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自立


 とある日曜日。

 初めて曜子が部屋を訪れてくれた。


 曜子とは大学で会ったり、電話をすることはあったけれど、部屋に上がってもらうのは今回が初めてだった。

 引っ越した後すぐに声をかけたのだが、


「新婚生活のお邪魔をしたくない」


 というわけの解らない理由で、曜子のほうが断っていたのだ。


「そろそろ落ち着いたかな」


 とか言いながら、曜子が遊びに来てくれた。

 両親を除けば、初めてのお客さんだった。


「お邪魔します」

「どうぞ」


 部屋の中で誠さんが招き入れてくれた。

 曜子は靴を脱いで中に入り、ぐるっとあたりを見渡す。


「へえ、広くて綺麗で、いい部屋ね」

「ありがとう」


 私はお茶を用意するべく、台所に立った。

 ちなみに、二人の好みで緑茶かほうじ茶か、あっても中国茶。

 今日は香りの素晴らしい凍頂烏龍茶を淹れることにした。


 曜子は興味津々にいろいろな所を見て回っている。

 と言っても、私達はあまり物を買っていないから、大して見られるものも無いけれど。


「うん。シンプルで二人らしい暮らし方をしているね。落ち着いた雰囲気がある」

「想像通りだった?」

「そうね、だいたい。で……」

「で?」

「二人でどうやって寝ているの?」


 真面目な顔でいきなり聞かないで……。


「やっぱり聞くの?」

「聞かれると思っていた?」

「うん」

「では、期待に応えてもう一度。二人でどうやって寝ているの?」


 期待していませんから。


「隣の部屋に、布団を並べて」

「布団をくっつけて?」

「…………」

「白い目で見ないでよ。二人がちゃんと同棲生活を送っているのか、心配しているの。下手したら、結婚するまでは、とか言って別に寝ていて、誠も手が出せなくて、まどかも待ってばっかりとか」

「……なかなか鋭い読みですね」


 曜子の問いに、誠さんのほうが答えた。


 鋭いんだ。


 ということは、誠さんもそう思っていたフシがあると。

 初日に襲ってきたくせに。


「まさか……まだ、とは言わせないわよ」


 曜子と誠さんが、真剣な顔で見つめ合う。


 何ですか、この緊張感は。


 私はそっと二人の前にお茶を置いた。

 さて、次はお茶菓子だ。


「初日に、頑張りました」

「…………」


 誠さんの言葉にしばらくの沈黙の後、曜子が、うんっ、と力強くうなずいた。


「よくやった」

「師匠。有り難うございます」


 二人とも、どういう関係ですか。


 私は苦笑いしながら、お茶菓子として羊羹を置いた。お茶には甘いものよね。


「もう二人の仲は磐石ね。私が心配する理由も無くなったわ」


 私も椅子に座って3人でテーブルを囲んだ。

 磐石、と言われて、私は先日の風邪の時のことを思い出した。

 思っていた以上に不安定な気持ち。

 相手に依存した幸せに、私はいまだにいくらかの不安を感じていた。


「ねえ、曜子。聞いてくれる?」

「何?」

「先日、風邪を引いた時のことなんだけど」


 私はかいつまんで風邪の時のことを説明した。

 その時の不安な気持ち、寂しさ。

 今はもうそんな気持ちも残っていないが、いつそれがまたやってくるかは解らない。

 それに、誠さんの足を引っ張りたくない気持ちは、今も変わらない。

 まとまりはないが、自分の感じた思いの流れをそのまま話した。


 曜子も誠さんも、静かに私の話を聞いてくれた。


 話し終えた私に、曜子はこう答えてくれた。


「それでいいんじゃない」


「……え?」


「私はそれでいいと思うな」


 曜子の言葉に、誠さんも少し意外そうな顔をしていた。

 曜子は説明を続けた。


「確かに、イチャイチャし過ぎだと思うけど」


 そこを言うか……。


「でも、そんなイチャイチャは子供が出来たり、働き始めたら落ち着いてくると思うから。いまは存分に甘えていいんじゃない」

「落ち着きますか」


 誠さんが、曜子に聞いた。


「……二人を見ていると若干の不安はあるけれど、おそらく」

「おそらく、ですか」

「……多少は?」


 だんだんトーンが下がっているし、疑問形ですか。


 曜子が咳払いをひとつして、言葉を続けた。


「二人は十分それぞれが自立しているから、それぐらい足りない所があって、お互いが必要とするぐらいがちょうどいいと思うよ」

「そうかな」

「結婚したら、また少し落ち着くでしょう。私から見たら鉄板のような絆だけど」

「結婚……か……」


 何度となく意識し、何度となく聞いてきた言葉。

 私は焦っているのだろうか。

 同棲をはじめて、この生活がずっと続くといいな、と思う先に結婚が見えているのは確かだけど。


「曜子さんは、好きな人は出来ましたか?」


 誠さんが話の方向を変えてきた。

 それに対して、曜子は苦笑いをして答えてくれた。


「私は相変わらずよ。まだまだ本やテレビに恋する状態」

「でもこの前、男の人と二人で楽しそうに歩いている姿を見ましたよ」


 あー、はいはい。私も見ました。

 誠さんも、攻撃するようになったのね。


 曜子は恥ずかしそうに笑った。


「ああ、あいつね。学部の友達だけど」

「仲いいの?」

「好意は持たれているかも知れない」


 微妙な表現だ。


「つまり曜子は」

「私は好きという気持ちにはなれない」


 曜子は、はぁ、と大きなため息をついた。


「本の中では恋愛して、妄想もできるのに。何故、現実ではときめかないのだろう」

「本の中で恋愛しすぎて、現実に対するハードルが高いとか?」

「あるかも知れないけど、意外に怖がっているのかも知れない」


 曜子の言葉に、誠が驚いた。


「曜子さんが怖い?」


 曜子は苦笑いを浮かべる。


「他人のことはとやかく言えても、自分のこととなると臆病になるの。先を考えすぎるのも悪い癖だと解っているけれど」


 確かに人を好きになると、その反対に臆病になる。

 近づきたいのに、嫌われることの方が怖いから。

 好きと思われたい気持ちよりも、嫌いと思われたくない気持ちのほうが、大体の場合勝ってしまう。

 本当は思っているほど嫌われることはなくて、もっと自然に好きになった気持ちを伝えていっていいのだろうけど。

 理屈で解っていても、心はなかなかそう動いてはくれない。


「その時が来るかどうか解らないけれど、私は心が動くのを待っている状態ね」

「そうなんですか……」

「だから、二人のことは応援しているし、尊敬もしている。いい恋をしてくれていると、私も励みになる」


 人を勇気づけられる二人に本当になっているだろうか。

 曜子の言葉は、1つ1つが二人の気持ちを癒し、温めてくれた。

 そんな友人がいてくれて、私は本当に感謝していた。


 その後も大学生活についてや、過去の話で盛り上がり、夕食を作って食べて。

 遅くまで楽しく話をして。


 結局その日は、3人で兄弟のように布団にくるまって眠ったのだった。


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