悪の組織の手先にされてしまった件
「貴様、何をした……!??その剣は、何だ!?」
俺の一撃剣は、ヴァルハイトの腕を両断しかけていた。
彼の右腕は、皮一枚で繋がっているような状況で、藍染めのような青い血を滝のように垂れ流している。
青い血――やっぱり、マーレの言った通り、人間じゃなかった。
俺は、剣を振るった勢いそのままに、血の滲んだ地面に転んで伏していた。
【どんな相手も】一撃のはずなのだが……
神様には、そう説明されたはずなのに……
俺の顔の隣に、ヴァルハイトの右腕がドスっと落ちた。
「それは……どんな相手も一撃で倒すことができる剣だ!」
俺は、ヴァルハイトの足元に落ちている、白く発光する剣を指差した。
「お前がどれだけ強くても、お前が不死身でも、この剣があれば一撃だ!!」
久しぶりに腹から声を出したから、声がかすれてしまった。
しかし、この剣の恐ろしさは、ヴァルハイトに十分伝わっただろう。
これで怖気づいて、諦めてくれ!
こんなところで殺されて、せっかくの異世界ライフを終わらせたくないんだよ!
剣の柄の宝石は、赤色から青色に変化していた。
つまり、今日はもう、一撃必殺の効果を使ってしまったということだ。
「――オレは、子どもを殺したくはない」
ヴァルハイトは、たった一言を俺に残して、一撃剣を拾い上げ、エーリカに手渡した。
「エーリカ、この剣を預かってくれ」
「りょーかい」
「久しぶりに血を浴びたくなった」
そして、兵士や団長たちの集団に向き直り、ヴァルハイトは、ついに隠していた力を解放した。
「第一 桎梏解放――【選民按手】」
ヴァルハイトの左腕の赤い手かせが外れた。
ガラスが砕けたような音がした。
彼の腕が赤黒く、細かな無数の虫や蝙蝠の形と化して地面に潜り込む。
その赤黒い魔の手が狙う先は……
「みんな、逃げ――」
この後の悲劇を察した俺の叫びを、断末魔が上塗りにした。
「いひぎゃああああああ!!」
「うわああああ!!!」
虫や蝙蝠の大群が赤黒い色の腕の形を成し、地面に伏して死んだふりをしていた剣士の、大木の影に隠れていた冒険者の、武器を構えた兵士たちの頭部を握り潰した。
「いやああああああ!!!」
「キール!アベル!!ベルモンド!!!」
マーレの悲鳴が響き渡り、団長ガイアが部下の名を叫ぶ雄たけびが空気を割った。
「ぐちゃ」というトマトをすり潰したような音がして、人々の脳漿が飛び散った。
「バキッ」という音とともに、人々の頭蓋が砕かれて、紅の雨が降った。
そして、俺の目の前には、兵士の首の骨の一部が落ちていた。
「おぇ……気持ち悪い……」
あまりに悲劇的なシーンに、俺は、思わず顔を背けて、不快感を地面に吐き出していた。
下手なゾンビ映画よりも、よっぽど残酷な光景だった。
「これは、一定 技量に達していない者どもに神の祝福を与える技だ」
ヴァルハイトは、赤黒い大群を左腕に戻して、そう説明した。
――つまり、ヴァルハイトの赤黒い手の秘技によって握り殺された人たちは、そもそもヴァルハイトと戦うに値しない技量の人たちだったということか。
ヴァルハイトは、魔の手から生き残った団長ガイア、副団長リッター、マーレとガルクきょうだい……そして、俺に、不敵な笑みを向けた。
「――暴食のケルベロス」
ヴァルハイトのマントの内側から、どす黒い色をした、3つ頭の猛犬が首を伸ばした。
首のうち一つは、団長ガイアに伸びる。
「斧技、光斧!!」
斧の一撃が黒い猛犬に直撃。
真っ白な光に包まれた猛犬は「ギャアアア」と鳴きながら消失した。
「貫け……ホーリー・アロー!!」
続いて、副団長リッターを襲った猛犬の頭は、彼が放った光の矢によって貫かれた。
黒い猛犬の頭は、ヴァルハイトの懐に戻る。
「消え去れー!第二階位電撃魔法!!」
最後の頭は、マーレの電撃魔法の落雷を受けて、霧のようになって消えた。
「ほう、かつての【勇者】すら屈した、オレの桎梏解放の力に対抗できるとは……」
ヴァルハイトは、口元から黒い瘴気を吐いて、また不気味に笑った。
このままではジリ貧だ。
マーレの魔力は、膨大といえども底があり、ガルクの銃弾も限りあり。
メイドのエーリカとの戦闘もこなした団長ガイアと副団長リッターの体力は、限界を超えていた。
残る兵も少なく、冒険者たちはほぼすべてが逃亡したか、殺されたか、戦意を喪失した状態にあった。
――そして、俺の一撃剣は、今日の分の効力を失ってしまった。
「――撤退だっ!マーレ、転移魔法を!!」
「了解です、団長!」
勝てない……
だから、逃げるしかない。
団長とガルクは、マーレのもとに集い、彼女の魔法による離脱の準備を始めた。
共に逃げるために、大きな弓を持った副団長のリッタ―も全速力で走ったのだが……
「――中位階位封印魔法【チェーンジェイル】」
ヴァルハイトの魔法が、逃亡を許さなかった。
副団長リッターの手足に、魔法の黒い鎖が巻き付く。
そして、ヴァルハイトは、自らの頭部を蛾の大群に変化させて、副団長リッターの全身を包み込んだ。
「うぎゃああああああ!!やめろ、やめろ!!離れよ、離れよ!!!」
――彼は、赤黒い蛾の大群に全身を喰われたのだ。
残ったのは、彼の白い骨だけ。
血も肉も、内臓さえも、すべてヴァルハイトに食い尽くされてしまった……
「いやあああ!!副団長さん!!!」
「よせ、マーレ!このまま退却するんだ!」
副団長リッターの壮絶なる最期を目撃して動揺したマーレが、転移魔法への集中を切らして、副団長の亡骸の下に駆け寄ろうとした。
そんな彼女の手を引いて、団長ガイアは「早く!」と言い、呼び止めた。
副団長の命は潰えた――その事実を最も受け止め難く思っていたのは、彼の良き戦友であった団長ガイアだった。
しかし、死者の名誉のために生者を犠牲にすることはできない。
「マーレ……副団長の敵は、必ずオレがとる!だから今は、我々だけでも生きるべきだ!」
「だ、団長さん……」
「落ち着け。魔法に集中するんだ。あなたならできる!」
「はい……」
同じ近衛団の所属であり、副団長であり、良き友だったリッターの名誉を持ち帰ってやりたい――という本音を押し殺した団長ガイアは、取り乱したマーレの正気を取り戻させた。
「中位階位転移魔法!!」
魔法の杖を掲げたマーレが、弟ガルクと団長ガイアの肩を腕で引いて、転移魔法発動のための呪文を詠唱した。
「待って、俺も……」
俺も、マーレや団長と共に撤退するために、残りわずかな力を振り絞って立ち上がり、目いっぱい腕を伸ばした。
「イオリ、こっち来い!!早く!!」
「ガルクっ!!」
ガルクも俺に向かって腕を伸ばして、魔法の発動範囲に引き込もうとしてくれた。
――俺の襟首を掴んだのは、メイドのエーリカだった。
「あなたを逃がすわけにはいかないわ」
「は……離して!!俺はまだ、死にたくない、嫌だ、嫌あああああああっ!!」
「弱い犬ほどよく吠えると言うけれど、その言葉の通りね」
絶対殺される。
俺一人じゃ勝てない。
マーレたちと逃げないと……
「離せ……嫌だぁぁ……」
四肢を動かし、じたばたするも、エーリカに襟元を掴まれて、その場から動くことができない。
「帝国の騎士よ、皇帝に告げよ――我々は、貴様らの国を必ず破壊する、と」
ヴァルハイトは、敗走する団長ガイアに伝言を託した。
伝言を受け取った団長ガイアは、改めて、ヴァルハイトとエーリカを睨みつけた。
「いつか……いつか必ず、お前たちに復讐を果たす……この、オレの手で……!!」
「ハハッ、復讐か……できるものならやってみろ。オレは、いつだってお前たちの相手をしてやる」
ヴァルハイトは、ガイアの復讐の誓いを鼻で笑い、あしらった。
ついにマーレの転移魔法が発動してしまい、三人は瞬きの合間に、はるか彼方に飛び去ってしまった……
「イオリィィィィィ!!!」
ガルクが俺の名前を呼ぶ叫び声が、静寂を取り戻した森に、いつまでも残響を奏でた。
俺は、逃げ損なった。
「いいの?あいつらを逃がして」
俺の襟首を掴むメイドのエーリカが、ヴァルハイトに尋ねた。
「ああ。あいつらは、オレたちの健在と恐怖、そして、二度とここを侵略すべきでないことを伝えるだろう」
「なるほど。彼らも、私たちの道具に過ぎないと」
「そういうことだ。オレって、最高に賢いだろ?」
「賢いのは事実。でも自画自賛ね」
ヴァルハイトは、エーリカからの毒舌を受けて「ガハハッ」と笑い、俺の一撃剣によって落とされた右腕を拾い上げた。
「おい、治らないぞ。どうなっているんだ?」
ヴァルハイトの右腕は、元通りにならなかった。
「この弱虫負け犬のガキの剣の効果でしょうね。一撃剣……と言いましたか?」
「――ふ、フハハハハハ……オレの腕を斬り落とすどころか、容易に治癒させないレベルにまで傷つけた貴様は、まさに逸材だ」
ワインレッドの色の布を巻いていて見えない目でオレを見下ろしたヴァルハイトが、口元を不気味に歪ませてニヤッと笑った。
「――オレたちは、女王陛下とノアズアーク国の復活を掲げ、【賢者の石】を探してる【ノア・ナイトメア】という組織だ。――オレたちの仲間になれ。オレは、貴様のことが気に入った」
「い……いやだ……」
俺は、涙を枯らして、首を横に振った。
なんだよ、ノアズアーク国って。
本当に存在するのかよ、賢者の石って。
ノア・ナイトメアって、ネーミングセンスが厨二病チックすぎるだろ。
そんなの、どうだっていい。
俺には関係ない。
俺は、その一撃剣で、異世界無双したかったんだよ!!
こんな人殺しの集団に所属するなんて、まっぴらごめんだ。
「貴様、名は?」
「お前らになんか言うもんか!」
俺は、固く口を閉ざした。
しかし、俺の首筋に、金属の冷たさが当てがわれた。
「言わないと、首に穴が開く。それでいいの?」
かぎ爪状に変化した、エーリカの黄金の鎖の先端が首に当てられていたのだ。
俺は、死にたくない一心で、名を伝えた。
「――イオリ。」
「そうか、イオリか……珍しくも、良い響きの名前だ」
俺は、エーリカに襟首を掴まれながら、城の中に連れていかれた。
「早く歩いて。忙しい私をこれ以上忙しくさせないで」
「ひ……」
「剣の性能だけが取り柄の弱小ウジ虫が。その辺の死体と添い寝して飢えて死ねば?」
「ひ、ひどい……」
俺は、エーリカに毒を吐かれながら、城の中へ。
彼女が俺を見る目は、人と接するときのそれではなく、足元の虫を蔑んで見るときの色をしていた。
メイドのエーリカは、俺が歩く速度が遅いことにいら立ってか、「ちっ」と、舌打ちをした。
俺は、悪の組織の手先にされてしまった……
俺の異世界生活、終わりなのかもしれない……
♦ヴァルハイトのイメージイラスト♦
ぜひ、★ポイント評価やブックマークお願いします!創作の励みになります♪
あと、イメージイラストは執筆の合間に描いてます。
AIイラストじゃないと、自分で描く楽しみがあって、味があっていいですね~