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お父様


 そして、もう1つは誠さんのお父様にお会いすること。


 結婚式には招待出来なかったけれど、事前にご挨拶をすることになった。


 誠さんが電話すると、とても喜んでくれたようで、病院にご挨拶に伺うだけの予定が、夕食を一緒することになってしまった。


 まあ、きっと理由をつけて、息子にまたゆっくり会いたいのだと思う。

 私もご相伴にあずかりましょう。



 お店は、誠さんとお父さまが初めて一緒に食事をしたところ。

 誠さんに連れられたそのお店は、私は入ったことがないような料亭だった。

 あまり目立たない入口の前に、いくつもの高級そうな車が、運転手付きで待っている。


 本当にあるのね、こういう店。


 私達は中に入り、和装の女性に案内されていく。

 あまり広くない板間の廊下から、綺麗に整えられた日本庭園が見えた。


 お客さんがたくさんいる筈なのに、誰とも会わないし、ほとんど話し声も聞こえない。


 うん、貴重な体験だ。

 ちょっとだけ緊張するな。


 女性が奥の部屋の扉を開けて、中に案内してくれた。

 それほど広くはないが、ちゃんと畳で床の間もある、落ち着いた雰囲気の部屋だった。


 まだ、お父様は到着していないらしい。

 先に席に着いたことにほっとしながら、私達は下座に誠さんと並んで座った。


「緊張します」


 私は思わず、そう呟いた。

 誠さんのお父様ってどんな人だろう。

 病院の院長で、こんなお店に招待する人だから、さすがに真穂さんとのようにはいかない。

 格好やお化粧はおかしくないか、今さらながら気になってきた。


「大丈夫ですよ。意外に気さくな人です」

「誠さんにとっては実のお父様だから……」

「これからは、まどかさんにとっても父親でしょう」

「そうですけど……」


 そんなやり取りをしていたら廊下で物音がして、扉が開いた。

 そこに誠さんそっくりの、スーツ姿の男性が入ってきて、すぐにそれがお父様だと解る。


 私は思わず姿勢を正してしまった。


 やっぱり緊張します。


「申し訳ない、お待たせした」


 お父様は軽く頭を下げると、そのまま向かい側の席に座ってくれた。


 そして、あらためて互いに顔を合わせた。


 うん、間違いなく親子だ。

 似てる……。

 何というか顔のラインと言うか、髪質と言うか。


 誠さんも将来、こんな感じになるのかな……。

 威厳があって、落ち着いていて、ちょっと格好いい。

 ……期待しちゃお。


「まどかさん……だったね、初めまして。惣島正平です」

「こちらこそ、よろしくお願いします。如月まどかです」


 まだ結婚していないから、如月でいいよね。


 私はちょっと後ろに下がって、ちゃんと三指をついて頭を下げた。


「ああ、そんなに畏まらなくていい。気を楽にして。そうしてもらったほうが私も嬉しい」

「有り難うございます」


 顔を上げてお父様の表情をうかがうと確かに穏やかな笑顔をしていて、私もいくらか緊張がとれていくのを感じていた。


「挨拶はこれぐらいにして、食べよう。二人ともお腹が空いているだろう」


 そう言って、お父様はお店の方に料理を出してくれるように頼んだ。

 すでに用意されていたのか、幾つかの料理と飲物がすみやかに机の上に並べられたかと思うと、すっと店の人が部屋を出て静かに扉を閉める。

 部屋はまた静かな空間に戻った。


 さすが料亭。

 こんな所で大事な話し合いって行われるのね、きっと。


「いただきます」


 私達は手を合わせて、素直に食事をいただくこととした。


 ちょっと緊張していて味は解りづらいけど、うん、美味しいと思う。


「二人の馴れ初めを聞いていいかな」


 お父様は食事にはまだ手をつけておらず、ビールを美味しそうに飲みながら聞いてきた。


 馴れ初め……ですか。

 あらためて言われると、何となく「新婚さんいらっしゃい!」に出ているような錯覚を。


 そんなことを考えている間に、誠さんが代わりに話してくれた。


「まどかさんが先に医師になる夢を抱いていました。僕はその夢を応援したくて、勉強を教え始めたのがきっかけになります」

「そうか、二人とも私の後輩だったね」

「はい」


 そうか、お父様も同じ大学の同じ学部ですね。

 そう言えば。

 ちょっと恐れ多いけれど。


「それから? 付き合い始めのきっかけは」


 意外に聞きますね。お父様。


「えっ、えっと……その僕が公園で告白して……」

「公園で告白か……高校生らしいな」


 何となく二人で顔が赤くなってしまった。

 あの時は感動したけれど、思い出すと恥ずかしいものですね。


「そうか、じゃあ二人とも若いけれど、付き合いはそれなりに長いのか」

「はい。といっても4年ですが」


 そうか、もう4年と言うか、まだ4年と言うか。

 色々あったけれど。


「二人とも医学部に入るだけのしっかり者で、4年も思いが変わらいなのであれば、まあ先ず大丈夫だろう。ご両親も、それで安心して許可を出したんじゃないかな」

「はい、むしろ結婚を勧めてくれたと言うか」

「はは、まあ医者になってからだと、タイミングが難しいからな」


 やっぱりそうなんですね。

 忙しいんだろうな……。


「私も誠くんのことは信頼している。彼が選んだ人ならば心配ないだろう。私も二人を祝福したい」

「有り難うございます」


 誠さんと二人で頭を下げた。


 良かった……認めてもらえて。

 と言っても、誠さんの信頼のお陰だけれど。


「結婚式に出られない代わりに、これを受け取って欲しい」


 お父様はそう言って、傍らから何かを取り出した。

 机の上に置かれたのはご祝儀袋。

 しかも、けっこう分厚い。


 こっ、これは……そうとう入ってますね。


 何となく私は「お主も悪よのう」という越後屋と悪代官のやり取りを思い出してしまった。

 多分いま私一人、緊張感が解けています。



「受け取れません」


 誠さんが男らしく、断ってくれた。


 しかし、お父様は頭を横に振って言葉を続けた。


「これは単なるご祝儀ではない。父親であれば本来、結婚式の費用を出したり、車や新居といった費用の一部や全部を助けるのは普通だと思う。しかし、私にはこれからそれができない。それを考えたら、この金額は少なすぎるぐらいなんだ。だから受け取って欲しい。これは私の我侭なんだ」


 なるほど、私もそれは理解できる。

 これから何もしてあげられないお父様の、最初で最後のできること、なのかも知れない。

 金額が凄そうだけど、ここは受け取っておくべきなのだと思う。


 誠さんも悩んでいるようで、ちらっと私の方を見た。

 私は黙ってうなずいた。

 それで誠さんも決心がついたようで、お父様に頭を下げた。


「解りました。受け取らせていただきます」


 誠さんの言葉を聞いて、お父様はほっとしたような表情を浮かべている。


「有り難う。それと、ご祝儀というのは金額が多い場合はお返しをしなくてはいけない、と言われているが、くれぐれもこのお金に対しては、そういったことは考えないように。それでは私がお金を渡した意味がなくなるからね」


 私達は軽く頭を下げた。

 細かいところまで気を使っていただいて、申し訳ない。






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