妊娠
結婚をしたけれど、私達の日常は以前と変わらず続いていた。
念のため体温と月経を記録するようになったけれど、意外に簡単には妊娠しなかった。
「避妊を心配していたけれど、簡単には妊娠しないのですね」
逆に妊娠しづらい身体なのかな、と一抹の心配がよぎる。
不安そうな顔をしてしまったのかも知れない。
誠さんが笑って、頭を撫でてくれた。
「焦らずにいきましょう。僕ももう少し、2人の時間を楽しみたいです」
すぐに子供が欲しいと焦っているわけではなかったが、いつの間にかプレッシャーになっていたかも知れない。
「少し、気にしないようにします」
「それでいいと思います」
私は体温をつけることも止めて、月経も初日だけカレンダーにバツをつけることにした。
だから、ちょっと忘れかけていたかも知れない。
半年以上たったある日、私はふと次の月経が来ていないことに気付いた。
私は比較的周期がずれずに来ているので、あらためて数えてみると4日ほど遅れている。
「遅れてる……」
私は胸がドキドキしてきた。
「もしかして、来ていないのですか?」
誠さんも気づいて、カレンダーの前に2人で立った。
「何日遅れていますか?」
「予定通りなら、4日ぐらいです」
「まだ少し早いですね。1週間は待ちましょう」
「そうですね……ドキドキします」
誠さんが、しっかりと肩を抱いてくれた。
「僕もです」
でも抱きしめられたら何かふわっとして、心が落ち着いてきた。
当たり前だけど1人で心配することではないし、これがラストチャンスでもない。
ああ、でもあと3日が何か長く感じる。
妊娠……しているのかな。
このお腹に、まだ何も変らないけれど、新たな命が宿っているのだろうか。
私はそっとお腹を撫でてみた。
気のせいだと解っているけれど、何となくじんわりと手が温かく感じた。
きっと、いる。
男の子。
そんな気がする。
「妊娠しているような気がします」
「僕もです」
「緊張します」
私のお腹に当てた手に、誠さんが手を重ねてくれた。
「緊張よりも、嬉しさが湧き上がって来ました」
私は誠さんの顔を見上げた。
そこには、嬉しさを隠し切れない誠さんの笑顔があった。
「でも少しだけ、不安があります」
「どんな不安ですか?」
「僕が父親になれるのか、という不安です。僕には父親像がはっきりとはないのです」
そうだ。
あらためて、誠さんは父親がなく育ってきたことに気づいた。
普段はそれを感じさせることはないけれど、こうした時に不安が出るのですね。
私は頭を誠さんの肩に寄せる。
「こうでなくちゃ、という正解はないと思います。誠さんらしくでいいと思いますよ。私は信頼しています」
「……有り難う。解ってはいても、今でも時折不安になります」
「大丈夫です。素のままでいきましょう」
「素のままで」
「はい、それで十分素敵ですよ」
私だって母のように、真穂さんのように出来るかは解らない。
結局は、私達は私達らしくいくしかないのだろう。
「2人っていいですね」
「3人はもっといいかも知れませんよ」
私の言葉に、誠さんも笑ってくれた。
「そうですね。そんな気がしてきました。……有り難う」
「どういたしまして。3日後、楽しみですね」
「はい。ゆっくり待ちましょう」
私達はカレンダーの前で軽いキスをした。
思っていたよりも3日はあっという間に過ぎた。
私達は学校帰りに薬局で妊娠検査薬を購入すると、部屋に戻ってさっそく検査をすることにした。
どっ、ドキドキする……こんなスティックで妊娠が解るんだ……。
「じゃあ、やってきます」
「はい」
私は検査のスティックを持って、トイレに入る。
原理は解っている。
尿の中に含まれるホルモンの量で妊娠かどうかを判定するのだ。
私は使用方法に書いてあった通りにして、蓋をはめ、トイレから出た。
スティックを机の上において、2人でそれをじっと眺めた。
検査結果は1分ほどとのこと。
1分なんて、すぐだ。
「あっ、赤くなって来ました」
まず対象が赤くなるにつれて……判定の小窓も……赤く……。
「赤く……なっていますね」
「なっています」
私達は思わず互いの両手を握りしめた。
ざわっと鳥肌が立つ様な緊張。
そして、じわっと広がる嬉しさ。
「誠さん、陽性です」
「はい。……嬉しいのに、まだ何となく実感が……夢のような」
誠さんの方が乙女な反応に、私は思わず笑ってしまった。
「夢じゃないですよ。でも、産婦人科へ確認しにいきましょう」
「そうですね。明日、行ってみましょう」
「はい」
それでも沸き立つ気持ちは抑えきれない。
私も誠さんも、何となく地が足につかないと言うか、落ち着かない気持ちで1日を過ごした。




