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第六話 力の差

 目に映ったのはイークの足元に膝をつくチャンティの姿。まさか負けたのか?


「チャンティ!」


 名前を呼ぶとチャンティは顔を起こしこっちを見た。ボロボロだがそこまで重傷ではなさそうだ。まだ演奏を続ける余力もあるみたいだし。


「あ、ああ……すまないね、巻き込んでしまって」

「それはいいけどどうした、調子悪いのか? マギ装術はどうしたんだよ」


 すると話を聞いていたリーダーのイークが笑った。


「ハッ、無駄だぜ。こいつは他人を術で傷付けられないからな!」

「どういう事だ?」


 イークに言ったわけでもチャンティに言ったわけでもない漠然とした言葉だったが、それに答えようとチャンティが口を開いた。


「……本当だよ」

「本当だよって……。今まさに演奏してるじゃないか。なんかこう、音波攻撃とかあるんじゃないのか?」

「そういう事じゃないのさ。音楽は、芸術は心を癒すためにある。誰かを傷付けるなんてあり得ないだろう?」


 信念って事か。こんな状況でも貫くとは恐れ入る。

 ……やれやれ、仕方がないな。


「おい、そこのアホ面」

「あぁ!?」

「そいつとはさっき知り合ったばかりだけど、いろいろ教えてもらった恩がある。今すぐ仲間を連れて帰るなら許してやるぞ」


 なんて、こんな事を言われて素直に帰るやつはいないよな。


「なめてんのかクソゴブリンが……ブチ殺してやる」


 よし、いい感じに怒ってくれたおかげで注意がこっちに向いたぞ。あのままだと演奏してるチャンティを蹴飛ばしそうだったからな。

 さっきのやつらとは違っていい殺気を放っている。結局さっきのやつらは術を使わなかったから、やっぱりこいつだけが使えるんだな。態度から普段の様子が見て取れる、術のあるなしでかなり格差があるようだ。


 イークが手を突き出すような構えを取った。すると空間から黒い泥のようなものが現れ、矢となってオレめがけて放たれた。

 速度は本物の矢よりもちょっと遅いかな。そのかわり目標に当たると小さな爆発を引き起こす仕掛けで、木をえぐるくらいの威力はあるみたいだ。最初に木を砕いてオレをガッカリさせたのはこいつに間違いない。


「ヒャハハ! そらそら!」


 夢中になって撃っているな。爆竹みたいにバンバンうるさい、この術って弾数とかあるのだろうか。確かめたい事はたくさんあるけど、オレもいつまでも遊んでいられないんだ。


「そらそら……あ?」


 芸の無い奴だ。ただ弾を飛ばすだけなら銃でも持っていれば十分だぞ。

 こうやってオレが弾を避けながら間合いに入っている事に今さら気付くのもお粗末だ。


「アゴがお留守だ」


 真下から掬うようにイークのアゴめがけて蹴りを一発。するとイークは気が抜けたようにすとんと膝をついた。

 続いて仰向けに蹴り倒し馬乗りの体勢に移行する。こうなればもう術が使えようが関係ない。

 破壊の基本は硬い部分や物で相手の柔らかい部分を攻撃する事。この体勢であれば眼球を貫いて脳を抉る、それならば木の棒でも十分に仕留められる。

 イークのギョロッとした大きな目玉めがけ、オレは静かに手に持った棒を振り下ろした。


「……!」


 振り下ろしたつもりだったが振り下ろせていない。正確には止められている。


「それ以上は、本当にやめて欲しい」


 オレの腕を止めているのはチャンティだった。ヴィオラの弓で押さえているだけなのに結構な力だ、やっぱり実力を隠してたんだな。


「なぜ止める? こいつらはお前を狙っていたんだろ?」

「彼らはボクを連れて行こうとしただけさ、命は狙っていないよ」

「オレにはしっかりと殺意を向けてきた、始末するには十分な理由だ。それにこいつはまだ殺意を失っちゃいない」


 まあだいぶ弱くはなっているけどね。

 要するに今のこいつは意地を張っている状態だ。しかしそんな状態の奴が厄介なのは知っている、何をしでかすかわからないという点でな。


「そう言わず、許してあげてくれないか。この世界はガラクタにまみれてはいるが無法ではない、責任ならボクが持つさ」

「……ふうん」


 ま、狙われてた本人がそこまで言うならオレが出しゃばる理由もないか。

 でもこいつらそう簡単に諦めるかな? 馬乗りを解いてやってもまだ恨めしそうにこっち見てるぞ。


「それにしても本当に攻撃しないんだな、じゃあどうしてずっと演奏してたんだ?」

「ああ、それはね……」


 チャンティが指をパチンと鳴らした。すると、その音に合わせて後ろにあった大岩がガタガタと震え始める。

 ……いや違う、ただの大岩かと思っていたものは何かの生物だ。


「なんだよこれ。亀……いや、竜!?」


 その得体の知れない生物は岩のような皮膚を持ち、亀のようでもあり竜のようでもある巨大な怪物だった。


「ひ、ひええ!」


 イークたちはその恐ろしさに一目散に逃げ去ってしまった。

 気持ちはわかる。オレだってチャンティが余裕そうにしていなければさっさと逃げているところだよ。


「大丈夫、この子はガラクタ地帯の怪物ほど狂暴ではないから。まあボクもさっき会ったばかりなんだけどね!」

「本気かよ……」

「彼らがあまりにうるさくするものだから、この子が機嫌を損ねないようにマギ装術でなだめていたのさ」


 チャンティは簡単に言ってのけるが、こんな怪物をそんな事くらいで大人しくさせられるなんて信じられない。攻撃面を除けばオレの見立てより強かったかもしれないな。


「もう演奏はいいのか?」

「ああ、この子はもう落ち着いているよ。……さあお帰り」


 怪物はチャンティに促されるまま森の奥へと消えていった。

 実はオレもちょっと怖がってたりして。正直ホッとした。言わないけどね。


「大した術だよ、さっきのイーク共も力の差を思い知っただろ」

「ハハハ、だといいんだけどね」

「本当に殺しておかなくてよかったのか?」

「……彼らはとある問題児の手下なのさ。ああして一部のはぐれ者のイークやオーガを使いギャングの真似事をしている子がいるんだよ。もっと話を聞いて欲しいんだけど、なかなか難しいんだ」

「本当の先生みたいだな」

「本当に先生なんだよ?」


 そういや職場がどうとか言っていたな、まさか本当に先生をやっていたとは。それ以前に学校がある事が驚きだ。ゴブリンの学校か……想像するとちょっと微笑ましい。


「マギ装術も本来は住人同士で争うためのものではなく、ガラクタ地帯の怪物に対抗するためのものなんだよ。キミももし術が使えるようになったら心に留めておいてくれたまえ」


 そう言うチャンティの表情はどこか複雑そうだった。

 しかし次の瞬間にはパッと明るい表情へと変わった。情緒どうなってるんだ。


「さて、ボクもそろそろ帰るとしよう。アカリくん、キミが失われた記憶だけでなく、知識や芸術を追い求めるのならまた会う事もあるだろう。いつか再会するその日まで、ハーッハッハッハッ!」


 そう言うとチャンティもまた何処かへと姿を消した。

 さあて、じゃあオレも帰……。


「あれ、ここどこだ?」


 気が付けば深い森の奥にひとりきり。帰るのには、少々時間がかかるかもしれない。


 それからオレは命からがら森を抜ける事に成功した。家の前に辿り着いた時にはもうすっかり日が落ちている。退屈に耐えられなかったとはいえ色々あった一日だった、今日中に帰れただけマシだと思おう。


「ただいま」


 扉を開けて中に入る。しかし反応がない。

 見るとアオミが部屋の入口近くで居眠りをしていた。


「おいアオミ、こんな所で寝てたらカゼひくぞ」

「……ふわっ!? ね、寝てないよ?」


 いやどう見ても寝てただろ。まあ無理もない、アオミもオレに負けずかなり疲れた顔をしているからな。


「どうした、疲れた顔して」

「アカリもね……。ちょっと作業が捗り過ぎちゃって、ついさっき終わったところなの。ごはんは用意してあるから、キーラを持って来てね」

「ああ、わかった」


 ……ん? 呼んで来て、じゃなく持って来てだって?

 不思議に思いつつもキーラの部屋へ向かおうとしたその時、言っている意味がわかった。


「うわっ」


 廊下の途中でキーラが倒れている。あやうく踏んづけるところだったぞ。


「おい、何やってんだよ」

「あ、ああ……君か。いやなに、研究が捗り過ぎてね……。ちょっと脳がショートしかかっているだけさ」


 お前もかよ、オレが言うのも何だけど大丈夫かこの家。


 とりあえず言われた通りキッチンまでキーラを運び、ようやく遅めの夕食だ。

 くう~、ポトフの優しい味わいが疲れた体に染み渡る。


「……」


 なんだろう、妙な感じだ。


「アカリ、どうかした?」

「いや……不思議な感じだなって」

「もしかして、何か思い出した!?」

「そういうのじゃない。ただ、ありがたいなって思っただけ……」


 言ってて恥ずかしくなってきた。あ、おい。ニヤニヤするんじゃないキーラ。

 くっ……話題を変えねば。


「そう言えば、今日は森に入ってみたんだが」

「えっ!? ……危ないなあ、戻ってこれて良かったよ」

「それはオレも思った、気を付けます。……で、そこで妙なゴブリンに会ったんだ」

「妙な?」

「やたら芸術だのなんだの言ってて、そのくせ下手なやつだった。マギ装術の事とか教えてもらったし、いい奴なのはわかるけどね。名前はチャンティだったかな」

「……」


 どうした事か、今度はアオミが恥ずかしそうにうつむいている。


「あれ、何か変な事言ったか?」

「うん……その、ね? チャンティって、わたしのお姉ちゃん……みたいな?」


 ……。


「……信念のある強い人デシタヨ」

「あ、大丈夫。変わってるのは確かだから」


 あ、そうなんだ。

 ふう、あやうく変な空気になるところだったぜ。世界は狭いな。

 それにしても「みたいな」とは含みのある言い方だ。あえて聞いたりはしないけどね。


「正確には姉弟子といったところだったかな」


 あえて聞いたりはしなかったがキーラが勝手に補足してくれた。

 姉弟子? 誰かに師事していたお仲間って事か。家族ってわけじゃないのね。


「そっかあ、チャンティが……。ねえ、明日は街に行ってみる?」


 しばらく何かを考えている素振りの後、唐突にアオミがそう言った。


「修理とかは終わったのか?」

「だいたいね。それに他にやる事もあるから」

「そうか、わかった」


 よくわからないが唐突に明日の予定が決まった。ようやくボディガードとしての仕事ができる、一日中トレーニングで暇を潰さなくて済みそうだ。

 街か……、この世界の街はどんな所なのだろう。

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