第7話
大広間は宴の最中だった。
楽しそうに騒音を奏でていたのは、巨体の男。空腹のわたしにはそれがなんとも美味しそうな肉の塊に見える。
丸い顔が、まずレアを見た。
さらに目玉を大きくして、わたしを見た。
わたしはその男の額に国王の宝冠を見つけてしまう。そんな気がしてたんだけど、あまりにも、これはあまりにも最悪の男だ。
わたしの父上の兄者だというのに、まるで似ていない!
「なんだレア、その恰好は」
国王がレアに問いかけた。
太った男の声は低い。あんな醜い姿をしているくせに心地良い声で憎らしい。この男は楽器を弾くべきではない。謡うべきだ。
「陛下が御心やすらかに琴を弾くことが出来ますよう、王宮の正門で番をしておりました。さきほど正門の前で大きな騒ぎがあったのですが、すでにお耳に届いているでしょう? そしてこの客人のことも宰相からはお聞きになっていませんか?」
レアの声に青ざめたのは、国王の傍に控えていた男だ。まだ若く見えるけれど、きっとこのひとが宰相だ。苦労が絶えないのか前頭が禿げあがっている。横笛を握ったまま視線を動かし、やがて意を決したかのように溜息をついて、そっと国王に耳打ちした。
どうやら宰相のもとには早々に報せがあったらしいが、国王には伏せていたようだ。
長い耳打ちだった。
途中で国王がちらちらとこっちを窺っている。その視線は鋭い。
わたしは捕らえられて首を斬られるのかも。胃が痛い。絶望しているのと同時に、どうすれば王宮から脱出できるのかを考える。俯きながら視線を動かした。北側の扉からなら脱出できるかもしれない。でも、そしたら父上のことはどうしよう?
「私を信じなさい」
レアがわたしの腕を掴んだ。
「――わが弟アルバスがテティスとの間に生まれた娘を連れてイグルスに戻っただと?」
国王は聞こえよがしに呟く。
そして、豚のような丸い目玉でわたしを見た。
「あのくそ生意気な放蕩ものが、死地を求めてついに舞い戻ってきたか。よろしい、後宮から女を盗んだ罪と王族が王宮と民を捨てた大罪により即刻死刑に処す。娘よ、おまえはアルバスとテティスの間に生まれた不義の子か。名は何という」
「名はありません」
「ふざけているのか。おまえの墓に何と刻んで欲しいのかと尋ねておるのだ」
「陛下」
ここですかさずレアが口を挟んだ。国王は口を尖らせて宰相の頬は青ざめる。このふたりが日頃からレアのことをどう思っているのかが見て取れた。国王も宰相もレアを持て余しているのだ。
「陛下、いいえ――お兄様はこの娘とその父親を殺すことはできないのです。そのように我が国の法で決められているのです」
凜とした声に聞き惚れた。
レアは颯爽と胸を張り、不敵な笑みさえ唇に浮かべてそっとわたしの頭を撫でたのだ。
「この娘は、本日遊郭で起こった残酷な虐殺事件をひとりで片付け、その下手人を殺すことなく王宮に連行した功労者なのです。その下手人は」
うおおおお、とすっとんきょうな声で宰相が叫んだ。
この一件についても宰相は国王に伏せていたらしい。逃げ切れないことを覚悟して、神妙な面持ちで再度国王に耳打ちする。
国王の呻き声がここまで聞こえた。
「あのパイラスを、だと?」
レアはさらに畳みかける。
「城内での乱暴な素行や度重なる汚職で陛下の心を患わせてきたパイラス将軍が、娼婦ひとりに執着し館を焼き払ったのです。わが国の民の掟に照らしても、わが国軍の掟に照らしても、将軍は民の前で死を賜るより他はないと存じます」
誰もが息を飲んだ。
そしてレアの言葉の続きを待つ。
「さて、同じくわが国の法には、大罪人を捕らえた功労者には褒美をとらせるとあります。盗みの罪人で銀百、強盗の罪人で銀二百、城内での人殺しは被害者ひとりにつき金貨二十。下手人が役人以上の身分となれば国家の煤を払った功も加えて報賞はその倍となります。今回は法典にしるされた最高の報賞が適用されるべきでしょう。……つまり功労者の親兄弟に罪人があれば無罪。この娘の父親が犯した大罪は赦されました」
うわ、つながった!
わたしは思わず両手で拳を握った。