寂しいよ
誠さんは食事を食べた後、いつもより早めに勉強を切り上げてお風呂に入り、パジャマに着替えて、また私のところにやってきた。
そのまま隣の布団に入り、そっと頭を撫でてくれた。
うわっ、心地良い。
いけない。
優しさに負けそうだ。
「あの、誠さん。風邪をうつすといけないから、今日は別に寝ましょう」
「え……? 大丈夫ですよ。うつされてもいい」
「そうはいきません。私は誠さんの役に立ちたいのです。足を引っ張りたくない」
「……」
「お願いです」
誠さんは一度二度口を開き反論を試みようとしていたが、そのまま口をつぐみ、
「解りました」
と言った。
布団をたたんで、移動を始めると、私がお願いしたことなのに、
本当にいっちゃうの?!
と心の中で叫んでしまった。
その気持ちをぐっと我慢をして、誠さんが隣の部屋に移っていくのを、ただ黙って眺めていた。
強くならなくちゃ。
私はそう、心の中でつぶやいた。
誠さんが部屋の電気を消すと、あたりがいっぺんに暗くなる。
「おやすみなさい」
少し遠くから聞こえる声に、私も「おやすみなさい」と返した。
そして、広がる静寂。
すぐそこに誠さんがいるのに、何となく広い宇宙に放り出されたような孤独感が襲ってきた。
たくさん眠ってしまったから、まだ全然眠くなくて。
真っ暗で、物音ひとつしない中で、ただ布団にくるまってじっとしていることが、ひどく辛くなってきてしまった。
私はじわっと溢れてくる涙を抑えることが出来なかった。
何とか声を出さずに泣いていたが、咳が出た拍子に、鼻をすすってしまった。
「ぐすっ……」
いけない、と思った時には遅かった。
がさっと、誠さんが身体を起こす音が聞こえる。
少し戸惑いの沈黙の音、誠さんが聞いてきた。
「まどかさん……泣いているの?」
やっぱりばれてしまった。
でも今ならまだ挽回できる。
私は、大丈夫、と答えるはずだった。
でも、出てきた言葉は、
「……寂しいよ……」
だった。
ああ、情けない。
とうとう言ってしまった。
でもいつの間にか、心が我慢の限界を超えてしまったらしい。
抑えることも出来ずに涙が溢れて、私はすすり泣きをしてしまった。
誠さんがやってきて、私の頭をゆっくり撫でてくれた。
その温かさに、また涙が止まらなくて。
どのぐらい、そうしていただろう。
いつもだったら疲れて眠ってしまいそうなぐらい泣いたのに、今は心がすっきりして、風邪まで治ってしまったように頭の中は澄んでいた。
涙も鼻をすするのも止まり、私は暗闇の中に佇む誠さんの瞳をじっと見ていた。
優しく、慈しむような瞳。
何でこんな私に、そんな目で見てくれるのですか?
私は……。
「迷惑ばかりかけて御免なさい」
小さな声で、そうつぶやいた。
誠さんはゆっくりと首を横に振った。
「迷惑なんて、ひとつもかけていない。何も」
「そんな。だって、今だってこうして」
「嬉しいんです」
「えっ?」
「頼ってくれて、寂しいって言ってもらえて、嬉しいんです」
「…………」
「まどかさんに幸せにしてもらってばかりで、僕は何も返してあげられなくて。時折、僕はいなくてもいいのかな、と心配になるのです」
「そんなこと!」
「今日も『大丈夫』と言われたり、『一人で寝る』と言われたり。そうじゃないと解っていても、拒否されたようで寂しくて」
あっ、私と……同じ……。
何となく嬉しくて、私はじわっと涙が滲んできてしまった。
「だから、寂しい、って言われて、僕は嬉しかったんです」
誠さんが私の涙をすくってくれる。
私はただ、うん、うんとうなずくことしか出来なかった。
「もっと頼って欲しい。僕もあなたの役に立ちたいのです」
胸がぐっと締めつけられる。
私はしぼり出すようにしか、声が出せなかった。
「誠さんは……そこにいるだけで……私の役に立っています」
「…………」
「生きているだけで、側にいてくれるだけで」
誠さん……愛しています。
誠さんが優しくキスをしてくれた。
「僕もです。僕にとって、まどかさんは、同じような存在です」
「本当に?」
「本当です」
「信じて……いいですか?」
「信じて下さい」
私はほっとして、深い溜息をついてしまった。
「良かった……」
緊張していた身体から、力がゆっくりと抜けていく。
そうしてようやく眠気が訪れてきた。
「やっぱり横で寝ますね」
「はい」
誠さんが布団を戻して、いつもの位置で眠ってくれた。
寝づらいとは解っているけれど、私は思わず手を伸ばしてしまって。
誠さんも同じように手を伸ばして、私の手を握ってくれた。
私はようやく安心して、深い眠りにつくことができた。
誠さん、本当に、有り難う。
それは深い、本当に深い、眠りだった。




