながら気怠そうに椅子に背を預けた。
その時には既に空が茜色に染まっていた。
「お疲れ様、……です」
少しハスキーな声に付け足したような丁寧語と共に、すっと隣からコップに入った水が差しだされた。
「ああ、ありがとう」
何も考えずにそれを受け取り、ゆっくりと喉の奥に流し込んでいく。
しかし、シンラは意外と気が利くと銀は彼への評価を改めた。細かいことまでよく見るというのが、もしかすると彼のデバイスの魔術式の調整技術に貢献しているのかもしれない。
ふと視界の端の水を差し出した手が映った。
華奢で色白な手だった。まるで少女のようだ。
シンラってこんな手をしていたか?
そもそも、さっきのハスキー声はシンラのものだったか?
銀は疑問を確かめるべく、その手から顔へと視点を動かしていくと。
雪原と同じ色の白銀が彼の目を惹いた。
それがその手の持ち主の瞳と髪の色だと気付いた時、銀は置きっぱなしの鉄鋼手の右手だけを引っ掴み、体のバネのように跳ねた。
距離を取った銀はすぐさま鉄鋼手に手を通し、拳を構えて、臨戦態勢に入っていた。
対する少女は眼をパチパチとさせ、呆然と銀を見ていた。
少女は北欧系の顔をしていて、おそらく旧欧州人である。セミロングの銀髪に銀の瞳と一見すると生まれ付きなのか、それとも何かの属性の魔力に順化したのものなのか判別できない。
服装は若草色の日本軍の軍服だった。その右腕には雪の結晶を模した腕章があった。もしかすると銀たちの味方なのかもしれないが、ノックもなしで、部屋に侵入した者に払う礼儀はないと内心で彼は切り捨てた。
「誰だ?」
銀は短く問いながら、魔力をその右手の鉄鋼手へと集中させる。
彼の魔術はその手に魔力を憑依させ、物理的攻撃の際その威力を増加させるものだ。その魔力は既に可視化するまでに圧縮されていて、灰色にも見える輝きがその拳に満ちていた。
しかし、銀髪に銀の瞳の少女は動揺することもなく静かに頭を下げた。
「ワタシは日本軍魔術師団、銀閃の騎士団のヘル・ジュリア……、です」
銀閃の騎士団。
それは魔術師団長の川瀬五郎が直接管理、指揮する特務部隊の名だったと銀は記憶していた。
旧欧州系の魔術師のみで構成され、それ故に通常の指揮系統に入らなかったという話もある。一般人からは少々縁遠い部隊だ。
「あなた方のお世話と警護を任されたの……、です」
やはり付け足したような丁寧語でそう言って、彼女は軍人の証明となる階級が書かれた証明書を銀に見せた。
それを確認して、ようやく銀はデバイスへの魔力の供給を止めた。鉄鋼手を銀色に光らせる魔力が尽きたために、プシュウと情けない音をたて、デバイスの魔術式は停止した。
「……ふ」
肩から思いっきり脱力し、銀は溜息を漏らした。
「だったら、入ってくるときにそう言ってくれればいいじゃないか。なんで黙って入ってきた?」
シルバーブロンドの髪を揺らし、首を傾げるヘル。その姿は人形のように美しかった。
「ですが、ワタシは水戸瀬様から、御子柴様に声をおかけしないようにと言い付けられましたので、その通りにしただけ、……です」
やはり気を抜くとこの少女はぶっきらぼうな話し方になってしまうらしい。その方が素なのだろう。
すこし、銀の気持ちが弛緩し始めていた。だが、
ガラッと襖が開き、ハンカチで濡れた手を拭きながらシンラが入ってきたのはその時だった。
ある意味最悪ともいえるそのタイミングで、
「シンラ。お前、せめて一声ぐらいかけさせろよ!」
「へ?」
先ほど溜めた鬱憤と魔力を晴らすかのように、銀は右手の鉄鋼手を振るった。
爽快ともいえる打撃音の後、シンラは銀に平謝りをするはめになった。
調整を新たにした魔法出力器を眺めながら、銀は一つ溜息を吐いた。
「なあシンラ。そろそろ腕試ししたいって思わないか?」
「まあね」
首肯するシンラもまた、部屋の脇に置いた《如意》を見つめた。
デバイスの式を調整した銀もそうであったが、精霊と契約して以来、実践的な魔術を使用していないシンラもまた、その力を振ってみたいと日々思っていた。
加えて、これから戦闘が起こる可能性があるのなら猶更であった。
だが、魔術師同士が戦うためにはそれなりの広い空間と、安全対策が必要だった。
例えばホムラは山奥の道場を借りることによりそれを果たしていた。
しかし、京都の中心地ともなればそんなスペースはなく、加えて人通りも多い。古都としての京都よりも、近代都市としての京都を目の前にした二人は肩を落とす。
間違いなく外で腕試しを行うわけにはいかない。
だが、それは必要な行為である。
なんとか手はないものかとシンラはふと部屋の片隅に正座して固まるヘルと目を合わせた。
「ジュリアさん?その、軍が演習に使うような空間はないの?」
「演習?」
声を上げたのは銀だった。
「ほら、魔術師を抱える軍なら、その訓練用の施設ぐらい持っているかなって思ったんだ」
「ははは、そんな場所が簡単に使えるわけないだろう?」
まあ、そうだと思うけど。とシンラは苦笑した。
「使えますよ?」
二人はズッコケそうになった。
「マジっすか?」
シンラは思わずヘルへ詰め寄る。
「どうして尋ねられたあなたが驚いているの……、ですか?」
本当に不思議そうにヘルは尋ねた。
それはダメ元のつもりで聞いたからですと説明したかったが、なんだか面倒臭そうなので放置した。
「それで、本当に使えるんだね?」
「はい。多少許可が必要だけど……、ですが」
簡潔にヘルは述べたが、丁寧語を忘れていたのは誤魔化せない。
しかし、あまり気にした様子もなく、銀とシンラは前もって合わせていたように同時にガッツポーズをした。
「ありがとうジュリアさん」
手を握って、さらにぶんぶんと上下させてシンラは礼を言ったが、少し顔をしかめヘルは、
「宜しければヘルと、呼んで、ください。水戸瀬様。それに御子柴様も」
しかめっ面から少し頬を朱に御し照れたように言った。
それは名画のように目を奪うものだったが、シンラと銀は少し前に感じたものと同じ感覚を覚え、見惚れることはなかった。。
六月の時のデジャヴだった。
「俺のことはシンラって呼んでもらえるかな。ヘル」
「俺のことは銀でお願いする。ヘル」
はぁ、と怪訝そうにヘルは了承したのだった。
呼び方を指定する三人組の結成となるとはこのとき三人とも夢にも思わなかった。
一旦部屋を後にしたヘルが戻ると、その手には両側面に刃のついた西洋剣が、鞘とともに握られていた。
女性用なのか比較的細身の西洋剣で、太さからいえば日本刀と大差はない。長さも人の腕ほどである。その鞘にはサファイアとアメジストで装飾がなされていた。それはまるで儀礼用の宝剣を思わせる出で立ちだった。
ホムラの『日暮れの雨』とは違う意味で価値が高そうな剣だった。
「それが君のデバイス?」
少し興味深そうにシンラは尋ねた。
「そんなもの、です」
いまいちはっきりしない返答をしたヘルは少し顔を顰めていた。
さらに言葉を紡ごうとしたシンラを、背を向けて彼女は拒絶した。
そのまま、逃げるようにさっさと彼女は部屋を出た。
少し慌てて二人はヘルを追った。
シンラはバットバックに隠した金属棒の『如意』を持って、銀はシューズケースのようなものに鉄鋼手を収めていた。
「これからどこへ行くんだ?」
さして苦もせず追いついた銀が問いかけた。
ヘルは振り返り、人のモノとは思えないような儚げな笑顔を浮かべた。
「駐車場です」
表情とセリフが恐ろしいほどミスマッチで、二人は一瞬言葉の意味を理解し損ねてしまった。
「ちゅ、駐車場?」
「はい。正確にはこのホテルの地下二階の駐車場、です」
彼女はすっと、ウソみたいに細く綺麗な指で足元を指した。
どこか得意げに進むヘルを追って二人は駐車場を歩く。
しばらく進むと駐車スペースが減少し、代わりに大きな機械が数台設置されていた。
そして、その中の一台、ファンがブオオオンという音を吐き出す機械の前でヘルは止まった。
「これは……」
「これは地下に安定した量の空気を送るための機械だな。多分この駐車場に空気を送ってるんだろう」
銀の疑問の言葉にかぶせるようにシンラが解説した。
「おしいですね」
無表情のまま銀髪銀眼の少女は言った。
へ?っと間抜けな声を漏らす少年の隣を抜け、ヘルは埃を払うかのように二、三度床の上で手を振る。
「この機械はこの下の階に空気を送っているの……。です」
「下?」
シンラと銀は少女が手を払った足元へ視線を移動させる。
そこにはコンクリートで舗装された駐車場の床があるだけだ。
しかし、少女が払った部分だけが、徐々に青色に輝いていた。それは四角形に形を取っていった。
そのまま、その部分はゴオォォォォと石が擦り合うような音をたて沈んでいった。
「あれに魔力を注ぐと下への入り口ができるの、です」
「って、どういう仕組みなの?」
「詳しく言うと長いので省略しますが、魔力を注ぐと形を変えるんですよ。そして、注がれた魔力が消失すると元に戻るんです」
丁度ヘルが言い終えた時、階段が眼下に形成された。
「詳しい話を聞きたいんだけどな」
「ふふふ。良い。下りながら話しましょう」
悪だくみをするように笑い合うヘルとシンラの半歩後ろで銀はこっそり溜息を洩らした。
分子配列を魔力によって変化する物質を、地属性の魔術で作り出すという当人たちにとっては話し甲斐のある議題を存分に語り合った二人はすっかり意気投合していた。
「地属性か、実際に見たことはまだないんだよな」
「すぐに見れる、と思います。軍にはたくさんの魔術師が所属してるから。魔力の属性も沢山」
「俺はまだ光と炎、それに水ぐらいしか見たことないから」
「それは仕方無い。弟子の方はそう言う点でおと……、不便」
劣っていると口走りそうだったが、シンラは気付いているのかそうでないのか、気に留めた様子はなかった。
「確かにな。経験不足の点はこれから補うしかないか」
「よかったら、ワタシの隊のメンバーを紹介する?きっとあなたの事を気に入る」
「本当か?それは願ってもないことだよ」
諸手を上げて喜ぶシンラを見て、ヘルはシュンと落ち込んだように肩を落とした。
「そんな、残念」
「へ?なんで喜んで紹介してもらうよ」
シンラが不審そうに眉をひそめるのを見て、ヘルもまた首を傾げた。
「え?願ってもないってことは『そんなの御免だ』という意味じゃないの?」
「いやちがうよ。願ってもないってことは、『望んでも簡単に実現しない事』で、とってもありがたいことだよ」
その言葉を聞き終えて、彼女はホッとしたように小さく笑んだ。
「そう。ならよかった」
白百合のようなどこか儚げな笑みにシンラは釘づけになっていた。
「……どうかしましたか?」
棒立ちになっていた彼を覗き込むようにヘルは近づいた。
ハッとしたシンラはちょっと頬を赤くしながら後退る。
「な、なんでもないよ」
「?
ならいい。やっぱりワタシ、日本語は苦手かも、です」
もはや今更過ぎる敬語でヘルはまた話を始めていたが、彼の頭にはその内容が入ってこなかった。
銀髪の人形のようなヘルの、時々混ざる人の表情に彼はドギマギしてしまっていたのだ。
それはもしかしたら、ヘルの笑顔の持つ、ホムラの太陽のような笑みとは違う魅力は彼にとって新鮮だったためなのかもしれない。
ちなみにようやく彼が会話できるまでに落ち着いた時に、
「楽しみだよ。川瀬将軍直属の部隊なら実力も折り紙つきだろうから」
「……折り紙が付いていると、どうなの、……ですか?」
言葉の壁の厚さにシンラは少し頭痛を覚えた。
地下の階段の終わり、ようやくシンラたちの前にそこは姿を見せた。
「ここは……」
「魔術模擬戦用試合場。軍の中ではコロッセオと呼ばれてる」
およそ長方形型の鉢植を思わせる形のそこは、上階以上は観客席になっているのだろうか。列ごとに椅子が並べられていた。
対する下の階は単調な灰色をした床があるだけの簡易なものだ。
もしも、シンラたちに室内スポーツの経験があったなら、その試合会場を思い出していたであろう。
まさしくそこはスポーツの試合でもできそうな空間だった。
しかし、ここで行われるのはスポーツではない。模擬とはいえ魔術師同士の戦闘行為なのだ。
三人はコロッセオの中心まで進む。そこでヘルが振り返った。
「じゃあ、二人が戦うということでいいの、……ですか?」
「ああ」
「そうだ」
シンラと銀の返答に彼女は小さく頷いた。
というか辛いなら敬語止めたら?と二人とも思っていたが口には出さなかった。
「これからするのは模擬戦。です。だから、ルールが必要、です。それを説明する、です」
ヘルは同意を求めるかのように二人に視線を投げかけた。
笑いをこらえるために口に手を当てながら、それに二人はすぐさま頷いた。
「まず、勝敗を決める方法。一つはどちらかが敗北を認めること。これは魔力が尽きた時に告げて。
もう一つは相手の攻撃を一度でも受けた場合。これも敗北になる、です」
「一度でもか?」
思わず銀は反応したが、ヘルは冷たい目で言う。
「質問は挙手にてお願いします」
そこだけ何故か非常に慣れた様子だったので、思わず銀は手を挙げてしまった。
「何、ですか?」
「一度でも攻撃を受けると負けってのは厳しいと思うのだが?」
「もちろん防御すれば問題ない」
「しかし、それにしたって例えば殴られても負けなんだろう?」
「それは大丈夫。けど、一撃で戦闘不能になる攻撃、つまり魔術やデバイスで攻撃が当たれば敗北、です」
彼女の言葉に、シンラはまだなお不満そうに眉を顰めた。
しかし、それを慈愛と厳しさを両方兼ね備えた微笑みでヘルは見つめる。
「本気で戦えば敵は一撃決死のつもりで刃を振るってくる。模擬戦はそれを模した戦いをするの」
ヘルの銀色の瞳と髪が刃のように鈍く輝いていた。それはこの世のものではないような恐怖さえ覚えるほどの輝きだ。
二人は少し息を呑んだ。彼女はその外見からは想像できないが、紛れもない軍人だ。シンラや、銀よりも戦場という場所を熟知しているのだ。
敵。
それは戦いに身を投じ、尚且つ生き残った者だけが得る知識なのだ。
シンラは華奢な少女の背に、酷く冷たい暗闇を見た気がした。
二人の反応を見て、少女は微笑みを納め、仮面の表情へと戻った。
「もしも、二人のどちらかの魔術、デバイスでの相手への攻撃が通りそうだった時は、ワタシが阻止する」
安心なのできるものではない。
「阻止?一体どうやって?」
尋ねたのは銀だった。
「こうやって、です」
おもむろにヘルは儀礼用の西洋剣を鞘から抜き去り、足元に突き立てた。
その瞬間、単調な灰色だった床が青白く発光し、次の瞬間には天井までも覆い隠した。
眩さに目を閉じたシンラが目を開けると、試合会場と観客席が青白く薄い光で遮られていた。
「バリアー、みたいなものかな」
「バリアーって、SFかよ」
どこか皮肉っぽいシンラに続くように銀は冷めた一言を漏らした。
「……まあ、SFじゃなくてもバリアー発生装置はもう技術的には問題ないくらいのものができてるんだがな」
シンラは誰にでもなく、そう小さく呟いた。
「ただの無属性魔術」
淡々と返答したヘルの体に、青白い光が薄い膜のように張っていた。
「このフィールドには魔力を増大させる仕組みがあるの。
こんな風に審判がフィールド全体を魔力で覆って、観客席や壁とかの人工物の保護、それにフィールド内のどこでも好きな場所で魔術を即座に発動させられる、です」
言い終えると同時に突如としてシンラと銀の間の丁度中間に厚い氷の板が生み出された。
「……大きいな」
銀は感心したように呟いた。
(……早いな)
内心でシンラは舌を巻いていた。
魔術を発動させるために必要なものは二つ。イメージと魔力だ。
双方があってはじめて魔術は現象として具現するのだが、今のはイメージする時間も、魔力を操作する時間もほとんどなかったはずだ。
何か、このフィールドに術者のそれを補助する装置があるはずだが、それの暴くのは後だった。
気泡も何もない、真っ新なガラス版のような氷壁を隔てた向こう側、御子柴銀がデバイスの鉄鋼手を身に着けていた。
シンラもバックから無骨な銀色に光る自身の得物を取り出した。
二人は不敵に笑い合う。
「以上で説明は終り、です。何か質問はありますか?」
そうの言葉と共に氷の壁は音もなく崩れて消えた。
「じゃあ、はい」
さっき言われた通り挙手するシンラを見て、銀は何だか小学校に通っていたころを思い出した。何だか非常に和んだ。
「シンラ、さん」
「ヘル、君さ。苦手なら敬語じゃなくてもいいよ?」
(遂に言った!)
銀は一人だけ非常に盛り上がっていた。正直、どうして盛り上がったのかも彼にはよくわからなかった。
「そう。じゃ止める」
そう言った時にはぶっきらぼうな口調になっていた。
「他には?」
シンラはどこか満足そうに微笑み、首を左右に振った。それに合わせて銀も「俺もないよ」と返答した。
「そう。
じゃあ、フィールドに魔力が行き通った瞬間に試合開始だから」
突き立てられた剣から青白い光がフィールドに注がれ、やがてそれはガラスケースのように透明な壁となり、一階部分から天井までを覆い囲む。
フィールドに立つ二人の少年はそれぞれの武器を構え、そして、
「試合、開始」
単調な銀色の姫の合図を受け、二人はぶつかり合った。