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十二話

「はぁ?」


 アシレの柄の悪い声が事務所内に響いた。フウの一件も落ち着き、便利屋はいつもの業務へと戻っていた。今日は出張の依頼はなく全員が書類仕事などをしていた。そこに響いたアシレの一言。どうやら手に持った手紙が原因らしい。隣の席のニジヤがチラリと机を覗くと封筒には公爵家の紋章が描かれていた。


「アシレ?どうしたの?」


 リュウが書類から顔を上げて尋ねる。セイレンも視線をやった。アシレは心底どうでも良さそうに答えた。


「なんか家から戻ってこいって手紙が来たんですけど、これ無視していいですよね」


 家、と言うのは公爵家のことで間違いないだろう。アシレの中ではもう縁が切れていたが、向こうはそうではなかったらしい。よくよく話を聞くと、兄が公爵の座を正式に継ぐことになったので補佐として支えてほしいとのことだった。ここ数年、家を離れてからなんの便りもよこさなかったくせに都合のいいことだ、とアシレは鼻で笑う。アシレにとって、自分の居場所はもう既に便利屋になっている。慕うセイレンのそば、信頼できる仲間の中。今更家に戻るなんて考えたこともなかったし今後もありえないことなのだ。


「戻る気なんてさらさらないですけど」


「貴族なんてめんどくさいだけっすよね」


「そう言うものなの?私は貴族ではないから分からないのだけど」


「あー、なんつーか、プライド勝負みたいな感じっすよ」


「そうなんだ」


 リュウは商家の出なので、貴族は取引相手といった印象が強い。黙っていたセイレンが口を出す。


「いい機会だし、一回帰ってみても良いんじゃねぇか?」


「えっ、ボス!見捨てないでください!」


「ちげぇよ。お前、なんだかんだうちに来た時以来顔も見せてないだろ。一回くらいかお店に行ってもいいだろ。それで、断ってくればいい」


「ボス…そうですね、家出た時に母親も卒倒してましたし、いい機会ですかね。僕のことはもう諦めろっていってきます!」


「なんか公爵が気の毒っすね」


「まぁ、アシレの意思を曲げられる人なんてセイレンくらいだろうね」


 そんな話をしていると、便利屋の扉がカランと音を立てて開いた。依頼かと思いニジヤが立ち上がるが、来客は事務所内をくるりと見渡し、アシレに視線を止めた。そして、恭しく礼をする。


「アシレ坊っちゃま、お迎えにあがりました」


「お前…わざわざ来たのか」


「アシレ坊っちゃまは手紙を無視するかも知れないと、公爵様がお考えになりまして」


「あのオッサン、めんどくさいことを…」


 アシレは見知った顔に不機嫌を隠しもせずに返事をする。訪れた男は公爵家の執事の1人で、アシレの世話役をしていた人物だった。公爵はどうしてもアシレを連れ戻したいようで、使いのものを寄越したのだ。今更虫のいいことだ、とアシレは不快に思った。


「ちょうど良いじゃねぇか。行ってこい」


「ちょ、セイレンさん」


「んで、ちゃんと帰ってこいよ」


「……勿論ですよ、ボス!」


 執事は目の前で繰り広げられる会話に、ため息をついた。旦那様も諦め切れないのはわかるがアシレが帰ってくるわけがない。そう思えるほどアシレにとってこの場所は居心地が良さそうだ。アシレの才能は兄をゆうに超えるが、公爵が後継者に兄を選んだその瞬間から既に手放したも同然だったのだ。アシレが家族に執着なんてあるわけがないのに、と長年アシレに仕えていた執事は思案せざるを得ない。

そうして、アシレは一度公爵家に顔を出すことになった。


 アシレを乗せた馬車が離れる音を聞きながら、セイレンはリュウに話しかける。


「お前も、呼ばれてんだろ?」


「ん?なんのことかな」


「実家、後を継がないかって言われてんだろ」


 リュウは少し黙って、観念したように両手を挙げた。


「本当、セイレンには隠し事はできないなぁ」


「お前らが分かり易すぎるんだよ。で、どうすんだ?」


「…セイレンは、どう思う。私は、家を継ぐべきだと思うかい?」


 セイレンは少し考えて、ふっと笑った。


「お前の自由だろ、と、言いたいところだが。俺個人としては、いて欲しいよ。ここに」


 リュウの実家である商家は王都の中でも大きい方で、貴族相手の商売を主にしている。一応兄が1人いるが、兄は商才があまりなかった。父から任された事業は、緩やかに赤字へ向かった。その背中を見ていたリュウは、次期後継者として交友関係を広げるために学園へ入れられた。ほとんどが貴族な学園で、リュウはなんとか持ち前の愛想で貴族に取り入った。そんな時、出会ったのがセイレンとウィルセルだった。祝福持ちと王太子のコンビは遠巻きにされ、目立っていた。ある時、貴族ではないリュウに興味を持ったウィルセルが声をかけたことから始まった。自然体な2人を見て、リュウは素直に羨ましいと思った。そして、そんなリュウを見抜いて引き入れたのはウィルセルだった。行動を共にする様になって、2人の身分を超えた気やすさに惹かれていく。自分も、本当は貴族のご機嫌取りなどではなく、本当の能力を認めてほしい、と。

 そして、リュウは父親に直談判した。商会を継ぐのは弟に任せたい、と。初めのうち、父は戸惑いを隠せなかったが、二つ下の弟は社交的で商会の宣伝なども進んでするような性格だった。そちらの方が自分よりも向いている、と熱心に語るリュウに負けて、父は家を出ることを了承した。しかし、父はリュウの有能さをなかなか諦められないらしい。何度か、手紙が届いていたが見ないふりをしていた。


「セイレンがそんなことを言ってくれるなんてね。…私の帰る場所はここにしかないよ」


 その返答に、セイレンは満足そうに笑った。


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