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挨拶

  

 披露宴はようやく、最後を迎えた。


 父、そして私、誠さんと続けてご挨拶をさせていただく。


 一番手は父だ。


 本当は誠さんのお父さんが両家を代表して挨拶をするのだろうけど、その代わりに真穂さんではなく、父にやってもらうことに皆で決めたのだ。


 泣かないで頑張ってね。


 父と母、私と誠さん、それに真穂さんの5名で一列に並び、父がマイクを持って話し始めた。


「本日はお忙しい中、二人のためにお集まりいただき、まことに有り難うございました。また温かいご挨拶、歌、お言葉などをいただき、厚く御礼申し上げます」


 出だしは順調だ。

 低い落ち着いた声で、ゆっくりと話している。


「娘のまどかは、大のおばあちゃん子でした。もともと夫婦で働いていたので、まどかを見ていたのは私の母の役目となっていました。私には厳しい母でしたが、孫は可愛くて仕方がないと言った様子で、まどかがどれだけ我儘を言っても、笑いながら受け止めてくれていました」


 父がおばあちゃんの話を始めたことに、私はびっくりした。

 確かに、私はおばあちゃん子で、大好きだった。

 でも私は、父自身と私との思い出や心配事を、父は語るものと思っていた。


「私の忘れられない光景は、本当に些細な、毎日行われていた出来事です。……私が仕事から帰ってきたときの、夕暮れで背中が真っ赤に照らされた、母とまどかが仲良く手をつないで歩く後ろ姿です。絶対に離さないように、互いにぎゅっと握りしめていた手を忘れることができません」


 父の声がちょっとだけ、涙声になってきた。


 頑張って。


「事故で亡くなった父のせいで、たった一人で私を育ててくれた母に、何の親孝行もできませんでした。……ただひとつ、まどかを授かり、孫との時間を持ってくれたことが……唯一の孝行ぐらいで……」


 ……私は父が泣いて最後まで挨拶を読めなかったのは、私が離れる寂しさからかと思っていた。

 もちろん、それもあるのだろうけど、父の中でおばあちゃんへの思いが、こんなにあったなんて、今まで知らなかった。


 おばあちゃん……。


 私も優しかった、大好きなおばあちゃんのことを思い出して、胸が苦しくなってしまった。


「誰よりも……今日のこの日を楽しみにしていた母は…………6年前に癌でこの世を去ってしまいまし……た」


 ああ、父が泣き出してしまった。


 やっぱり読めなかったね。


 でも、でも。解るよ。


 気持ちは解る。



 母が父の背中を撫でつつ、父から紙をとって代わりに話し始めた。


「代読させていただきます。……娘のまどかは、勉強があまり得意な子ではありませんでしたが、母の死をきっかけに医師になる夢を持ち始めました。母が安心して身を任せる医師の姿に感動して、自分も人の役に立てる人間になりたい、と考えたようです。死は悲しい出来事ですが、それだけではない何かが娘に伝わったようです。今もきっと、この会場のどこかで私達のことを見守ってくれていると信じています」


 母の落ち着いた声が、静かな会場に広がる。

 父は少し上を見上げ、涙を我慢しているよう。


 おばあちゃん、きっと見てくれているよね。


「誠くんもまた、母親一人に育ててもらった青年です。母親の努力の背中を見て育ち、本当に誠実で、真面目な性格で、どれだけ深い愛情のもとで育てられたかは、彼を見ていれば解ります。私は安心して、娘を任せたいと思っております」


 本当に。

 もし私一人で子供を育てたとしても、誠さんのような素晴らしい人を育てる自信はない。

 真穂さんのこと、本当に心から尊敬します。


「とは言え、まだまだ若い二人のこと。いたらぬことも多々あるかと思います。これからも皆様の変わらぬご指導のほどを、よろしくお願い致します。本日はまことに有り難うございました」


 さすが母。

 こういう時は頼りになります。


 私達は一礼して、皆様からの拍手を受けた。


 さあ、いよいよ私の番だ。


 緊張する。



 私もマイクを受けとり、紙を開いて、話を始めた。


「本日はお忙しいなかお集まりいただき、本当に有り難うございました。本当はお一人お一人に感謝の気持ちを伝えたいのですが、今日はお言葉をいただいた方と両親だけになってしまうことをお許しください」


 私はそこまでを言って、一度深呼吸をした。


「悠太。温かい言葉を有り難うございました。思い出の中にはいつも悠太がいて、本当に兄弟みたいに野球をしたりサッカーをしたりしました。今でもあの時の楽しかったことを思い出すと、胸が温かくなります。幼馴染が悠太で本当に良かった……そう思っています。今日は彼女さんと一緒に出席してくれたこと、嬉しく思っています。悠太も幸せになってくれることを心から願っています」


 悠太の顔を見ると、真面目な顔をしてこちらを見ていた。


 本当に、有り難うね。


「曜子ちゃんには、私達はいつも助けられてばかりでした。冷静で、何でも知っていて、優しくて。ついつい甘えてしまう私を、怒らずに受け止め、導いてくれました。今日、誠さんと結婚式を挙げられたのも、曜子ちゃんのお陰だと思っています。本当に、有り難うね」


 曜子を見ると、恥ずかしそうに小さく手を振っていた。


 本当にお世話になりました。


「桜さん、美緒さん、麻友さん。今日は素敵な歌を有り難うございました。私にとって3人は女性として憧れであり、目標でもあります。いつも綺麗で、女らしくて、楽しくて。これからもよろしくお願いします」


 桜さんが投げキッスを送ってくれて、美緒さんがにっこり微笑んでいて、麻友さんがうなずいていた。


 これからも一緒に遊ぼうね。


「そして、新たなお母さん……真穂さん」


 私はすこし身体を横に向けて、真穂さんの顔を見た。

 にっこりと優しい笑顔で私のことを見てくれていた。


「大好きです」


 私が一番伝えたかった言葉。

 何となく告白みたいだけど、気持ちはそれに近いからいいよね。


 真穂さんは一瞬びっくりしたような顔をしたけど、ちょっとだけ目に涙を滲ませて、にっこりと笑ってくれた。


「もうこれからは、一人で何もかも抱えないで下さい…………一人で泣いたりしないで、悲しい時も、嬉しい時も、私達が側にいます。これから増えていくはずの家族と共に、楽しく、明るく、みんなで一緒に生活をしていきたいです。これからも、よろしくお願いします」


 真穂さんも、うんうん、とうなずいてくれた。



 さあ、最後だ。


 私は身体を反対に向けて、両親の方を見た。

 私の言葉を待っていたように、二人の視線と合う。


 ……やばいなぁ……胸が苦しくなってきちゃった。


「大好きなお父さん」


 やだ、先に泣かないで。

 もらい泣きしちゃいそう。


 私は何とか泣かないよう、ぐっと我慢して言葉を続けた。


「怒られたり、叱られたりしたけれど、でも最後はいつも私には甘いお父さんが、私は大好きです。そんなお父さんだから、しっかりしなくちゃって思って頑張れました。仕事が忙しいのに、学校の行事にはほとんど参加してくれたり、休みになると旅行に連れていってくれたり。楽しい思い出をたくさん有り難う。これからも迷惑をかけてしまうと思いますが、懲りずに甘えさせてください。お父さんの子供で本当に良かったです……」


 何とか、言い切れた。

 喉元まで苦しいけれど、まだもう少しあるから。


「大好きなお母さん。いつも明るくて、私を自由にいろいろさせてくれて、有り難う。たくさん心配かけたのに、一度だって心配した様子を見せずに、私のことを信頼してくれていて、それがどれほど心強かったか。これから私も奥さんとして母親として、母から教えてもらったり、サポートしてもらうことがあると思うけれど、私の目標でもあるので宜しくお願いします」


 私の言葉に1つ1つうなずいて、母は嬉しそうに微笑んでくれた。

 本当にお世話になっちゃいます。きっと。


 私はひとつ、大きく息を吸い込んだ。


「最後に、今はいない大好きなおばあちゃん」


 その一言を呟いた時、私の眼から涙が一粒だけこぼれてしまった。


 でも、まだ声は出る。


 私は伝えきりたい。


「たくさん抱きしめてくれて、たくさん抱っこしてくれて、たくさん手を握ってくれたおばあちゃん。……おばあちゃん。今、この場にあなたがいないことが悔しいです。結婚するまで、医者になるまで、ひ孫ができるまで、待って欲しかった……」



 涙がこぼれていくけれど、声はかすれてなるものか。



「きっと今も、そしてこれからも、おばあちゃんが近くにいるって、思っています。いつでも一緒だと。これからも私達を見守って下さいね。お願いします」


 父の小さな嗚咽が聞こえる。


 あと少し。


「今日来ていただいた皆さん。本当に有り難うございます。心から感謝をしております。いたらぬ二人ですが、これからも何卒、よろしくお願いします」


 私は深々と頭を下げた。


 何とか言い切れた……。


 ほっと安堵したら、頭を下げたまま1つ2つ涙がこぼれたけれど、いいよね。


 ゆっくりと頭を上げる。


 さあ、誠さん。


 最後の言葉、お願いします。



 誠さんはマイクを受け取ると、ひとつ大きく息を吸う。


 うん、落ち着いて。大丈夫だから。


「年初めのお忙しい中、私達二人のためにお集まりいただき、誠に有り難うございました。両家を代表して、御礼申し上げます」


 誠さんが、一度深く頭を下げた。


 うん、落ち着いた、いい声だ。


「私は何の取り柄もない子供でした。小さい時に先生に褒められたのを、たったひとつの希望にして勉強ばかり頑張って来ました。そしていつか、たくさんの人を救える人になりたいと夢見ていました…………しかし、自分がどれだけ浅はかで、自己中心的だったのか、最近になってようやく気づくことができました」


 ……誠さん?

 

 私は誠さんが何を伝えようとしているのか、まだ理解できずにいた。


「私は、たくさんの人どころか、母一人、自分さえも救える力もなかったのです。私には友達もいませんでした。母は一人で私を守り続けてくれました。私は勉強ができることを盾にして、その中にこもっているだけの人間でした」


 会場が沈黙に包まれ、誠さんの続く言葉を待っていた。


「最初に扉をノックしてくれたのが、まどかさんでした。明るい笑顔で、ゆっくりと外の世界に引き出してくれましたが、私には戸惑いばかりでした。次に友達になってくれた曜子さんとは、最初は緊張してまともに話すこともできませんでした」


 そうだったね。

 どうしても、曜子、と呼べなかったり。


 誠さんは、会場全体をゆっくりと見渡す。


「それが今日、こうして沢山の方に来ていただけて……私達は何と多くの人に支えられ、生きてきたのだろう、と改めて感じています。そして、こうして人の輪がゆっくりと増えていくことに喜びと、そして責任を感じています。皆さんに何かを返せる人間になりたい。少しでも支える側の人間となって、感謝の気持ちを伝えていきたい……今、そう思っています」


 誠さん。

 私も同じ気持ちです。


 一緒に、頑張りましょうね。


「私達二人はまだ見ての通り、ようやく成人したばかりの若輩者です。期待を裏切らないよう、誠実に頑張ってまいりたいと思っておりますので、これからもご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします。本日は、まことに有り難うございました」


 誠さんと一緒に、家族5人で頭を下げると、会場から大きな拍手がおきた。



 ああ、終わった……。



 何とかやり遂げた……。



 誠さんも、父母も、真穂さんも、来てくださった皆様も。



 本当に、


 本当に、有り難う。





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