閑話休題 二人の出会い
「きみ、名前は?」
祝福が発現してからしばらく経ち、セイレンは王都の中央教会で寝食を保証されることとなっていた。海辺の孤児院から中央教会に移ったのは、教育を受けるためである。セイレンの祝福は有用性が高いとみなされ、ほかの祝福保持者よりもしっかりとした教育がなされた。孤児院では教えない一般常識、食事マナーから貴族社会のことまで。なかでも魔法の使い方に関する授業は、王立魔法研究所に所属する祝福持ちから教わることになっている。そのため、たびたび王城へ登っていた。
ある日、座学の途中で教師が席を外した。こんこん、と窓がたたかれる。石でもあたったのかと視線をやると、自分と同じくらいの身綺麗な子供がこちらをうかがっていた。
ここは王城のなかでも奥まったところにあるため、貴族の子供は入れない場所なのだが、セイレンの詰め込まれた知識にはなかった。視線が気になって窓を開けると、綺麗なブロンドヘアーに澄んだ濃い紫の瞳。この時点で気づくべきだったのだが、王家の中でも魔力を多く持ったものに現れる特徴である。
「おれ、は、セイレン」
「ふぅん、セイレンね。私はウィル。暇なら抜け出さない?」
「いや、先生帰ってくるし」
「すぐは戻らないよ。だから、ね?」
セイレンは久々の同年代との会話で、少し気が緩んでいた。見ず知らずの坊ちゃんがあまりに気さくに話しかけるものだから、つい同じ口調で返してしまう。思えば、この時のウィルセルは自分の護衛の一人に教師の足止めでもさせていたのだろう。
「怒られたら私のせいにすればいいんだよ」
そういうと、返答を聞かないままに窓からセイレンを引きずり出した。べしゃ、と芝につぶれたセイレンとみて楽しそうに笑う。恨めしそうにウィルセルをにらむセイレンの腕をつかんで立たせると、ついた芝を掃ってやる。
「こっちにおいで。お気に入りの温室があるんだ」
「ちょ、力強いなお前」
ウィルセルに手を引かれたどり着いた温室には、小太りの庭師だけがいた。きれいな花々や木々がまるで本当の森のように植えてある様子を見て、セイレンは呆気にとられる。温室といえば、孤児院で一度連れていかれたことがあったが、それはもっときれいに整列されていて、どちらかといえば作り物のようだった。
「やぁ、ジョンさん。今日は友達を連れてきたんだ」
「嗚呼、で…ウィルさん。お友達ですか?」
「そう。セイレンっていうんだ。ね」
「無理言って連れ出したんじゃないですか?」
「人聞き悪いなぁ。」
親しげに話す二人に気後れしていると、それに気づいた庭師のジョンが軍手のまま帽子を脱いで話しかけた。
「初めまして。この温室担当の庭師のジョンです。セイレン、くん?でいいのかな。」
「あ、」
「そう、セイレンはね、祝福持ちなんだよね?」
返事をしようとしたセイレンを遮って興奮したようなウィルセルがそう言うが、ジョンが様子がおかしいセイレンをみて声をかける。
「セイレン君?大丈夫かい?」
「セイレン?」
祝福と言われたそれを、セイレンはあまり受け入れられていなかった。孤児院で育ったセイレンにとって、人と違う力があることが何を意味するのか、悪い方向でしか考えられなかった。利用される、好奇の目に晒される、一緒に暮らしていた孤児院に、もう帰れない。愛着とまではなかったが、当たり前にあそこで育っていくのだと思っていた。でもそれがなくなって、先が見えなくなって。悪いところにばかりに目が行く。いっそこんな力なんてなければ、そう思考に沈みそうになった時にパッとウィルセルに手を取られる。
「ごめん、無神経だったね。君の気持ちを考えてなかった。王城でも祝福持ちは少ないから、ただかっこいいなと思ったんだ。ちょっと興奮しすぎたかな、あはは」
かっこいい、と言われた言葉を嚥下していると、少し上げた視線に広がったウィルセルの申し訳なさそうな、情けない笑い方に、なんだかおかしくなって小さく笑った。するとつられてウィルセルも笑う。
「ふふ、なんて顔してるんだよ」
「だって、君が深刻そうな顔するから。私が言いたかったことと違う伝わり方をしてるなって」
「だからって…ははは」
ジョンはほっとしたように微笑むと一礼して作業に戻った。
その後、セイレンは教師から怒られることはなく、むしろ呆れた顔をして、あの方は…はぁ、と呟いていた。
それからというもの、ウィルセルの差し金で授業を抜け出して温室でさぼることを繰り返して、セイレンはやっと学園に入るころにウィルセルの素性を知ることになる。
「お前早く言えよ…言葉遣いも改めたほうが、いいですよね?」
「やめてくれ、いつも通りでいいよ。私たちは友人だろう」
のちに知ったことだが、ウィルセルはお忍びの時はジョンのことを敬称で呼ぶことにしていたらしい。だからジョンも王族扱いしなかったということだ。




