06話 少女の苦悩
「へぅえ〜、はうぁぁ〜」
ミクスと呼ばれた少女は今、険悪な雰囲気はどこへやらただの酒飲みとしてそこにいる。
成人してないように見えるけど、この子は本当に飲んで大丈夫なのだろうか。
お酒の勢いが落ちてきたところで、完全に酔い潰れる前にもう一度聞いてみることにした。
「あの、少し良いですか?」
「なんにゃ?」
顔をこちらに向けることなく片耳だけをピンと立て、それを聞く姿勢とする。
「大通りでのおばあさんの死亡……あなたがやったんですか?」
「…………さっきあんな仕打ちを受けて、まだ聞こうとする勇気は讃えてあげるにゃ。でも、そのことすら知らにゃい私には無関係な話かにゃー」
前髪の横の部分を、指でいじりながら彼女は答える。と、一瞬チラッとこちらを見た気がした。
確かにこの子の言い分通り現場を見ていないのは事実だが、見ないようにしていたのではないだろうか。
嘘をつき慣れていそうな態度に相まって、その答え方は自分の中で疑わしさを増長させることに他ならない。
何も気にしていないという風にそっぽを向いてお酒を嗜む姿を見ながら、少し汚い手を思いつく。
「もしきちんと答えてくれるのなら、今度のお酒代奢りますよ?」
「にゃにぃ!? ……で、でも今度の保証にゃんて、どこにもないにゃ!」
やはりそう簡単には口を開いてくれなさそうで、すぐに持ち直されてしまった。
しかし、この誘いでの目的は話してもらうことなどではなく、件の話について、少しでも情報を持っているのかを確認することにある。
結果は上々でいくらか警戒を残しつつも、今なお目は大きく開き中の瞳は煌々と輝いている。
尻尾も強く揺れていて喜んでいるのが顕著なため、求めるものを有しているのはほぼほぼ確実であろう。
しかし保証と言われてしまったが、どうしたものか。
当たり前のことではあるが、情報の確認用で口にしただけの事柄なのでその先を考えてはいなかった。
「保証って言われても何も持ってないし……あ、そうだ! 僕の家の場所を教えれば、約束を破られた時の保証になる!!」
頭の中で咀嚼せずに吐き出した言葉は、自分にとっても理解し難い極めて浅はかな内容だった。
家の場所など教えたら、何が起こるかは予想に難くない。
そのためもしも相手が「うん」と頷くならば、自分は「ウソだ」と言うしかないのだ。
殺人犯であるかもしれない相手に対し、自分から言っておきながら断るのは命を捨てる行為そのものだろう。
「もう少し頭の良い奴だと思っていたけど、心底バカだったのにゃ……。別に隠すようなことでもにゃいし、話してやるにゃ」
彼女から見た僕の評価にバカという文字が書かれたものの、相手が常識的な感性を持っていることで助かった。
隠すことでもないとのことだが、最初は話す気がなかったのにその気になったのは、どういう風向きの変化なのか。
しかしこの機会を逃すまいと、気が変わらないよう余計なことは喋らず経過を見送ることにする。
少女は深く息を吸って大きなため息をつくと、
「レイド、だったっけ? 君が疑っている通り、あれは私がやったんだにゃん。でも、勘違いしてほしくにゃいのが……あれが、私の、努力の結晶だってこと」
「努力の…結晶?」
やはり手を下していたのは彼女だったみたいだが、人の殺害と努力の結晶にどんな関係があるのだろうか。
とにもかくにも言い分を聞かなきゃ始まらない。
話が始まるのを待っていると、口元に笑みの面影が浮き出てきていた。
周りを漂う雰囲気は一気に不穏なものへと変わり、口端は人間のものとは思えないほどに吊り上がっている。
固唾を飲んで見守っていると、彼女の口から衝撃的な言葉が飛びでてきた。
「どうやって人を傷つけて……どうやって人を苦しめて……どうやって人を痛めつけて……どうやって人を甚振って……どうやって人を苛ませて……どうやって人に損なわせて……どうやって人を蹂躙して……どうやって人を殺すのか……。そんなことを考えてたら、いつの間にか出来ていた」
「…………」
あまりの言葉に思わず絶句してしまう。
ヒトに害を与えることへの圧倒的執着心は、永遠に消えることがなさそうなほど粘着性の強さを見せていた。
「なんで、あのお婆さんを、殺した……?」
「……殺したかったから、殺した」
「は?」
「……定期的に、ヒトを殺したくにゃるんだよ!!」
一言一句、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
定期的に殺したくなる……?
ではなぜ、わざわざあのおばあさんを狙ったのだろう。偶然とでも言うのだろうか。
そこで、衛兵たちのある言葉が頭の中に蘇る。
『この被害に遭った奴らは全員、犯罪者だったって話だ』
そういえばおばあさんもとても軽い内容だったが、詐欺を働いていた。
もしかすると犯罪者繋がりで、彼女は殺しを決めたのかもしれない。
「あの人は確かに犯罪を犯していたよ。でも、そんな、死ななければならないほどのことを、してた訳じゃないだろ……?」
「違う違う、解釈が間違ってるんだよ!」
「え?」
「ヒトを殺したい気持ちを抑えられにゃい。けど、無差別に殺すのは気が引ける。だから、そこら辺にいる犯罪者を適当に殺して回ってる。そういうこと」
淡々と経緯を説明しているが、意味はわかるものの気持ちの理解はできなかった。
殺したい気持ちを抑えられない、ってそんなのただの異常者じゃないか!
犯罪者だけを狙っているという点において少しマシだと思える部分はあるものの、刑場の司裁なんて異名が付けられるぐらい危険人物なので、ぶっ飛んでいるのには間違いない。
無数の感情が湧き出てくるが頭を振って気持ちを切り替え、話を進めるためにとりあえず飲み込むことにする。
「そういえば、さっきマスターがミクスって呼んでたけど、名前はミクスでいいのかな?」
「ミクス・ニャーマラ。今後ともよろしくね!」
「はは……どうも、よろしく……」
周期性のある殺人犯と今後も一緒にいるかは分からないが、一旦その場のノリに合わせることにした。
物珍しい奇妙な縁がこのとき路地裏で結ばれ、悪い予感がしていたがそれを無視することにする。
「昨日も同じような死体があったから、もしかして毎日殺したくなるの?」
「昨日? 昨日は特に何もしてにゃいけど。ていうか、常に何かしてるみたいな感じになって、印象めっちゃ悪くなるじゃん!!」
勝手に自分で葛藤を入れ悶々としている彼女をそっちのけで、頭の中で考え始める。
同じ道の同じ場所で同じ人物の遺体が、昨日も確かにあそこにあった。
しかし彼女は知らないと主張し、殺したいという欲求をこちらに伝えてきていることからも、ここで嘘をつくような人物には到底思えない。
殺した魔法に、この謎を解く助けになるようなパーツがあるのだろうか。
「あの青くなって死んでいた魔法って、どういう魔法なのか聞かせてもらえる?」
「企業秘密。そもそも、いま君にこの場で情報を話しているだけで非常に危にゃい橋を渡ってるんだにゃ。魔法の中身なんて余計に言うわけないにゃ!」
至極真っ当な話である。
もとよりミクスは衛兵に追われている身であって、だからこのバーに訪れて身を隠しながら食している。
この場所を知られていること自体、完全に安全な場所とは言えなくなっていた。
と言うことは、
「あれ、もしかして僕って、今から消されたりする……?」
「……」
無言でこちらを見るミクス。それに干渉せんとするマスターは、軽くため息をついていた。
彼女は口を開いてきらりと光る犬歯を見せ、右腕を上げあの時首に当てられた独特なデザインの刃物を披露する。
頭で考えるよりも早く、身体はすでに逃げていた。
< ガチャ
< バンッ
見てはいけないものを見てしまった気分に駆られ、一目散に店の外へ。
来るとき通ってきた狭い通路は、この時だけはぬるぬる通ることができる。
息つく間もなく走り続け、気づいたら路地裏を抜けて元いた大通りへと戻っていた。
後ろを振り返ってみるものの、誰かが追いかけてくる気配はなくひとまず安寧の時を手にいれる。
呼吸が落ち着いてきたところで、当初の目的を思い出し鐘楼に向かう準備を始めた。
あの様子でここまで追って来ずしかも魔法も使ってこないとなると、今はヒトを殺したい気分ではないのだろう。
なにせ自分は犯罪と呼べるような犯罪を犯した記憶はないので、殺す対象になる訳がないのだ。
予想外のことが起きてしまったものの日はまだ明るく、鐘楼でひとしきり景色を見たあと気になるところに歩を運ぶ時間もあるだろう。
まだ散策は始まったばかりで、家から少しの距離しか離れられていない。
今日という日に未だに無限の可能性を感じながらも、ようやっと一歩を踏み出したところで、
「ちょっと良いかな?」
またもや邪魔するかのように、二人の衛兵が話しかけてきた。