第九話 ゴブリンに優しいギャル
キーラをどうしてやろうか考えていたその時、奥から気だるそうなゴブリンがのそのそと姿を現した。
この声はさっき聞いたな。現れたゴブリンはピンク色の髪をツインテールに結び、ナース服とマスクを身に付けた出で立ちをしている。もしかしてキーラが呼んでいたモモロモってやつだろうか。
「やあモモロモ、例のものを持ってきたよ」
うわっと。
キーラが突然オレを振りほどいて立ちあがった。くそ、また今度やったらきっちり落とし前つけさせてやるからな。
それはそうと、このナースゴブリンはやはりモモロモで合っているようだ。独特な雰囲気を感じる。キーラが言ってたお揃いにしたくない知り合いって多分こいつだな。
「ほら、これだ。今回はちょっと調合が難しくてね、量は少ないが勘弁してくれたまえ」
「ほいほい、じゃあウチからもこれね。あんまハデにやんないでよ~、バレたらめんどーだし~」
……なんだろう、目の前で良くない事が行われているような気がする。てかオレがいるのに堂々としすぎじゃない?
「で、今日はどしたん? 誰か連れてくるなんて珍しーね」
「ああ、ここにいる友人を診て欲しくてね」
友人ってオレか? 別に友人になった覚えはないんだけど。
「だから、オレは別に悪いところはないってば」
「記憶、ないんじゃないのかい?」
「あ」
……そうだった。体があまりにも健康なんで記憶喪失の事忘れてた。
「やれやれ、記憶喪失な事を忘れるなんて君らしいね。それでは改めて、こちらのアカリ君は記憶喪失らしくてね、診てやってくれないか」
「ほいほい、じゃ座って~。……げげ、イス壊れてんじゃん」
あ、すいません。やったのはオレです。原因はキーラだけど。
「ごめん、命の危機を感じたから壊しちまった」
「ふ~ん。まあいいけど、使ってないヤツだし。そっち座って~」
怒られるかと思ったのに軽い感じで流されてしまった。
それから今度は普通のイスに座って診察が始まった。モモロモがオレの後ろに回り、髪をかき分けながらあちこち調べているようだ。
「……あれ、あんたが診るの?」
「そうだし。なんかおかしい?」
「だってあんたナース服着てるし、医者が他にいるのかと思って」
「あー、これ? ウチもともとただのコスプレイヤーだし」
「ナースですらないのかよ!?」
おいおいおい、本当に大丈夫か? ここ本当に病院として機能してる?
ちょっと不安になってキーラを見たら案の定ニヤニヤしてやがるし。この野郎……。
「ククッ、まあ心配はいらないよ。こう見えてモモロモは努力家でね」
「そ~、ウチやればできる子なんよ~」
なんでも話によると、モモロモはガラクタの中から見つけたお気に入りの服をあれこれ着るのが趣味だったらしい。そんな時、ナース服を着ていたらやたらと他人に頼られるようになったのだとか。
「上手くいったら超楽しいじゃん? だからすげー勉強したっしょ!」
「その甲斐あって今ではゴブリンの体構造においては私と一・二を争う程になったんだよ」
「薬はまだ勉強中だけどね~。キーラにはマジ感謝よ」
あ、さっき渡してたのってそういう事か。でもバレたらとか言ってなかったっけ?
……いいや、関わらないでいよう。
「ゆーてもゴブリンみんな頑丈だからあんま客こねーけどね~。その分はりきってやっから安心し~?」
そう言われても安心……できるかなあ。だいぶ不安の方が多いんだけど。
「あ~、けっこうな傷あんね。でももう治ってるし、変な薬使った?」
「そこのキーラに飲まされたよ」
「内臓の負担パないかんね、医者の監督なしに飲んじゃヤバいよ~」
「……キーラに言ってくれ」
傷を診た後は目とか口の中とか、心音まで調べられた。何を書いてるかはわからないがカルテのようなものも作成され、いよいよ出た結論は――
「ん~、わかんね」
わからなかった。
「わかんないのかよ!」
「たぶん外傷性の健忘症だとは思うんだけど、脳ミソの事は難しいんだよね~。直接開いて見てみればなんかわかるかもしれないけど、やってみる?」
「やらない」
なにキーラみたいな事言ってんだ、そんな簡単に頭を割られてたまるか。
「治療法とかないのか?」
「こればっかりはね~。いつ戻るかわかんないけど、とりあえず安静にね~」
つまり、記憶が戻るのをただ待つしかないって事か。ケガもしてたし病院に行く事自体は悪くなかったけど、解決の糸口も特に見つからなかったな……。
「じゃあそろそろ帰――」
「モモロモ!」
長居してもろくな事にならなそうなので退散しようとした矢先、建物の外からモモロモを呼ぶ叫び声がした。
何事かと驚く間もなく、数人のゴブリンが診察室へと駆けこんできた。どうやら急患らしいな。そのうち一人はケガをしているのか血を流している。あの出血量……かなり深いぞ。
「ケガ? どったの?」
急な事でもモモロモは冷静だった。喋り方のせいで緊張感が薄れるけど。
「外でグールにやられた。何とかしてやってくれ!」
「あちゃ~、けっこー深いし。」
傷付いたゴブリンはよほど苦しいのか声にならないうめき声をあげている。オレだったら楽にしてやってもいいと判断するかもしれない。
「とりま処置していく。……マギ装術・ポンポンペイン!」
どうするのかと思って見ていると、モモロモの手からどこからともなく黒い針のようなものが現れた。あれ、今……マギ装術って言った?
黒い針が刺さるというよりも吸い込まれるように患者の体の中へと消えていった。それと同時にうめき声が収まり、苦しそうな表情がいくぶん穏やかになっている。
「今のマギ装術ってやつか?」
「そだよ、ウチ使える側だから。ウチの術、麻酔のかわりになっから医者やる時も便利なんよね~」
麻酔って事は痛覚を消したのだろうか? ふうん、そういう事もできるのか。
にしても意外な奴が使えるものなんだなあ。名前は変だったけど。
「でも本格的な処置はこれからだし、キーラ手伝って」
「ええ……、仕方ないねえ」
患者が台に乗せられ、奥の処置室へと運ばれていく。ちょっと面倒そうなキーラによって。大丈夫か? 変な実験とかするんじゃないぞ。
それじゃあオレは邪魔にならないうちに退散するか。……なんて思っているとモモロモに呼び止められた。
「アカリ、だっけ? ちょっと手伝ってほしーし」
「ええ……、オレも?」
そんな事言われても医療の知識なんか無いぞ。ちょっとした応急処置とか、逆に切る方面ならそれなりに得意だけど。
「はいこれ」
「なんだこれ、メモ?」
モモロモが机にあったメモに何かを書いてよこした。住所、かな?
「そこ行って、ムラーサって子から頼んであるものを受け取って来て。ウチの名前出せば通じると思うから。じゃ、頼んだ~! なるはやで~」
「お、おい」
それだけ言って用事を押し付けると、モモロモはさっさと処置室へと引っ込んでしまった。
お使いかよ~、この街には来たばかりだってのに。……でもなあ。メモを渡された時のモモロモの真剣な表情、あれを見ちゃったら引き受けるしかないか。言葉遣いは独特だけど、患者の事を真剣に考えているのは確かなのだろう。
これも必要なものなのかもしれない。オレは病院を出て、手探りながら目的の場所へと向かった。