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風邪


 風邪を引いてしまった。

 ここのところずっと病気知らずだったので油断をしていた。

 どこでもらってきたか解らないけれど、私は久しぶりの高熱に戸惑っていた。


「とにかく、しっかり寝ていて下さい。お昼はお粥を作っておきましたから、食べて下さいね。何かあったらいつでも電話下さい。駆けつけますから。あとはえーっと」


 今日は平日で、誠さんは学校へ行かなくてはいけない。

 最初は、


「一緒に休みます」


 と誠さんが言い始めていたが、


「私のせいで休まないで下さい。大丈夫ですから。私の休んだ分、ちゃんとノートを取っておいて下さいね」


 と言って、なだめた。

 役に立ちたいのに、私が誠さんの足を引っ張りたくはない。

 誠さんは心配そうな表情をしながらも、納得してくれた。


 ちょっと過保護になっている誠さんを、授業に遅れないように送り出す。


「じゃあ、行ってきます。なるべく早く帰ってきますから」

「はい。誠さんも気をつけて」


 私はベッドの中から、誠さんに声をかける。

 ちょっと咳が出てしまい誠さんの足がまた止まるが、私は手だけで早く行くように促すと、ようやく出て行ってくれた。

 扉の重たい音が響くと、本当に一人きりになってしまった。


「はあ……」


 私はため息をついて、天井を見つめた。


 体の芯が熱くて、ぼーっとする。

 だるくて、食欲もない。


 駄目だなぁ……体の管理ひとつできないなんて。


 私は小さな咳をして、早く治すべく、もう一度眠りについた。




 ふっ、と目が覚めたのは昼少し前。

 3時間ぐらいは眠れたのかな? それでも、身体はまだまだ辛くて、熱もむしろ少し上がったかも知れない。


 朝はりんごジュースしか飲んでいないので、何とかちょっとは食べないと。


 重たい身体を起こして、私は台所に向かった。

 そこにはきちんとお昼の用意がしてあった。

 炊飯器のお粥をよそい、ラップをかけてある梅干しと塩昆布と一緒に食べればいいらしい。

 食欲はないけれど、早く治したいし、心配をかけたくない。

 私は何とか茶碗一杯のお粥をゆっくりと食べた。


 お粥に何となく誠さんの温かさを感じた。



 もう一度、布団に横になるが、もうさすがに眠気が来ない。

 やれることもなくて、じっとしていると、嫌なことばかり考えてしまう。



 このまま風邪が悪くなって、肺炎になって死ぬのかな……。


 誠さんがいない間に、死んだら嫌だな。


 でも、誠さんだったら一人で何でもできるから、私がいなくても困らないだろうし。


 私なんていてもいなくても、一緒なんだろうな。



 それで、私がいなくなったら、誠さんも誰か他の人と一緒になるのかな。


 嫌だなぁ……でも、しょうがないよね。



 あっ、いけない……涙が出てきた……。


 泣く資格もないのに。

 こんなんじゃ誠さんの役に立つどころか、迷惑ばかりだ。

 私の方から、いなくなった方がいいのかな……。



 でも、嫌だな……離れたくないよ……。



 ああ、涙が止まらなくなってきちゃった。


 もういいや。


 しばらく泣こう。



 思考が悲観的になっていることは解っていたが、止めることもできなくて、私はしばらくそのまま流れに任せることにした。



 どうしてこんなに不安になってしまうのだろう。


 今まで健康だったから、風邪を引いて不安定になっているのかな。


 最近は家でも学校でも誠さんと一緒だったから、離れているのが寂しいのかな。


 でも、これから働き始めたら、そうそう一緒というわけにもいかない。


 風邪とは言っても、少し離れているだけで不安になる関係は良くない。


 それぞれが自立して初めて、相手を支えることができるのではないか。


 私は、そう思う。


 どうすれば、この不安とか、寂しさを克服できるのかな。



 きっと自分にもっと自信をつけなくちゃいけないのだろう。


 もっと、頑張らないと。




 私はとにかく早く風邪を治したくて、ぎゅっと目をつぶった。





 寝たり起きたりを繰り返し、長いような短いような時間を過ごしていたら、誠さんが帰ってきた。

 時間を見ると、本当に授業が終わったらすぐに帰ってきたようだ。


 申し訳ない。


「まどかさん、大丈夫ですか?」

「はい。まだ熱はあるけれど、朝よりはいいです」


 誠さんが私の額に手をあてた。

 ひやりとして気持ちが良くて、私は思わず目を閉じて、その手の感触を味わった。


「まだけっこう熱がありますね。食欲はありますか? お昼は食べましたか?」

「あまり無いけれど、昼は食べました」

「そうですか……あの、みかんの缶詰とか、桃の缶詰って食べますか?」

「はい?」


 缶詰?


「いや、僕がむかし風邪をひくと、母がみかんや桃やパイナップルの缶詰を食べさせてくれて。冷たくって甘くて、何故かそれだけは食べられたんです」

「そうなんですか」


 私は身体を起こしてみた。

 まだ重たいけれど、いくらかいいようだ。


「食べてみます」

「はい。いま用意しますね」


 用意といっても、缶を開けて器に移すだけなので、誠さんはすぐに戻ってきた。

 スプーンでみかんの一房と汁を一緒にすくって、口元に持ってきてくれた。


 いわゆる、あーん、というやつで、私は「自分で食べます」という言葉が喉元まで出かかったが、誠さんの真面目な顔を見て、今は甘えることにした。


「あーん」


 開いた口に、スプーンが入る。


 あむ。


 うん、確かに冷たくて甘くて、美味しい。


「美味しいです」

「良かった」


 誠さんはほっとした表情を浮かべていた。

 何か、誠さんの優しさが胸にぐっと来たが、涙は何とかこらえた。


「自分で食べます」

「うん」


 私は誠さんから器を受け取って、何度かみかんを口に運んだ。

 なぜか、最初の一口が一番美味しかった。


 もう少し、甘えとけば良かった。


 いやいや。



 桃の缶詰も持ってきてくれたが、さすがに全部は食べられなくて、残してしまった。

 それでも、私が食べたことで、誠さんはほっとしてくれたようだ。


「また少し休んでいて下さい」

「はい」


 そういうと、誠さんが部屋を暗くしてくれて、隣の部屋で自分の食事を作り始めた。

 手伝いたいなぁ、と思っても、いま動いたら迷惑を掛けるだけだ。

 それに、誠さんはひとりでも料理ができる。むしろ私よりも上手だ。


 あっ、また、ネガティブになりそう。

 いけない、いけない。


 私は考えるのをよした。






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