07話 容疑者の形成
場所は路地裏から出た大通りの隅。
そこでは見知った衛兵二人が、僕に話しかけてきていた。先ほど遺体現場に居合わせた、新人とベテランの衛兵である。
心なしか警戒をするように距離を空けて立たれており、その手には鋭く研がれた槍を持っていた。
「何か用ですか?」
何もしていないにも関わらず、なぜここまで警戒をしているのか。その疑問もあって、早速話を進めるように促す。
「いやね、君。あの現場で一番近くにいたでしょう? どんな様子だったのか、詳しく話を聞かせてほしいと思いまして」
新人が口を開こうとすると、ベテラン衛兵がそれを止めて前に出る。
新人に任せては危ない。そう思われるほど自分が警戒されていることに、少し不満を持ち始める。
自分が聞かれて答えられることなど死に行く様子を伝えるのみで、原因が魔法であるというぐらいしか知り得る事実は存在しない。
そのまま伝えても良いが、犯人の名前を自分は知っている。名前をここで伝えれば、調査の役に立つかもしれない。そう思ったが、思い直すことにした。
ミクスの名前をここで伝えたとしてどうなるだろう、と。
浮浪者のような生活をしているミクスに対し、名前が分かったから捕まえれる。といったことはあまり考えられない。
むしろこの情報が広まったことで、自分が暴露したことがバレてしまったら……。余程命の危険性が高そうだった。
元より、衛兵の会話を参考に見つけたのだから、探し出すのに必要なパーツは充分に持っているはずなのだ。
わざわざ自分から危ない橋を渡りに行く必要はない。そういう結論に至った。
「おばあさんと話していたら、急に苦しみ始めました。それで倒れて……あなたたちが駆けつけて来た。その後はあなたたちの知る通りです。本当に急なことだったんです。あまり注意深く見てた訳ではないので、それぐらいしか分かりません」
それにしても、この証言は無益が過ぎる。
一番の目撃者、もはや当事者と言って差し支えない証人が、誰でも言える内容しか持っていない。となると、犯人調査はますます難航するだろう。
しかし人が死んだことへの精神的ショック。それに、ミクスと居た空間で常に精神を張り詰めていたことで、今日はとても疲れているのだ。
いま軽く答えてあげているだけでも、充分であるというものだ。
「急に、ねぇ? ……本当に、急に、そんなことになるのでしょうか?」
「?」
この衛兵は、何を言っているのだろう。
もしかして、僕のことでも疑っているのだろうか。
疑いを持たれているとは思いたくないが、先ほどからの警戒姿勢や言葉の節々に感じられる攻撃性。
全く疑っていないということはなさそうである。
よくよく考えてみれば、この衛兵が疑うのも無理はない。なにせ死んだ人の目の前にいたのだから、一番の容疑者になるのは自分である。
しかしその異様な死に方から、犯人が別の人物である可能性が高く見逃されていただけで、疑うなと言われる方が無理だろう。
衛兵の行動を頭の中で整理して、心を落ち着かせる。と、
「念の為、ハレストを見せてもらえますか?」
「……ハレストって、何ですか?」
「!?」
また意味の分からないことを言われてしまった。
毛ほども知らない単語だったため、素直に聞き返してしまったが、衛兵らはより警戒を強めたようだ。
それを知らないことが、それだけ危険なことなのだろうか。
ベテランの方はそれでも表面だけは冷静さを保っており、見当の付いてなさそうな様子を見て説明してくれた。
「……ハレストというのは、その者の階級を表す印、みたいなものです。生まれてきた人は皆、地域別の地位がその土地を収める長により手のひらに刻まれる。これは、この世界における鉄則中の鉄則なのです……」
地域別に地位が異なるのは知っていた。
しかし、その地位を示すものが生まれた時から刻まれる、なんてことは初めて聞いた。
以前住んでいた町は確かクラスⅢだったはずだが、知らないうちに刻まれていたのだろうか。
ゆっくりと慎重に手を開いてみる。と、その手には、何も刻まれてなどいなかった。
至って普通の手。自分の知っている手。
指の関節と筋肉の分け目に大きなシワがあり、細かいシワが適度に並んだ綺麗な手だ。
「……何もない、んですが、出し方があるんですか?」
そう言って、手のひらを見せてみた。
すると衛兵らはさらにどよめき、その動揺具合から出し方はなどはなく、常に出ているものなのだと察する。
新人衛兵は槍を構え始め、最大の厳戒態勢を敷く。
最初リオラの家に住むとなった時も、地位のないものが王都に住んで良いものか、疑問に思ったものだ。
まさか、こうも簡単に確認する方法があったとは。
となると、リオラはこちらの素性を確認出来ていた上で尚、誘ってくれたのだろうか。
[ハレストがない、だって!?]
[っ、この人ってまさか……]
衛兵が本気で武器を構えることは珍しいのだろう。事が起こりそうな雰囲気になった時から人が集まり始め、ハレストがないことが、いつの間にか周りの人たちにも伝わっていた。
そんなにマズイことなのだろうか。
なんだかおばあさんが死んでしまった時よりも、周囲のざわめきが大きい気がした。
「家がないものであろうとも、庁舎に行って刻みにくる。それほどハレストというのは、大事なものだと皆が認識しているのです。最も、最低クラスではありますがね……。しかし、あなたにはそれすらない」
ベテラン衛兵の目が、今にも武力行使を行うかのように鋭く細くなっていく。
数コンマ先に捕まえられる未来が見え、危機感からの釈明を始める。
「確かに今はホームレスですが……あーいや、今は家があるんだった。とにかく今の家はちゃんとここ、王都にあります。ハレストについては知らなかったのでまだ刻まれていませんが、あとで家に帰ったときにでも聞いてーー」
「詰所まで、ご同行いただきます」
< ドスッ
「う、ぁ……」
……見えなかった。
みぞおちにベテラン衛兵の肘がクリーンヒットし、思わず声にもならない声が漏れ出る。
痛みを抑えるようにみぞおちを両手で覆うと、今度は首に石が降ってきたかのような強い衝撃を与えられた。
途端に前後不覚に陥り、意識を保てなくなってしまう。
なんでこんなことになったのか。
消えゆく意識の中で理不尽さを嘆きつつも、それ以外に何かをすることは許されず、暗闇に身を委ねることになるのだったーー
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< ガタガタッゴトッ
「ぅん……?」
体に響く激しい揺れで、まるで永遠の眠りから目覚めたかのように、少女はゆっくり目を開けた。
体勢を変えると隙間から差し込む光が入り、やがて意識も起きてくる。
ここはどこなのか。
今はその疑問が、少女の頭の中を埋め尽くしていた。
光があるといっても、外の状況すらも把握できないほど小さな隙間だ。
それに、圧迫感を感じる程度には四方八方に壁がある。
中は相変わらず揺れており、揺れが起きるたびに骨の出ている部分が地味に痛い。
とにもかくにもこの場から出よう。
そう思って体を動かそうとすると、思うように動かない。手を動かそうとしてもわずかしか動かず、特段何かできるわけでもない。また足に関しても手と同様、自分の意思に反応はしてくれなかった。
徐々に暗さに目が慣れ始め、周囲の把握がしやすくなって来た時、あることに気づく。
周りには、自分と同じぐらいの年齢の子供が四、五人いたのだ。その手や足は縄で縛られ、物を扱うかのように無造作に転がされていて、目に涙を浮かばせているものもいた。
声を出そうにも口にも縄が巻かれていて、言葉にならない音しか出せない。
ここで、ようやく自分がどのような状況にあるのか、理解した。
怖い。
自分がこれからどうなってしまうのか。先行きの見えない不安と恐怖に駆られ、自然と涙が滲んでくる。
今は泣くことしかできない。
今はまだ、泣くことしかないできないのだ。
泣き疲れたのかしばらく時間が経った後、瞼が重くなってくる。
「クッソ。もう無理だってのに、どこまでやらせる気なんだよ!!」
野太くて低い男の声が、寝かけている少女の耳に届く。
軽く意識を男に向けるが、それ以上声を出すことはなかった。
瞼の重みに身を任せ、少女は再び目を閉じる。