後日譚 我が家へ
ロアス視点
陣営を離れて何時間経っただろうか。
モンテタールへと向かってひたすら山を登っていると、頂上付近に国境の境界線を示すバリケードが見えてきた。
やっと着いたか・・・。
ここを越えればモンテタールだな。
そう思ってバリケードに手をかけた時。
シュンッ
一本の矢が俺を目掛けて飛んできた。
咄嗟に身をよじってそれを避けた俺は地面に身を伏せた。
くそっ・・・兵士か?
バリケードの隙間からあちら側を覗くと、モンテタールの兵士たちが崖の上から弓矢を構えてこちらを窺っていた。
『どうした?何かいたのか?』
『いや・・・よく見えなかったが、何かがいた気がしたんだ』
『おい、矢の無駄使いはやめろよ』
『たまにはいいだろう?使わないと腕がなまっちまうしな』
『まぁ、それもそうだな』
月が出ていないこともあってこちらが人間かどうかまではわからなかったようだ。
俺は足音が彼らに聞こえないように細心の注意を払いながらその場を離れた。
それから難なくバリケードを越えた俺は、ひたすら山を下った。
ここからは神に祈るしかないな・・・。
国境を越えたからといってこれで終わりではなかった。
これから最も難関なポイント、モンテタール側の関所を通過する必要があるからだ。
俺は石造りの高い壁を眺めながら深いため息を吐いた。
東の空に目をやると、朝日が登り始めていた。
行くしかない・・・。
目を閉じるとリナの顔がはっきりと思い浮かんだ。
俺は拳を握り締めると、関所の門へと向かって歩みを進めた。
『ん・・・?誰だ??』
俺に気付いた兵士たちがざわつき始めた。
『おい!人が、男がこっちへ来るぞ!』
『何!?』
『ラビナスの騎士か??』
『さぁ?だが剣を持ってるぞ』
兵士たちがこちらに警戒して剣を抜いたので、俺は降伏の意味を込めて両手を挙げた。
『俺はロアス・ランヒューレだ!スナーフェンの兵士団本部で指南役として働いている!用があって一時ラビナスに帰省していたが、モンテタールに戻るためにここへ来た!俺の胸ポケットにモンテタールの在留資格書が入っている!確認してくれ!』
すると数人の兵士が俺の周りにジリジリと集まってきた。
『おい、お前が確認しろ』
『はい』
若手の兵士が俺の胸ポケットから資格書を取り出して上官へと渡した。
『確かに・・・スナーフェンで指南役をしているようだな』
『妻がテネッタにいるんだ。帰してもらえないか?』
『ほんとだ・・・。住所もテネッタと書かれていますし、通してあげましょうよ』
若手の兵士が納得したようにそう言うと、他の兵士が彼の頭を小突いた。
『通すわけないだろうが!今は緊急事態なんだぞ?』
『そ、そうですよね』
『頼む・・・。妻が俺の帰りを待っているんだ』
『そんなこと言われても、俺たちにはどうすることも出来ないな。上から誰も通すなって言われてるんだ』
『ならスナーフェンの本部に連絡してくれ。きっと許可が下りるはずだ』
『ここからスナーフェンと連絡を取るのに何日かかると思ってるんだ?返信が来るまで早くても6日はかかるぞ』
『だが・・・』
『帰った帰った。命を取られないだけでもありがたいと思え。紛争が終わるまでラビナスで大人しくしてるんだな』
『・・・・』
『おい、お前らがこいつをラビナスの関所まで送って来い』
『え〜!俺たちがですか??』
『つべこべ言わずにさっさと行け。俺はもう寝たいんだよ・・・。帰って来たらちゃんと報告書にも書いておけよ?』
『ちぇ〜・・・わかりましたよ』
『待ってくれ。話を・・・』
危うく拘束されそうになった時、モンテタール側の街道から走って来た一台の馬車が門の前で停車した。
『隊長、誰か来ましたよ』
『ん・・・?こんな時間にか?』
その場の者たちが一斉に注意を向けると、馬車から修道服を着た年配の男が降りて来た。
『あ・・・神父様のようですね』
あれは・・・。
神父は門越しに俺と目が合うなりニコッと微笑んだ。
モーガン??
『皆さん、お勤めご苦労様です』
『神父様・・・こちらにはどういったご用件で??』
『朝早くにすみませんね・・・。実はそちらの方をお迎えに来たのですよ』
『そちらの方?』
『えぇ。両手を挙げている、そちらの男性です』
『まさか、こいつですか?』
『はい・・・。その方はロアス・ランヒューレ様でしょう。彼とこちらで待ち合わせをしていたんですよ』
『待ち合わせですか??』
『えぇ。彼は私の客人でしてね』
『神父様の・・・?』
兵士たちはどうしたものかと顔を見合わせた。
『彼を引き渡してもらえますね?こちらも少々急いでおりまして・・・』
モーガンはそう言いながら胸元に付けた金のブローチをおもむろにちらつかせた。
あれは彼が最高位の神父である証だ。
『そ、そういうことでしたら・・・』
上官は渋々門を開けると俺をモーガンに引き渡した。
『では、私はこれで失礼いたします。皆さんに神のご加護があらんことを』
『ありがとうございます。神父様も道中お気をつけて』
兵士たちは深々と頭を下げると持ち場へと戻っていった。
『ロアスさん、ご無事で何よりです』
『助けていただき感謝します。ですが・・・どうしてあなたがここへ?』
『実は大事な方をラビナスにお連れするところだったんですが、その必要がなくなりましたね』
『大事な方?』
『まぁ、とりあえず馬車に乗ってください。それから話しましょう』
モーガンに促されて先に馬車に乗り込むと、中にいた修道女が突然俺に抱きついてきた。
『なっ・・・』
女を振り解こうと肩に触れると、深く被ったフードの隙間から赤い髪が見えた。
「もしかして・・・リナなのか?」
「ロアス・・・」
リナはフードを外すと泣き腫らした目で俺を見上げた。
「どうしてここに??」
「神父様のおかげよ・・・。神父様ならラビナスに行けると知って、修道女のフリをして同行させていただいたの」
「そんな無茶を・・・」
「あなたこそ、一人で関所を抜けようとしていたじゃない」
「それは・・・どうしてもリナに会いたかったんだ・・・」
「私もよ!ずっとあなたに会いたかった」
「すまない・・・。長い間一人にしてしまったな」
俺は両手で彼女の濡れた頬を包み込むと額にキスをした。
「大丈夫よ。あなたがいない間実家に戻っていたから」
「そうか・・・。それなら良かった」
リナの腰に腕を回して強く抱きしめると、リナが俺を突き放した。
「待って。この子がびっくりしちゃうわ」
「この子?」
「そう。この子よ」
そう言ってリナが自分の腹部をさすった。
「リナ・・・」
「ここにいるの・・・。私たちの子が」
「俺たちの子?」
「あなたがラビナスに発って少ししてからわかったのよ。妊娠してるって」
「だが・・・」
「あの事故以来、治療師からは赤ちゃんは望めないって聞いていたけれど・・・私妊娠したの・・・。あなたと私の子よ?」
「本当か・・・?」
俺は震える手でリナの腹部に触れた。
すると本当に大きくなっていて、俺は思わず息を呑んだ。
「ほら赤ちゃん、あなたのお父さんよ?」
リナは赤子に語りかけながら優しく微笑んだ。
その姿がまるで女神のようで、俺はしばらく見惚れていた。
「ロアス、どうしたの?」
「なんでもない」
「でも・・・泣いているじゃない」
「嬉しいんだ・・・。リナ・・・ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。新しい命を授けてくれて」
リナは腹部をさすりながらそっと俺に体を預けた。
「帰ろう。俺たちの家に・・・」
「そうね・・・。帰りましょう。我が家へ」
本年もよろしくお願いいたします☺️




