第6章
エリシアとの一件から三日。
俺の心は、晴れるどころか、ますます重い罪悪感に苛まれていた。
彼女は「積極的になれた気がする」なんて言っていたが、それは結果論だ。
俺はまた、自分の欲望と弱さのせいで、女の子の意思を捻じ曲げてしまった。
下着姿で抱きついてきた彼女の、あの柔らかい感触と甘い匂いを思い出すたびに、興奮と自己嫌悪の嵐が吹き荒れる。
「ダメだ……このままじゃ、俺はいつか本当に取り返しのつかないことをしでかす……」
そうだ、懺悔しよう。
異世界の神様が俺の懺悔を聞いてくれるかは分からないが、もう何かに縋らないと、やってられなかった。
俺は、街で一番大きく、天を突くようにそびえ立つ「光の教会」の、重厚な扉を押し開けた。
◇
ひんやりとした神聖な空気が、俺の火照った頬を撫でる。
内部は、息を呑むほどに荘厳だった。
高い天井、壁一面にはめ込まれた美しいステンドグラスが、床に色とりどりの光の絨毯を描き出している。
厳かなパイプオルガンの音色が低く響き、鼻腔をくすぐるのは、浄化のお香だろうか、清らかな香りだ。
俗世とは完全に切り離されたその空間に、俺は少しだけ気圧された。
見ると、巨大な祭壇の前で、一人の少女が膝まずき、敬虔な祈りを捧げている。
その姿は、まるで一枚の絵画のようだった。
月光をそのまま溶かして紡いだような、キラキラと輝く銀色の髪が、腰のあたりまで滑らかに流れている。
透き通るように白い肌に、空の色を映したかのような澄んだ碧眼。
人形のように完璧に整ったその顔立ちは、触れたら壊れてしまいそうなほど儚げで、可憐だった。
彼女が着ているのは、見習い用の簡素なシスター服。
しかし、その質素な布地は、彼女の内に秘められた驚異的なポテンシャルを隠しきれていない。
胸元は慎み深く閉じられているはずなのに、彼女が祈りのために身をかがめるたび、布の下で柔らかく、そして豊満な何かが、たゆんと揺れるのが分かる。
……隠れ巨乳。それは、男の夢とロマンが詰まった、最高の属性だ。
俺は、彼女の神聖な祈りを邪魔しないように、少し離れた席で静かに膝まずいた。
そして、目を閉じ、両手を組む。
(神様、天使様……いるなら聞いてください。俺のこの、クソみたいな『絶対支配』の能力を、どうにかしてください。もう二度と、暴発なんてしませんように……。女の子を、俺のせいで悲しませませんように……)
心からの、本気の祈りだった。
どれくらいそうしていただろうか。
ふと、すぐそばで可憐な声がした。
「あ、あの……!」
目を開けると、いつの間にか祈りを終えた銀髪のシスターさんが、俺の顔を覗き込んでいた。
間近で見ると、その美しさは破壊的だ。
肌には毛穴一つなく、長い睫毛が碧い瞳に影を落としている。
「なんて……なんて、清らかな魂をお持ちなのでしょう……!」
彼女は、その碧い瞳をキラキラと輝かせ、まるで伝説の勇者でも見つけたかのように感激していた。
「え?」
「あなたの祈り、すぐそばで感じていました。こんなにも純粋で、力強い祈りは、私、初めてです……! あなたは、きっと神様に深く愛されている方なのですね!」
そう言って、彼女は天使のように無邪気に微笑んだ。
いやいやいや、俺が祈ってたのは「エロい能力が暴発しませんように」っていう、煩悩の塊みたいな内容なんですけど!?
「え、あ、いや、そんな……俺なんて、ただの……」
俺がしどろもどろになっていると、彼女は何かを閃いたように、さらにぐっと顔を近づけてきた。
「もしかして、あなた様は、各地を巡っておられる巡礼者の聖人様なのでは……!?」
その時だった。
彼女が前かがみになったことで、緩んでいたシスター服の襟元が、ぱっくりと大きく開いたのだ。
そこから、雪のように白く、そして柔らかそうな胸の谷間が……ちらり、と。
下着は見えない。
だが、きっちりと寄せられた双丘の存在感は、むしろ想像力を無限に掻き立てる。
あの慎ましい布の下には、どれほど豊満な果実が隠されているというのか……!
「うおっ!?」
俺は内心で絶叫し、条件反射で視線を天井のステンドグラスへと向けた。
ダメだ! 見るな俺!
この方は聖職者なんだぞ!
俺の汚れた目で見ていいものじゃない!
顔を真っ赤にして固まる俺の姿を見て、銀髪のシスターさんは、さらに瞳を輝かせた。
「まあ……! 私のような、俗世に生きる未熟な存在には、目もくれようとなさらないのですね……! なんて高潔な方なのでしょう……! まるで、物語に謳われる聖人様のようです!」
違う! 違うんだ!
俺はただ、あなたのその、あまりにもけしからん胸元に理性が焼き切れそうになってるだけなんだ!
俺の心の叫びは、もちろん彼女には届かない。
誤解は、とんでもない方向へと猛スピードで加速していく。
「セシリア。その方をあまり困らせてはいけないよ」
その時、白く長い髭をたくわえた、温和そうな神父様が現れた。
「神父様! この方です! この方こそ、神様に愛されし魂の持ち主です!」
「ほう?」
神父様は、俺の姿を見て、ふむ、と頷いた。
「確かに、君のように熱心に祈りを捧げる若者は、この頃ではとんと見かけなくなった。その穢れなき眼差し……感心、感心。若者よ、君の信仰心に、神のご加護があらんことを」
「ち、違います! 俺はそんな、大したもんじゃ……!」
俺が必死に否定しようとしても、二人からの純粋でキラキラした尊敬の眼差しに、もう何も言えなくなってしまった。
「またいつでも教会にいらしてくださいね! 私、セシリアと申します! あなた様のような方とお話できて光栄です!」
セシリアと名乗った彼女は、頬を上気させ、最高の笑顔で手を振って見送ってくれた。
……どうしてこうなった。
懺悔に来たはずが、なぜか聖人認定されてしまった。
エリシアとは違うベクトルで、また一人、とんでもなく厄介で、そして心臓に悪すぎるほど可愛い女の子と、関わりを持ってしまったようだ。
俺の胃は、今日も元気にキリキリと痛むのだった。