第二話 落ちるゴブあれば拾うゴブあり 後編
おいおい、お前が言ってたんだぞ。「グールは音に集まってくる」って。
その場から離れようとしても時すでに遅し。周囲からグール特有の腐臭が集まってきているのが感じられる。
それからすぐに奴らは姿を現した。一匹、二匹……少なくとも五匹。完全に囲まれている。すぐに襲い掛かってこないのはアオミの銃を警戒しているのか? まあどうせオレたちに逃げ道など無いのだが。
「あーあ、囲まれちまったな」
「ど、どうしよう。今日はそんなに探索する予定じゃなかったからあまり弾がないのに……」
弾があってもどうこうなる感じじゃないけどな。それに、この事態を引き起こしたのはその銃なんだぞ。
「だいたい何で撃った? オレなんか放っておいて逃げれば良かっただろ」
「え? どうして?」
「どうしてって……見ず知らずのやつを命張ってまで助けるか?」
「もちろん! だって放っておけないもの」
即答しやがった。今の状況わかってるのかねこいつ。
なんだよそのやるべき事はやったから満足ですみたいな顔は。純度マックスの善意みたいなオーラ出しやがって。
「大丈夫、あなたは助けてみせるから」
そのセリフに根拠はあるのか? 妙な構えを取ってるが、囮になるなんて作戦じゃ笑えないぞ。
……?
……痛っ。
頭が痛い。何かを少し思い出しそうになった。あれは……何だったか。
いや、今はそんな場合じゃないな。
「借りるぞ」
ちょうど良く、アオミのリュックの側面にナタがぶら下がっているのが見えたので拝借する事にした。薪割り用か、あまり鋭くもないが無いよりマシだろう。
「アカリ? そんなものでどうするの?」
「……」
その問いかけには答えなかった。うるさいな、何だっていいだろ。
勝手に満足してるんじゃないぞ、そういうのを善意の押し売りって言うんだ。お前のはちょっと度を越したお人好しだけどな。
そういうやつをみすみす死なせると寝覚めが悪い、ただそれだけの事さ。
ナタを構え、一番近くにいたグールをこれでもかと睨みつける。すると負けじと相手も殺気を漲らせて威嚇してきた。
ああ、いいな。この肌に突き刺さるような敵意。いや殺意か? 銃弾の雨に身を晒しているような感覚が心地よくすらある。
あちらさん、どうにも踏ん切りがつかないようなので今回はこちらから出向いてやった。
こちらが動いたのに反応し、グールの一匹が反射的に飛び掛かってくる。
つまらないなあ、さっきも見たぞその動き。おまけに今回はナタという立派な武器がある。喰らい付こうとするグールの口に、水平に刃をご馳走する。後はそのまま振り抜いて、頭をスライスしてやれば一匹目は料理完了だ。
グールの血が飛び散り、周囲に腐臭が充満する。残りのグールも興奮した様子で次々とオレめがけて攻撃を開始した。
悪いな、今のオレはかなりノッている状態なんだ。一匹、また一匹、ナタがグールを的確に捉え切り刻んでゆく。
これこそが戦いって感じだった。最後に残った少し大きいグールを前にして、オレは思わず吹き出してしまいそうになった。
「どうした死肉喰らい、ついさっきまで程の殺気を感じないぞ。……いや、ダジャレじゃなくてな。つまりなんだ、ビビるくらいの知性はあったとかなかったとか……」
いかん、自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。出血もあってちょっとハイになっているのかもしれない。
最後のグールはといえば、少々腰が引けていたもののそこはリーダーの誇りがあったのだろう。もしくは単にオレの話がつまらなかったのかもしれない。どちらにしろ再び闘志を燃やしてオレに最後の勝負を挑んできた。
「いい殺意だ。でも向ける相手が悪かったな!」
グールが飛び掛かるのと、ナタがグールの頭を叩き潰すのはほぼ同時だった。
怪物の死体が散乱し、その血だまりに立つゴブリンが一匹。そう、オレ。
戦いの後の奇妙な高揚感が体を包む。ムヒヒと変な笑い声が出そうになったが、それ以上に視界がグニャリと歪み始めた。
あっ、ダメだ。止血もろくにしないまま暴れ回ったものだから出血が危険なレベルになってる。プツリと電源が切れるように視界が真っ暗になり、その場から転げ落ちた感覚があった。
感覚があったのは……そこまでだ。
***
ガラガラと何かが走る音がする。その音でオレはハッと目を覚ました。
どれくらいの時間が経った? というかどういう状況になっている?
「あ、起きた? おはよう!」
目を開くと、すぐ目の前にアオミの顔があった。相変わらず気の抜けるようなのん気な声を聞かせてくれた。
「ちょっと待ってね、今わたしの家に向かってるところだから」
「ん? ああ、うん」
まあ……とりあえず冷静になって状況を確認しよう。どうやらオレはショッピングカートのようなものに乗せられ運ばれているようだ。
頭には包帯。気を失っている間に止血してくれたらしい。そして目的地はアオミの家、という事だな。
「いやどういう状況!?」
思わず叫んでしまった。
「アカリが気を失っちゃったから、他のグールに見つかる前に離れようと思って。近くにカートが落ちててラッキーだったね」
「売り物になった気分だよ。それにしても……」
カートに揺られながら改めて周囲を見る。警戒の意味が大きかったが見えるものといえばガラクタの山ばかり。ガラクタの平原、ガラクタの丘、やっぱりこの世界はガラクタでできている。
「なんでこんなにガラクタばっかりなんだ」
「記憶喪失ってそういう常識的な事も忘れちゃうのね」
「……そうらしいな」
アオミがフフッと笑った。
「記憶喪失のゴブリンちゃんに説明すると、この世界には昔からガラクタが定期的に降り注いでいるんだよ。積もり積もって今ではガラクタの国とか棄てられた世界とか言われているのです」
「危なくて住めたもんじゃないな」
「だからわたしたちはガラクタの降らない安全なエリアで暮らしてるの。こうやって物資を探すのだって、天気予報で安全を確認してからじゃないと行かないよ。それでも時々は潰されちゃう子もいるけどね」
「やっぱ危ないじゃないか」
ふと、アオミのリュックが目に入った。ナタがあった場所にナタはない。けっこうムチャな使い方したからな、壊してしまったか。
「ナタ、悪かったな」
「ううん、いいよ。わたしはいろんなものを修理したり発明したりしてるの、まだあるから気にしないで」
すると、アオミの鼻息が荒くなった。
「ていうか、アカリ強いんだね! グールをナタで、しかもあんなにたくさんを倒しちゃうなんてびっくりしたよ。言うのが遅れちゃったけど、助けてくれてありがとう!」
「別に……体が勝手に動いただけだ」
お互い助け助けられ、結局どっちが貸しを作ったんだ?
このままカートから飛び出し別れても良かったが、何故だかそんな気になれなかった。どこか心地よさを感じていたのかもしれない。このままアオミの家まで行ってみてもいい、そう思った。
ガタンとカートが揺れ、尻を強打した。……前言撤回、心地はよくない。
「ねえ、わたしに雇われてみない?」
不意にアオミが話を切り出した。
「雇う? オレをか?」
「そ。わたしは材料を集めるためによくガラクタ探索に行くから、ボディガードってところかな。ちゃんとお給料も出すよ」
「んー……ボディガードねえ……」
「どうかな。なんだったら記憶が戻るまででいいから」
確かに、記憶がないままでは行く宛てもない。厄介になるにしても仕事があった方がオレにとっても都合がいいだろう。
「わかった。とりあえずは世話になる」
「本当! やったあ!」
何がそんなに嬉しいのか、アオミの押すカートの速度が上がった。まあ、そんなに喜んでくれるとこちらとしても悪い気はしない。
この数秒後にクラッシュして放り出されなければ最高だったよ。