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SF作家のアキバ事件簿268 ミユリのブログ ラッシュに映った女

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/08/29

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第263話「ミユリのブログ ラッシュに映った女」。さて、今回は死んだナセラに代わる、もう1人のシェイプシフターの追跡劇です。


古典SF映画に秘められた謎に導かれ、映画の街、蒲田に来た僕は、AV男優のオーディションを受けながら、謎のカチンコ係を追うのだった…


お楽しみいただければ幸いです。

第1章 ミユリのブログ


"私は、言った。


「そんなこと、おっしゃってはいけません。

 お嬢様のことを考えて

 テリィ様がなさったことでしょう?」


返事は、ない。


「だったら、早く"時空トンネル"を動かして

 お嬢様のところへ帰ってあげて」


私は、知っている。


"時空トンネル"は、もう復元(コピー)されている。


「だって、テリィ様は

 復元(コピー)をご覧になったのでしょ?」


テリィ様は、私の前で溜め息をついた…

その頃、エアリは音波銃をつきつけられている。


「ヲタ友のテリィたんに伝言よ」


その女は、ヨレヨレのコートを着ていた。

後に"女コロンボ"と呼ばれる女。


「"時空トンネル"を捜すのをやめて」"


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


渋谷。百軒店。


「やっぱり、この街はいいわ」


谷底に広がる街を見下ろす。

無数の灯りが足元に広がっている。


「ここから見ると、まるでクリスマスツリーの

 ライトみたい」


女コロンボは、窓の外を見る。


「まるで都市魔法だわ」

「何を気取ってんの?デリドラ(デリヘルの送迎運転手)には似合わないわ」


回収された姫、パニィ。

助手席で、シガレットを取り出す。


「……あら?」


女コロンボは、目を剥く。


「ちょっと!車の中でタバコを吸わないで!」


めっちゃ不機嫌な顔になる。


「なんで?」

「私は、禁煙してるの」

「へえ」

「吸うなら降りて」

「いやよ。外、蒸し暑いわ」

「知らないわ。吸うなら外で」

「分かったわよ」


パニィは、煙草を咥えたままドアを開ける。


「早く降りて」

「うるさいわね」


女コロンボが眉をひそめる。


「貴女、ガンで死ぬわよ」


パニィは、外へ出ながら言う。


「その前に熱中症で死ぬわ」

「……かもね」


胸元の大きく開いた赤いメイド服。

車から降りるや、煙草に火をつけようと…


「アンタ、脳みそが溶けちまうよ」

「ほっといて」


パニィは、ライターを弄びながら言う。


「ほんとに嫌な女ね」


そして、


「あら?」


眉をひそめる。


「どうしたの?」

「火がつかないわ」


カチ。カチ。

何度やっても火がつかない。


その瞬間――閃光。


世界が真っ白になる。


「――っ!」


激しい光が弾ける。


パニィは頭を抱え

その場にしゃがみ込む。


耳鳴り。

焦げた匂い。

そして、静寂。


やがて。


パニィは、恐る恐る目を開ける。

道路の向こう。誰かが歩き去る長い影。


その人物は、こちらを振り返らずに

夜の百軒店へと消えて逝く。


「……ちょっと!」


パニィは、立ち上がる。


「ジョセ!」


女コロンボの名を呼ぶ。

車に駆け寄る。


ドアを開ける。


「――え?」


車内から、黒い煙が細く立ち上っている。

シートに倒れている人影。


いや。


それはもう、人影と呼べるものではない。

黒く焦げた、炭化した肉体。


「Ooh……!」


パニィの顔から血の気が引く。


「なに、これ……?」


渋谷の夜景は、何事もなかったように輝く。

クリスマスツリーのような無数の灯り。


その1つが、今。

消える。


第2章 人間発火の行方


翌日。渋谷、百軒店。


昼間だというのに、

現場には黄色い規制線が張られている。


パトカーが1台。2台。さらに1台。

次々とサイレンを鳴らして到着する。


サングラスをかけた警官たちが降りてくる。

その中に、制服警官とは明らかに異質な女が2人。


「人間が焼け死んだのに、焦げ跡がないわ」


1人が言う。


「犯人の手がかりは?」

「ありません」

「何も?」

「足跡1つ残っていません」


女は黙って遠くそびえる超高層タワーを見上げる。


「死因は落雷かしら」


別の女が言う。


「それとも最近流行りの人間の自然発火って奴?」


冗談とも本気ともつかない。


「車の所有者は?」

「ジョセ・フェリ」


女たちは、車を見る。


運転席に頭の禿げ上がった捜査官が座っている。

制服警官が近づき、敬礼。報告する。


「車内にあったのは、修理費の請求書が数枚。

 それとタイヤゲージ」

「ほかには?」

「こんな紙切れが」


警官が紙を差し出す。


「何だ?」

「車のナンバーだと思います」


紙には、こう書かれていた。


WL-007 AKB148


女は、紙を見つめる。


「……誰が、何のために?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


翌日。秋葉原。


僕の半装軌車のナンバープレートには、


WL-007 AKB148


とある。

僕の趣味ではない。中古だ。


僕は、ケッテンクラートから降りる。

すると、1人の女が近づいてくる。


「貴方がテリィたん?」

「……そうですが」

「私は、刑事のラウン」


女は、警察手帳を見せる。

どーでも良いが、禿げてる。


「ある殺人事件に関連して、

 アナタに聞きたいことがあるンだけど」


そして、1枚の写真を差し出す。


「この男を知ってる?」

「いいえ」

「マジで?」

「誰です?」

「ジョセ・フェリ」


ラウン刑事の声が低くなる。


「渋谷で謎の死を遂げたわ」


そして、写真を引っ込める。


「死ぬ直前、このナンバーを

 メモに残していたワケ」

「……なぜ?」

「それを聞いてるのよ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラウン刑事を御屋敷(僕のメイドカフェ)のバックヤードへ招き入れる。


「さあ……皆目、分かりません」


ラウン刑事を見る。


「あれは2台目なんで。

 前の持ち主のことかもしれませんね」

「そうカモしれないし、そうじゃないカモしれない」


ラウンは、肩をすくめる。


「まだ、アンタに逮捕状が出たわけじゃない」


そして、ニヤリと笑う。


「本音を言えば、しょっぴきたいトコロよ」

「……」

「何しろ、乙女ロードでコンビニ強盗をしたほどの

 ヲタクだものね」

「それは、不起訴になりました」

「あら、そうなの?」


ラウンは、鼻で笑う。


「元カノが弁護士ってのは、何かと便利ね」


その通りだが、良く知ってるな。

僕は、黙るコトにする。


「だが、覚えておいて」


ラウンは、僕を指差す。


「私は、アンタを見張ってる」


そして、踵を返す。


「せいぜい用心することね」

「……はい」


ラウン刑事が出て逝く。ドアが閉まる。

僕は、大きく息を吐く。


「……全く、嫌になるな」


そのときだ。

背後から声がする。


「ヲタ友のテリィたんに伝言よ」


振り返る。

メイド服のマリレが立っている。


「"時空トンネル"を探すな」


僕の顔から血の気が引く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


――池袋。


マリレの記憶。音波銃。発射。轟音。

窓ガラスが一斉に砕け散る。


「……」


マリレは、拳を握る。


「犯人は、池袋で私を脅した奴だわ」


ミユリさんが僕を見る。


「その人が"時空トンネルを探すな"と言った?」

「YES」


マリレは、うなずく。


「ジョセの死因は、未だはっきりしない」


少し考える。


「でも、警察の言ってる落雷っていうのは

 ちょっち違うと思う」

「真犯人は、時空漂流者だと?」

「たぶん」


僕は、答える。


「シェイプシフターだ」


ミユリさんの表情が変わる。


「手口がナセラと同じなんだよ」

「でも、ナセラは死にました」

「分かってる」


僕は、話す。


「シェイプシフターは、2人いる」

「……」

「ナセラは、確かに死んだ」


1拍置く。


「でも、もう1人は、まだ、この世界線の何処かで

 生き残っているのかもしれない」


マリレが黙り込む。


「そいつがジョセを殺したのかも」


ミユリさんが僕を見る。


「もしかしたら……」


声が小さくなる。


「テリィ様のお命が危険なのカモ」


僕は、何も答えない。

ミユリさんが静かに言う。


「テリィ様が、お嬢様と会うためには、

 シェイプシフターを探すしかないのですね?」


僕は、うなずく。

すると、ミユリさんは身を乗り出す。


「で、どこから始めます?」


僕は、答える。


「渋谷だ」

「……渋谷」

「百軒店」


ミユリさんは、一瞬だけ僕を見る。

そして、メイド服のスカートを整える。


「渋谷ですね」


微笑む。


「分かりました」


そして、僕の隣に立つ。


「参りましょう」


秋葉原の午後。


2人は、歩き出す。

その先にあるのは――


昨夜、1人の女が黒焦げになって死んだ街。


そして。誰にも姿を見せずに生きている、

もう1人のシェイプシフター。


渋谷、百軒店。

事件は、既に始まっている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ミユリさん。でも、マデラに知れたら?」


僕は、ドライバーズシートに座る。


「マデラは、関係ありません」


ケッテンクラートの後席。

ミユリさんは、即答だ。


メイド協会の会長、マデラ。


僕と一緒にコンビニ強盗をやったミユリさんから、

メイド長の座を奪った女だ。


「僕1人でやれるよ」

「でも私、渋谷に行ったことありますし」

「でも、名曲喫茶しか知らないだろ?」

「……」

「ミユリさんを危険な目に遭わせたくない。

 だから、僕1人で行ってくる」


ミユリさんは、僕をじっと見る。


「その間、私は?」

「カルチャーセンターの代返、頼むよ」

「なんでもない顔をして、ラテン語のお勉強?」

「こまめに連絡を入れるよ」

「でも……」


ミユリさんは、大きくうなずく。


「寂しいです」


僕は、少し笑う。


「僕のほうが、ずっと寂しいさ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


カルチャーセンター。ラテン語クラス。

ミユリさんの端末にメールが届く。


miss you already


ミユリさんは、ほんの少しだけ微笑む。


「じゃあ、最後のペアは――」


センセは、教室を見渡す。


「ミユリさんとカレル」

「姉様、それでOK?」

「……」


ミユリさんは、ぼんやり窓の外を見てるだけ。

イカれたクラスのセンセの話など上の空。


「ミユリさん?」

「はいっ」


慌てて顔を上げる。

隣のカレルが小声で囁く。


「はいって答えろ」

「はい!もちろんです」

「そうね。貴女たち、きっと良いペアになるわ」


ミユリさんは、笑顔で頷く。


「よし。上出来だ」


カレルがミユリさんの肩を軽く叩く。


「ありがとう、相棒」

「何の相棒なの?」


カレルは、ウインクする。


「ジャーナリストが追い求めるものは?」


センセは、黒板に大きく書く。


VERUM(真実)


「そう。ジャーナリストが追い求めるのは

 真実に他なりません」


教室が静かになる。


「どんなに辛くても、目を逸らしてはナラナイ」


センセは、チョークを置く。


「良いですか?」


そして、振り返る。


「今週の課題は――ラテン語で真実を探ること」


ざわめき。


「カメラを持って秋葉原へ出なさい。

 そして、真実を動画に収めるのです。

 それをラテン語に訳して提出すること」

「つまり、街に出て真実を探せって?」


カレルがつぶやく。


「その通り」


そのとき。教室の後ろの扉が開く。

ラギィだ。


彼女は、センセに小さく手を挙げる。

そして、カレルを指差す。


センセは、一瞬考えてから、うなずく。


「カレルさん」

「はい?」

「ちょっと行ってきて」

「……ですよね」


カレルは、立ち上がる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


廊下。


「実はね」


ラギィが歩きながら言う。


「どうしたの、元警部」

「今朝、特養の所長から電話があったの」

特別養護老人ホーム(とくよう)?」

「また、ばあさんが一騒ぎ起こしたらしくて」


カレルは、頭を抱える。


「また?」

「悪いけど、ホームへ行って見てきてくれない?」

「僕が?」

「カレル、貴方が行くしかないの」


ラギィは、容赦なく言う。


「じゃ頼んだわ」


そう言って、さっさと歩き去る。


「……真実を探せ、か」


カレルは1人、廊下に取り残される。

そのとき――


終業のベルが鳴る。


クラスから生徒たちが一斉に出てくる。

ミユリさんも荷物をまとめて出てくる。


「カレル?」

「……」

「どうかしたの?」


カレルは、答えない。

ただ、両手で頭を抱えている。


「いや……ちょっとね」


ミユリさんは、首を傾げる。

その手には、まだカメラが握られている。


真実を探す。


その課題が、まさかこんなところから始まるとは…

2人とも、まだ知らない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷。いつものボックスシート。


エアリは小さな箱を、そっと開ける。

中には婚約指輪。きらりと光る。


隣からジェシが覗き込む。


「うれしい?」

「でも、これ……」

「きれいでしょ?」


ジェシは、少し得意そうだ。


「奮発したの」


エアリは、指輪を見つめる。


「でも、つけられない」

「どうして?」

「無理よ」

「無理?」

「無理なの」


ジェシは、首を傾げる。


「シャンパンブルーは、今年の流行よ?」

「指輪も、あなたも、全部素敵」


エアリは、真剣な顔で言う。


「でも、婚約したってバレちゃう」

「……それがいけないの?」

「いけないわ」


即答。


「だって、秘密にしたいの」

「なぜ?」

「それは……」


エアリの視線が泳ぐ。

ジェシは腕を組む。


「早くヲタクたちに話して」

「今は、言えないわ」

「なぜ?」

「……」


決心して突っ込むジェシ。


「テリィたんのセフレだったから?」

「それは関係ない!」

「あると思うけど」

「結婚って、いつだって大事なの」


エアリは突然、別の方向を見る。


「あら」

「何?」

「ねえ、あの人」

「あの人?」

「私たちを見てない?」

「話を逸らさないで」

「逸らしてないわ」


ジェシは、じっと見る。

エアリは、観念する。


「……分かったわ」

「うん」

「こうしましょう」


エアリは、指輪の箱を胸の前に持つ。


「まず、ヲタ友に話す」

「今夜?」

「今夜」

「ホントに?」

「必ず言うわ。神田明神に誓う」


ジェシは、微笑む。


エアリはもう1度、箱の中を見る。

そして。


指輪を指先でそっと持ち上げる。


「うれしい」


きらり。


「きれいだわ」

「でしょ?」

「素敵」

「でしょ?」

「きゃっ」

「……きゃっ?」


エアリは、指輪を抱きしめる。


「きゃっきゃっ」


ジェシは、呆れたように笑う。


「秘密にしたい人が、一番うれしそうじゃない」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


特養。


カレルとミユリさんは、階段を上って逝く。


「どうせ、いつものことなんだ」


カレルは、言う。


「こぼしたスープやシリアルを片づけるだけ」

「そんな簡単なの?」

「すぐ済むよ」

「ホントに?」

「たぶん」


ミユリさんが怪訝な顔をする。


「それって、ラギィがすべきことじゃないの?」


カレルは、即答する。


「絶対にナイから。それ」

「なぜ?」

「ラギィ、もう1年以上会いにも来てない」

「1年以上?」


ミユリさんは、足を止める。


「どうして?」


カレルは、少し考える。


「親を恨んでるんだろうな」

「誰が?」

「おばあちゃんを」


カレルは、階段の上を見る。


「時空漂流者狩りに夢中になって

 家庭をめちゃくちゃにした人間だから」

「……」


ミユリさんは、小さく言う。


「でも」


カレルが振り返る。


「時空漂流者は、いるわ」

「いるね」

「探すのは当然じゃない?」


カレルは、少し困ったように笑う。


「ミユリ姉様」


そして、彼女の肩に手を置いた。


「ラギィの家族のことまで心配してたら

 キリがないよ」


ミユリさんは、黙る。階段の上。

古い廊下が続いている。


その先にいるのは――

1人の老人。そして。


誰にも理解されなくなった家族の、長い時間。

2人は、階段を上って逝く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


特別養護老人ホームのデイルーム。


壁にはハロウィンのカボチャが飾られている。

もしかすると、去年のものかもしれない。


大画面のテレビでは昼のワイドショーが流れる。

ソファには、おばあちゃんたち。


白いポロシャツ姿のアジアン職員たちが

その間を忙しそうに行き交っている。


「カレル」


ミユリさんがスマホを構える。


「ここで課題の撮影をしない?」

「ここで?」

「きっと、たくさんの特ダネが撮れるわ」


カメラが回り始める。行き交う職員。テレビを見る老人。食事を運ぶワゴン。


「悲しみの物語や、愛」


ミユリさんが小さく呟く。


「喪失感や苦しみ。そういうものが全部あるわ」

「僕には、そんな珍しい話があるようには

 とても思えないけど」

「ホントにそう思う?」


ミユリさんは、撮影を止める。

そして、ある老婆を見る。


テーブルの前に座ったまま

食べかけの食事を残している。


箸を持ったまま、動かない。


視線は、どこでもない場所に向けられている。

白いシャツには、食べこぼしがいくつも付いてる。


ミユリさんは、老婆の目をズームする。


「……」

「全部撮影して、これを見せたら

 きっと、みんなびっくりするぞ」


いつの間にか、スマホを構えているのはカレルだ。


「そう?」

「見よ」


カレルは、記者のような口調になる。


「これが特養の悲惨な環境ってやつさ」

「でも、この汚れ」


ミユリさんが老婆を見る。


「おばあさんが自分でここまで汚したのかしら?」

「おい、天井を見ろ」


カレルがカメラを上に向ける。


「雨漏りの跡がある」


天井には、黒ずんだ染みが広がっている。


「信じられない。ほんとにひどい部屋だな」

「おばあちゃんって、いつもこうなの?」

「まあね」


職員が答える。


「何か話しかけて。喜びますよ」

「どうせ話したって一方通行だよ」


その言葉を聞き流し、

カレルは壁のカレンダーにカメラを向ける。


いくつかの日付に赤い丸が付いている。


「……これは何だ?」


ズームする。


赤丸。また赤丸。

その隣には、意味の分からない小さな文字。


カレルは無言で撮影した。

その横で。ミユリさんが老婆の髪をそっと撫でる。


「こんにちは」


反応はない。


ミユリさんはしゃがみ込む。

老婆の顔を下から覗き込む。


「どうも」


微笑む。


「ミユリです」


老婆は、動かない。


「ラギィのお友達なんですよ」


無反応。


テレビの音だけが聞こえている。

ミユリさんは、床を見る。


1冊の古い本が落ちている。


「あ」


拾い上げる。


「そうだ」


ミユリさんは、ベッドの横に腰掛ける。


「本を読んであげましょう」


老婆の顔に本を近づける。


「私の祖母にも、よく読んであげました」


ページを開く。


「"渋谷上空に現れた、死後のトンネル――」


カレルが顔を上げる。

ミユリさんは、読み続ける。


「それは、渋谷以外でも目撃された。

 時空漂流者は、すぐそばにいる――"」


その瞬間。


老婆の手が動く。

ミユリさんの手首を、突然つかむ。


「――え?」


老婆の指が、異様なほど強く食い込む。


「近くに……」


老婆が呻く。


「誰か……いますか?」


カレルの顔から笑みが消える。

ミユリさんも息を呑む。


老婆がゆっくり顔を上げる。


さっきまで虚空を見つめていた目が――

2人を、まっすぐ見ている。


「……近くに、誰かいますか?」


同じ言葉を繰り返す。


その目だけが、

完全に目覚めている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


首都高。


ケッテンクラートが車列の間を縫って走る。

僕は、ハンドルを握りながらスマホを耳に当てる。


「もしもし?」

「ヤッホー」


ミユリさんの声。


「乙女ロード、楽しいですか?」

「どこ見てんだ、馬鹿野郎!」


隣を走っていたポルシェの運転手が怒鳴る。

僕は、反射的にそちらを見て叫ぶ。


「バカにするな!」

「何が?」

「……ヲタクのせいよ!」


意味不明なワードが勝手に口から飛び出す。


「いや、大丈夫だ」


前を見る。


「みんな親切だし」

「ウソ」


ミユリさんは、笑う。


「今、怒られたばっかりじゃない」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


一方、特養ではミユリさんが歩きスマホ。

廊下を歩いている。


「それでですね」

「うん」

「シェイプシフターを探し出す方法を考えました」

「ほんと?」


ミユリさんの声が少し弾む。


「ナセラは、何回、姿を変えても

 結局ある人間に戻ってたでしょ?」

「エドハ・リンスだ」

「そう」


ミユリさんは、頷く。


「どんな姿になっても

 最後には必ずエドハに戻ってたわ」

「確かに」


僕は、運転しながら考える。


「でも、なぜかな。いつも中年の男に戻ってた」

「私、こう考えました」


ミユリさんは、ふと立ち止まる。


「シェイプシフターは、自由に姿を変えられる」

「それが能力だからね」

「でも、それは永遠じゃない」

「……」

「変身は、一時的なものなのでは?」


ミユリさんの声が低くなる。


「どれだけ別人になっても

 時間が経てば、いずれ元の姿に戻る」

「つまり――」

「基本形があるの」


僕は、黙る。


「ナセラの場合、それがエドハ・リンスだった」

「なるほど」


僕は、思わず笑う。


「ナイス推理だ」

「あり得るでしょう?」

「あるある」


前方に渋滞が見えてくる。

僕は、アクセルを緩める。


「だったら、ジョセを殺したシェイプシフターも」

「いつか必ず、基本形に戻る、か」


2人の声が、スマホの中で重なる。


「その瞬間を見つければ良い」

「私も、そう思います」


ミユリさんが微笑んだ気がする。

僕は、前を見る。


「これからジョセの葬儀へ行くんだ」

「葬儀?」

「何か手がかりがあるかもしれない」

「分かりました」


少し間を置いて、


「気をつけてくださいね」

「ミユリさんも」

「じゃあね」

「また後で」


通話は、切れる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


特養の廊下。


ミユリさんはスマホをポケットにしまう。

そして、振り返る。


さっきの老婆が、遠くからこちらを見ている。

その目は――


まだ覚めている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ひなびた墓地の昼下がり。

小さな礼拝堂がある。


パルテノン神殿のミニチュア版みたいだ。


参列者は、少ない。

神父の声だけが、静かに響く。


「神を信じる者は救われます」


僕は、黙って聞いている。


「主は私たちを罪から遠ざけようとしてくださる。 そして、まるで父親のように

 私たちを安心させてくださるのです」


神父は、1度言葉を切る。


「私たちは、すべてを知る必要はありません」


窓から差し込む、午後の光。


「人間の一生は、推し活のようなものです」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


礼拝堂の外。


木陰に1人立っていたら突然、肩に手を置かれる。

自衛隊の勧誘か?


振り返ると禿げ頭の女。

禿げ頭は、先日の刑事から数えて2人目だ。


流行ってるのか?


しかし、ジョセの葬儀に参列しているのか

散策の途中なのか、良く分からない黒T。


「誰なの?」


女は、尋ねる。

こっちが聞きたいよ。


「友人?それとも家族?」

「従兄弟です」


女は、怪訝そうな顔をする。


「おかしいわね」

「何が?」

「ジョセに、従兄弟がいたなんて」


僕を見る。


「初耳だわ」

「そうですか?」

「マジよ」


女は、即答する。


「彼女のことなら何でも知ってるわ。

 だって、お互いに隠し事なんてなかったもの」


そして、小さく首を傾げる。


「私の知らない身内がいたなんてね」


そのとき。


「しーっ」


葬儀の列から鋭い声が飛ぶ。

振り向く。


黒いメイド服の女が

口元に人差し指を当てて睨んでいる。


胸元には真っ赤なバラ。

葬儀なのに、どう見てもメイド服だ。


「静かにしてください」


小声なのに迫力がある。


「……すみません」


僕も声を落とす。

ところが、禿げ頭は構わず僕に話しかける。


「あなた、代理人は決まってる?」

「代理人?」

「エージェントよ」

「エージェント?」

「声が大きい!」

「すみません!」


今度は、マジで神父までコチラを見てる。


「後で話しましょ」

「……はい」


禿げ頭の女は、笑っている。


「面白い人ね」

「そうですか?」

「あなた、映画は好き?」

「映画?」


女は、ポケットから名刺を取り出した。

僕に差し出す。


タレントエージェンシー

ルイウ・ヲルタ


「私はルイウ・ヲルタ」


そう描いてある。


「……タレントエージェンシー?」

「そう描いてあるでしょ?」


ルイウは、名刺を僕の手に推し込む。


「本編、撮ってる人間を知ってるの」

「本編?映画ですか」

「蒲田でね」


そこで一瞬、言葉を止める。


「蒲田で面白いことをやってる人がいて」

「蒲田……」


その名前を聞いた瞬間だ。


礼拝堂の扉が開く。

参列者たちが出てくる。


その中に、さっきのメイド服の女がいる。

黒いメイド服。胸元に赤いバラ。


長い脚を組み、何事もなかったような顔で

神父の説教を聞いている。


あれは、葬儀用の服なのか。

それとも――まさか、デリヘル帰り?


いや。


もしかすると、彼女にとっては。

あれが正装なのかもしれない。


ルイウが僕の肩を叩く。


「行きましょう」

「どこへ?神の国?」

「バカ。蒲田よ」


僕は、名刺を見る。

その裏には、撮影所の住所が描かれている。


蒲田キネマ。


渋谷で起きた奇妙な殺人事件は、

なぜか国際キネマ都市へと向かおうとしている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィのペントハウス。


…といっても、ラギィはヒルズ族ではない。この時代、ペントハウスとは、中小雑居ビルの屋上に無理やり増築されたプレハブ住宅を指す。空調室外機と巨大なダクトに囲まれて、多くの場合、居住者や来客は窓から出入りする。


屋上スラム。ビルの大小、高低を乗り越えて、一定の高度帯に江戸時代の長屋のような共同体が形成されている。ラギィは、そんな場所に生まれ、育った。今では、その1室にカレルが居候している。


カレルは今、1枚のペーパーを掲げている。

正面では、ミユリさんがカメラを構えている。


「ミユリ姉様」

「はい」

「アクションって言ってくれ」

「はい、スタート」

「……」


カレルが待つ。


「あ。はいはい。アクション!」

「……」


カレルは、深い溜め息をつく。


そして、何事もなかったかのように

件のペーパーをカメラに向ける。


「みなさん。カレルです。さて、

 これが特養から毎月送られて来る請求書です」


ペーパーを指で叩く。


「なんと、1ヶ月30万円!」

「30万円……」

「そうです。そして、みなさん。

 これだけの額を払っているにもかかわらず――」

「ただいまー」


突然、窓が開く。

ラギィの御帰宅だ。


「やあ、ミユリ姉様。来てたの?」


楽しそうに手を振る。


「ラギィ!」


カレルが怒鳴る。


「撮影中だぞ。おかげでNGだ」

「ああ、ごめんなさい」


屈託なく笑うラギィ。


「外に出るわ」


そう言いながら冷蔵庫を開ける。


「……出る気ゼロだろ」


カレルは、天を仰ぐ。諦める。


「で、ステージ、どうだった?」

「うまくいったわ。とても、良い感じ。

 バンドとしてまとまってきたカモ」

「それはよかった」


ラギィは、警察を退職しバン活中だ。

冷蔵庫から飲み物を取り出す。


「ところでカレル。今朝頼んだ用事、

 うまいこと済ませてくれたのかな?」

「うん」

「よし」


ラギィは、満足そうにうなずく。

ミユリさんがカメラを下ろす。


「カレル。それだけ?」

「何が?」

「おばあさんが言ってたこと。

 ちゃんと聞いてみなさいってば」

「だって、ラギィが嫌がるのさ」

「じゃあ、私が聞くわ」

「ちょっと待った」


カレルが立ち上がる。

ミユリさんは、再びカメラを構える。


ソファに寝転がっているラギィを撮る。


「あら。笑った方が良いかしら?」


ラギィは、屈託ない。


「手でも振りましょうか?」

「これ、カルチャーセンターの課題ナンです」


ミユリさんは、真顔で答える。


「テーマは"真実を探る"です」

「そうなの?」


ラギィが起き上がる。


「だったらバンドの取材とかしてくれない?

 ほら、ジャーナリストって、

 常に真実を追い求めるものでしょ?」

「いいえ」


ミユリさんは、カメラをラギィに向ける。


「私は、おばあさんとの関係に興味があります」


ラギィの笑顔が消える。


「……世の中の関心は、そこにあります」

「待って」

「なぜ、ラギィはおばあさんと会わないの?」

「会ってるわ」

「最後に会ったのは、1年前の9月24日」


ミユリさんは、壁のカレンダーを指差す。


「印がついてる」


ラギィの顔色が変わる。


「カメラを止めて。この印をつけたのは誰?

 余計なことをしてくれちゃって……」

「僕だよ」


カレルが平然と言う。


「なぜ?」

「おばあちゃんが喜ぶからさ。

 でも、もう俺のことも覚えてないんだ」

「うーん。だけど」


ミユリさんは、言う。


「私には話しかけてきたわ」


思わず振り向くラギィ。心底驚いてる。


「ママが?ミユリ姉様に?」

「ええ。突然、私の腕をつかんで」

「何か話したの?」

「ええ。こう言ったわ」


ミユリさんは、思い出す。


「"近くに誰かいますか?"」


ラギィが黙る。


「どういう意味なの?」

「……それは」


ラギィが答える前に、カレルが口を挟む。


「秋葉原で撮られた、昔の映画のタイトルだよ」

「映画のタイトル?」

「"SFホラー 近くに誰かいますか?"だょ」


ラギィが続ける。


「1950年代のSF映画ね。

 たぶんママは、その映画のことを言ってる」

「どうして?」

「嫌な思い出だから」


ミユリさんは、ラギィを見る。


「なぜ嫌な思い出なの?」


ラギィは、しばらく黙っている。

やがて、小さく息を吐く。


「ロケ中に主演女優が殺されたから」

「殺された?殺人事件なの?」

「当時、ママは万世橋(アキバポリス)の刑事課だった。

 だから、捜査を担当したと聞いてる」


ラギィは、ソファに座り直す。


「ねぇ。この話、前にも話したけど」


カレルは、キッパリ首を振る。


「いや。聞いたことない」

「とにかく――」


ラギィは、窓の外を見る。


「犯人は時空漂流者だと、ママは考えた」


ミユリさんの目が光る。


「時空漂流者?」

「でも、違った」


ラギィは、淡々と言う。


「死因は、突発的な落雷だった」


その瞬間。

今度は、ミユリさんが顔を上げる。


「……落雷?」

「そうだ」

「ホントに?」

「記録ではそうなってる」


ミユリさんは、カメラを下ろす。


渋谷で死んだジョセ・フェリ。

焼け焦げた死体。


そして、警察が口にした言葉――落雷。


数10年前の殺人事件。

そこにも、同じ言葉が残っている。


落雷。


ミユリさんは、何も言わない。

ただ、スマホの画面を見つめる。


そして小さくつぶやく。


「……おばあさんは、まだ覚えてルンだわ」


誰も答えない。


「認知症だから忘れたんじゃない」


ミユリさんは、顔を上げる。


「忘れられない何かがあるのよ」


そのとき、カレルのスマホが鳴動する。

画面には、渋谷の事件現場の写真。


ミユリさんは、それを見る。

そして、再び"落雷"という言葉を思い出す。


過去と現在が、1本の線で繋がり始めている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷のバックヤード。


エアリは、みんなとは少し離れた場所で

スマホを耳に当てている。


「ジェシ、大丈夫よ。わかってる。

 私、単刀直入に、きっぱり話すから」


一瞬、声を落とす。


「うん。じゃあ、誰か来たみたい。

 頑張るから。切るわね」


通話を切る。


「誰からの電話?」


振り向くと、マデラが立っている。


ミユリさんが謹慎している間

メイド長を代行している女。


秋葉原メイド協会の会長でもある。

エアリは、反射的にスマホを隠す。


「スピアからよ」

「ウソ。テリィたんからでしょ?」

「まさか。違うわ」


マデラは、じっとエアリを見る。


「エアリ」

「何?」

「いったい、何でウソをつくの?」


エアリの手が、そっとポケットへ入る。

その中には、シャンパンブルーの指輪がある。


「テリィたんがお金に困ってるのね?」

「違うわ。マデラ。テリィたんからじゃない。

 わかった?」

「ホントに?」

「ホントよ。信じて」


マデラは、黙る。

それから、ふっと視線を落とす。


「テリィたん……今頃、何をしてるのかしら」


その声には、さっきまでの厳しさはない。


「行方をくらまして、もう3週間よ」


エアリも黙る。


「そろそろ連絡が来る頃だと思ってる。

 ……エアリには電話してきたのでしょ?」

「えぇまぁね」

「お金は?」

「お金?」

「テリィたん、お金に困ってまたコンビニ……」

「絶対的に大丈夫…だと思う」


マデラは、少し考える。

そして、懐から1通の封筒を取り出す。


「でもね」


エアリを見る。


「もしテリィたんが困って

 貴女に泣きついてきた時には……これを渡して」

「……何?」


エアリは、封筒を受け取る。

中には、まとまった現金が入っている。


「マデラ……」

「私は、御主人様方を守るのも仕事だから」


いつもの厳しい顔で言おうとする。

けれど、うまく笑えない。


「出禁にしたり、怒ったり……

 嫌われるようなことばかりしてるけど」


マデラの目に涙が浮かぶ。


「本当は、誰にも不幸になって欲しくないのよ」


エアリは、何も言えない。


「テリィたんにも。ミユリ姉様にも。貴女にも」


やっと、少しだけ笑う。


「だから、困ったら使いなさい。

 返さなくて良いから」

「でも……」

「良いの。ほら、テリィたんは最近

 第3新東京電力を退職したばかりだから」


マデラは、エアリの手を両手で包む。


「幸せになりなさい」


エアリの目にも涙が浮かぶ。

ポケットの中の指輪に、そっと手を添える。


「……ありがとう」


マデラは小さくうなずく。

そのまま、背を向ける。


「それじゃ、私は仕事に戻るわ」

「マデラ」

「何?」

「私も……報告したいことがあるの」


マデラが振り返る。

エアリは、1度だけ息を吸う。


「私、結婚するの」


マデラの目が丸くなる。


「……誰と?」


エアリは、微笑む。


「ジェシと。メイド弁護士の」


マデラは、しばらく黙っている。

そして――


「そう」


ほんの少しだけ、嬉しそうに笑う。


「おめでとう、エアリ」

「ありがとう」

「今度は、ちゃんと自分の幸せを守りなさい」


マデラはそう言って、バックヤードを出て逝く。

1人になったエアリ。


ポケットの中の指輪を握る。

その先には、未だ誰も知らない未来が待っている。


そして秋葉原は、静かに世界線の歩みを加速する。


第3章 闇市と映画の街で


コンビニのコーヒーを片手に

僕は駅前に停めたケッテンクラートに戻る。


ハンドルに1枚の紙が挟まっている。

駐車違反。


「……またか」


溜め息をついて、紙を引き抜く。

ところが、違う。


警察の切符ではあったが

裏に黒い文字。


**GO HOME, TERRY**


僕はしばらく、それを見つめる。

次の瞬間。


紙の端から、青白い煙が立ち上る。


「え?」


指から離す。

紙は自動的に消滅する。


炎は上がらない。


ただ、煙だけを残して、文字も紙も

跡形もなく消えて逝く。


僕は、周囲を見回す。

誰もいない。


遠くを池上線が走っている。

手前には、闇市のような街が広がっている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「テリィたん?」


スマホからエアリの声。

思わず、振り返る。


僕の背後に佐伯山。

その山腹には、


**KAMATA**


の文字が刻まれている。

ブロードウェイのマネらしい。


蒲田は変遷する。


焼跡。崩れかけた廃ビル。煤けたレンガ。

トタンを継ぎ合わせただけの露店。


駅前には闇市のようなざわめきが広がり、

その隙間から生活が力強く芽を吹く。


映画館の前で紙のポスターがパタついて、

その隣の屋台からは、湯気が上がる。


まるで、とっくに終わった戦争の

終戦直後を望んで生きているような街だ。


「いつになったら帰ってくる気?」


エアリの声が続く。


「マデラが泣いてるわよ」

「……さあね」

「テリィたん」

「何?」

「シェイプシフターを探すのは、もうやめて」


声が少し震える。


「殺されるかもしれないのよ」


僕は、闇市の向こうを見る。


「でも、僕は探さなきゃいけない」

「わかってる」


エアリは、静かに言う。


「娘と連絡を取るためでしょ?」

「そうだ」

「何か作戦はあるの?」

「もちろん」


僕は、コーヒーを1口飲む。

もう冷めている。


「これからエージェントと会う」

「エージェント?」

「うん」


僕は、佐伯山を見上げる。


山腹の"KAMATA"の文字が

夕暮れの空に浮かんでいる。


そして、思い出したように付け加える。


「それと――」

「何?」

「もしかしたら、映画デビューするかもしれない」

「……は?」

「いや。捜査の都合上なんだけど」


エアリが絶句する。

僕は、笑う。


戦争が終わったばかりの焼跡の街。

そんな思いにさせる映画の街だ。


そして僕は、ティルに産ませた娘を探すために

この街へ来たはずだが…


なぜか映画俳優になるかもしれない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


蒲田キネマ。


焼跡の街は、映画だけが妙に元気だ。


撮影所の中にあるオープンエアのカフェ。

白いテーブルを挟み僕と女エージェントが向き合う。


彼女は、カフェなのに黒いサングラスをかけてる。


「ジョセはね、何でも演じたわ」


サラダをフォークでトントンと突きながら言う。


「女殺し屋、女囚、娼婦、看護婦…

 タフだった。どんな役でもこなしたわ」

「じゃ本業は、殺し屋ではなかったんですね?」

「モチロン違うわよ」


ルイウは、怪訝そうに僕を見る。


「殺し屋?何で?」

「いや……」


炭酸水を飲む。


「じゃあ、なぜ蔵前橋(けいむしょ)に?」

「君、ジョセのこと、あまり知らないのね」

「再従兄弟なんです。それほど親しくなくて」

「暴行罪よ」


フォークがサラダの中を泳ぐ。


「血の気の多い女だった。

 でも、それが女囚役では迫真の演技につながった」

「僕には、乙女ロードから電話が来たんですけど。

 彼女は、なぜ池袋に?」

「それは、私が回した仕事じゃないわね」


少し間を置く。


「もちろん死者を悪く言うつもりはないけど……」


サングラス越しに僕を見る。


「ジョセには、役者としての才能はなかった」


いきなり、僕を指差す。


「でも、君は違う」

「僕?」

「行けるわ」


女エージェントは、断言する。


「君なら大スターになれる。

 第2.5のドム・クルーズになれるわ」


2.5?ドム?腹黒い3連星?


「僕には無理ですよ」

「じゃあキアヌは役者じゃないって言うの?」

「そういう意味じゃ……」

「演技なんて2.5、じゃなかった、2の次よ」


きっぱり言う。


「目立てば良いの」

「……」

「SNSへの露出。これが大事。演技力?

 あとから付いてくるわ」

「もう絶望ですよ」

「何が?」

「映画業界が」

「そんなことより!」


突然、女エージェントが立ち上がる。


「見て!」


サングラスの奥の目が輝く。


「来たわよ!」


僕も振り返る。

カフェの入口から、1人の女が歩いてくる。


左右の耳に、それぞれスマホ。

両手で別々の相手と話しながら歩いている。


その後ろをパパラッチが必死に喰らいつく。


「誰です?」

「誰ですって?」


女エージェントが本気で驚く。


「知らないの?」

「……知りません」

「何も知らないのね。逆に初々しいわ」


彼女は、嬉しそうに笑う。


「キャル・ギドラ」


その名前を口にすると、声まで少し低くなる。


「蒲田キネマで1番のやり手プロデューサーよ」


2台のスマホで同時に話している女を眺める。


「そして――」


女エージェントは声を潜める。


「この街で一番、権力を持っている女」


キャル・ギドラは、こちらを一瞥する。


スマホを耳に当てたまま

別のスマホに何かを打ち込み出す。器用だ。


「ちょっと待ってて」


女エージェントが立ち上がる。


「早速、君の名前を売り込んでくるわ」

「今?」

「チャンスは待ってくれないのよ」


そう言って、手のひらをヒラヒラと振り

キャル・ギドラの方へと歩いて逝く。


僕は1人、テーブルに残される。

炭酸水を1口飲む。


そして、何気なくルイウの方を見る。

彼女がテーブルに置いたスマホ。


画面が一瞬だけ点灯する。


僕は、立ち上がらない。

振り返りもしない。


ただ、テーブルの下で指を動かす。

蒲田キネマの情報ネットワーク。


その中に、警察が探している名前がある。

パニィ・バニィ。


住所。過去の出演記録。関係者。

そして――


最後にアクセスした人物。


「……なるほど」


僕は、小さく呟く。

映画スターになるつもりはない。


少なくとも、今のところは。


でも、この街では映画を作る人間が

事件の情報も持っている。


だったら利用させてもらえばいい。

それは、スターへの道でもある。


早速、裏口から捜査を始めることにする。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


得意のピッキングでパニィのアパートに入る。

突然、スマホが鳴ってビックリ。


「もしもし。テリィ様?」


ミユリさんからだ。

御屋敷でお掃除をしながら。ながらスマホ。


「テリィ様。シェイプシフターは

 アキバでも人を殺してました。1951年に」

「つまり?」

「尋ね人は連続殺人犯だってことです。

 ロケ中に主演の女優が殺されてますけど

 死因は、突発的な落雷ってことになってます」

「それは偶然かな?」

「なワケありません。当時から

 時空漂流者の仕業だと思われてました。

 当時、警部だったラギィのおばあちゃんも

 そう主張しました。でも、誰も信じなかった」

「容疑者はいたのかな」

「これから調べます」

「thank you。いつも僕を助けてくれて」

「いいえ。シェイプシフターを見つけて

 1日でも早く秋葉原に帰ってきて欲しいです。

 あ、マデラが来たからもう切ります」


スマホを切る。


ふと"秋葉原リハーサル"と書かれた

古いβのビデオテープが目に入る。


これまた古いレコーダーに入れて再生する。

因みに、受像機は日立製でブラウン管だ。


例のおばあちゃんと思しき女優が写っている。


"…お友達のデリィに伝言よ。探すのは諦めて。アタシのボスは、奴を止めるためなら、何でもやる。いざとなったら殺す…あら?ねぇちょっと台本を見せてょ"


やや?あれは、芝居のセリフだったのか。


納得する僕。そこへ突然"メールを受信しました"の声。振り返るとPC8801の画像に緑文字が並ぶ。


"I Want You Terry STAY AWAY

 警告したぞ帰れテリィ"


息を飲む。思わず後退りして振り向くと、目の前に拳銃の銃口だ。拳銃を構えているのは…パニィ。


「ちょっと。アンタ、何してるの?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


普通の拳銃だ。


銃口がラッパ型に開いた音波銃ではない。

だから、余計に怖い。僕は、両手を上げる。


「3秒あげる」


メイドデリヘルの女は言う。

確か名前は…パニィ?


「何したのか言いな」

「興奮するな。落ち着くんだ」

「興奮してるのはアンタでしょ」

「……」

「早く話して」


いちいち、ごもっともだ。


「ジョセを殺した真犯人を探してる」

「ジョセは落雷で死んだの」

「違う。殺されたんだ」

「そう思ってるの?」

「君だって、そう思ってるんだろ?」


デリヘル嬢は、黙る。

そして、拳銃を少しだけ下げる。


「……警察には話したわ」

「何て?」

「あの現場には誰かいたって」

「信じてもらえなかった?」

「全然」

「そうか」


僕は、うなずく。


「でも、君は正しい」

「ほんと?」

「渋谷警察は低能なんだ」

「そこまで言う?」

「言う」

「アンタ、警察じゃないの?」

「違う」

「じゃあ何?」

「ヲタクだ」

「かなり怪しいわね」

「よく言われる」


そして、彼女は少し笑う。


「ジョセは、ひどい女だった」


拳銃を持つ手が、わずかに震える。


「でも……好きだったの」

「そうか」

「どーしても、嫌いになれなかった」

「それも、よくわかる」

「わかるの?」

「僕にも似たような経験がある」

「へえ」

「詳しくは話さない」

「何よ、それ」


また、少し笑う。

妙な女だ。


いいや。妙なのは……

恐らく僕の方。


「それで?」

「何が?」

「現場で何を見た?」


彼女は、僕を見る。

今度は、笑ってはいない。


「あの夜、確かに誰かがいたわ」

「顔は?」

「見えなかった」

「どこにいた?」

「車の向こう」

「何をしていた?」

「わからない」

「じゃあ、なぜ人間だと思った?」


彼女は、少し考えてから言う。


「人間じゃなかったかもしれない」

「……」

「でも、何かがいたのは確かよ」


僕は、1歩近づく。


「そのとき、君は現場にいたんだな?」


彼女は、黙って頷く。


僕はゆっくり彼女の手に触れる。

拳銃を持つ手を、静かに下へ向ける。


「もう銃はいらないだろ?」


彼女は、抵抗しない。

黙って、僕を見上げる。


「案内してくれ」

「どこへ?」

「ジョセが死んだ場所へ」


彼女は、僕を見る。


「アンタ、ホントに警察じゃないの?」

「違う」

「じゃあ何者?」


僕は、少し考えてから、慎重に答える。


「実は、映画俳優になるかもしれないンだ」


彼女は、呆れた顔をする。


「……それ、1番信用できないわ」

「僕もそう思う」


2人は、同時に笑う。

そして、僕たちは、夜の渋谷へと歩き出す。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


百軒店に停めたケッテンクラート。

眼下に渋谷の街が広がっている。


パニィは、昭和の頃からある緑色のガードレールにもたれて、煙草に火をつける。


「ちょうど私は、あそこにいたの」


指差した先には、遠くに見える1本の街路樹。


「背中を向けて煙草に火をつけた。そしたら――」


パニィは、指を鳴らす。


「ドン!」

「落雷?」

「YES。いきなり周りが真っ白になったの。

 目を閉じても光が見えるくらいだった。

 で、振り返ったら――ジョセはもう死んでた」

「誰か見なかった?」

「女」

「女?」

「ええ。カラダが光ってたような気がする」

「光ってた?」

「そう。もしかしたら超シン・ウルトラマンかも」

「うーんウルトラマンは女じゃないな」

「じゃあウルトラウーマン?」

「それ、ヒロピン系のウーマンがパルタン星人にヤラれちゃう奴だょね?」

「詳しいのね。もしかして、ヲタ?」


ヤバい。


「顔は?」

「見てない」

「髪の色は?」

「わからない」

「服装は?」

「それもわからない」

「何か覚えてないの?」

「歩いていった」

「シュワッチってか?」

「え。どっち?あっちだけど」


パニィは、指差す。


「それから?」

「突然、消えた」

「消えた?」

「まるで最初からいなかったみたいに」


僕は、黙って彼女を見る。

やっぱり、シェイプシフターだ。


「そういえば」


パニィが煙草を消す。


「さっきジョセが女殺し屋の稽古をしてるビデオ、

 見てたのよね?」

「ああ」

「誰がキャスティングしたのかしら?」

「それを聞きたいんだ」

「私は、知らないわ」

「ジョセは、誰から仕事を受けたのかな」

「知らないってば」

「ホントに?」

「渋谷のデリ嬢、ウソつかない」

「いつもボッたくられてるけど」

「ヲタクが背伸びするからよ」

「……映画デビューするかもしれない」

「それ、関係ある?」

「たぶんない」

「でしょうね」


妙に話が合う。


「でもね」


パニィの声が少し低くなる。


「あの仕事から帰ってきて、ジョセは変わった」

「どう変わった?」

「タイムマシンの話ばかりするようになった」


僕は、振り向く。


「タイムマシン?」

「ええ。最初は笑ってたのよ。

 "頭がおかしくなったんじゃない?"って」

「それで?」

「それから、何も話さなくなった」

「何か他に言ってなかったか?」


パニィは、少し考える。


「そうそう。"良い金ヅルを見つけた"って」

「金ヅル?」

「大物らしいわ。これで大金が入るって」


僕の背筋を冷たいモノが走る。


「……誰かな?」

「それがわからないのよ」

「闇バイトかもしれないな」

「怖いこと言わないでよ」

「実際、ジョセは殺された」

「ねぇ」


パニィは、僕を見る。


「一体、あの現場で何があったの?」

「帰ろう」

「え?」

「もう十分だ」

「ちょっと待ってよ」


パニィは、僕の腕をつかむ。


「私も殺されるの?」

「わからない」

「わからないって、1番怖い答えじゃない」

「だから乗れ」

「アナタはどこへ?」

「秋葉原」

「なんで?」

「調べモノが出来たから帰る。家まで送るよ」

「ねぇ何を調べるの?」

「ジョセが最後に見たモノさ」


パニィは、僕を見る。

そして、ふふっと笑う。


「なんだか私たち、良いコンビだと思わない?」

「今それ言う?」

「私は結構、気に入ってるンだけどな」

「……僕もだよ」

「デリをホンキにさせてどうするつもり?」


2人は、ケッテンクラートに乗り込む。

珍しくエンジンは1発でかかる。


渋谷の街を、夕暮れがゆっくり飲み込んで逝く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)


ボックス席で、ミユリさんは呆れた顔だ。

カウンターに積まれたβビデオの山を見ている。


「カレル。このビデオ、全部見たの?」

「ああ。全力で見たよ」

「どうだった?」

「全力でつまらなかった」

「……そう」


そのとき、扉のチャイムが鳴る。


「貴女がミユリさんね?」


振り向く。

髪を鮮やかな翠色に染めた老婆が立っている。


「はじめまして。ミユリです。こちらはカレル」

「お電話いただいて、本当にうれしかったわ」


老婆は、ニッコリ笑う。


「よく私のことがわかったわね」

「インターネットで調べました。

 業界人のサイトにお名前が載っていて。

 確か"近くに誰かいますか?"という

 映画でメイク係をされていたんですよね?」

「まあ!」


老婆の目が輝く。


「その映画、知ってるの?」


ミユリさんは、彼女をボックス席へ誘導する。


「もちろんです。こちらへどうぞ」

「貴女も好きなの?」

「大好きです。名作だわ」


横からカレルもちゃっかり座る。


「僕も大好きです」

「まあまあ!」


老婆は、2人を見渡して、少女のように笑う。


「嬉しいわ。あの頃の蒲田は楽しかったのよ」


突然、口調まで若返る。


「闇市が賑やかでね。朝から人がいっぱい。

 撮影隊なんて入ったら、もう大騒ぎ。

 エキストラが足りなくなると

 そこら辺のおじさんを捕まえてね。

 "あなた、ちょっとそこに立って!"なんて」

「そんなに?」

「そうよ。映画っていうのはね、勢いなの。

 勢いと色気」


カレルがミユリさんを見る。

ミユリさんは、小さくうなずく。


「でも」


ミユリさんが声を落とす。


「ロケ中に女優さんが亡くなったんですよね?」

「ああ……」


老婆は、一瞬だけ遠くを見る。


「そうだったわね」

「何があったのか、ご存じですか?」

「もちろん覚えてるわ。

 晴れてたのに、突然、雷が落ちたの」

「雷が落ちた?」

「ええ。ものすごい光だったわ。

 女優さんは、その場で亡くなった」


老婆は、溜め息をつく。


「きれいな子だったわ。

 みんな"イカしてる"って言ってた」


カレルが固まる。


「……イカしてる?」

「そうよ。今の若い人は、そう言うんでしょ?」

「まあ……たぶん」


ミユリさんは、無難に愛想笑い。

老婆は、楽しそうに続ける。


「それでね、あの子には噂があったの」

「噂?」

「三角関係」


身を乗り出す。


「主演の男優と、カチンコを持ってた男。

 2人ともあの子に夢中だったのよ」

「……ホントに?」

「映画の現場なんて、そんなものよ。

 恋愛と嫉妬とお弁当が飛び交ってるの」

「お弁当が?!」

「そこは関係ないわ」


ミユリさんとカレルは、顔を見合わせる。


「でも」


カレルが口を挟む。


「彼女は殺された、と言う人もいます」


老婆は、驚かない。


「あら。今でもそうなの?」

「はい」

「そうよねえ」


あまりにもアッサリ答える。


「当時も、未来人の仕業じゃないかって

 みんなで疑っていたわ」


ミユリさんの表情が変わる。


「未来人……?」

「ええ。だって普通じゃなかったもの」

「容疑者は?」


老婆は少し考え、指を1本立てる。


「カチンコ係」

「彼が?」

「そう。あの男、ずっと怪しかったのよ」

「なぜです?」


老婆は、ニヤリと笑う。


「映画の現場ではね。カチンコを持ってる男ほど、 いろんな秘密を知ってるのよ」


その目だけが、妙に鋭い。

ミユリさんは黙って老婆を見つめる。


認知症の影に隠れているのは

ただの記憶違いなのか。それとも――


この老婆は、何かを覚えている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「カチンコ係って、なんだ?」


夜の首都高。


ケッテンクラートを走らせながら

僕は、スマホを耳に当てている。


「take 1 とか言って、カチンとやる人のことよ」


誰より先に答えたのは、後席のパニィだ。


「そうそう」


スマホの向こうからミユリさん。


「撮影のときにカチンコを鳴らす人です」

「そ、そのようだね」

「……テリィ様。どなたと一緒なの?」


ミユリさんの声が一段低くなる。


「え?」

「今、どなたと御一緒?」

「いや、友達だよ」

「女の人?」

「まあ……」

「彼女の家に行くの?」

「いやいや。家の前まで送るだけだよ」

「彼女の家の前まで?」

「だから、そういう意味じゃなくて――」

「へえ」


短い沈黙。

後席のパニィが僕の肩越しに顔を出す。


「私、彼女じゃないわよ」

「聞こえてます」


ミユリさんの声が冷たい。


「話を戻そう」


僕は、思い切りアクセルを踏む。


「シェイプシフターの基本形が

 昔のカチンコ係だったとしたら?」

「常にその姿に戻るってわけですね」

「つまり、当時のカチンコ係の顔がわかれば――」

「見つけられる」

「そうです、テリィ様」


ミユリさんの声が少し柔らかくなる。


「わかった。じゃあ、その男の顔を知るには

 どうしたら良いかな?」


僕は、片手でハンドルを握ったまま、考える。


「ラッシュを探せば良いと思います」

「ラッシュ?」

「撮影したフィルムを、編集する前に見るの」


後ろからパニィが教えてくれる。


「撮影したものを、そのまま確認するのよ」

「なるほど」

「ずいぶん協力的なお友達なんですね」


ミユリさんは、言う。


「それもプレイ料金に入ってるの?」

「ミユリさん!」


パニィは吹き出す。


「あなた、嫉妬してる?」

「してません」

「してるわね」

「してません!」


僕は、前を向いたまま、溜め息をつく。


「ど、ど、どうやったら50年前のラッシュ

 見つけられるんだろう」

「それなら、もう調べました」


ミユリさんの声が得意げになる。


「"近くに誰かいますか?"について調べたら

 今、その映画の権利を持っている会社が

 わかりました。"蒲田キネマ"です」

「ホント?」

「はい、テリィ様。

 ラッシュも、そこに保管されている

 可能性があります」

「hallelujah!」


思わず叫ぶ。


「愛してるよ、ミユリさん!」


後席からパニィが冷やかす。


「ヒューッ!」

「今の、後ろの彼女にも聞こえましたか?」

「もちろん聞こえてるわよ!」


パニィは、即答だ。


「映画会社に着いたら、電話してください」

「うん」

「お1人のときに」


通話は切れる。

僕は、スマホを見つめる。


「……彼女、怒ったかな?」

「たぶんね」


パニィは、楽しそうだ。


「でも、あんたの彼女、かわいいじゃない」

「彼女というより…もっと崇高な存在ナンだ」

「何ソレ?"推し"って奴?クスクス」

「……なんでだよ」


夜の首都高をケッテンクラートが走り抜ける。


事件の謎は、少しずつ過去へと向かう。

後席に、新しい厄介事を乗せたまま。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パニィのアパートの前。


ケッテンクラートを停める。

後席からパニィが降りる。


「あの、テリィたん……」


振り返る。


「ちょっとだけ、寄っていかない?」

「……悪い。今日はやめておくよ」

「そうよね」


バニィは、小さく笑う。


「ちょっと言ってみただけ」


僕は、ハンドルに手を置いたまま、彼女を見る。


「パニィ。今回のことは全部、忘れてくれ。

 ジョセのことも、僕のことも、何もかもだ」

「どうして?」

「君のためだ。これ以上関わったら

 君まで危険になる」


バニィの笑顔が消える。


「私、死ぬの?」

「そんなことにはさせない。

 でも、ジョセみたいになって欲しくない」


少しの沈黙がある。


「じゃあ……私は、テリィたんのことも

 忘れなくちゃいけないの?」


パニィは、そう言って、ほんの少し首を傾ける。

思い切りシナをつくる。が……


よく見ると、ものすごい厚化粧だ。


「僕のことは、特に」←

「わかったわ」


パニィは、素直にうなずく。

そして、ふふふっと笑う。


「でも……さっき電話してた女の子

 ちょっと羨ましいわ」

「え?」


答えるより先に、パニィが近づいてくる。

唇が触れる。


just one kiss


「お幸せにね」


離れる。


「さよなら、テリィたん」


パニィは、扉を開ける。

そして、最後にもう1度だけ振り返る。


「今度は、ちゃんと忘れてね」


そう言って、扉を閉める。


僕はしばらく、その場から動けない。

やがて、エンジンをかける。


秋葉原へ戻らなければならない。

ミユリさんが待っている。


だが、唇には未だパニィのキスが残ってる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「僕、やっぱり役者に向いてると思う!」


翌日、僕はルイウに力強く宣言している。


パニィとの別れを経験した僕は

何かが吹っ切れている。


いや、吹っ切れたというよりも

新しい才能に目覚めたようだ。


僕は……"覚醒"した(カモしれない)。


「でしょ?」


禿頭の女プロデューサー、ルイウは

一瞬の躊躇いもなく、うなずく。


「やっぱりね。私の目は正しかったわ。

 先ず、アー写から撮りましょう」

「ルイウ、オーディションは?」

「探すわ」

「バンバン受けたい気分なんだ。

 今なら、どんな役でも出来る気がする」

「その意気よ。すぐ手配するわ。燃えてるわね」

「萌えてる」

「……そこはどっちでも良いわ」


ルイウは、早速スマホを操作し始める。


「写真とガッツが売り物よ……」


そこで、ルイウの指が止まる。


「あら。私、今ガッツって言った?」

「言ったな」

「最近あまり聞かない言葉だけど……

 逆に新鮮ね。アナタの宣伝文句にどうかしら」


ルイウは、タブレットを開く。


「"ガッツのある新人俳優"……

 いいえ。"ガッツ派俳優"よ。どう?」


僕は、一瞬"うっ"となったが流される。


「いいね。ヒーロー役もできる」

「実際、ヒロインに囲まれてるモノね」

「そこが、他の男優とは違うところナンだ」


僕は、胸を張る。


「役作りでヒロインに囲まれてる俳優なんて

 なかなかいないだろ?」

「役作りじゃないけどね」

「細かいコトは良いんだよ」


ルイウが検索結果をスクロールする。


「あ、これなんかどう?」

「何?」

「映画会社の募集よ。

 "雅楽忍者隊"の実写版だけど

 エキストラを探してるわ」

「エキストラ?」


僕は、画面を覗き込む。


「ルイウ、ホンキか?」

「何が?」

「これ、もしかして大役じゃないか?」

「どこが?」

「雅楽忍者隊だぞ。人気番組じゃないか」

「そうね」

「しかも、実写版」

「アニメ版ならアナタに出番はナイわ」

「僕、これに出たら一気に来るんじゃないかな」


ルイウは、小声で言う。


「……ヒロピンAVだけど」

「AV?」

「ヒロインがヤラれてピンチになる奴」

「なるほど」


僕は、熟考する。


「重要だな」

「え。どこがよ」

「ヤラれる側がいないと

 ヤル側が引き立たないし」

「前向きね」

「俳優は何でもやらなきゃ」

「あなた、エキストラよ」

「大スターへの第1歩だろ?」


ルイウは、画面をチェックし溜め息をつく。


「こんな大役、駆け出しのアナタには無理よ」

「でも撮影、1日で済むんだろ?」


僕は、募集要項を指差す。

ルイウは、もう1度画面を見る。老眼か?


「なるほど。1日なのね」

「だったらいけるカモ」

「何が?」

「撮影の合間に人探しが出来る」

「そこ?」


僕は、さらに畳みかける。


「事件も解決して、映画にも出る。二刀流だな」

「俳優と探偵の?」

「人生の、さ」


ルイウは、僕の顔をジッと覗き込む。


「……言われてみると」

「どうだい?」

「確かに雅楽忍者隊っぽい顔をしてるわ」

「だろ?」

「でも、あなたが忍者なの?」

「そこは演技力で」

「……」

「ほら。僕は役者に向いてるから!」


ルイウは、小さく息を吐く。


「まあ、良いわ。アナタ、運が良いわ」

「良く言われる」

「このディレクター、私、知ってるの」

「コネ?」

「YES」

「最高じゃないか!」


僕は、立ち上がる。


「今日中に合格できるかな?」

「まだ応募してないわ」

「でも、コネがあるんだろ?」

「あるけど」

「じゃあ今日中に合格、明日からスターだ」

「話が早すぎるわ」

「明日にはアー写を撮ろう」

「まだエキストラにも決まってないわよ」

「その次は主演だな」

「ヒロピンAVの?」

「それも経験だよ」


ルイウは、苦笑しながらスマホを手に取る。


「じゃあ、急いで根回しするわ」

「頼むよ」

「任せて。私が何とかしてみせる」

「僕を大スターに?」

「……そこまでは言ってない」


ルイウは、スマホをかける。


その横で、僕はAV男優になったつもりで鏡を見る。

少し角度を変える。右。左。


そして、忍者らしい鋭い目つき。


「……イケるな」


僕は、ひとりで頷く。

そのとき、ルイウの電話がつながる。


「もしもし?久しぶり。

 ちょっと相談があるんだけど――」


僕は、腕を組み、静かに微笑む。

事件を追いながら、AVにも出る。


これが、僕の新しい人生カモしれない。

まだ、エキストラにも決まっていなかったが。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


昼下がりのパーツ通り。


ジェシとエアリは、並んで歩いている。

2人ともメイド服だが、1人は弁護士。


「私、不安なの」


エアリは、小さく言う。


「マデラの顔を見たら

 きっと、うまく言えなくなるわ」

「大丈夫よ」


ジェシは、笑う。

大好きな、あの横顔。


「貴女ならやれるわ」

「そう思う?」

「もちろんよ。だって、ただ話せば良いンだモノ」

「ただ話すだけ?」


エアリは、何度かうなずく。


「そうね。お互いに席について

 落ち着いて話せば良いだけよね」

「そうよ。その通り」


ジェシは、メイド服の胸を張る。


「おめでたい話なんだから」

「そうよね」


エアリの顔がパッと明るくなる。


「おめでたい話なんだわ」


そして、ジェシを見る。


「じゃ、行ってくるわね」

「うん。いってらっしゃいませ、お嬢様」


2人は、キスをする。

短いキス。


エアリは、少し照れながら昭和通りへと歩く。

ジェシは、その背中を見送る。


そして、小さくガッツポーズ。


「よし」


本人の方が緊張している。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


昭和通りの高級中華"新秋楼"。


マデラとエアリは、テーブルを挟み

向かい合っている。


黒酢酢豚の山が運ばれて来る。


「こうして2人で食事するのも久しぶりね」


マデラは、言う。


「そうね」


マデラは、妙に機嫌が良い。


「そういえば、数年前のハロウィンイベント

 思い出すわね」

「ハロウィンイベント?」

「ほら。ぢあきなヲみのコスプレしたでしょ?」

「ああ、あれね」

「次の年は確か、お面ライダー」

「そうだった」

「懐かしいわね」


エアリも、楽しそうに笑う。


「で、テリィたんから何か連絡は?」

「え?」


エアリの箸が止まる。


「テリィたんじゃなくて……」

「違うの?」

「私の話よ」


マデラが箸を置く。


「何かあったの?」

「実はね」


エアリは、1度深呼吸する。


「ここ何日も前から話そうとしてたの」

「うん」

「でも最近、いろいろあったでしょう?」

「まあね」

「だから、なかなか言えなくて」

「そう」

「でもね」


エアリの顔が、だんだん嬉しそうになっていく。


「逆に考えてみると、良い知らせなのよ」

「良い知らせ?」

「そう」

「……何?」

「今こそ話すべきだと思うの」

「何を?」

「だって、マジ素晴らしいコトなのよ」

「だ・か・ら、何が?」

「みんなが聞いたら、きっと驚くわ」

「驚く?」

「ええ。最近のお屋敷って

 みんなが喜ぶようなニュースって

 なかったって思わない?」

「まあ……そうね」

「だから、これを聞いたら

 みんな、絶対に幸せになれると思うの」

「エアリ」

「何?」

「あなた、さっきから同じところ

 グルグル回ってない?」

「そうかしら?」

「そうよ」


エアリは、少し考える。


「じゃあ、もう言うわ」

「うん」

「マジすごく良い知らせなのよ」

「それは、もう分かったから」

「マデラ」

「はい」

「私――」


エアリは、姿勢を正す。


「結婚します」


マデラの動きが止まる。


「……」

「リルラの部下のジェシと」

「……」


完全に絶句するマデラ。

エアリは、ほっとしたように息を吐く。


「やっと言えたわ」


肩の力が抜ける。


「これでスッキリした」


そして、メニューを手に取る。


「さあ、何を食べる?」

「…………」

「私、今日は豚1頭でも食べられそう」

「…………」

「お祝いだもの」


エアリは、メニューを開く。


「ふんふんふん……」


楽しそうにページをめくる。


「小籠包もいいわね。あ、これも美味しそう」

「エアリ」

「なあに?」

「結婚するの?」

「するわ」

「ジェシと?」

「YES」

「……いつから?」

「え?」


エアリは、少し考える。


「ええと……」


そして、嬉しそうに笑う。


「もう、そういうことになってるの」

「どういうことよ!」


店内にマデラの声が響く。


エアリは、びっくりして顔を上げる。

それから、なぜか嬉しそうに笑う。


「マデラも喜んでくれたのね」

「喜んでるように見える!?」

「だって声が大きいもの」

「驚いてるの!」

「同じじゃない?」

「全然違うわよ!」


エアリは、再びメニューに目を落とす。


「じゃあ、お祝いだから……」

「聞いて!」

「何?」

「まだ聞きたいことが山ほどあるの!」

「例えば?」

「例えば……」


しかし、言葉に詰まるマデラ。

エアリは、首を傾げる。


その顔には、恋する女の幸福しか

浮かんでいない。


もちろん。


自分がスーパーヒロインであることなど

お首にも出さない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「おばあさんの言う通り……

 主演女優は時空漂流者に殺されたのね」


ラッシュ映像を見つめるミユリさんとカレル。

そこへラギィが帰って来る。


ミユリさんは、ラギィの方を見て

それからカレルを見る。


「おばあさんの話をしなきゃ」

「うん」

「ちゃんと言わなきゃ駄目よ。

 おばあさんが正しかったってこと

 ラギィにキチンと伝えなきゃ」

「そうだね」

「そうよ。あなた次第よ」


ミユリさんは、カレルの背中を推す。


「え?」

「話して」

「なんで俺が?」

「いいから」

「後でいいだろ」

「駄目よ」


ミユリさんは、腕を組む。


「いつ話すの?」

「……」

「今でしょ」

「いや、だから――」

「ラギィ!」


突然、ミユリさんが大声で呼ぶ。


「おい!」


カレルが慌てる。


「君には関係ないだろう!」

「なーに?」


奥からラギィが顔を出す。


「あ、すみません」


ミユリさんは、何食わぬ顔で言う。


「カレルが何か話したいことがあるって言うから」

「僕が?」

「どんなことかしら?」


ラギィがカレルを見る。

カレルは、完全に固まる。


ミユリさんは、ニコッと笑う。


「じゃあ、私は帰るわね」

「え?」

「ゆっくり話してね」


そう言い残して

ミユリさんはさっさと出て逝く。


「ゆっくり話して……?」


ラギィが首を傾げる。


「いや、その……」


カレルは、視線を泳がせる。


「別に、何でもないんだ」

「そうなの?」


ラギィは、少し笑う。

そして、そのまま出て行こうとする。


「警部!」


カレルが呼び止める。

ラギィが振り返る。


「私、元警部だけど?」

「……」


カレルは、浅く息を吸う。


「僕とラギィの間が……

 ラギィとおばあちゃんみたいになっちゃったら

 僕は、とても嫌なんだ」


ラギィの表情が変わる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


特養のデイルーム。


カレルがちらりとラギィを見る。

ラギィは、肩を落としている。


壁に飾られた古い写真を手に取る。

そこには若い頃の母親が写っている。


制服姿。凛とした顔。

胸には勲章がいくつか光っている。


「ママも昔は、意外と美人だったのね」


ラギィがぽつりと言う。


隣では、今の母親がその勲章の数々を

とても大事そうに握りしめている。


けれど、その顔には何の表情もない。


写真と勲章。過去と現在。

2つの時間が、同じ部屋に置かれている。


「じゃあ、そろそろ帰るわ」


ラギィが立ち上がる。


「家で色々やることがあるの」


ママは、黙っている。


「また何日かしたら会いに来るから」


ラギィは、笑顔を浮かべる。


「じゃあ。元気でね、ママ」


そのまま歩き出す。


「……」


ママは、動かない。

ラギィがドアに向かう。


「ラギィ!」


突然、声がする。

ラギィの足が止まる。


ゆっくり振り返る。


「ママ?」


ママは、写真と勲章を抱えたまま

壁に手をついている。


1歩。また1歩。

ヨロヨロと歩いて来る。


「どうしたの?」


ラギィが駆け寄る。


「危ないわ」


ママは、答えない。

ただ、カレンダーを指差している。


「カレンダー?」


ラギィが手を伸ばす。


「今日?」


ママの指は、今日を指したまま動かない。


「ママ、どうしたの?」


ラギィがその手をそっと押さえる。


「こっち来て」


ママの身体を支える。


「車椅子に座ろう。ほら。しっかり捕まって」


ママの腕を自分の肩に回す。


「こっちにつかまって。そう。こっちよ」


2人は、ゆっくり歩く。1歩ずつ。


ようやく車椅子まで辿り着く。

ラギィがママを座らせる。


2人とも息を切らしている。


ラギィは、カレンダーを見る。

そして、ママを見る。


「……今日の日付?」


ママは答えない。


それでも指だけは、そこから離れない。

ラギィはしばらく黙っている。


やがて、ふっと表情を緩める。


「わかった」


ママの前にしゃがむ。


「もう、わかったわ」


ママの手を握る。


「ここで待ってて」


ママは、ラギィを見る。


「ペンを借りてくるから」


カレンダーを指差す。


「そしたら、今日の日付を丸で囲もう?」


ママの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。


「明日も来るから」


ラギィは、笑う。


「また一緒に丸をつけましょう」


ママは、何も言わない。


けれど、握られたラギィの手を

ほんの少しだけ握り返す。


その瞬間だけ。


とても長い時間の流れの向こう岸から

昔のママが、やっと帰ってきたように見える。


第4章 主演男優の降板


蒲田キネマ撮影所。


赤いゴキブリの着ぐるみとセーラー戦士が並んで歩き、その横を梯子を抱えた道具係が右往左往する。


誰も何も説明しない。


撮影所という場所では、それが普通なのだろう。会議室の中から声がする。


「はい、次の方」


僕は、大きく深呼吸をする。

いよいよだ。


扉を開ける。


中央にカメラ。三脚の前にアロハシャツの男。

その隣の黒シャツがプロデューサーか。


「秋葉原から来ました、テリィです」


普段より低い声で言ってみる。

低音には自信がある。


案の定、アロハシャツの男が握手を求めてくる。


「こちらへ」

「確か、タイムマシンコンベンションの時、

 僕はアナタを良いホテルに移れるよう……」


さりげなく自分の功績を売り込む。

男は、一瞬だけ僕を見る。


「そうだったな。彼はビリン・グズリ」

「どうも」

「調子はどう?」


僕は、ビリンと気さくに握手する。


「絶好調です」


何が絶好調なのかはわからない。


「ドアは、僕が閉めるよ」


プロデューサーが僕の背後で扉を閉める。

"雅楽忍者隊"のオーディション。


プロデューサーが仕切る。


「準備ができたら、どうぞ」


カメラマンが三脚のカメラを覗く。

ビリンが台本を持つ。読む。


「私は、未来から来たドクター・フューチャーだ」


続いて僕。1歩前へ出る。

そして、全身を使ってセリフを放つ!


「私はァ……雅楽忍者隊!」


胸を張る。


「倒すぞォ……ガラクター!」


沈黙。


3人の視線が、ほぼ同時に交差する。

ビリンが続ける。


「268世紀は、危機的な状況にある。

 熱病コロナが流行しており、薬を探している」


僕は、腕を組む。


「おおおぉ。それを盗みに来たのか?」


僕の声は、学芸会の悪役そのものだ。


「違う」


僕は、1拍置く。長い。2分休符だ。

そして、思い切り眉間に皺を寄せる。


「即刻、我らの時空から立ち去らねば……」


そこで、右手を高々と掲げる。


「我々はァ……お前たちのタイムマシンをォ……」


拳を握る。


「破壊するぞォ!」


言い切る……完璧だ。


「……」

「……」

「……」


3人とも動かない。

僕は、少しだけ微笑む。


――今のは、かなり強い。

果たして、プロデューサーが声をかける。


「ちょい待ち」


カメラマンがカメラを止める。


「君の演じているコガンというキャラはさー

 遠い時空から来た漂流者なんだ」

「はい」


僕は、全身を耳にして聞く。


「つまり、タイムトラベラーなんだよ」

「はい」

「でも今のじゃあ……」


プロデューサーは、慎重に言葉を選ぶ。


「も少しAVっぽさが欲しいな」


僕は、大きくうなずく。

なるほど。演技が少し高尚過ぎたようだ。


「意味はわかるか?」

「もちろんです」


即答だ。


「じゃあ、もう1度やってみよう。始めてくれ」


僕は、目を閉じる。


タイムトラベラー。遠い時空。漂流者。

すべてを完璧に理解している。


そして、目を開ける。正に刮目だ。


「我が名は……」


低く。

できるだけ低く。


「コーガン」


沈黙。


カメラマンが下を向く。

ビリンが口元を押さえている。


僕は、気づかない。いや。気づいている。

みんなは、感動しているのだ。


プロデューサーは、満面の笑顔になる。


「いいね」


僕の胸が熱くなる。


「どうもありがとう」

「はい!」


僕も満面の笑顔で答える。

ビリンが親指を立てる。


「がんばれ」

「ありがとうございます!」


僕は、深々と頭を下げる。

これはイケる。完全にイケる。


僕は、扉に向かって歩き出す。

未来への扉だ。背筋が伸びている。


主演(AV)男優の歩き方だ。

扉を開ける。振り返る。


「それでは、よろしくお願いします!」


もう1度、満面の笑顔を振り撒く。

そして、扉を閉める。


廊下に出た僕は、小さく拳を握る。


「……勝ったな」


その瞬間。

扉の向こうから……


「ぶはははははは!」


という声が聞こえる。

続いて


「誰だょ"睾丸"って?」

「ダメだ、腹痛い!」

「なんなんだよ、あいつ!」


3人の笑い声。


僕は、廊下で立ち止まる。

しかし、それすらも僕の耳には、


「期待されている」


という意味に聞こえている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


引き続き、蒲田キネマ撮影所。


ロケバスの前に、黒いシャツを着た、頭の禿げたプロデューサー然とした女が立っている。ルイウだ。


周りを、女優の卵たちが取り囲んでいる。


「いい?私に電話さえしてくれれば

 全員にスターへの道を用意してあげるわ」


ルイウは、名刺を配りながら、ひとりひとりの顔を覗き込む。そして、キッパリと宣言する。


「私はね、才能を見分けるだけの力はあるの」


そう言って、ひとりの女性を指差す。


「……まあ、ちょっと貴女は無理そうだけど」


乾いた笑い声が起きる。

本人だけが笑っていない。


「じゃ、次」


そのとき、僕が歩いて来る。


「あら、おかえり」


ルイウが僕を見つけ、声をかけてくる。


「役をもらえてよかったわね。

 "バック・トゥ・ザ・フューチャー327"の」


僕は、笑顔で握手を求める。

あれ?"雅楽忍者隊"だったけどな…


「ありがとう。良いオーデだったよ」

「役、取れたのかな?」

「多分ね」


僕は、胸を張る。

ルイウも笑顔になる。


「万一ダメでも、次があるわ」


その言葉には、ムダに説得力がある。

2人で歩き出す。


僕は、撮影所を見渡す。


巨大なセット。

機材。

走り回るスタッフ。

意味のわからない着ぐるみ。

誰かの怒鳴り声。


すべてが映画の世界だ。


「もしよければ、見学しても良いかな?」


僕は、尋ねる。


「初めてなんだ」


プロデューサーが僕を見る。


「本当に初々しいわね」


少しだけ驚いたような顔だ。


「覚えておいて」

「はい」

「その真面目さが、アナタの売り物になる」


僕は、真剣に頷く。

僕もそう思う。


「ありがとうございます」

「よし。見学してきて」


プロデューサーは、足を止める。


「私は、会う予定の人がいるから」

「あ、はい」

「じゃあね」


そう言って歩き出す。


2歩。3歩。

振り返る。


「あ」

「はい?」

「……ねぇ待って!」

「?」

「乗せて!」


停車中の撮影用ムーンバギーに飛び乗る。

エンジンをかける。


「じゃ!」


砂煙を上げて走り去っていく。

僕は、その背中を見送る。


「……忙しい人だな」


1人になった僕は、撮影所の奥へ歩き出す。

目的はひとつ。ラッシュ庫だ。


ミユリさんたちが探していた、あのラッシュ。

それが、この撮影所のどこかにある。


廊下を曲がる。


「ラッシュ……」


倉庫を覗く。

ない。


編集室。

ない。


大道具室。

ない。


衣装部屋。

ない。


僕は、さらに奥へ進む。

そのとき。


廊下の突き当たりに、1枚の扉が見える。

扉には


《映像保管室》


とある。僕は立ち止まる。

胸が高鳴る。


もしかしたら――。


僕は、1つ深呼吸をする。

ゆっくりと扉に手を伸ばす。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


撮影所の奥。


ワンルームマンションのような建物がいくつも並ぶ一角がある。まるで、江戸時代の長屋だ。


ただし、長屋の中に住んでいるのは、太平の逸民ではない。フィルムだ。


一軒一軒に小さな扉があり、番号が振られている。

僕はそのひとつの前に立つ。


ポケットから万能ヘアピンを取り出す。

鍵穴に差し込む。


カチャ。簡単に開く。


「……よし」


中に入る。

その瞬間、スマートフォンが鳴る。


「テリィ様!」


秋葉原。パーツ通りで歩きスマホをしながら、ミユリさんが電話して来る。


「テリィ様、やめてください」

「もうフィルム庫に入った」

「相手は、もう2度も警告してきました。

 これ以上はテリィ様が危険です」

「大丈夫だよ」

「テリィ様」


僕は、奥へ進む。


「全然、大丈夫じゃありません」


ミユリさんの声は、少し震えている。


「相手は絶対、テリィ様をつけています」

「……そうかな」

「そうです」


僕は答えず、フィルム庫の棚を見上げた。


六角形の古びたフィルムケースが

ずらりと並んでいる。


何10年分なのかわからない。


ケースにはタイトルらしきものが描かれている。

その上から、さらにステッカー。


手書きの文字。

赤ペン。

黒ペン。

誰かの走り描き。殴り描き。


「本番用」

「NG」

「要確認」

「絶対捨てるな」

「社外秘」


その中に、ひときわ雑な文字がある。

僕は、立ち止まる。


「あった」

「何がですか?」

「ラッシュ」


僕は、ケースを1つ棚から引き抜く。


「テリィ様、急いで」


ミユリさんの声が早くなる。


「カチンコ係の顔を見て、そこを出るの!」

「カチンコ係?」

「どのシーンでも構わないわ。

 絶対、最初に写っているはずです」


僕は、ケースを開ける。

中からフィルムを取り出す。


黒いフィルム。


細い。

冷たい。


「これじゃ見られないな」

「どうするの?」

「待ってて」


僕は、リール台を見つける。

フィルムをセットする。手で回す。


カタカタカタカタ。


フィルムが送られて逝く。

壁に光が当たる。


映像が浮かび上がる……


巨大なメカモスラ。

東京を襲う。


逃げ惑う人々。

悲鳴。

絶叫。

爆発。


そして――


カチンコ係が画面の端を横切る←


僕は、息を止める。


「いた」

「見えた?」

「まだだ」


カチンコ係が、もう1度画面に割り込む。

小美人役の双子がメカモスラに襲われるシーン。


その背後に、カチンコ係。

普通なら、ただのスタッフだ。


しかし。


カメラに気づいた瞬間

彼女は、振り返る。


豊かな黒髪。

満面の笑顔。

白い歯。


そして、ピース。


「……」


僕は、映像を凝視する。


「ミユリさん」

「はい。どうしたの?」

「まさか……」


画面の中の女。

その横顔。

その笑い方。

僕は、知っている。


「誰なの?」


僕は、答える。


「映画のプロデューサーだ」

「え?」

「この前、業界人御用達のレストランで見た」


その瞬間。


ジジジジジ――。


画面にノイズが走る。

スマホからも雑音が響く。


「テリィ様?」

「ミユリさん?」

「聞こえますか?」

「ミユリさん!」


声が途切れる。


「テリィ様――」


ブツッ。


通信が切れる。


「ミユリさん?」


返事がない。

僕は、スマホを見る。


「……ミユリさん?」


その瞬間。


壁に映っていた映像が、

白く焼ける。


ジュッ。


フィルムの一部分が熱を持ったように赤くなる。

次の瞬間。


画面そのものが溶けて消える。


「……!」


背後から声。


「おめでとう、テリィたん」


僕は、ゆっくり振り返る。

そこにいたのは――


もう1人の禿げ頭。

確か、キャル・ギドラ。


両肩にスマホを挟み別々に会話してた女だ。

女優の卵たちにスターへの道を売る女。


その顔が、ゆっくりと歪む。


「ついに見つけたわね」


僕は、後ずさる。


「……シェイプシフターか」


女は、笑う。


「そうよ」

「なぜジョセを殺した?」

「簡単なことよ」


シェイプシフターは、肩をすくめる。


「奴が私の正体を嗅ぎつけたから」


そして、笑顔。


「生かしておいたら、まずいでしょ?」


片手を上げる。

時空が歪む。


「!」


見えない衝撃が僕を襲う。

身体が宙に浮く。そのまま……


ドンッ!


壁に叩きつけられる。

息が詰まる。


「探すのはやめろと……」


シェイプシフターが近づいてくる。


「警告したはずだ」


僕は、立ち上がろうとする。

だが、身体が動かない。


シェイプシフターが、もう一度手をかざす。

棚のフィルムケースが一斉に震え出す。


そして――


フィルムは、一斉に火を噴く。炎は棚を走る。

赤い光が、僕の目の前で揺れる。


最後に見えたのは、


笑っているシェイプシフターの顔だ。

意識が落ちていく。音が遠ざかる。


炎だけが、やけに鮮明だ。


暗転。



**TO BE CONTINUED**

今回は、海外ドラマによく登場する"シェイプシフター"をテーマに、映画人の愉快な業界話を散りばめ、楽しく描いてみました。コントのような楽しい会話を心がけましたが、さて。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、インバウンド家族のママの派手なタトゥを良く見かける秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

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