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第一話 落ちるゴブあれば拾うゴブあり 前編

 ズルリ、ズルリと何かを引きずる音がする。重いものを引っ張っているのか、音は緩やかで間隔が開いている。引きずる道も平坦ではなく、でっぱりがあるたびにガクンと大きく体が揺れ、頭に軽い衝撃が走った。

 あ、これオレが引きずられているのか。どうにも目が霞んで視界が悪かったが、自分が地面に仰向けになり両足を掴まれているのはわかった。

 それにしても何だここは。右を見ても左を見てもゴミに瓦礫にわけのわからないガラクタばかり。まるで世界がガラクタでできているような錯覚さえ起こしそうになる。

 またガクンと体が何かに当たり、その反動で頭を打った。いてて、何にしてもこのままではよろしくない。


「おい」


 頭を起こし、引っ張っている何者かの背中に声をかけた。


「……?」


 そいつは声をかけられた事で立ち止まり振り返った。


「……」

「……」


 目が合った。陰になってはっきりとは見えなかったが確実に、間違いなく。

 しかしそいつは何事もなかったかのように、オレの足を離さないまま再び歩き始める。おかげでスタートの瞬間、また後頭部を地面に打ち付けてしまった。


「いでっ! おいお前、聞こえてるだろ!」


 今度はしっかりと上体を起こし、嫌でも聞こえるように大声で叫ぶ。


「えっ……!? ひゃあ!」


 よほど驚いたのか、そいつはオレの足を放り出して小さく跳び上がった。


「ご、ごめんなさい。目を覚ましてるなんて気が付かなくて」

「……さっき目が合ったよな?」

「気のせいかと思ったんです、はい」


 指摘するとそいつはエヘヘとばつが悪そうにはにかんだ。

 もっとも、オレの方はといえばそれどころではなかった。目の前にいるやつの容姿がはっきりと見えるにつれ、状況の異様さに気が付いたからだ。

 緑色の肌、長い耳、小柄な体格。よく見えないがおそらく歯も鋭い。こいつは……。


「お前、ゴブリンだな? オレをどうするつもりだ」


 こいつはゴブリンに間違いない。見るのは初めてだが。オレを巣に運んで喰うつもりだったか?

 一応問いかけてみたがどうせろくな答えは返ってこないだろう。いきなり攻撃に転じられる恐れもある、オレはどんな動きにも対処できるよう身構えた。


「どうって、ケガしてるみたいだったから助けてあげようかなって」


 しかし、帰ってきた答えは意外なものだった。それは助けてあげようと思った、などという気の抜けた答えの事ではない。問題はその後だ。


「ていうか、あなたもゴブリンでしょ」

「……あん?」


 よほど呆けた顔をしていたのか、そいつは背負っていたリュックから手鏡を出すとオレの前に差し出した。

 緑色の肌、長い耳、小柄な体格、鋭い歯も確認した。こいつは……。


「ゴブリン、だな」

「ゴブリンでしょ?」

「あれぇ? そうだったかなあ。そうだったような気もするけど……」


 目の前に揺るぎない事実が存在している。どこからどう見ても鏡の中にいるのはまごうことなきゴブリンガール。でも何かがおかしいような気もする。

 ああくそ、頭が割れるように痛い。全然頭が回らない。

 おまけに頭を触った手にヌルリと嫌な感触があった。見ると緑色の小さな手に赤い血がべっとり付いている。どうやら頭に結構な傷を負っていたらしい、そりゃ痛いわけだ。


「あわわ、ごめんなさい! もしかしてわたしのせい!?」

「……違う。引きずられて付くような傷じゃない」

「そ、そうなの? ほっ……」

「ほっ、じゃねえよ! 手当てするつもりならケガ人が頭ぶつけるような引きずり方してんじゃない!」

「ひゃあ、ごめんなさい! わたしひとりじゃ上手く運べなくて……」


 やれやれ……。手段はともかく助けようとはしてくれてたんだ、まあいいか。

 それにしても実際にゴブリンを見てみると印象が違うな。おでこにゴーグルかけてるし、オーバーオールを着てリュックなんか背負ってやがる。意外と文化的なんだな。

 三つ編みにした青い髪に青い目、顔だって別に醜くも恐ろしくもない。緑色なところを除けば人間の少女と大差ない。

 それはオレにも言える事。こっちは赤い髪に黒い目だった、色は違うが可愛らしさでは負けていないだろう。

 ……いや、張り合う事じゃなかったな。


「本当にごめんね。わたしはアオミ、あなたは?」


 ふうん、こいつはアオミというのか。名前もちゃんとあるんだな。


「ああ、オレは……」


 オレの名前は……。オレの……。あれ?


「なんだっけ」

「いや、知りませんけど」


 そりゃごもっとも。

 はあ……違和感の正体はこれか? 自分の名前が思い出せない。

 いやそれだけじゃない。どこから来たのか、ここがどこで何をしようとしていたのかさっぱり思い出せない。オレは……誰だ?


「ねえ大丈夫? もしかして記憶喪失ってやつ?」

「ああ、まいったな。どうもそうらしい」

「じゃあアカリちゃんでどうかな!」

「何が?」


 あ、名前の事か。どうかなも何も全く思い出せないんだからこの際なんでもいい。

 アカリね……とりあえずの名前にしては上等か。


「それでいい、でもちゃん付けはやめてくれ。どうにも落ち着かない」

「そう? じゃあアカリだね、よろしくアカリ!」


 距離の詰め方エグいな、殺し屋だってそんなに踏み込まないぞ。

 そしてなぜだか知らないがアオミはとても嬉しそうだった。


「ところでどうしてアカリなんだ?」

「それはもちろん赤いから。わたしも青いからアオミだよ」

「ああ……そりゃシンプルでいいな。今なら出血で赤さ割り増し中だし」


 ゴブリンとはそういうものなのだろうか。

 それより出血しているんだった。あ、やば。まだ止まってないからクラクラしてきたぞ。


「大変! 早く手当てを――」


 フラついたオレにアオミが駆け寄る。

 その時、アオミは何かを見つけ言葉を中断した。やや遠くを驚いているような怖がっているような様子で目を見開き見つめているようだった。


「どうした」


 話しかけようとしたオレの口をアオミが咄嗟に遮る。


「静かに。……グールがいる」

「グール?」


 アオミの手をどかし、その視線を追ってみた。

 少し離れたガラクタの小山に何かいる。……なんだありゃ。毛の無い人面犬とでも言えばいいのだろうか、得体の知れない怪物がまさしく犬のように周囲の様子を伺っているのが見えた。


「あれがグールか?」

「うん」

「危険なのか?」

「まだこっちに気付いてないみたいだし、一匹だから大丈夫だと思う。あいつら音に敏感で、大きな音をたてると群れで襲ってくるの。だから今のうち、そっと離れよう」


 なるほど、狼みたいな奴らなのか。確かに狂暴そうな見た目してるし、できれば関わらない方が良さそうだ。

 オレはアオミに案内されるまま、後ろを付いて行くことにした。


「あいつら犬みたいな見た目してるけど、敏感なのは音だけか?」

「臭いにも寄って来るけど音ほどじゃないかな。臭いの強いものでもなければ大丈夫だよ。腐った肉とか、血とかね」

「……血?」


 その瞬間、文字通り血の気が引いた。おいおい、勘弁してくれよ。ただいま現行で血を流しているやつがここにいるんだから。

 同時に刺さるような視線を感じた。二人してその方向を見上げると……やっぱりいた。すぐ真横の小高いガラクタ山の上から、よだれを垂らしたグールがこっちを睨んでいた。

 オレの血の匂いに惹かれて来たか? 来たんだろうな。今にも飛び掛かって来そうな雰囲気だ、アオミの反応からしてやっぱこいつゴブリンとか襲って喰うのかな。

 ツンと腐臭のような嫌な臭いが鼻を衝いた。この臭い、確実に死肉を喰ってるぞ。生きてるやつだってちょっと加工すれば死肉になる。とすれば、まあまず襲ってくるだろうよ。


 睨み合いはとても長い時間に感じたが、実際には一瞬だったのだろう。グールはオレを獲物と定めたらしく視線を外そうとはしない。こちらも睨み返すがなにせ丸腰、その上手負いときてる。オレだって狩るならこのタイミングを選ぶだろう。

 一瞬の間の後、グールが大きな口を開け飛び掛かってきた。

 こうなればもうやるしかない。というか、やれるか!?

 相手の動きが思ったより早く回避が間に合わない。咄嗟に腕でガードする体勢をとったけど相手の力がどれくらいなのかわからない。

 ちょっと、やばいかも。素早さもさることながら、牙のある口も手足の爪も思ったより大きい。下手をすれば一撃で腕くらい噛みちぎられるかもしれないが、何もせず喉を喰いちぎられるよりはマシだ。とにかく初撃だけでもなんとかしなければ!


 ――その時。パァンという乾いた音が鳴り響いた。


「グギャァッ!」


 それと同時にグールが顔面から血を噴き出し、横に大きく逸れてガラクタの奥へと転がっていった。


「大丈夫!?」


 声をかけられアオミを見ると、その手には手作り感あふれる不格好な銃が握られていた。

 なるほど、そいつでグールを撃ったのか。……というか銃があるのか。ゴブリンだからって侮れないな。


「ああ、問題ない。助けられちまったな」

「良かった。この銃、お手製なんだけど精度がいまいちで。ちゃんと当たってよかったよ」

「そんなので喰らい付くギリギリの相手を狙ったのぉ?」


 あっぶな! グールに当たったからいいようなものの、オレの鼻の穴が増えてたらどうするつもりだったんだこいつ。

 ……いや待て、何か大事な事を忘れているような気がする。


「アオミさんよぉ。助けられたオレが言うのもなんだが……何しちゃってんだよ!」


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