最強剣を持った俺がスライムに勝てない件
ノア女王を蘇生するための【賢者の石】を探し出すこと――それが、俺の冒険に課せられた役割であった。
冒険には、メイドのエーリカが同行する。
さすがに、一撃剣持ちの引きこもりの高校生だけでは何もできない。
……自分で認めるのは癪だが。
「ちっ、何でこんなチビで弱くて負け犬なゴミと、一緒に旅なんかしないといけないの?」
冒険の準備をする俺の隣で、エーリカは鋭い舌打ちを飛ばし、愚痴を垂れた。
「ひ……ひどい。俺、人間だから、そういう言い方をされると、傷つく……」
「あっそ。傷ついて、血を流して無様に死ねば」
もう、俺の心は傷を付ける場所がないぐらい、傷ついていた。
どうしてエーリカは、俺の心を言葉のナイフで切り付けるのだろうか。
まあ、彼女の口の悪さはさておき……
新調された黒基調の冒険服に身を包み、
一撃剣を腰に携えて、
斜め掛けのカバンには、水と薬草と、エーリカが作ってくれたサンドイッチを入れて。
冒険の準備は整った。
最初の目的地は、俺が異世界に招かれて初めて地を踏んだ、城塞都市【エーレブルク】だ。
「さあ、出発するわよ。死ぬ気で付いてきなさい」
「は、はい」
俺は、メイド服の上に黒いローブを目深に被ったエーリカと一緒に、階段を駆け下りて、城のエントランスへ。
そこでは、ヴァルハイトが仁王立ちして待っていた。
「貴様らの旅を見送りに来た」
俺は、ヴァルハイトに訊いてみた。
「ちなみに、ヴァルハイトは、俺たちの冒険に付いて来ないの?」
ヴァルハイトがいれば、どんな敵にも負けない気がする。
なんなら、彼一人だけで世界を支配できるような気もする。
ヴァルハイトは、口をへの字に曲げて言った。
「……もしも、先日のように、帝国の兵士たちが武器を持ってやって来たら、誰がこの城を護るんだ?」
「城の守りは、メデューサや、ジョセフィーヌ、ガイコツ大魔人たちではダメなの?」
城に残るのは、ヴァルハイトだけではない。
ガイコツ大魔人や、シスター・ジョセフィーヌ、地下の守護を担当しているゴルゴーン三姉妹、シェフのジンギス・カーンなど複数。
それも、みな、かなりの力を有しているはず。(少なくとも、俺よりは強い)
「やつらを信頼していない、とは決して言わないが……オレが居るだけで、ひとまず、城とノア女王の安全は絶対に確保される。だから、外向けの仕事は、貴様ら二人に任せたい」
城に押し掛けた数多くの兵士と冒険者たちを絶命に至らしめ、マーレの魔法を凌ぎ、ガルクの魔法銃弾に怯まず、帝国の英雄一人を殺し、俺の一撃剣を受けて死ななかった男だ。
確かに、存在自体が最大の防衛力となるのは間違いない。
腰に手を当てて「ガハハっ」と笑ったヴァルハイトに、エーリカは「引きこもり」と、端的で辛辣なコメントを送った。
うぐ、その言葉は、俺にも効くからやめてくれ…………
♦
俺は、エーリカとともにノヴァシュタイン城を後にした。
西に向かって小一時間ほど歩いて、草木が鬱蒼と生い茂る森を抜ける。
その先には、どこまでも広い草原が広がっている。
「はぁ……疲れた。ちょっと休憩していいですか?」
息切れが激しい。
胸が痛い。
これで休憩は4度目となる。
もちろん、度重なる休憩にエーリカが良い顔をするはずもなく……
「また?その楊枝みたいな脚、折ってやろうか」
あからさまに嫌な顔をされたし、脚を折ろうかと脅迫される。
しょうがないだろう。
だって俺は、引きこもりの不登校だったんだから!
長い距離、長い時間を歩く筋力なんて持ち合わせているわけがない!
「はぁ……この調子だと、街に着く前に日が暮れる……」
深いため息を吐いたエーリカは、俺の体を軽々と両腕で抱え上げた。
「え、ちょっと……」
「あんまり動かないで。背骨折るよ」
「ひぇ……ごめんなさい」
エーリカにお姫様抱っこされながら、草原を駆け抜けた。
あまりに景色が流れるのが早かったので、ジェットコースターに乗っているかのような気分だった。
俺がぎゅっとエーリカの体にしがみ付くと「キモ」と、端的な毒を吐かれた。
馬車に負けないスピードで、風を切る。気分爽快で気持ち良いが、自分の足ではなく、女の子に抱えられて移動するのは、男の子としてちょっと情けなかったが。
「あ、スライム」
エーリカが急ブレーキをかけて停止したから、俺は、彼女の腕から転げ落ちそうになった。
彼女が見つけたのは、野生のスライムだった。
草原と同じ色の体で地を這っていて、草木に擬態している。
討伐レベルが低く、冒険初心者でも狩りやすいとされる、ゲームでもおなじみの、魔物。
エーリカは、俺を地面に降ろした。
「こいつを倒してみなさい。その剣があれば、余裕でしょう?」
「でも、この剣は、一日に一回しか、効果を発揮できなくて……」
「え……はぁ?そうなの?あなた、本当に使えない。家畜以下ね。ゴミと同等か、それ以下」
「うぅ……じゃあ、やってみますよ、勝ってみせるよ!」
エーリカの罵倒に触発され、意地を張った。
俺は一撃剣を手に、スライムに立ち向かった。
「さぁ。来いよ!」と、熱気溢れる俺とは対照的に、スライムは、目が点の穏やかな表情で寄ってきた。
地面を這いずり、ときどきバウンドしながら移動する姿、ちょっとかわいい。
殺してしまうのは心が痛むが……
「おりゃああああ!!」
俺は、持てるだけの力と体重でもって、スライムを一撃剣で斬りつけた。
一刀両断とはならなかったが、一撃必殺の効果により、スライムが、白い光に包まれて消失した。
「おお!倒せた」
これが、一撃剣の威力……やっぱりすごい!
しかし、剣の威力に見惚れる暇は与えられなかった。
ぼよん。
ぼよん、ぼよん。
仲間が襲われたことを察知して、周囲の草木に隠れていた仲間のスライムたちが、一斉に俺に向かって飛び掛かってきたのだ。
剣の柄の宝石の色は、赤から青へ色を変えた。
つまり、今日の分の一撃必殺の効果を失ってしまったということ。
効果が復活するのは、明日の日の出を待つしかない。
「っ……一撃必殺の効果が無くたって!スライムぐらい倒せるぞ!」
俺は、効果が切れた一撃剣で、スライムたちに斬りかかった。
「えい、とりゃ!……あれ、んん~柔らかすぎて斬れない……」
スライムたちの身体は妙に柔らかく、粘着質で餅みたいな感触をしていて、なかなか斬れなかった。
俺は、これ以上の攻撃手段を持ち合わせていない。
「わっ!」
剣に振り回されて、転んでしまった。
さすが、階段の角に頭を打ちつけて死んで異世界に来たドジな男だ。
地面に膝を突いた俺の手足に、スライムが伸ばした触手が絡まってくる。
べたべたしていて、粘着質で、飴のような甘い香りがした。
「こんなにたくさん倒せないよ……んむぐぐっ!?」
俺は地面の上で身動きができなくなり、鼻や口にスライムの触手を突っ込まれた。
息をしようとすると、スライムの粘液が体の中に入ってきて、息苦しさが増すばかりだった。
まずい、意識が……
視界がチカチカと点滅して、徐々に暗くなっていく。
抵抗する脚や腕の力が弱くなって、意識が闇に溶けつつあった。
「た、たふけて、えーり……」
俺は、溺れるようにして、エーリカに助けを求めた。
「信じられない……スライムにも負けるなんて、どんだけ弱いの……」
必死に助けを求めたが、エーリカはあきれ顔で、ただ一言「そのまま死ねば」と言い捨てた。
嫌だ……
死ぬのって、こんなに苦しいんだ……
嫌だ、死にたくない……スライムに窒息死させられるなんて、そんな情けない死に方は……
絶望に浸ったそのとき、鋭い衝撃が全身を襲い、俺の手足に巻き付き窒息させていたスライムたちの集合体が弾け散った。
エーリカが軽く振るった黄金の鎖によって、スライムたちは一撃で倒されたのだった。
「ごほっ……おぇっ……」
咳と胃酸とともに、体の中に残ったスライムの粘液体を吐き出した。
意識が朦朧としていて、頭を金づちで叩かれるようなひどい頭痛があった。
「あ、ありがとうエーリ……」
「スライムに負けるような弱いお前に感謝される筋合いはない。私は、弱いやつが大嫌い」
相変わらず毒舌な彼女だが、スライム相手に満身創痍な俺に「飲めば」と、水の入った水筒を手渡してくれた。
俺は、水を浴びるように飲んだ。
食道にへばりついていたスライムの粘液が、すべて洗われて胃に流れ落ちる爽快さがあった。
「あ……ありがとう……」
「全部は飲まないで。私の分もあるんだから――」
「ご、ごめんなさい。全部飲んじゃいました」
「……」
舌打ちもせず、ただただ無言で圧を飛ばすエーリカの顔に影が落ちて、たいへん恐ろしかった。
彼女の目は、俺に「死ね」と言っていた。
「あ、待って、置いていかないで……」
エーリカは、冷たい視線を俺に注ぎ、一人走り出した。
「死にたくないなら、死ぬ気で私に付いてきなさい」
「っ――」
残る僅かな力を振り絞り、必死で、エーリカの背中を追った。
腕が、脚が千切れそうになっても、息が切れて肺が破れそうになっても、俺は、前方を行くエーリカの背中を追って、走り続けた。
彼女に置いていかれれば、城に帰る道も、街の方向も分からず、喉の渇きに苦しみながら干からびて死ぬ未来が待っている。
俺は、死に物狂いで、とにかく走った。