十話
「で、あんた名前は?」
「ニジヤっす」
「ニジヤね。ちゃんとあたしのこと守りなさいよ」
せめてもの機嫌取りで、テイムしていたリスにフウの相手をさせている。父親は昼間は仕事に出かけているようで、母親は洗濯物を洗いに行った。そう考えると、庶民の家というのは、無防備だ。誰もいなくなれば鍵をかけるのだろうが、貴族が使っているような魔力感知式ではなく、物理的な鍵だろう。本来ならば近所の子供たちと遊びに出かけているころだろうが、フウは教会から極力外出は控えるようにといわれていた。万が一、公表前の祝福持ちが悪用されることのないように、っといった措置である。
一日目は、気まずい沈黙を過ごしただけで終わった。仕事を終えて帰宅した父親にも挨拶をして、今回特別に貸し出された魔道具の使い方を説明する。
「魔道具は使ってますよね。魔道式ランタンとか」
「そうですね」
「それと同じ要領で魔力を充填してもらえれば、この家を認識して保護してくれます。起動させると朝、もう一度同じ人物が魔力を流すまで家の出入りはできなくなるっす。こう、透明なバリアが家に張られる感じなので」
「なるほど…普段はランタンか料理くらいにしか魔法なんて使わないもんで…」
「普通そうっすよ。じゃあ、今日は帰りますね」
「はい、ありがとうございます!」
報告にと便利屋に戻ると、セイレンとリュウが残っていた。
「戻りましたー、ってあれ、アシレさんはどうしたんすか?」
「今日は依頼の後そのまま帰らせた。どうだった、加護持ちのお子様は」
「それが、ほとんど会話もなく、ぶすっとしたまま終わったっす」
「ははっ、まぁしょうがねぇな。加護持ちなんてそうそういるわけじゃねぇし、分かれってほうが無理な話だ。ま、お前なりにやってみろ」
「はい…」
次の日も便利屋に寄ってからフウの家へ向かう。同じように母親に招き入れられた。
「魔道具、どうでした?」
「多分大丈夫でした。こう、膜に守られる感じになって。すみません、高価な魔法道具なんて使ったことがなくて」
「いや、大丈夫そうっすね。今日からも毎日お願いするっす」
「はい!じゃあフウ、ママ洗濯に行ってくるからね」
「はぁい」
ふたりになった家には沈黙が流れる。どこにも行けないから余計に機嫌が悪くなるのだろう。しかも家族以外の人間がいる。家が安全地帯である子供からすれば精神的にも負荷が大きいのは想像に易い。妙な罪悪感を覚えながら、話しかけてみることにした。
「フウさんは、普段は何をしてるんすか?」
不機嫌そうにそっぽを向いたまま、それでも律義にフウは答えた。
「…いつもは、近くに読み書きを教えてる先生がいて、そこに行ってるわ」
「読み書きかぁ、それは偉いっすね」
「なに?馬鹿にしてるの?」
「そんな、してないっすよ」
反応がお気に召さなかったらしく、それ以降は話してくれなかった。
三日目、同じように母親が洗濯へ出かける。いつもはフウも手伝っているらしいが、外出を制限されている以上それもできない。洗濯物を入れた籠を抱えて井戸まで行く母親を、フウは心配そうに見守る。ニジヤがいることにも慣れてきたのか、ぽつぽつと話しかけてくるようになった。
「ニジヤは便利屋?なのよね。どんな仕事してるの」
「え?うぅん…そうっすね、草むしりとか、家の修繕とか、店番とか」
「そんなお使いみたいな仕事でお金もらってるの?あんた貧乏なの?」
「貧乏って…町のみんなが笑ってくれれば、お金はそんなに気になんないっすよ」
「ふぅん。ねぇ、ニジヤってほかの加護を持ってる人と会ったことある?」
「まぁ、あるっすけど」
「あるの!?じゃ、じゃあその人は、」
フウが胸元で服を握りしめていることに気が付いた。こういう仕草をするときは、大抵不安だからだ。フウは口を開こうとして、言いにくそうにもごもごと言葉を転がす。一度、飲み込む。そうしてやっと、吐き出した。
「その人の、ママやパパは、喜んでた?」
当たり前の不安だった。加護という大きすぎる力を手にした子供を、親が受け入れて愛し続ける保証なんて、どこにもない。それが不安で、ずうっと不安を抱えて今日までいたのだろう。本人たちに聞くこともできず、外に出ることもできない。だから、一番近くにいる大人に話した。そこに信用できるのかとか、秘密を守るかどうかなんて重要じゃなかった。自分を受け入れる姿勢を見せてくれた、ちゃんとした大人。それだけでフウには十分すぎた。
「…わかんないっすけど、少なくともいえるのは、みんなに愛される人っすよ」
ニジヤは優しい声色で、ニカっとわらった。




