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名もなきわたしと毒花の姫  作者: 東堂杏子
郭の用心棒
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第5話

「なんと姫様! なぜここに!」


 門番たちが動揺している。彼らはレディキュアス姫が同僚に紛れていることすら気づいていなかったのか。ばかなのか。

 刃を交わせば顔が近づく。


「いい武器だこと。東大陸の『刀』でしょう」


 生まれて初めて聞く異父姉の声、麗しのレディキュアス姫、その剣。


「たしかに私はテティスと先王の娘よ。そしておまえは私を捨てた母と母を奪った不義者の間に生まれた不倫の子、つまり私の異父妹だというのね」


 刃越しにわたしは頷く。意識してないのに顔が熱い。


「そう。わたしはテティスとアルバスの娘です。母テティスと父アルバスは、義母と息子という禁断の仲でありながら駆け落ちしてイグルス国から飛び出し、南国ミルフィリアに逃げたの。わたしは南海の海賊船で生まれた。東西南北すべての大陸の武器と財宝を見てきた」

「おまえの両親はまだ健在?」

「今は片方死にかけてる」


 息をのんだ。

 レディキュアスの表情が動く。

 同時にわたしは跳びかかった。わたしの玲瓏刀を彼女は受け止める。鈍い音がした。受けた剣が負けたのだ。レディキュアスが舌打ちする。力任せにわたしを弾いて、ひらりとかわした。

 肩で呼吸する。


「死にかけているのはどっち?」

「わたしの父上よ。わたしたち、いろいろあってミルフィリア国から追われ、今はふたりで旅をしている。でも北のホルクス国を出たあとイーヤーナ川を越えたところで父上が病にかかって、ずっと吐き続けて内蔵が弱っている。今は都のはずれ、荒ら屋にいるわ。滋養強壮の生薬が必要なの、父上を助けて、だって彼はこの国の王族でしょ!」

「母は? 私とおまえの母親である大悪女テティスは?」

「彼女は今もミルフィリア国にいる」

「どうしておまえとおまえの父親だけが追われたの?」

「わたしたち父子が追放されたのは母のせいなの」


 早口の応酬だ。わたしは奇妙な感覚に捕らわれていた。この早口、この声、この感覚。わたしはまるで自分と対話しているみたいだ。

 わたしたちは再びぶつかり合う。

 レディキュアスは強い。けれど闘い方が直線的で体力を消耗する闘い方だ。儀礼的な無駄な動きが多すぎる。

 なぜか。

 このひとは実践を知らないのだ。戦場を知らない頭でっかちの剣さばき。ひとを刃で殺したことがないのだろう。剣の師匠はおそらく大柄で彼女とは正反対の体型の男、そしてその男師匠は女の弟子をとったことがない。だから男女の筋骨の違いがわからず、姫君に男と同じ闘い方を仕込んでいる。まったく教本通り、筋力と持久力に頼った一直線の剣法だ。

 ふと泣きたくなった。

 わたしが玲瓏刀で刺した敵は数知れない。わたしに剣技を仕込んだのは両親だ。それは姫君のたしなみでも心身を鍛えるためでもなく、生きる術だった。南洋のあるじ大鯱の親が仔に狩りを仕込むのと同じことだった。

 わたしの父親は、この国の王子でレディキュアスの兄だった。

 わたしの母親は、この国の夫人のひとりでレディキュアスの母でもあった。

 わたしの血とレディキュアス姫の血の違いは何だろう?


「おまえの名前を聞いてなかったわね」

「海賊船で生まれた者は名前を持たない。いくつかの呼び名は持っていたけれど、父上との旅の途中でその半分以上がお尋ね者になってしまった」


 ああ。

 ほんの数刻前、わたしは今と同じ会話を経験した。遊郭の艶やかな光、おしろいの色、男と女の生々しい匂い。


「それならおまえの両親はおまえをどう呼ぶの」

「野良犬や野良猫のように呼ぶわ」

「面倒ね」


 あれだけ息をきらしていたのに、すでにレディキュアス姫の呼吸は落ち着きはじめていた。驚異的な回復力だ。肺と腹筋を鍛えているのだろう。

 刀を剣に叩きつける。金属の音を挟んで顔を寄せ合う。わたしは奥歯を食いしばる。

 蒼の眸にわたしの顔が映っている。

 命のやりとりをしている間、心の奥間は手薄になる。その一瞬に見えたものが相手の心の真実だ。

 わたしは異父姉を試している。

 イグルス国のレディキュアス、幼弱で怠惰な国にとつぜん生まれた奇跡の姫。溌剌として強く、聡明な剣の姫君。

 そしてもちろん、彼女だってわたしを試しているのだ。


「おまえの動きはまるで蝶々ね。捕らえどころかなくてぴょんぴょんと跳ねてばかり」

「姫様の剣は、戦法が体型に似合っていません。さぞお疲れのことでしょうし、そのような剣では敵にとどめをさせない」


 わたしは力を緩めて彼女の剣をかわした。

 距離をとる。居合いなら負けない。

 気持ちは同じだろう。見えているからわかっている。通い合っているから気づいている。

 わたしは構えなおした。両足を動かす。殺すために斬るんじゃない。知るために闘う。降参と言わせればそれまでの勝負だ。

 背中を一筋、汗が伝う。

 わたしたちが同時に息をついたとき、大きな銅鑼の音と同時に王宮の正門が開いた。

 次々に近衛兵が飛び出して、わたしたちふたりを囲む。


「姫様、お戯れはそこまでですぞ!」

「はいはい、了解。――時間切れね」


 レディキュアスは小さく笑い、先に剣を降ろした。


「いらっしゃい、中で話しましょう。で、おまえの父君はどこで死にかけているの?」

「あ、遊郭の東側の……、」


 父上を身を隠している荒ら屋の場所を告げると、レディキュアスは左手を挙げて早口で命じる。


「この娘の言った場所で死にかけている男がいる。すぐに運んできてちょうだい。すでに聞こえたかと思うけれど、どうやら私の異母兄上が私の異父妹を連れて戻ってきたらしいわ。ああ何て面倒臭い関係なの!」


 それは、彼女がわたしとの血の繋がりを信用してくれたという意味だろうか。

 剣で吟味して、彼女はわたしの中に血の証拠を掴んでくれたのか。


「よく訪ねてくれたわね」

「はい、あの――」

「それからパイラスを殺さず連行してくれてありがとう。この男にはおまえが望む罰を与える」


 そう言ってレディキュアスはちょこまかと歩き出す。正門の真ん中を堂々と歩く。

 わたしは躊躇した。

 するとレディキュアスは振り返る。


「どうしたの。この国の王に会わせてあげるから、そこで父親の命乞いをすればいい」


 わたしは玲瓏刀を鞘におさめると、レディキュアスの背中を追った。

 どうしよう。今頃になって震えてくる。

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