蒼い森と白い古城
俺とガルク、それからマーレは、森の奥深くに潜伏しているという【人ならざる者】たちの討伐隊の一員として、街のはずれの森の奥深くへと足を踏み入れた。
森には草木が生い茂り、雨上がりの湿った土の臭いが鼻腔をツンと突く。
道が未舗装のため、森の入口で馬車を降りて、徒歩で目的地に向かう。
「今一度確認するが、今回のクエストの相手は、強敵中の強敵……百年前に滅びたノアズアーク国の再興を狙う狂気の、人ならざる者たちだ!!」
俺たちを率いている巨躯の男が、大きな斧の刃で草木を刈りながら声を張り上げた。
たぶん、彼がこの集団のリーダーだ。
みんなから「団長」と呼ばれているし。
「しかし、安心してほしい。今日は、近衛団の団長であるオレと、副団長のリッターも、お前たちと共にある!」
「そうだ。だから冒険者と兵士の諸君らは、命を懸けて戦う必要はない。わたくしと団長が、すべて片付ける。諸君は、わたくしと団長の援護をするのみで十分だ」
帝国やら、近衛団やら、団長やら、ノアズアーク国やらについてはよく分からないが、とにかく、強い人が仲間にいるということは分かって、安心した。
「なあ、イオリ、お前、戦いに自信はあるか?」
銃を背負って歩くガルクに尋ねられた。
「いや、ないですよ。だって俺、チビで、手足が細いから」
「ハハッ、安心しな。こっちには、帝国の英雄と言われる団長と副団長、それから、あらゆる魔法を使いこなすオレの姉ちゃんがいるから」
「マーレさんって、そんなに強いの?」
魔法大学校卒の魔導士で、世界一の大魔導士を目指している……肩書だけ聞くと、魔法のプロフェッショナルといった感じ。
俺のふとした疑問に、マーレ本人が答えてくれた。
「ふふん!アタシは、炎魔法、氷魔法、電撃魔法、防殻魔法、治癒魔法、移動魔法、飛翔魔法……とにかく、たくさんの魔法を使いこなせる天才なんだから!相手がドラゴンだろうと、悪魔だろうと、イチコロだよ!」
マーレの自画自賛の声が鼓膜にキンと響く。
彼女は、声も自信も大きな人だった。
「あの、俺、お腹が空いていて……なにか食べるものありますか?」
「アタシの手作りチョコクッキー食べる?」
「ぜひ!」
俺は、マーレからチョコクッキーを5枚受け取り、歩きながらバリバリ食べた。
「んー、おいしいですね」
「アタシ、お菓子作りが最近のマイ・トレンドなんだ~」
甘いチョコチップが粗く散りばめられており、クッキー本体の食感との相性が良く、おいしかった。
小腹は満たされた。
俺は、意気揚々と草木をかき分けて、森のさらに深くへと踏み入った。
ときどき、スライムや、一角兎、クマの姿をした魔物に遭遇することがあったが、先頭を導く団長や、周囲を歩いている冒険者たちが討伐してくれるお陰で、何ら気にせず歩くことができる。
「先月ギルドの裏にできた店、あれめっちゃよかったで」
「あー、サキュバスの店だろ?いい趣味してんなお前」
「うちの部隊、先月より月収上がったぜ、羨ましいだろ」
「お前の部隊の少佐、大当たりだよな」
緊張感ある冒険とは程遠く、冒険者や兵士たちは談笑しながら歩を進めており、ハイキングの様相を呈していた。
もちろん、俺とガルクもその例に漏れない。
「なあ、イオリは、どんな女が好みだ?」
「うーん……優しい人かな」
「オレは、とにかくおっぱいがデカい女が好きだな」
「はは……まあ、それは、俺も共感できるよ」
「やっぱそうだよな!アハハッ!」
こんな感じで、俺とガルクは下らない話題で盛り上がった。
次は、マーレとのやり取りへ。
「イオリくんは、どこの冒険者チームの所属なの?」
「一人ですし、俺は、冒険者でもないです」
「一人だと寂しいでしょ~。このクエストが終わったら、アタシたちのチームに入らない?」
マーレからの思わぬ誘いを受けた俺は、「い、いいんですか?」と、前のめりで訊き返した。
「いいよ~。冒険の仲間は、多いほうが楽しいもんね♪」
「まあ、オレも賛成だな。というか、断る理由が見つからん」
俺は、このクエストが終わったら、マーレとガルクの冒険者仲間になることが決まった。
これで、誰にも知られず飢えて死ぬ、という最悪なルートは回避された。
ほっとしたし、可愛くて優しいマーレから仲間に誘われて、すごく嬉しかった。
「イオリくんって、どこから来たの?」
マーレから尋ねられた。
「実は、この世界とは別の世界から来たばっかりで……異世界転移というやつなんですけど」
「ええ、なにそれ!?」
「ふん、オレにそんなオカルト話は通用しないぜ」
紙タバコを吹かせて、そっぽを向いたガルク。
一方、マーレは「詳しく聞かせて!」と、純粋無垢な子どものように心躍らせて、興味津々だった。
しかし、俺が異世界話を語る機会は、おあずけとなった。
先頭を突き進む団長が「止まれ!」と言い、一団の歩みをいったん止めさせた。
♦
森の最深部で待ち構えていたのは、巨木に囲われた大きな古城だった。
「うわ、高すぎでしょ、この木……どうやって植えたんだろう?」
マーレは、天を突く巨木の数々を見上げる。その木々の一本一本が、まるで屋久杉の如き存在感を放っていた。
幹が太く、樹冠※が広く、太陽の光を遮って闇を抱えていた。
※樹木の上部の、枝や葉が茂っている部分
そして、その巨木に囲まれた古城は、長い月日によって錆びれ、柱や壁に亀裂を刻んでいた。
しかしながら、ドイツのノイシュバンシュタイン城のような、豪勢で緻密な建築技巧と雰囲気とを現在に伝えている。
「なんかここ、廃墟みたいだな。城はぼろ臭いし、崩れかけの小屋もあるし、馬車もその辺に放置されてるし……」
ガルクは、古城の前に広がっている集落跡に目をつけた。
家々を支えていたであろう木製の壁や柱は朽ち果て、所々に穴が開いている。
文字が書かれた看板は地面に落ちていて、埃や砂を被っている。
車輪が外れた馬車には壺が放置されていて、中には黒っぽい雨水が溜まっていた。
「いかにも、《《出そう》》な雰囲気だな」
ガルクが言ったそれは、たぶん、幽霊のことだろう。
「ちょっと、やめてよ、ガルク!アタシ、幽霊族は大嫌いなんだからっ!」
口元を歪ませてニヤニヤと笑う弟ガルクの肩を、姉のマーレは魔法の杖で殴った。
ゴツンという鈍い打撃音が響いて、ガルクは「いてっ」と鳴いた。
――そのとき、城の前の暗闇から足音が聞こえてきた。
二人分の足音。何者かが木の葉をザッザと踏みしめる音が、俺たちの耳にまで届いた。
「「何者だ!?」」
先頭の団長と副団長が声を揃えて、それぞれの武器である大斧と弓を構えて、臨戦態勢に入った。
「――夕食時に、しかも、こんな大所帯で、何用だ?」
男の、恐ろしく低い声が不気味に反響した。
木々の間から差し込んだ僅かな夕日によって、こちらに歩み寄ってきた二人の姿が照らし出された。
一方は、 ワインレッドの色の髪で、ルビーのような赤い瞳をしており、丈が短く太ももが露出したメイド服に身を包み、腕や首もと、脚などの右半身に白い包帯を巻いていて、右目には黒い眼帯をしている女性だった。見た目は20代前半ぐらい。豊かな胸の谷間に挟むようにして、黄金の鎖を巻いて携帯している。
――そして、めっちゃ可愛い。クールな目つきと佇まいが、俺をドキドキさせた。
そして、同じ男ということで、ガルクも俺と同じ気持ちだったようで……
「うお、あのお嬢ちゃん、ほどよい胸のデカさしてんなぁ~揉んでみてぇ」
「ちょっと、初対面の人にその言い方は失礼でしょ……!バカ」
「ぐえっ……」
緊張感の無い弟ガルクの脇腹を、姉のマーレは、魔法の杖の先端で突いた。
――ガルクの言う通り、あのメイドさんの胸が大きいことは否めないが。
そして、問題は、低い声を発した男の存在だった。
男は、俺よりはるかに高い身長で、マーレやガルクを軽く凌ぎ、巨漢の団長に肩を並べるほどの背丈だった。背中には、蝙蝠を彷彿とさせる黒い翼を持っており、貴族にふさわしい豪勢な服を身に纏っていた。
目もとを赤黒い布で覆っていて素顔は完全には見えず、顎のラインは細く、瘦せこけた印象で、見た目は30代前半といったところか。
そして、首と両手首には、赤いかせ?のようなものを巻いている。
マーレは長身の男を見て、魔法の杖を固く握りしめて、唾を勢いよく飲み、こう言った。
「――あの人、人間じゃない……」
♦イオリのイメージイラスト♦