メイドとの添い寝は命がけ
「うぅ……」
俺は、城の客室のベットの上、眠ることができず、うなされていた。
それも当然。
たくさんの死体を見て、たくさんの血を浴びた。
その血を撒いた殺人者たるメイドと貴族がウロウロしている城で、ゆっくり、ぐっすり、安心して眠れるはずがない。
最初の3日は、与えられた食事もロクに喉を通らなかった。
そんな俺の寝かしつけ役として、メイドのエーリカが部屋にやってきた。
いや、余計に寝られないわ!
「ねんねんころりよ、ねんころり。イオリは弱い子、永遠ねんねしな~♪」
「やっぱり、俺のこと殺そうとしてませんか……?」
「そんなことない。気のせいよ」
声は心地好いけど。
女性としては低めの声が、けっこうカッコイイ。
人殺しメイドに添い寝されながら、子守歌を歌われるという奇妙な光景。
彼女が歌った歌詞は、非常に侮辱的で物騒な内容にアレンジされていた。
「永遠ねんねしな」つまり、死になさいと言われている。
エーリカの胸もとの膨らみが、背中に当たっている。
柔らかい。
「あ、あの、エーリカさん……」
「勘違いしないで。私は、ヴァルハイトに『イオリを寝かしつけてやれ』って言われて添い寝してあげてるだけだから。これは、あくまで【仕事】なの。私に恋愛感情なんかを持ったら、殺すから」
「あなたのような人を好きになることはないと思います……たぶん」
「そう?ならいいんだけど。早く寝て。あなたの近くにいると、体が腐る」
「冗談だとしてもその悪口はキツイです……」
「早く寝て。はぁ、何度も同じことを言わせないで」
「は、はい。おやすみなさい」
「おやすみなさい、イオリ」
エーリカは饒舌なる毒舌を披露して、ベットから起き上がり、乱れたメイド服を直した。
俺は毛布に潜り込んで、寝たふりをした。
エーリカは、部屋を出て行った。
そのま毛布にくるまっていると、いつしか眠くなってきた……
よかった、今日も生き延びることができた……
おやすみなさい。
♦
次の日の朝……
俺の気持ちは落ち着いていた。
「……よかった、俺、生きてる」
外は、相変わらず薄暗い。
なぜなら、城全体が巨木に覆われているから。
かすかな木漏れ日がキラキラと輝いている。
「おはよう、イオリ」
エーリカがちょうど、朝の挨拶にやってきた。
「お、おはようございます」
「ベッドから降りて。シーツと毛布を整えるから」
「あ、ありがとう……」
「感謝なんかいらない。私の仕事だから」
黙っていれば、仕事のできる完璧な美少女メイドなんだけどなぁ……
いかんせん、毒舌がキツくって……
俺は、ベットから起き上がりつつ、服を着替えて、気になっていたことをエーリカに訊いてみることにした。
「え、エーリカさん……」
「なに?」
「ノアズアーク国って、いったいなんなんですか?」
その単語は、ヴァルハイトとエーリカが名乗る際に使っていたから、気になったのだ。
エーリカは、俺が寝ていたベットのシーツを整えながら、教えてくれた。
「ノアズアーク国は、100年前に滅亡した、ノア女王と、宰相のヴァルハイトが率いていた国の名前よ。私たち【ノア・ナイトメア】は、この城を拠点に、滅亡したノアズアーク国の復活を目標に活動しているの」
なるほど、つまり、ヴァルハイトは、かつて偉い地位にあったということか。
エーリカは、チラチラと踊る窓の外の木漏れ日を見つめながら、説明を続けた。
「ノアズアーク国の復活には、一つ、重要な要素があるの――ノア女王のことね」
「そのノア女王が、ノアズアーク国のトップに君臨していたということですよね?」
「でも、ノア女王は世継ぎを残すことができず、病弱で……」
エーリカは、そこで言い淀んだ。
たぶん、病気が女王を蝕み、女王を殺し、ノアズアーク国を崩壊に至らしめたのだろう……俺は、そう推測した。
「詳しいことは、ヴァルハイトに訊いて」
ヴァルハイトは、どのように亡国のノアズアーク国の宰相になったのか。
エーリカとヴァルハイト、そしてノア女王の関係は……?
いろいろと気になり過ぎる……
今後ヴァルハイトから、詳しい事情を訊いてみるか。
「さて、今日は、城のメンバーに挨拶回りに行くわよ」
どうやら、この城に住んでいるのは、ヴァルハイトとエーリカだけではないらしい。
どんな化け物が住んでいるのだろうか……期待と興味と恐ろしさが同時に湧いた。
「早くそのだらしない寝ぐせを治して。早くしないと、首をねじ斬る」
「こわいよ……脅さないで」
「脅さないと早く動かないでしょ?」
「まあ、たしかに、俺は怠け癖がある人間ですけど……」
エーリカからの強迫に震えながら、急いで寝間着から冒険服に着替えた。
次に、城の外へと出て、城の中庭の冷たい井戸水で顔を洗い、寝ぐせを整えた。
「はい、あなたの剣よ」
顔を拭いた俺に手渡されたのは、白い光を放つ一撃剣だった。
剣の柄の部分の宝石の色は、赤色をしていた――つまり、今日の分の一撃必殺の効果があるということ。
「ありがとうございます。けど、いいんですか、俺に一撃剣を返してしまって?」
俺は、ヴァルハイトとエーリカに敵対した側に人間なのに、武器を返してもいいんだろうか。
「その剣では、オレは殺せないって、ヴァルハイトは自身満々よ」
「それって、俺が舐められているということですよね?」
「ええ、そうね。現に、私もあなたのことを舐めているわ」
「ぐぬぬぬ……」
「悔しかったら、斬ってごらんなさい。ほら、私は無防備よ」
両手を広げたエーリカに挑発されたが、ここは敵の本拠地。彼女に一撃剣を振ったら最後、ヴァルハイトや、ほかの城のメンバーたちが駆けつけて、俺は、ギタギタのメタメタにされて殺されてしまうだろう。
それに、俺の今の目的は、強敵ヴァルハイトとエーリカたちの討伐ではなく、生き残ることだ。
ここでエーリカを斬ることによる俺の利益は、皆無。
悔しさを奥歯で噛みしめて、剣の柄にかけた手を引っ込めた。
「じゃあ、城の案内と、メンバーとの顔合わせをする。付いてきなさい」
俺は、エーリカの背中に続いて、城を巡った。