プロポーズ
最近、誠さんの行動が落ち着かない。
ぼーっとしたかと思うと、落ち着かなく動いたり。
私の顔を見て真っ赤になったり、黙ってしまったり。
といっても、原因は解っている。
私も同じ気持ちだから。
気づけば同棲から半年が経とうとしていた。
……そう、両親が設定した、結婚するかしないかの判定時期。
もちろん、必ずここで決めないといけない、と言うわけではないのだろうけど、「結婚」と言う2文字が私も頭から離れない。
私はもう心は決めている。
もし、誠さんにプロポーズをされたら、はい、と答えるつもりでいた。
一生を共に生きることに、全く異論はない。
さあこいっ! プロポーズ!!
……これで、誠さんに「結婚の決断はもう少し後にしましょう」とか言われたら、かなりヘコミそうだ。
思いは一緒だと願いたい。
ある日のこと。
「まどかさん、今日は外食しませんか?」
と誠さんに尋ねられた。
「いいですね。どこにしますか」
「実は予約してあるんです。用意していきましょうか」
あら、……もしかして?
かすかな予感と期待。
私達は着替えをして、食べに出かけた。
どこへ行くかは教えてもらえなかった。
「懐かしい店です」
と言われて、ひとつ思い当たる店があった。
きっと、そうだ。
そして今日、プロポーズをされる、と思った。
だって、その店は。
「着きました。ここです」
そこは確かに懐かしい店だった。
二人で初めてクリスマスイブをお祝いしたイタリアンレストラン。
そしてあの時、私は誠さんから指輪をもらった。
両親からの了解は得ていなかったが、誠さんの気持ちとしての婚約指輪。
実は今も、左手の薬指にはめている。
私は指輪をそっと撫でながら、何となく胸がじんっとするのを感じていた。
ああ、本当にその日が来たんだ。
「入りましょうか」
「はい」
中はあの時と何も変わっていなくて、間接照明の穏やかな明かりと、心地よいジャズが流れていた。
何となく気持ちがあの時へ戻っていく。
「いらっしゃいませ」
お店のご夫婦も変わっていない。
奥様と思われる綺麗な女性が、私達を席に案内してくれた。
あの時と同じ机だ。
私は嬉しくて、思わず机を撫でてしまった。
「お久しぶりですね」
奥様が笑顔で、そう言ってくれた。
「私達のこと、憶えているのですか?」
私は驚いて、思わず聞いてしまった。
「とても印象的だったので。あの時の指輪ですか?」
私の薬指の指輪をちらっと見て、聞いてきた。
「はい」
「ふふ、相変わらず、仲が良さそうですね」
そう言われて、私も誠さんも顔を赤くしてしまった。
「どうぞ、ごゆっくりしていって下さいね」
奥様は優しい笑顔で、そう声をかけてくれて厨房へ戻って行ってしまった。
私は誠さんと顔を見合わせて、互いに嬉しくて笑みがこぼれてしまう。
「やっぱりいい店ですね」
「はい。今日も楽しみです」
私達はたわいもない話を交わしながら、おいしい料理を楽しんだ。
この料理、家で作れないかな、とか。
パスタのレシピをもっと増やしてみようか、とか話しながら。
あたりは今日もお客さんで一杯になって、どのテーブルも楽しそうな会話が弾んでいた。
心地良い気温と、柔らかな光。
話し声と静かなジャズの音。
私はお酒を飲んでもいないのに、何となく雲に乗ったような、ふわふわと温かい空気に包まれて心地良かった。
プロポーズのことを少し忘れていたかも知れない。
私の手が、誠さんの手で包まれる。
私の意識が急に浮上してきて、緊張感が戻ってきた。
「まどかさん……」
「はいっ!」
思わず、大きな声で返事をしてしまう。
私はあわてて口に手をあて、恥ずかしくて顔を伏せてしまった。
包まれた手が、ぎゅっと握られたような気がする。
私の心臓が急に大きな鼓動を打ち始めた。
あんまり鼓動が強くて大きくて、胸が痛くなるほどだった。
私はそっと顔を上げると、緊張した顔の誠さんと目が合った。
目が、離せない。
わずかな沈黙の後、誠さんが言ってくれた。
「僕と、結婚して下さい」
うっ……わーー!!!
何というか、頭の中で叫んでしまって、視界がチカチカする。
解っていたことなのに、身体が固まるかと思うほど緊張した。
あっあっ……えっと……はっ、はいって言わないと……。
私は口をパクパクして、出せない言葉を何とか言おうとした。
でも、出てきたのは……涙ばっかりで……。
なっ、なんで涙!! へっ、返事しないと…………と思ったのに、私は涙が止まらなくて、恥ずかしくて手で顔を隠した。
手の平に涙が伝っていく。
胸の中がいっぱいで。
「はい……」
私はどうにか小さくつぶやいた。
有り難う、誠さん。
私をもらってくれて。
頭を誠さんが優しく撫でてくれたり、周り人達が拍手や祝福の言葉をかけてくれたり、店の人がお祝いをしてくれたりしたけれど、私はその後のことをあまり憶えていなかった。
私はきっとこの日のことを忘れない。
年をとっても、この時のことを思い出して誠さんと話をするのだろう。
恥ずかしそうにしながら。
店を出ると、綺麗な月が光っていた。
私は夜空を見上げ、澄んだ心で誓った。
誠さんと一生をともに歩く、と。




