19 思わぬ提案
ロアス視点
『やぁ、いらっしゃい。待っていたよ』
大広間に通されると、コートニー嬢の家族が一堂に会していた。
カルロ様は席を立つと、俺のところまで歩み寄り握手を求めた。
『遠いところありがとう。さぁ、座ってくれ』
『はい。失礼します』
先日チェイストン家からディナーの招待状が届き、断るのも失礼だと感じた俺は出席することにした。
この屋敷には園遊会の日にも訪れたが、まるで王族の屋敷にでも来たような緊張感がある。
俺はコートニー嬢の隣に座ると軽く頭を下げた。
『本日はお招きありがとうございます』
『ははっ。発音が綺麗だね。コートニーの教え方が上手いのかな?』
あれは園遊会で会ったコートニー嬢の兄上だな。
確かケルビンと言ったか。
彼はカルロ様とコートニー嬢と同じく銀髪で、淡いグレーの瞳をしていた。
『アーチェリー場であなたを置いて行ってしまったことを後悔していたのよ。あの時はみんなパニックになってしまって、本当にごめんなさいね』
コートニー嬢の母上は後妻だと聞いている。
彼女はカルロ様よりも10歳ほど若く、外見からして子供たちと血縁でないのは明らかだった。
『みんな、ロアスさんはモンテタール語がわからないのだから、もっとゆっくり話さなきゃだめでしょう?』
隣にいるコートニー嬢が家族を窘めているようだった。
「すまないね。妻とケルビンはラビナス語が話せないんだ」
「いえ・・・」
「私とお父様で通訳するから安心してちょうだい」
「あぁ」
「じゃあいただきましょう。あなたのお口に合えばいいけれど」
「遠慮せず食べてくれ。ロアス君は葡萄酒は好きかな?」
「はい。嗜む程度ですが・・・」
「だったらまずはこのボトルを開けようか」
「ありがとうございます」
ディナーが終わると、カルロ様が俺を執務室へ通した。
「今日は来てくれて感謝している。あの日以来コートニーはずっと塞ぎ込んでいてね。君が来てくれてあの子も少しは気持ちが晴れただろう・・・。よければ一本どうだい?」
「いえ、結構です」
カルロ様は葉巻に火をつけるとため息混じりに煙を吐いた。
「あの男はコートニーの元交際相手でね。別れた後もしつこく付きまとっていたんだよ。でもまさかあんな凶行に出るとは思いもしなかった・・・。君がいなかったらあの子はどうなっていたことか・・・。君には本当に感謝している」
「いえ・・・俺は大したことはしていません」
「いや、コートニーには警備の者を数名つけていたんだ。だが反応出来たのは君だけだった」
あの男はジャケットの下にナイフを隠し持っていた。
俺はたまたまあの男の不審な行動に気付いたが、あれだけ大勢の観客に囲まれていれば気付くのは難しいだろう。
「君はラビナスでは騎士だったらしいね」
「はい」
「騎士を辞めてこの国に来た理由を聞いてもいいかな?」
「・・・・」
「言いにくいことかい?」
「いえ・・・ただ説明すると長くなりますので・・・」
「そうか。まぁ私は過去のことはそこまで気にしない・・・。君はこのままモンテタールに留まるつもりかい?」
「はい。しばらくはこの国に滞在するつもりです」
「そうか・・・。今はセルディーン家で護衛をしていると聞いたが・・・」
「はい」
「報酬はいかほどかな?」
「・・・・」
どうしてそんなことを聞くんだ?
「プライベートなことを聞いてすまないね。でも金額を知っておかないと、君と交渉が出来ないと思ってね」
「交渉、ですか?」
「君をうちの護衛として雇いたいんだ」
「それは・・・」
他の屋敷に仕える者を引き抜くのは礼儀に反する行為だ。
この男は一体何を考えている?
「驚かせてしまったかな?私はね、何より家族が大切なんだよ。コートニーが安心して暮らせるのなら、貴族の礼儀なんてどうだっていいし、大金だって惜しくないんだ」
「・・・・」
「セルディーン家に少なからず恩義があるのはわかるが、この国で成功したいと思うなら君も身の振り方を考えた方がいい」
俺は別にこの国で成功したいとは思っていない。
ただ心穏やかに暮らしていければ・・・。
「この話は聞かなかったことにさせてください」
「・・・本気かい?」
「すみません・・・。今日はこれで失礼します」
俺は深々と頭を下げて執務室を後にした。
玄関ホールに降りると、コートニー嬢が小走りで追いかけてきた。
「ロアスさん、もう帰るの?」
「あぁ」
「お父様が何か失礼なことでもしたかしら?」
「いや・・・。あまり遅くなるのも良くないからな」
「そうよね・・・」
「今日は感謝している。ご家族にもよろしく伝えてくれ」
「えぇ・・・。また連絡をするわ。そろそろ講義を再開しないとね」
「いや、講義は無理しないでくれ。俺は別に他の家庭教師を探しても・・・」
「大丈夫よ!もうだいぶ落ち着いたから。モンテタール語の講義はいい気分転換になると思うの。だから続けさせてもらえないかしら?」
「そうか・・・」
「じゃあ気をつけて帰ってね」
「あぁ」
玄関を出て馬車に乗り込むと、カルロ様が執務室の窓からこちらを見下ろしていた。
関わらないに越したことはないな・・・。
俺はこの時、二度とこの家には来ないだろう、そう思っていた。




