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毒舌メイドとガーゴイルの悪魔

「まずは名乗れ。そして、何が目的か告げろ」


 長身の貴族服の男が、布で覆われていて見えない目で団長、副団長、マーレやガルク、そして、俺を順に見た。


 その男の見えない目に見つめられた瞬間、俺の背に冷たい汗が湧いて流れた。


 内臓がきゅっと縮みあがる……


 なぜだろう、見てはいけないものを見てしまったときの感覚と似ている。


「おれは、ドアル帝国近衛団団長の、ガイア・フォン・フリードリヒだ」


「わたくしも同じく、ドアル帝国近衛団の所属、副団長のリッター・フォン・ゲオルギーと申します」


 団長ガイアと副団長リッターが順に名乗った。


「今宵は、悪名高き【ノアズアーク国】の残党たるお前たちの討伐に参った」


 団長ガイアに目的を告げられた男は、悪魔のような鋭い犬歯で唇を噛み、「ハハハハハ……」と、不気味に笑った。


「悪名高きノアズアーク国の残党、か……笑える」


 身にまとっていたワインレッドの色のマントをひるがえし、ついに男が名乗った。



「――オレは、誇り高きノアズアーク国の宰相、【ヴァルハイト・フォン・ノヴァシュタイン】だ!!」


 続いて、メイドのほうも名乗った。


「――私は、ノアズアーク国のノア女王陛下直属の使用人メイド、【エーリカ・シャンデーラ】と申します。以後、お見知りおきを」



 メイド・エーリカの右手には、黄金の鎖が握られている。


 まさか、あの細い鎖で戦う気なのだろうか……?


 一方、黒い翼を背中に収めたヴァルハイトは、両手を広げ、口元を歪めて笑った。


「命が惜しい者は、この城から立ち去れ。一戦交えるつもりならば……貴様ら全員でかかって来い!」


 ヴァルハイトの全身から、不気味な覇気が溢れ出る。


 兵士や冒険者たちは、じりじりと後ずさりをした。


 弟ガルクと姉マーレも、そして俺も、その例に漏れなかった。


「おいおい、あの男、ヤベェだろ……戦ったら負け確定のヤツだって」

「ひぃ……あいつ、幽霊族かヴァンパイア族に見える……ゾゾゾ……」

「……怖い」


 俺の膝は恐怖で笑っていて、まともに立っていられなかった。


 手の震えも止まらない。


 あいつらと戦っちゃダメだ……!


 これ、【負けイベント】だ……!


 使用人メイドのエーリカは、胸元に巻いていた黄金の鎖を手に握り、武器を構える俺たちに警告を発した。


「重ねて警告申し上げます。命がしいのであれば、即刻、ここから立ち去ってください」


 しかし、警告を受けてもなお、団長ガイアと副団長リッターは闘気を燃やす。


 兵士や冒険者たちは、団長の背中に続く気配を見せた。


「戦う勇気のある者からオレに続けっ!!!」


「「「うおおおおおおおおお!!」」」


 団長ガイアの合図で、冒険者たちと兵士たちがエーリカに向けて一斉に突撃した。



「……愚かね」



 メイドのエーリカが短く言って、黄金の鎖を振るった。


 鎖が空気を切り裂き、「ひゅん」と鳴った。


 鎖は際限なく伸びて、兵士や冒険者たちを切り刻み、殴打して、破壊した。


「「「うぎゃああああああ!!!」」」


 全身を鎧で固めた屈強な兵士が、軽々と吹き飛ばされてしまった。


 剣士の《《頭部だったもの》》が血をまき散らしながら地面を転がる。


 やりを持った冒険者は、全身を炎で焼き焦がされ、地面をのたうち回った末に灰となった。


「おい、マジかよ……」

「血だらけ……」


 ガルクとマーレも絶句。


「うぅ……」


 俺は、初めて死体を見たショックで、言葉を発することができなかった。


 幸い、俺とガルクとマーレは、鎖の加害範囲の外にいて助かった。


 突撃した団長ガイアは、大斧でもって、鎖の打撃と火の粉をなんとかしのいだようだ。


 地面は、絶命した者たちの血潮によって、雨上がりの跡のようにぬかるんでいた。


「おらおらおらおら!!」


 団長ガイアは、黄金の鎖を振り回すエーリカと戦う。


 勢いとパワーで押している……!


 両者の素早い動きは、まるでアクション映画のワンシーンのよう。


「すげぇ打撃速度だな……さすが団長だぜ」


 ガルクは、レベルの違う団長ガイアの戦いぶりに圧倒され、サングラス越しに目を丸くした。


 エーリカが振り回す黄金の鎖の先端に繋がれていたのは、炎を宿したシャンデリアだった。


「あれ、城とかに吊るしてあるシャンデリアじゃねぇか」

「シャンデリアを使うって、どういう発想なの?」


 照明器具を武器に使うなんて……なんというぶっ飛んだ発想か。


「どうぞ、掃除されたい方から前に出ていらしてください。私がむくろにしてさしあげます」


 エーリカは、団長ガイアと戦いながら、生き残って弱腰の冒険者や兵士たちを煽った。


「ひい……」

「オレ、死にたくないから、辞退するわ……」

「ああ、そうだよな……死んだら、報酬もクソもないしな……」


 兵士たちと冒険者たちは、全身を震え上がらせた。


 ある者は尻尾を巻いて逃げて、ある者は大木の影に隠れて様子をうかがっている。


「これ以上、命のともしびは潰えさせない――斧技ふぎ岩砕がんさい斬りィィィィィ!!」


 団長ガイアは飛び上がって大斧を振りかざし、空を割る雄叫びを上げる。


 岩をも粉砕する斧の奥義が、エーリカの脳天へ振り下ろされた。


 しかしそれは、エーリカがぴんと張った鎖によって防がれた。


 赤い火花が散る。


「っ――ありえない!!おれの奥義を、そのような細い鎖一本で防ぐとは……」


「ガイア団長、避けてください!――我が奥義、スターアローを存分に味わいなさい!!」


 副団長リッターにより、弓から放たれた光の矢の雨が降り注ぐ。


 エーリカは、素早く団長から距離を取る。


 光の矢は、すべて、エーリカが手にした大きな黄金の盾によって防がれてしまった。


 どうやらあの鎖、あらゆる武器や道具に変化させることができるらしい。


 実に厄介だ……


「オ、オレたちも戦うぞ……なあ、姉ちゃん」

「……うん。むしろ、アタシたちが一致団結しないと、アイツらは倒せないよ」


 続いて、銃を構えたガルクと、魔法の杖を持ちながら呪文を唱えるマーレが、団長と副団長に加勢した。


「氷の中で永遠に眠ってちょうだい!――中位階位氷魔法ギア・グラキエ!!」


 マーレが掲げた杖から、無数の青い魔法陣が展開。


 巨大で先端が尖った氷の塊の数々が、エーリカを襲う。


「はぁ、ほんと、忙しくて嫌になる」


 エーリカは、ため息を漏らしながら、再びシャンデリア付の鎖を振り回した。


 氷の塊は、シャンデリアの炎によって溶かされ消失。


 エーリカを中心として、無数の火柱が立ち昇った。


「な……なんでアタシの魔法が効かないの……?」


「単純な話――私のほうが、あなたより強いから」


 火柱の中から姿を現したエーリカは、左手の包帯を巻き直しながら、淡々と告げた。


 そこへ、次なる攻撃。


「まだ終わっちゃいないぜ、メイドのお嬢さん。次は、オレの番だ」

「っ――」


 隙を見せたエーリカに、ガルクの狙いすました魔法銃弾の一発が襲った。


「オレの銃弾は、ただの銃弾じゃねぇ。火薬と一緒に炎魔法の魔力を籠めたから、当たった瞬間に大爆発を起こして、火柱が上がって――え、あれ……?」


「――残念ね。もう少し早かったら、擦り傷を負うところだったわ」


 エーリカは、ガルクが放った銃弾を、手のひらで握りつぶしてしまったのだった。


 エーリカは素早く反転。


 血生臭い地面を駆け抜けて、ガルクの首根っこを掴んだ。


「ぐっああああ!?」


 ガルクが絶叫を上げる。


 彼の首には、彼自身の全体重がかかって、ギリギリと絞めつけられている。



――あのメイド、動きが速すぎる。


 俺の目では追いきれなかった。



「ぐえ……苦しい、死ぬって、離せよゴラァ……」


 ガルクの色付きサングラスが地面に落ちた。


「楽にきたい?」

「せ……せめて、冥途メイドの土産に、お前の胸を揉ませてくれ……」

「はぁ……?」


 死が間近に迫ってもなお、ガルクはガルクであった。


 どうしても、エーリカの胸を揉みたいらしく、彼は首をギリギリと絞めつけられながら、彼女の胸元に向けて、必死に腕を伸ばしていた。


「やめろッ!!」


「その青年から手を離しなさい。さもなくば、わたくしの矢の雨が降るでしょうっ!」


 団長と副団長が、ガルクの救援に動いた。


 エーリカは舌打ちをして「下劣で下等なうじ虫が」とののしり、ガルクを大木に投げ捨てた。


 大木に頭を打ち付けたガルクは、額に血を伝わせ、地面にぐったりと倒れ込んだ。


 そんな弟に、姉のマーレが「ガルク!!」と呼びながら駆け寄る。


 若葉色の光が、二人を包み込んだ。


「……死んじゃダメだよ、ガルク!」


「さ、サンキュー、姉ちゃん……」


「もう!胸揉ませてくれとか……バカなこと言うのもいい加減にしてよ!緊急事態なんだよ!」


「わりぃ、わりぃ……」



 若葉色の光の正体――それは、マーレの治癒魔法【第二階位治癒魔法リム・アンジェラ】であった。


 光を一身に浴びるガルク。


 彼の額から流れ落ちる血が止まった。




 一方、エーリカの戦いぶりは……


「オラオラオラァ!!!!!」


「声と自信と図体だけは大きいわね、あなた」


 団長ガイアの大斧の連撃を鎖で防ぎながら、軽快な身のこなしで、シャンデリアを用いて応戦。


 さらに、メイド服のスカートの中に隠し持っていたナイフを投げて、弓で狙い撃ちしようとする副団長リッターをけん制している。


「おっと……危ない……」


 副団長は頭を傾け、間一髪でナイフを避けた。


「あなたも弓なんかチマチマ撃ってないで、その腰の剣で斬りかかってきたら?」


 エーリカは、挑発する余裕さえ見せた。


 彼女は、その細い腕で、重厚なシャンデリアを何度も振るい、帝国の英雄たる騎士二人を相手取り、互角以上に戦ってみせたのだ。


「フハハハハハ!!どうだ、帝国の騎士よ、たった一人のメイドに苦戦する屈辱の味は!?」


 未だ力の底が知れないヴァルハイトは、噴水の縁に腰かけ、葉巻を吹かせて、恐ろしく低い声で嘲笑わらった。


 戦況は、明らかに俺たち不利だ。


 こんなとき、状況を好転させることができるのは……


「俺か……」


 俺は、どんな敵も一撃で葬ることができる剣を持っている。


 形勢逆転は、俺の一撃剣にかかっている。自信はないけど、やらなければ、《《全滅》》だ。


 俺は、一握りの勇気を振り絞り、一撃剣を持って走った!


 一撃剣の効果は、一日一回。


 この一発が勝敗を分ける!!


「っ――なに……?」


 エーリカは、慌てた様子で、鎖全体に炎を宿した。


 炎は、黄金の鎖をドロドロに溶かして、形を変化させ、巨大な盾を作り出した。


――が、遅い。


 エーリカが大盾を構えるよりも早く、俺は一撃剣を振った。


「もらったあああああああ!!!」


「やっちまえ、イオリ!!」


「やった、イオリくん……!!」


 一撃剣がエーリカの首元に迫る……!


 そこへ、ヴァルハイトが横入りした……


 白い光に包まれて、何も見えなくなってしまった。


「ぐがッ……」


 俺とエーリカの間に割って入ったヴァルハイトの右肩に、一撃剣の刃が食い込む。


 エーリカの首に一撃剣の刃は届かなかった……


「な、なんで……」


 なぜ、一撃剣を受けても死なない?


 ヴァルハイトは、俺の一撃剣の斬撃を肩に受けてもなお、両足で立っていた。


 青い血がポタポタと滴る。


 彼の首もとからぶら下がっていた青色のペンダントが真っ二つに砕けて、地面に落ちた。



♦エーリカのイメージイラスト♦


挿絵(By みてみん)

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