閑話休題 アシレの過去
アシレは貴族の家に生まれた。公爵家の次男として、たくさんの知識を詰め込まれた。兄も無能だったわけではない。学園では上位の成績を誇っていた。ただ、少し年の離れたアシレのほうが、優秀だった。
父は兄を後継に望んでおり、家の皆、そのつもりだった。母親を除いて。
理由は単純だった、より自分に似ているアシレのほうが愛せた。たったそれだけの事。公爵家ともなれば当然政略結婚である両親の仲は悪くはないがよくもなかった。他人のような間柄でしかなかった上に兄は自分に似ておらず、遅くできたアシレのほうがかわいかった。そして、あいにくアシレは優秀だった。
ある日の夜道、アシレが乗る馬車が賊に襲われた。入ったばかりの学園からの帰り道でのこと。図書館で珍しい本に夢中になり、帰りが少し遅れてしまった。しかし構わなかった。アシレの帰りを今か今かと待っている人間なんて専属のメイドたち数名と母親くらいだ。そう考えていたのが悪かったのか。
「護衛は二人、足音からして賊のほうが多い。公爵家の私兵だが、俺につけられているのは新人が多かったはず。…はぁ、戦うしかないか」
ひとり、馬車の中でつぶやくと扉を開けた、瞬間に扉が吹き飛んだ。賊の仕業かと身構えたアシレの視界に映ったのは、ゆらりとはためく銀髪だった。
「おい!ウィル!お前何首突っ込んでんだよ!」
「仕方ないだろう?見捨てるわけにいかないし」
「だからって…あー!もう!俺らは今さぼり中なんだぞ!見つかったらどうする!」
「それはその時考えよう」
「この向こう見ず!」
目の前で起こる会話に呆気にとられていると、二人がこちらに気づく。長い銀髪を束ねた荒い口調の男が手を差し伸べてきた。
「悪い、扉吹っ飛ばしちまった。修理費はこいつにつけてくれ」
「ちょっと?セイレン?」
二人の背後に、茂みから出てきた賊の増援がいることに気づきアシレは手を取るより先に報告をした。
「後ろ、まだ複数います」
アシレの言葉に二人は目を合わせる。
「セイレン、いいよ」
「は?くそっ」
瞬間、セイレンが纏う空気が変わる。感じたことのない魔力を感じ、全身の毛が逆立つ。
歌が、聞こえた。
自分を守るその歌声に、アシレはただ聞き惚れていた。それは一瞬だったのに永遠に感じられた。アシレがセイレンに魅入られたのはこの時だった。
「ありがとうセイレン。体は大丈夫?」
「…まぁ、別に。てか、こいつに見られてよかったのか?」
「いいんじゃない?公爵家の子だし」
「知ってんのかよ。おい、大丈夫か?」
固まったままのアシレにセイレンが声をかけると、ゆっくり動き出したそのままにセイレンの手を両の掌でつかんだ。今まで見せたことがないようなきらきらとした瞳でセイレンを映すものだから、思わず一歩下がってしまう。
「あなたに一生ついていきます!」
「…は?」
「え?」
その後、町で辻馬車を拾い無事にアシレ一行を公爵邸に送り届けると、母親と数人のメイドが飛び出してきた。アシレの姿を確認して安心した表情を見せたかと思うと、後ろから帰宅したばかりであろう公爵も顔を出す。辻馬車を見て出てきただろうアシレの兄が階段を下りてきたところでアシレが満面の笑みで告げる。
「俺、公爵家から抜けてこの人についていく」
これまでに見せたことのないアシレの笑顔と、とんでも発言に一同は驚いた顔をするので精一杯だった。気まずそうなセイレンと、にこにこ笑っているウィルセルを添えて。




