結婚式
とうとう。
その日がやってきてしまった。
結婚式当日は、寒いけれども雲ひとつない凛と澄んだ青空で。
私は真っ白なウェディングドレスを着て、扉の前でドキドキしながら立っていた。
隣にはやっぱり緊張した面持ちの誠さんがいて、私の姿を見ては嬉しそうに微笑んでいる。
「本当に、綺麗ですよ」
「有り難うございます。誠さんも格好いいですよ」
「頑張りましょうね」
「はい」
「さあ、それでは扉を開けますよ」
案内をしてくれる女性の声を聞いて、私は誠さんの腕に手を回す。
さて、それでは行きますか。
私は姿勢をただし、誠さんと共に歩き出した。
中に入ると、わあっという歓声と共に拍手がおきる。
私達は立ち止まって深く一礼してから、ゆっくりと歩き始めた。
懐かしい人、大切な人達が、みんな笑顔で迎えてくれる。
緊張するけれど、何となく胸がぐっとなる。
沢山はいないけれど、私達の大事な人達。
今日は本当に有り難うございます。
それほど広くはない会場だけれど、たくさんの窓から太陽の光が目一杯ふりそそいでいて、白いテーブルクロスに反射してあたりは眩しいほどに輝いていた。
何となく雲の上を歩いているみたい。
私達は一段高くなった席に着くと、もう一度一礼する。
拍手が一段と強くなり、やがてゆっくりと会場は静かになった。
さて、ここでひとつ緊張する儀式がある。
この会場は教会がないので、結婚式を簡略化して、この場で指輪の交換だけおこなうつもりでいた。
司会進行の女性のアナウンスに従って、私達は互いに指輪を交換する。
相手の指にはめるというのは意外に難しいもので、ちょっと無理やり押し込むようにしてようやく入った。
ほっとするのもつかの間、次は誓いのキスとなる。
これは話し合いの段階でとばしましょうとお願いしたが、プランナーの人が「これは絶対に必要です。頑張りましょうね」と笑顔で言われて、はずせなかったのだ。
誠さんがヴェールを上げてくれる。
うわっ、当たり前だけど、みんなが見てる。
ガン見です。
この中でキスするって、何かの拷問?
誠さんも心なしか、顔色が悪いです。
ええぃ、女は度胸!
ん? 愛嬌だっけ……まあ、いいや。
さあ、誠さん。やってしまいましょう!
私は目をつぶり、唇を軽く前に出す。
誠さんが少しだけ震える右手で、私の顎を支え、そっとキスをしてくれた。
「おおっ!」「わあっ!」
歓声とカメラのフラッシュが。
とっ、撮らないで!……と思っても、口には出せず。
誠さんもすぐに顔を離してくれたけれど、多分私達の顔は真っ赤だ。
二人でぎこちない笑顔を作って、芸能人のように写真を撮られまくった。
よし、何とか突破したぞ。
私達は席について、ようやく一息ついた。
これで、しばらくご歓談ください、だ。
とはいえ、いろんな人が挨拶に来てくれる。
プランナーの人が、「食事、食べられませんよ」と言っていたけれど本当だ。
美味しそうな食事が並べられるけれど、口紅がとれともいけないし、ウェディングドレスを汚してもいけないし、暇もないし、食べられるわけがない。
とほほ……美味しそうなのに。
誠さんは隙を見て、ちょこっと食べている。
……羨ましい。
司会の方が私達の簡単な紹介をしてくれて、いらしてくださった方の挨拶が始まった。
トップバッターは、来賓の方がいないので、いきなり悠太だ。
まさか一番手だと思っていなかったようで、ちょっと焦っていたけれど、さすが悠太……マイクの前では落ち着いている。
そうだ、彼女どこ? ああ見過ごした。
あとでちゃんと紹介してもらおう。
静かになった会場を確認して、悠太がゆっくりと話し始めた。
「ご両家のご家族、ご親族の皆様。この度は誠におめでとうございます。諸先輩方を差し置いて、はなはだ僭越ではございますが、新郎新婦の友人として、一言ご挨拶を述べさせていただきます」
悠太は一呼吸おいて、私達の方を見た。
「私は新婦であるまどかさんと産まれた時からの幼馴染です。互いの家がすぐ近くで、年も近く、私達は物心がつく前から一緒に遊んでいました。……そんなまどかさんとの間で、私の中で一番古く、そしてとても大切な思い出があります。それは私達が幼稚園での出来事です」
幼稚園のこと?
何かあったっけ……。
「まどかさんはとても明るくて活発で、元気な子でしたが、ちょっとずぼらでおっちょこちょいでした」
一部で笑いが起きている。
これは、共感の笑い?
悔しい……。
「ある日、幼稚園で泣いているまどかさんを見ました。どうして泣いているのか聞いてみると、おばあちゃんからもらった大事なハンカチを、どこかに忘れてきたそうです。探したけれど見つからない、と泣いていました」
ああ、あった……かな?
あんまり憶えていないや。
「先生にも事情を話して、3人で思い当たる所をいろいろ探しました。教室にもない、トイレにもない、靴箱にもない。途方に暮れる中、私はふと思いだして砂場に行ってみました。お昼にまどかさんが遊んでいたのを思い出したからです。そして、そこに砂に埋れかけたハンカチを見つけて、私は喜んで拾って砂をはたいて、彼女に渡しました」
よく憶えているなぁ……でも、なんでその話を今するのかな?
「まどかさんは、見つかってほっとしたのか、顔をぐしゃぐしゃにして泣きだしました。そして何度も何度も私に『ありがとう』と言ってくれました」
うわっ、恥ずかしい。
きっとひどい顔していたんだろうなぁ。
そんなことを考えていた私に、悠太は一言こうつぶやいてくれた。
「その時、私にとってまどかさんは、守るべき大事な『妹』になりました」
私ははっとした。
思わず悠太を見ると、悠太も私のことを見ていた。
そして、その目を見て、気づいてしまった。
悠太はその時、私に恋をしてしまったということに。
そんなに長い恋だったんだ……。
「髪も短くて、運動も得意で、妹と言うよりは弟のような存在でしたが」
また笑いが起きている。
くそー。
さっきのドキドキを返せ。
「でもその笑顔が曇らないように、私なりにずっと頑張って来ました。からかう奴から守ったり、友達が引っ越して悲しい時には慰めたり、寂しい思いをしないようにいつでも一緒に遊んだり」
ああ、そうだ。
私にとっては悠太がいるのは、当たり前のことで。
そうやって守ってくれることが、昔からあまりにも普通にやっていてくれたから、私も意識をしていなかったのかも知れない。
そう思ったら、悠太との思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
笑っている顔、怒っている顔、我慢している顔。
あまりにも思い出が一杯すぎて、胸が苦しくなってしまった。
「それがいつしか、女の子らしくなって、一人前に恋をして、綺麗になって」
やばい。
この瞬間に褒めないで。
ほろっときちゃう。
「真っ白なウェディングドレスを着て……天使のようになって嫁いでいく……」
悠太の言葉が止まる。
ちょっと言葉が出ないみたい。
そんな様子を見たら、とうとう私のほうが泣けてしまった。
うぅぅ……ごめんなさい……それに、本当に有り難う。
「……誠くん、大事な妹をよろしくお願いします。ここまで大事に守ってきました。そのことを忘れず、これからの彼女をよろしくお願いします」
悠太の言葉に、誠さんがしっかりと視線をかわしてうなずいている。
「あらためて、誠くん、まどかさん。ご結婚、おめでとうございます。二人の幸せを願い、お祝いの言葉とさせて頂きます。有り難うございました」
悠太が一礼すると、たくさんの拍手が送られた。
私はさっそく涙でぐじゅぐじゅだ。
化粧がくずれるぅ……でも挨拶、有り難う。
私は悠太にぺこりと頭を下げた。
悠太もにこっと笑って、自分の席へ戻って行った。




