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名もなきわたしと毒花の姫  作者: 東堂杏子
王弟の帰還
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第8話

 すごい!

 レアすっごい!

 わたしの異父姉は頭がよくて美人でかっこいい!

 あああ、こんなお姫様、わたし好きかも!

 っていうか、好き!


「なるほど、この娘がアルバス様の娘であるならば大罪はすべて……」


 男たちが深く頷いている。異議を唱える者はいない。

 イグルス国にこんな法があるなんてわたしは知らなかった。わたしに遊郭で用心棒をしろと命じたのは父上だ。しかも、なるべく悪徳役人につきまとわれて迷惑している娼館に張り付けと。

 そして、娼館で騒ぎが起こったときには大暴れしてその下手人を捕らえて王宮に向かうのだ。そうすれば、王宮はかならずその門を開けてくれる。そこでおまえの両親の名を出せば、必ずレディキュアス姫が面会してくれるだろう……父上はわたしにそう言った。

 こういうことだったんだ。

 かつて後宮の夫人を連れて城から逃亡した王子様は、今夜、すべての罪が赦された。


「もうよい、もうよいわかった、わかった。娘、どうせあのアルバスの指示で動いたのだろう。適当なところで適当な罪人を見つけて引っ捕らえ、それを手土産にしてわが王宮を訪ねよとな!」


 国王がじゃららんと琴をかき鳴らした。

 宰相は天井を仰いでいたが、やがてわたしとレアに向き直り、すべてを悟ったかの表情で優しく笑った。


「あなたがアルバス様とテティス夫人の姫君ですか。私はローウと申します、少年だった頃、あなたの父君にさんざ振り回され人生と頭皮を破壊された学友のひとりですよ」

「どうも」


 どう答えていいのかわからないけれど、悪い印象はない。わたしはぺこんと会釈しておいた。


「報告に寄ればアルバス様は衰弱なさっているとのこと、急ぎ奥の間をひとつ準備させましょう。頭痛の種であったパイラスの首を切り落とすことが出来るのはあなたのおかげですから、我々は我が国の法に則ってその恩に報いなければならない」

「内蔵の薬もお願いします」

「ご心配は無用です。あの方は幼少の頃から腹が弱かった。王宮に勤めている古い医官なら、アルバス様が服用していた薬の調合を覚えているはず」

「ありがとうございます!」


 わたしは胸の前で手を組んだ。最初に駆け寄って若禿の額に口づけて差し上げたかったけれど、それはどうにか堪える。またの機会にしよう。


「こうしていつかアルバス殿下が帰還なさると確信していましたよ」

「ローウ! 余は寝る!」


 国王が苦々しい声を張り上げて立ち上がった。ローウ宰相はわたしたちに会釈して国王のもとに向かった。


「もう寝ちゃうの?」


 まだ宵の口だ。わたしは隣にいたレアに尋ねた。


「いじけているだけよ、すぐに理由をつけて戻ってくるから誰も心配なんてしないの」


 なるほど、国王が琴の演奏をやめて立ち去ったというのに、宴は相変わらずなのだ。

 別の演奏者が驚くほど上手に楽器を奏で、今度は安心して女たちも舞い始める。音楽がよければ酒も進む。着飾った男たちは気を取り直して乾杯していた。

 もちろんそれは、見せかけだ。

 すべての視線がわたしに集まっている。ちらちらと横目でわたしとレアを伺っているのだ。

 レアが彼らにわたしのことを紹介しないから、わたしに駆け寄る機会を見失っている。もちろんあの国王に遠慮しているせいもあるだろう。


「一度しか教えてあげないからしっかり顔と名前を覚えておきなさい。左の卓の奥側から、」


 レアはちょこんと膝を折って、わたしに向かって遠い卓を指さして見せた。


「内務の高級官僚たちよ。国王はご覧の通りどうしようもない肥満体の役立たずだけれど、どうにか国としての体裁が整っているのは彼らのおかげ。ディセント、アウラ、ナルコス、赤い顔をしているのがトゥーラス長官。今はローウ宰相がしっかりと手綱を握っているけれど、彼らはもともとアルバス王子が次期国王になればいいと願っていた連中だそうよ。今回のことにかこつけて裏で画策するかもしれない」


「おい、真珠の耳飾りを落としたぞ! 何処だ!」


 国王が怒鳴りながら宴の間に戻ってきた。

 よく見れば片耳の真珠がない。


「さっきここから出て行ったときには両方揃っていたと思うけど。別の場所で落としたんじゃない?」


 国王に教えてあげなくちゃ。

 わたしが飛び出しそうとしたら、レアが笑いながら引き留めた。


「それはみんな判っているのよ」


 国王が、皆で真珠を探せと大騒ぎをする。ローウ宰相も苦笑して、国王の戯れ言だとわかっていながら床に手を這わせた。

 宰相というのは健気な仕事だな。


「どのような飾りでしょう? 陛下もお探しくださいませ」

「いやローウ、余は」


 国王は太りすぎているから、躰を折り曲げておのれの足下を探ることができない。わたしは笑い出してしまわないように、左手で右手の甲をつねった。

 これが一国の王の姿というのか。


「ね、毎晩この調子なのよ。これがわが国の現状。こうしている間にも、他国は国軍を鍛えているというのにね。おまえも今の内に何か食べておきなさい、酒は飲める?」

「もちろんよ、大好き!」


 久しぶりの美酒にありつける予感がしてわたしは大きく頷いた。

 ところがレアはお気に召さなかったらしい。いきなり眉をひそめた。


「小娘の躰に強い酒は毒だわ。よき武人になりたいのなら、大人になるまで禁酒なさい。かわりに子ども向けの薄い果実酒をさしあげる。ちょっとおまえ、それをひとつ寄越しなさい」


 レアが召使いの女をひとり呼び止める。わたしは女の皿に載った麺麭パンをひとつ掴んで囓った。麦の粉を練って焼いた塊には木の実が混ざっている。もちもちとした歯ごたえが気持ち良くて、ほのかにしょっぱい。

 最高だ。いつまでも噛んでいたい。


「それと、バイア実の酒を汲んできて」


 召使いがかしこまりましたと膝を折ったときに、近衛兵がひとり宴の大広間に転がり込んできた。


「た、ただいま、ただいま王宮の正門より、あ、アルバス様が、あの、ご帰還なされっ」

「ご帰還などと言うでない!」


 国王が怒鳴る。

 わたしとレアとローウ宰相が、すでに先を争って駆け出していた。その後を、内務官僚たちや楽団の一座が追う。


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