永遠の時を眠る女王
城のエントランスには、一つの大きな石像が立っている。
背に広げる大きな翼と、尖った犬歯が特徴的。
膝を曲げて屈むそれは、悪魔の姿形を模った石像である。
「おい、イオリ」
「うわっ!?石像が喋った?」
石像が内側から割れて、中から人の形をしたヴァルハイトが姿を現した。
「オレは、ガーゴイルの悪魔だ。石像にもなれるし、お前のことも石像にすることだってできるんだぜ?」
「や、やめて……」
「ハハッ、冗談だ。貴様を石にしたり、煮て食ったりはしないさ」
石像になれるというこれも、ヴァルハイトの能力の一つらしい。
どうやって活用するのかは謎だが。
――俺が一撃剣で切断した彼の右腕は、未だに回復していなかった。
皮一枚で繋がっているような感じで、力なく左右に揺れていた。
「貴様の剣に斬られた腕は、未だに完治していない」
「あ、あの……ごめんなさい……」
「気にするな。貴様の剣の力が証明されたのだから、むしろ、喜ばしいことだ」
ヴァルハイトは、上下の整った歯を嚙み合わせて、不気味に笑った。口元からはみ出した犬歯は、悪魔のそれのように鋭く尖っている。
「さあ、貴様が新たな組織の仲間になったということで、ノア女王陛下に謁見する。付いてこい」
ワインレッドの色の布で目元を隠していて、どうやって前が見えるのか……
ヴァルハイトは、俺とエーリカを城の地下へと導く。
城の最上階の本棚の裏側には、なんと、隠し通路が。
そこから地下への螺旋階段を下りる。
移動のついでに、ヴァルハイトにもいろいろ訊いてみた。
「ノア女王陛下って、ノアズアーク国のリーダーだった人?」
「そうだ。よく知っているじゃねぇか」
「私が教えた」
エーリカは、メイドらしい丁寧な礼儀でもって一礼した。
「百年前、ノア女王陛下が治める【ノアズアーク国】の統治の下、ドアルの地は平和な時代を謳歌していた。オレは、その時代に宰相になった。ちなみに、エーリカは、女王直属の使用人だった」
「へぇ、お二人とも、すごい方だったんですね」
ちなみに、宰相とは、俺の元居た世界の総理大臣や首相に相当する役職だ。
つまり、ヴァルハイトは、百年前に、超偉い人だったということ。
エーリカも、女王専属の使用人だったということで、けっこう凄い地位だ。
「ヴァルハイトさんも、エーリカさんも、100歳を超えているということですか!?」
二人とも、決して年老いたようには見えないのだが。
ヴァルハイトは、目元が見えないから何とも言えないが、30代前半ぐらい。
エーリカは、20代前半ぐらいに見える(体は腐ったり白骨化しているが)
これも、《《人間ではない》》ことの証か。
「オレは、自分が何歳なのか忘れた。ハハハッ!」
「私も、いつしか、自分の年齢を数えるのをやめてた。自分の年齢なんて、どうでもよくなった」
地下へ下る長い螺旋階段の空間に、ヴァルハイトの豪快な笑いが響き渡った。
百段以上の階段を下り、ようやく、最深部に到着した。
♦
地下の大扉を開けると、棺がポツンと置かれた広い空間に出た。
その棺の上には、女王の巨大な肖像画が飾られていた。
まず、肖像画のノア女王を仰ぎ見る。
「これが、女王陛下……」
収穫期の小麦畑と同じ黄金色の長髪は、天の川のような美しさ。
エメラルドグリーンの色の瞳をしており、宝石が埋め込まれているのかと見間違えるほどに、これまた美しい。その微笑みからは、底知れぬ優しさが溢れ出ていた。
手にする王冠には、数々の宝石が輝いていて、儀式用の礼服には、金モールや白の細緻な刺繍が所狭しと飾られている。
そして、ノアズアーク国の国章である、双頭の黒い鷲が前掛けに大きく描かれている。
次に、視線を落として、棺の中を見る。
棺の中のノア女王は、瞳を閉ざし、色とりどりの花々の中で、心地よく眠っているようだった。腐敗はなく、生きていた姿のまま、永遠の眠りに落ちていた。
――首元には、ロープか何かで絞められたアザのようなものが。
「イオリ、頭が高い。もっと低く」
蓋がガラス張りの棺の中を覗き込んだ俺は、エーリカに頭をべしっと叩かれた。
「は、はい、ごめんなさい……」
俺は頭を低くして、ノア女王の眠る棺に一礼。
「オレとノア女王と、それからエーリカと……みなで協力して、世界の統治に尽力した。しかし……」
ヴァルハイトは、棺のガラスの蓋を取り外し、女王の遺体の額を撫でて、語った。
「ノア女王は、世継ぎの子をもうけることができず、病に倒れた……」
「ノア女王陛下が倒れてから、ノアズアーク国の崩壊までは、秒読みだったわね」
女王が子どもをもうけることができず、病に倒れ……
なんと悲劇的な最期か。
「ノア女王が倒れてから、国民の不満が爆発し、忌まわしき勇者を中心とした【赤いバラ革命】が起こり、オレとノア女王が築いたノアズアーク国は、崩壊した」
つまり、ノア女王とヴァルハイトを現在の境地に陥れたのは、100年前の人々だったということか。
「私も、ヴァルハイトも、無念で死に切れずに、悪魔になったのよ。私は、半生半死の悪魔に。ヴァルハイトは、ガーゴイルの悪魔に」
「なんか、うーん……モヤモヤします」
まさか、残虐非道の二人とノア女王に、そんな過去があったとは。
「オレたち組織は、ノア女王復活のために、【賢者の石】を探している」
ヴァルハイトは、棺の中に一輪のマリーゴールドをお供えした。
はて、賢者の石とは?
俺が首を傾げると、ヴァルハイトが鋭い犬歯を覗かせ、ニヤリと笑った。
「賢者の石というのは、死者を蘇らせることができると言われている、大賢者が作り出した伝説の石だ」
つまり、賢者の石を手に入れて、亡くなったノア女王を復活させ、ヴァルハイトたちが築き上げた、百年前のノアズアーク国を復活させるということか……
ヴァルハイトが、大勢の人の命を奪った虐殺者である事実は変わらない。
……が、正直、カッコいいと思った。
まさに、悪の組織という感じだ。
「イオリ。貴様には旅をしてもらい、賢者の石の手がかりを探してもらいたい」
ヴァルハイトは、俺に任務を課した。
「え……俺が?」
冒険をして、賢者の石の手がかりを探す……
難しそう。俺にできるのかな……
俺は、ついこの間、この世界に転移してきた新参者だ。
この世界に対する理解が浅い俺が、果たして、【賢者の石】の手がかりを探すことができるだろうか。
「エーリカ、お前もイオリの冒険に付き添え」
「え……私が?こんなやつと?」
ヴァルハイトに命ぜられたエーリカは、眉をひそめて、分かりやすい不満顔を作った。
「貴様とイオリで、賢者の石の手がかりを探せ。俺は、この城とノア女王陛下をお守りすることに徹する」
「はいはい、分かりましたよ」
俺は、エーリカに復唱するように「女王陛下よ、永遠なれ」と、言った。
それから、女王の棺の間を出て、地下から上がるための螺旋階段を登った。
状況は相変わらず異質だ。俺の知らない、滅亡した国と女王のために、【賢者の石】という伝説の道具を探し求める旅に出るなんて……
――隙を見て、この組織から離脱しよう。
俺の思考は、常にそこに注がれていた。
俺が、ノア女王とヴァルハイトたち組織に尽くす義理は無い。
俺は、食べるものと雨風をしのげる場所があれば、それでいい。
賢者の石も、ノア女王も、ノアズアーク国も、正直、俺にとっては関係の無いことなのだ。
「どうしたのイオリ?早く階段を昇ってくれない?邪魔なんだけど」
「ああ、ごめんなさい。考え事に集中してしまって」
俺は、そんな考え事に集中するあまり、螺旋階段で立ち止まってしまった。
エーリカに背中を押されて、階段を上がる。
――こいつらは、世界を恐怖で支配する側だ。そんな悪の組織の一員になんか、俺はならない!
俺は、この異世界で、もっとマシな集団に所属するぞ!
無言のうちに俺は、そう決意した。
これは、数多の欲望と思惑が交錯する血染めの物語の序章に過ぎない。
ノア・ナイトメア――つまり、《《ノア女王の悪夢》》から覚める日は、まだ遠く見えない霧の中……
♦ノア女王のイメージイラスト♦
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では引き続き、それぞれの思惑と欲望が交錯する世界をお楽しみください。