たらちねのナントカ⑦ひとたび偕老同穴の契りを結びしからは
このおはなしは、あたくしがこんなで戦闘力になりませんし、ブチャ公も八重子さんもいらっしゃるもんですから、異世界やそのほかから何が来ようとあっさり誰にも知られず解決してバトル場面が盛り上がりがないんですが、今日もそうなりそうでございます。
「おう、綱木!」
「な、なんでございます?」
モップを握ったままの綱木くんの両脇に、ブチャ公と八重子さんが控えました。
「いくぜ!」
「いざ!」
「は? あわわわ!」
綱木くん、両脇から肩をむんずとつかまれ、109の扉の方に思い切り突き飛ばされました。
当然綱木くんはお気の毒にモップごと激突ですよ。
「ありゃ?」
ここの扉は押すんですか引くんですか。
いずれにせよ、綱木くんがぶつかるとそのまま内側に開きました。
「どうして?」
啓一郎兄がぽかんとしています。
そりゃそうでしょう。どうしても開かずにこれから業者さんが来るんですよ。
「あ! なるほど! さすがブチャ公先生!」
ブチャ公と八重子さんの采配なんですが、あたくしは黙っております。
しかし、扉が開いただけではなかったのです。
「あ痛たたた!」
綱木くん、その場にばたりと倒れました。
お酒でびしょぬれになるじゃありませんか……と思えばさにあらず、次の瞬間綱木くん、こう叫びました。
「冷てええええええ!」
何が起こっているんでしょうか。
109の床にあふれた封印の酒が、スケートリンクのように凍っているではありませんか。
見れば、その底の方にたしかに黒いなにかもありまして、それも一緒に凍り付いたようです。
「さ。これで大丈夫みたいよ?」
だしぬけに八重子さんが八重子さんに戻りました。
「お父さん! お母さん!」
あたくしは氷で滑りながら駆け寄りましたよ。
「おお、啓太」
「心配かけてごめんねえ」
のんきなお父っつあんとおっ母さんが、椅子の上で膝を抱えていたんですが降りてまいりました。
「ブチャ公も、ありがとうねえ」
「へ、へん! どってことねえや」
わが家へ祟っている建前上、へそを曲げております。
「それより太郎。お前っちはガキの時分からこう、手前のケツも拭けねえようなことにばかり巻き込まれやがって、親父になってもこうじゃあ世話が焼けるぜ」
すまないねえ、すまないねえ、と、お父っつあんは言うんですが、こんなときあたくしは、ブチャ公はお父っつあんを赤ん坊の頃から知っているんだなあ、と、そんなことを場違いに考えてしまうんでございます。
「ごめんね。綱木くん。便利につかって」
「いやあ、こんなことでお役に立てたならいいですよ」
「ちょっと」
八重子さん、誰もがあたくしと両親を見守っているところの目立たぬ隅で、そっと屈みまして氷に手を触れます。
「疾く還りや」
氷が溶けました。
そして、みるみる黒い影ごと引いて、床は元の通りになります。
「これでまた封じられたから、大丈夫」
「相変わらず八重子さん、すごいなあ」
綱木くんが感心しておりますと、
「渡辺君! お待たせして! ……あれ、開いた?」
支配人さんが業者さんと戻ってまいりました。
「申し訳ありません、スタジオの不具合でこんな」
「そんな。事故ですし」
この部屋は当分使用しないことにします、と平謝りする支配人さんをなだめるあたくしの両親でございます。
◆
「それにしても、綱木くんには悪いことしましたねえ」
ブチャ公の背中に乗って、あたくしたちは二人だけ先に帰ります。三教科をしなければならないからです。
「あれはねえ、綱木くんをあたしたちがぶつけないとダメなやつなのよ」
「えっ?」
「あ。いやいや、何でもないの。怪我無くてよかったね」
「ブチャ公?」
「ん? 知らねえなあ」
ブチャ公のとぼけはともかく、八重子さんは、女子高生の八重子さんに戻っているようです。
「それより、おう、ションベンたれ」
ブチャ公がまた失礼な呼びかけをします。
「まだこんなことが続くのかよ? お前っちが生き返ってから、面倒なやつが来て厄介だぜ」
「そうねえ。あと五回くらいかなあ」
「あん?」
いま、五回くらいってはっきりおっしゃいましたか?
「ううん、これも何でもないの。早くテスト対策しよ? 二人だけで」
「八重子さん……」
隠していらっしゃることがまだあるとお見受けするのですが。
しかしそれを模試の二日前に解決はできそうにありませんで、あたくしどもは夜風の中を飛んで行ったのでありました。
「『ひとたび偕老同穴の契りを結びしからは』……」
「ん? 八重子さん、今、」
「え? やだ、なんでもないのよ」
また『たらちね』の続きを? と思いましたが、切り替えましょう。これからびしばし三教科ですよ。
くわばら、くわばら。
第2話「たらちねのナントカ」お付き合いいただきありがとうございました。
不定期連載のため、続きはまたいつか。
よろしくお願いいたします。




