02話 見知らぬ部屋
「こんなところで、何をしていたの!」
自分と同い年ぐらいだろうか? そこには少女が立っていた。
金色の光を放つ髪を靡かせ、少女は声を荒げて言う。
ところどころが汚れているが上品さを感じさせる服を身に纏い、その手は真っ赤な血で染まっていた。
僕と少女を挟んだ前には、首から上がないジャイアントベアーの身体が取り残されて立っている。
< ドサッドサッ
止まっていた時間が動き出したかのように、胴体は地面に倒れ始める。十体ほどはいたであろう大型の獣が、頭の後を追うように次々と崩れていく様は、まさに壮観そのものだった。
「……すごい」
「なんでこんな所にいたの!」
質問に対しての答がなされないからか、言い直されての再度質問。
なぜこんな場所にいたのか。その理由は生きるためと答えるのが正しいが、まさしく死地であったこの場では矛盾が生まれてしまうだろう。
とにもかくにも助けてくれたので、感謝をしなければならない。
しばらくぶりの会話であっても、人としての礼儀は弁えているつもりだ。
「助けてくれて、本当にありがとう!」
「……話が通じないみたいね。傷がかなり深いから、家で治療してあげる」
少女は周りを警戒しながらこちらを振り向き、そう言った。
ここで初めて少女の顔を拝み、勇敢さや落ち着き具合とは異なって比較的幼いことに気が付く。
それでいてどこか大人のような、落ち着いた雰囲気が感じ取れた。
君は誰なのか。
そう聞こうとしたが少女の顔が歪み、二つ三つと増え大きく視界がもたれてくる。
(出血が……多すぎたのか……)
敵をさらに強くする命懸けの戦法は今日をもって終わりにしよう。
遠のく意識の中で、そう心に誓ったのだった。
*********************
ふと目が覚めると、久しぶりの感触がそこにはあった。
天井を覆う板から始まったこの感覚は、次にベッドへと向けられる。
反発性の強いベッドに上から毛布がかけられて、長い間腕の中で寝ていた頭は、温もりのある柔らかな枕によって包まれている。
ずっとこのまま寝ていたい。そう思うほどに今の環境は快適だった。
「ここは…どこだ?」
知らないベッドに知らない枕、ベッドが十個は置けるといった広さの部屋。
このまま寝ているよりも、今は現状把握に勤めた方が良さそうだ。
窓は開けっぱなしになっていて、そこから見える景色は夜の最中であることを示していた。
どうやら、日付を跨いだという訳ではなさそうだ。となると、次はこの部屋がどこなのか考える必要が生じてくる。
体を起こして背伸びをし、部屋を全体的に見まわしてみる。
床から天井までに木の板が隙間なく丁寧に並べられ、灯りは天井の真ん中に一つ付いてるだけだった。
その時、あることに気づく。
「この部屋……なんで扉がないんだ?」
もしかしてこれは夢なのだろうか。
あまりに無機質で構造上ありえない部屋の構造に、夢の中にいるような気分である。
あのあと助かったのか、結局あの少女の正体はなんだったのか。
さまざまな疑問が浮かぶものの、ひとまず動いてみることにした。
「まずはこの部屋の探索かな、って言ってもベッドぐらいしかないんだけど……。これは何のための部屋なんだ?」
一つの照明でかなり広く照らしてくれはいるものの、それでも隅に光は届いていない。
見えてない部分に何かがあるかもと希望を抱いていたのだが、無情にもそこはただの角である。
特に理由はないものの、なるべく音を立てないように探索する。
家の四隅を壁沿いに歩いたが、出れそうな場所は見つからなかった。
このだだっ広い部屋はあの少女の家なのだろうか。だとしてもどうして誰もいないのか。
情報量の圧倒的不足により、頭が回転することはない。
「そうだ、窓!」
最初に存在に気づいていながらも、窓が情報源になるのを忘れていた。
外からの景色を見るだけでも、ここがどこで今はどのぐらいの高さなのか、といった情報が手に入るはずだ。
僕はすぐに窓に近づき、景色を確認しようとする。しかし、外は真っ暗で何も見えない。
外からの明かりは一切見えず、ここが人里から離れているのだと認識した。
窓の下を覗きこもうと、身を乗り出すと、頭が硬い何かとぶつかる。
「イタタタタ……なんだ? これは……壁?」
思わず窓らしき物から少し離れる。
窓全体が壁のようなもので覆われており、そこでようやく外の景色など映っていなかったことに気がついた。
おでこをさすりながら現状把握に努めようとする。と、今度は体がふっと軽くなる。
地面と同じ目線になり、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
< ゴンッ
< バキッ
< パリン
下に落ちた後もしばらく転がり続け、背中から壁に当たりようやく静止した。
全身を前に押し出されるようなそんな感覚が身体を襲い、背中は嫌な汗をびっしりとかく。
ほどなくして焦点が合ってくると、目の前に人影があると気がついた。
「だ、大丈夫?」
ゴールドの髪を携え心配そうに覗き込んでくる人物は、間違いなくあの少女だ。
服は変わり顔こそわずかしか見ていないものの、その魅力的なオーラがそうだと確信させてくる。
少なくともここがあの世であったり、全く関係ない人の家だったりはしないようだ。
「なんとか、大丈夫かな」
少女からの問いに答えながら、その場で姿勢を動かさずに痛みが引くのを待つ。
この部屋も先ほどの部屋と同じ構造で、同じ家具、同じ雰囲気から迷宮に迷い込んだ感覚に陥っている。
ただし、この部屋には扉が付いていた。
落ちてきた場所を確認すると、一人がすっぽり入るほどの破けたような穴が開いている。穴のフチでは木の板が捲れ、壊れた形に近かった。
「急に地面が無くなって、それで……。これ、僕が壊したのかな?」
「ごめん! 私が不用意に扉を開けたばかりに」
「……扉?」
もしや、あの穴のことを言っているのだろうか。あれはどうみても穴にしか見えないのだが、文脈的にもそのことを指しているのだろう。
そうなると、あれが正規の出入り口となるわけだが……
「聞きたいことがたくさんあると思うけど、後で話すから付いてきてね」
何も分からなくて混乱している僕の手を取り、引いてくる。
引っ張られるのに身を任せていると、とんでもないものを目にした。
「な…家とか、そんなレベルじゃないね……これは」
部屋を出ると、そこには赤い絨毯が引かれた広い廊下があった。窓からは光が差し込んでいて、今は昼間だと気付かされる。
天井は、三人分の高さといえば分かるだろうか。
その割に廊下は長くないみたいで、部屋二つ分が隣合わせになる程度。
部屋二つ、階段を挟んでまた部屋二つ。一階分で四つの部屋が配置されており、真ん中の階段は下が吹き抜けになっていた。
どうやら、僕が目覚めた部屋は最上階である三階のようで、階段の終わり目から降りていく形。
天井に一つ、巨大なシャンデリアが公然とぶら下がっている。
閉じられている空間。にも関わらず、なぜか外よりも広く感じた。
階段を下り、ラウンジのようなところに案内される。
目の前が玄関になっており、家の出入りが分かる構造だ。暖炉のついたその場所は、暖かく僕を迎え入れてくれる。
彼女は手を離し、炉の前に置かれた椅子を指差すと、そこに座るよう催促する。
お互いが椅子に掛けたところで、彼女は会話のスタートを切った。
「私の名前はリオラ・シースリー。これからよろしくね!」
表現の修正を行いました(2025/4/10)