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支援の日の出  作者: hoketsu
第一章 始まりの始まり
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05話 二度目の死


 目を覚ますと、温かみのあるベッドと枕。それに、まるで自分が太陽だと主張するかのようなランプがある。

 だだっ広い部屋には開拓しがいがありそうなほど、本当になにもなかった。


「……」


 起きてから終始ずっと無言の僕は、ある重大なことを忘れていたと気づき始めた。

 この部屋には、窓がないのだ。

 太陽の光をシグナルに起きていたため、光がないとそれは起きれない。

 かろうじて、ガイアスの部屋の窓により幾らか時間は把握できるが、それもあの落とし穴兼出入り口から顔を覗かせなければ見えるはずもない。

 しかも問題はそれだけに留まらず、ガイアスの寝言にも関わってくる。


「昨日は本当に寝れなかったな……」


 目覚めが悪いとかでは無く、目覚めがなかったと言ったところ。

 寝言というよりただの喋り声の水準であり、起きてる時より流暢に喋っていた。

 ようやく疲れが溜まり終え睡眠に入れると思ったら、熟睡のあまり寝過ぎてしまう。

 穴から覗いて見てみればガイアスの姿はそこになく、窓から差し込む光ではおそらく昼といったところだろう。

 野宿で鍛えられた時間感覚で、時間の把握はある程度できているつもりだ。


「午前がないと、一日が無駄になった感じが凄まじい……。とりあえず、降りてご飯食べなきゃな」


 起きなかったことに後悔しながら、しかし疲れの関係上、起きなくて良かったとも思ってしまう。

 朝ごはん兼ねては昼ごはんをとりに、部屋を出ようとするとあることに気がついた。


「あれ? ハシゴがかかってない……?」


 そういえば、登る時しかハシゴの話はしていなかった。

 単にかけ忘れただけなのかもしれないが、降りることはできなくないので我慢する。


 出入り口の端を掴み、慎重に降りようとするとーー


 < べキッ


「ーーっ!」


 < ズシーン


 穴を形成する木の板が折れ、思いっきり尻餅をついてしまった。

 命綱が途中で切れてしまった感覚。やはりこの出入り口は危なすぎる。

 ただの穴がより大きい穴となってしまったが、またこれも思い出になっていくのだろう。と、そう考えひとまず階段を降りることにした。


 階段を降りると待っていたのは、執事のガイアス一人だけだった。


「ガイアスさん、リオラはどこにいるんですか?」


「学校、行ってる」


 相変わらずの喋りたくないオーラに、少しだけ笑ってしまう。

 今はまだ交流が始まったばかりなので、いつか打ち解けられたら良い。

 寝言の方が普通に会話が出来そうなので、今度返事でもしてあげよう。


「そうか、リオラは学校か。当然といえば当然だ」


 昨日の夜、唐突に行くことが決定したがリオラにも学校があるのは当たり前であった。

 しかしそうなると、今日も誰もいないことになるな。

 もう昼ではあるものの、今日という一日をどのようにして過ごすのか未だに最適解は出ていない。

 

 昨日の鐘楼まで、もう一度登ってみるのはどうだろうか。

 鐘楼までの行き方を復習することもでき、慣れにより周りの店や人に意識を傾けることもできるだろう。

 もし時間が余ったら、明るいうちに路地の散策もしてみたい。

 出されたご飯を食べながら、今日やることを頭の中で整理する。


 昼食を済ませたところで、早速両開きのドアに手をかける。

 すると僕とドアとの間には、家を出るのを阻止するかの如く何かが横から出てきていた。

 振り返ってみると、ガイアスが服を差し出して立っている。


「服、着ろ。リオラの名前に、傷が付く」


 そういえば、服を野宿を始めた時から着替えていない。

 今まで気にもならなかったが、ここは既に王都でありジャイアントベアーの傷がついたこの服では、外を出歩くのにみすぼらしい。

 もうこの家の一員となったのだ。

 少なくとも見た目に気を遣うことは、自分に自信を持つという意味でも重要だと言えるだろう。


「あれ、でも体とか洗ってないけど大丈夫?」


「家の扉は、マジックアイテム。ここ、通るたび、洗われる」


 確かに泥汚れなどが、今は顔に付いていない。それどころか、なぜだかスッキリとした気分になっていた。

 マジックアイテムは手のひらサイズのものしか知らず、ここまで巨大なものはさすが貴族だと窺える。


「ガイアスさん、色々ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます!」

 

 お礼と出発の合図を告げて、ガイアスとの心の距離を縮めようと努力する。が、当の本人は全く気にも留めていない様子で、まだまだ先は長いと思い知らされる。

 

 最後に、ガイアスが咳払いをして無言の圧で忠告してきたが、今回はしっかりと鍵を閉めて家を出た。




*********************




 昨日と変わらぬ衛兵に、昨日と変わらぬ道の行き交い。

 二日目ともなると、大雑把に整えられた地面の歩き方にも少しづつ慣れてきていた。

 衛兵が少ない大通りへと移動し、昨日と同じ道のりで鐘楼を目指し始める。


 初日よりも周りに気を遣えるようになり、新たな店の発見や気づかなかった道路の窪み。

 出店の種類や売っているものなど、頭の中での想像が膨らみ高揚感が高まってくる。

 『行ったことのない方向へ』これが僕のポリシーなので、昨日とは違う方向に行くまで我慢せざるを得なかった。と、楽しい気分が無くなる場所に辿りつく。


「ここで、昨日詐欺に遭ったんだよね……」


 詐欺師に出会ったこの道は、何事もなかったかのように今日も足音を作っていた。

 何も変哲のない道の一部だが、頭の中でのその場所は忘れられない場所になっている。

 詐欺の被害者が詐欺師を気にかけるという極めて稀な例が、そこには存在していていたのだ。

 昨日は故郷を思い出し、今日は詐欺師を思い出し、この道には彷彿とさせるものが多くあるな。

 そう感じていると、


「お兄さん、悲しいならハンカチはいかがかなぁ?」


「……え?」


 振り返ると、黒髪まじりの白髪を生やすあのお婆さんが立っていた。

 同じ手口で同じ人を騙そうとするとは、どうやら覚えが悪いらしい。

 だが今はそれよりも、


「なんで生きてるの!?」


「……はぁ? 生きてちゃ悪いかこの小童めが!! 会うなり何を急に言い出すんだい」


 たった一言で血管が切れ、早速化けの皮が剥がれてしまう。

 なにやらぶつぶつと悪態をつき、しかし今はその言葉が僕に届くことはない。

 詐欺を多く働いているからだろうか。僕のことを知らない様子だったため、誤解を晴らそうと急いで弁明することにした。


「昨日、詐欺に引っかかったものです!! ほら、泣いてた時にハンカチをもらって騙された僕ですよ! お会いしたかったんです」


「そんなに詐欺詐欺言わんでくれ。周りに聞かれちゃ商売にならないんだよ……。それにしても、お主と会ったことなんてあったかのう? ほら、お主みたいなのどこにでもおるじゃろう?」


 とにもかくにも無事らしく、元気そうな姿に安堵した。

 すごいサラッとそしてとても自然に悪口を言われた気がするが、今はそんなの気にしない。

 双眼鏡で見ただけなので、死体は見間違えていただけかもしれない。きっと他の人だったのだろう。

 とはいえ、犯罪との関連性は非常に高いと見えたので、以降気を付けることを念頭に置くだけにした。


「いやー良かった良かった。ありがとうございます!」


 おばあさんは頭に『?』を浮かばせながら、もう話すことなどないかのようにピタリと話すのを止める。

 不安なことはなくなったので、気分の良いまま鐘楼へ。

 そのまま今日はどこかお店でも入ってみよう。と、胸を弾ませているとーー


「……ん?」


「?」


 おばあさんが声を出す。

 まだ何か話し足りなかったのだろうか?

 思わず振り返ると、首を傾げながら尚もその体勢から動かないように立っていた。

 何かあったのか話しかけようとすると、


「んん?」


 さっきよりも大きな声で、疑問を口に出し立ち尽くす。

 もしかして、そんなに言っていることが理解できなかったのだろうか。

 しかしそんな考えとは裏腹に、さらに様子がおかしくなってくる。


「んんん!?」


「え?」


 なんだかおばあさんの体がプルプル震えており、段々不穏な空気になってくる。

 少しの心配が本気の心配に切り替わってきたところで、手や腕、足や顔が膨れてきていることに気づく。

 それと同時に全身が青く染まっていき、何かマズイことが起きているのは一目瞭然だった。


「っ!! 魔法か!?」


 王都に来てからというもの、魔法という魔法を目にする機会はほとんどなかった。

 しかし、この異常事態はそれぐらいしか思いつかない。

 久しぶりの群衆で久しぶりの魔法使用。魔法と判断するまでに、かなりの時間を要してしまった。

 今まで見たこともない魔法だが、病気ではなさそうな以上きっと存在しているはずだ。

 周りは今なお気づいておらず、誰も騒ぎは起こさない。


「うぐぅぅっ……!」


 本格的に苦しみ始め体全体が膨張を続け、おばあさんはその場で倒れてしまう。


「え、この光景……双眼鏡で見たものと…………」


 倒れた詐欺師は、青くなりながらその場で悶え苦しみ始める。

 その姿は、鐘楼で見たものとそっくりで思わず体が硬直し動けなくなってしまう。


 段々騒ぎが大きくなり野次馬による人混みができてきた頃、ようやく気づいた衛兵が何人か駆けつけてきた。


「っ! これは……惨い。とにかくポーションをかけてみるぞ」


 駆けつけた衛兵は野次馬を押し除け中心に行き、試しに持っていたポーションをかける。

 しかし肌色から青さは抜けず次第に悶える姿は減り、最終的に死亡が確認された。

 目の前の光景に唖然とするしかなかった僕は、我に帰って周囲を見る。

 もし魔法ならば、術者が近くにいるはずだ。


「この死に方……()()に似てないか?」


「……死に方? この死に方に心当たりでもあるんですか?」


 先ほどから衛兵同士の会話が続いている。

 この衛兵は何かを知っていそうなので、術者捜索の手がかりになるかもしれない。

 そう思い、周囲の見張りを行いながら聞き耳を立てる。


「そうか、お前は新人だったな。ちょっと前から起きてる事件でな……。なんでもこの被害に遭った奴らは全員、犯罪者だったって話だ」


「犯罪者……? では、自分で犯罪を止めようとでも思ってるんですかね?」


刑場の司裁(プリズンジャッジ)、俺らの間ではそう呼ばれてる。最も、ただの偶然かもしれないがな。しかも噂じゃ、女って話だ」


「極端な思想の持ち主ですね……。勝手に仕事が増やされる前に、さっさと捕まえてやりましょう!」


 死体に対し何をするわけでもなく、かと言って犯人を探すわけでもなく噂話を始める衛兵。

 いくらなんでも、死に無頓着すぎやしないだろうか。

 周りも騒ぎ立てるというより話のネタが増えたような、なるべく一部始終見ていたいとそういう気持ちの人たちばかりであった。


 しかし今探すべきは術者であるため、衛兵の言う「女性」を手がかりに探し始めようとする。と、探すまでもなく、怪しい動きをした者がいた。

 正確には、怪しくない動きをしていることが怪しい、と言うべきだろうか。

 大通りでの死体現場。皆が立ち止まるか一瞥(いちべつ)をする中で、その少女は特に気にかける動きもせずに薄暗い路地裏へ入って行く。


「あの子……少し怪しくないか?」


 少女が、一人で、この出来事に関心も寄せず、路地裏に入る。

 少々若すぎる気もするが、そもそも一人で路地裏に入ること自体が非常に危険なため、そういう意味でも追いかけざるを得なかった。


 野次馬たちの間を通り、急いで路地裏へと向かう。

 いかにも物騒な路地裏の奥に、あの少女が右に曲がっていくのが見えた。

 四方八方に伸びている道はまるで迷路のようになっており、時折怖そうな人たちが何やら話しているのを確認する。

 

「確か、ここを曲がってたと思うけど……バールデルペッシェ? これは、店か」


 店の名前が書かれた看板は取って付けたかのようにぶら下がり、店自体は少し奥まっている所にあるようだった。

 看板の下には人が一人分入れるほどの狭い道があり、家と家の間を通り抜けていくような通路だった。

 ひんやりとした壁の感触を感じながらも、前へ前へと進んでいき、通路の終わりには待ってましたとばかりに広く、しかし(わび)しさの香る広場があった。


 広場の真ん中には、周囲の家から背を向けられ孤立している店が建つ。

 家同士の設計上、仕方なくここだけ空いてしまったような、そんな空間だった。


「バールデルペッシェ……これ以上先には進めないし、じゃあ中に……」

 

 静かな空間に、ゴクリと唾を飲む音が響く。

 自分の身の安全性は担保されていないものの、ここまで来たら行くしかない。

 今にも壊れそうなドアの真正面に立ち、足を踏み入れる覚悟を決める。



 < ギィ〜



「……失礼しまーす」


 古々しい音と共に、慎重に中へと入る。


「……いない?」


 そこには目的の少女どころか、お客さんすらもいなかった。

 あるのはバーカウンターとテーブル席、それに黒い髭を横に伸ばしたマスターらしき人物のみである。

 寂れた雰囲気のその店は、ところどころに年季が入り趣と暖かさを感じられた。

 僕というお客さんが入ってきた後も、マスターはシェイカーを振っていた。

 客は誰もいないのにーーだ。


「…っ!」


 野宿生活で手に入れた野生の勘で慌てて飛び退き、上からの奇襲も警戒する。

 そこで何かが起きてはないし、何かが起こっているわけでも無い。

 ただその場にいたら危険な気がした。それだけだ。

 誰の姿も現れない。


「マスター!! 誰かここにーー」


「お前、誰だ? 何しにここにきた?」


 後ろにいることを認識した時には、時すでに遅し。

 耳元には女性の声、喉元にはヒヤリとした感触。

 自分がどんな状況に立たされているのか、目を向けずとも理解ができた。


「ちょ、ちょっと待ってください! 僕はレイド、あなたに会いに来ただけです!」


「会いに……?」

 

 わずかに警戒を緩めたが、依然として刃物を下ろす気配はない。

 おばあさんを殺した犯人なのかは不明だが、それでも危険な人物なのは間違いなさそうだ。

 言葉の選択を間違えた場合に起こる未来は、火を見るよりも明らかだった。

 地雷を踏まないよう、恐る恐る話そうとする。


「えぇーっと、もしかしてだけど大通りの騒ぎに、関わってたりするのかなーって……。いや、違うなら良いんだけどね……ははは」


「……違わなかったら、良くない。お前はそう言うんだな……?」


「えぇえ!?」


 初っ端から地雷を当ててしまったらしい。

 保険のために入れた言葉が、こうも命の危機を呼ぶとは夢にも思わなかった。

 彼女の刃物を握る手に一層力が込められていき、心の中で死を覚悟する。


「ミクス、出来ましたよ」


 ずっと静観していたマスターが、後ろに立つ彼女に声をかける。

 すると途端に殺意は無くなっていき、


「………………んんんんんんにゃああああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 人が変わったかのように席につき、マスターの用意したお酒とサカナに食らいつく。

 先ほどとは打って変わって、今はお酒に夢中だった。


「この場所で殺人なんて、やめてほしいですね。やるなら、外でお願いしますね」


 マスターは心底うんざりといった感じで、そう話しかけてくる。

 優しさとかではなく煩わしさ故の行動であり、酒に夢中である内に出ていけと言外に言っているようだった。

 そんなマスターの意図を知りながらも、話が通じそうだったので聞いてみる。


「あの……この方を知っているんですか?」


「常連だから知っている、その程度ですよ」


「この方について、できる限りでいいので聞かせてもらえないでしょうか?」

 

 今は少しでも情報がほしい。

 名前は知っているみたいなので、全く知らないという訳ではなさそうなのだ。

 まずはこの子が犯人なのか、そうでないのか。

 また、衛兵たちが話していた刑場の司裁(プリズンジャッジ)についても、聞いてみたかったのだ。


「仮に知っていたとしても、誰かも分からないあなたに話すことはありませんよ。聞きたければ、本人の口から聞きなさい。最も、マトモに話し合いができるかどうかは、知りませんけどね」


 ここで初めて真正面から彼女を見た。

 透き通った白い長髪に、愛おしさのある白毛の猫耳。

 黒と紫の混じった瞳は、全てを惑わせる鬼火のようにとても妖しく光っていた。

 両手首には、さながらアクセサリーのように縄が巻かれ、お尻からすらりと出ている可憐な尻尾はブンブン横に揺れている。

 自分と同年齢に思える体躯には、動きやすさを追求してか露出度の高い服を身に纏っていた。

 

 話しかけるタイミングを伺うが、お酒を愉しんでるのかどうなのか。飲んではおかわりを繰り返し、つまみのサカナを貪り尽くす。

 終わりの見えない大食いに、本人の満足がいくまで待つことに。


「先が長くなりそうだなぁ……」


 何かしらの情報を得られることを期待して、彼女の様子を観察する。

 当の本人は、それはそれは幸せそうに一人の宴を楽しむのであった。


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