17話 出世の強制
学校の名前を入れ忘れてました。
剣魔学校でオリエンスと読ませてください。
勝ち負けは一瞬で決まった。が、勝負は終わらなかった。
ラクトの合図の後、僕とロイアンは同時に動いた。
身体能力の問題から、コートの中心ではなく偏った位置での戦闘になる。
攻めこそが守り。この考えのもと、いの一番に上から思い切り振りかぶる。
と見せかけて、相手が防御姿勢に入ったことを確認し、すぐさま横振りに切り変えた。
ロイアンはすぐには対応できないと言った感じで、守りが遅れる。
入った! その瞬間、口元が釣り上がった気がした。
そこからは早かった。いつの間にか剣が手から離れ、首の位置に木刀が当てられる。
流石に学年トップ三に入る実力者だ。半端ない強さだった。
「はは、想像以上に強すぎる……。これは降さーー」
直後、視界が揺れる。
え? 何が起こった……?
見ると、首元にあった木刀が頭上にあった。
ロイアンが木刀を振り上げたのだ。
「ちょっと、降ーー」
またもや世界が揺れた。
頭の中でハテナが大量に浮かぶ。
ロイアンは何をしているんだろう、と。
「おいロイアン。
向こうはもう攻撃の意思を見せてないだろ。早くやめてやれ」
ラクトの声が、大きく聞こえる。
「何を言っているんだラクト君。彼はまだ、降参と言っていないだろう?
勝手に彼が諦めたと勘違いするのは、彼に失礼というものだ」
「は? どっからどう見ても、お前が言わせてないだけだ。
こんなことのためにわざわざあんな大嘘ついたのか?」
「嘘と言うのはやめてくれ。
僕は、ちゃんと誓いに則って行動をしているまでだ。こちら側に正義があるのは明白だろうに」
ロイアンは話しながらも、なお攻撃の手が止まることはない。
降参宣言をしようとする度に頭から生々しい音が発生し、痛みが蓄積されていく。
降参と言わなければ、木刀の攻撃は飛んでこない。ならば、言おうとしない。そう体は学習してしまい、いつしか宣しようとは思わなくなった。
「ほらね、彼は戦おうとしている。分かったら外野はーー」
刹那、落ちていた木刀を拾い、ロイアンの顔に向かって突き刺した。かのように思われたが、これも難なく弾かれてしまう。
「下賤な者の思考の末路に五感などは必要ない。
やはり君たちは醜い悪しき集団だよ」
声が聞こえたかと思うと、連続で身体の節々を突かれる。高速で動く刃先に目は追いつかず、防御姿勢すら取れなかった。
「君たちが担ぎ上げていたレイド君は、やっぱり強いね。
これだけやっても、降参なんて言わないんだから。いや、敵わないな。
僕が攻撃を止めてしまったらすぐにでも反撃してくるだろう。続けざるを得ない、仕方ないことだ」
ロイアンとクラスメイトたちが何か言い合っているようだが、もう耳に声が入らなくなっていた。
痛みに注力された意識は、段々朦朧としてくる
「君の退学の有無は強制しない。だが学校に来ると言うのなら、毎日でもこの痛みを味あわせてやる!
君が学校に来ることが、僕らのやる気を削ぐことになぜ気づかない!! なぜ信じない!!」
頭部が外から、中から痛くなる。
もう、意識が…保て……
「なぜ理解しようとしない!!」
そこで意識は途切れた。
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剣魔学校の校門前。
今日の授業が全て終わり生徒が一様に帰る中、鎧を着た一人の男が緊張した面持ちで立っていた。
彼の名はペルフェ・クワイゼル。剣魔学校の三年生であり、現学年二位、総合二位の実力者。
この学校では、彼に会ったことこそないものの名を知っているものが多数である。
ではそんな彼がなぜここに立っているのか。
それは、単なるおつかいであった。
「ようやく実践経験を積めると思ったんだけどなぁ……。まぁこれも何かの成長につながるって、そう思えばいいか」
周りからすると、生徒が学校に入る普通の光景。
しかしこと剣魔学校において、三年生の三期にランク持ちが学校に入るなどあまり見られない状況である。なぜなら、三年生の三期になると優秀なものから順に、仮決定としてさまざまな方面に引き抜かれていくからだ。
討伐隊に加え、王立騎士団、衛兵、他国の部隊など、行く先は多様である。最も、大多数は衛兵か他国の部隊にしか勤められない。
そんな中でペルフェは討伐隊に入れる機会に恵まれ、魔物討伐を楽しみにしていた。
にも関わらず、最初に出された命令は有望な人材の見極め。
要するに、今期からの入校で噂になっているレイドを見定めることである。
例えどんな事態が起きようとも、サポート魔法を有する利点は大きすぎる程なのだ。それでも行けと言われた理由は、顔合わせの必要を求めた結果である。
討伐隊と同等の価値を持つ、王立騎士団。
彼らとは常に人を取り合う関係であり、いかに早く情報を得て好意を持ってもらうのか。
これが後々にかなり響いてくる。
ましてや他国の部隊も侮れない。
クレスリー家の部隊などは、働きぶりは同じほどだろう。
けれど、先の通り今回は見極め。彼の転校前の学校は愚か、日常生活についての情報も一切出回っていないのだ。
故に、どのような人物なのか分からない。優秀な魔法を持ちながら、今の今まで隠れていたという意味の分からない状況が、少しの引っ掛かりを感じさせているのだ。
「それにしても、今日は授業が終わったのかな? まだ午前中だというのに、何人か帰ってた気がするけど」
頭を捻って考える。だが、別にペルフェは頭脳を働かせるタイプじゃない。
首を傾げたところで傾げることに意識を集中させるため、結局何も考えられないのだ。
「まぁ、とりあえず入ってみるか! 校長先生には連絡入れたし大丈夫大丈夫」
そう言って彼は思考を止め、元気よく中に入っていった。
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「うわぁぁぁぁぁああ!!」
起きたらそこは、ベッドの上だった。
見知らぬ部屋に見知らぬベッド。リオラの家に初めてきた時と同じ感覚に、思わず夢を疑ってしまう。
しかし頭には包帯が巻かれ、関節の痛みがここが現実であると知らせてくれた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
半ばトラウマの如く脳裏に刻まれた光景に、呼吸のしづらさを感じ始める。
お腹から深く深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。
リオラの時と違う部分は、ベッドが一つじゃないことと医療設備が充実していることだろう。
ここは病院?
怪我の大きさを鑑みるにおかしくはない。ただ、知っている病院とは異なる雰囲気を感じていた。
ベッドから降りて置いてあった靴を履く。
靴のボロボロ具合が、いかに殴られたのかを示していた。
「あら、起きたのね」
声をかけられ振り向くと、そこには白衣を着たお婆さんがいた。
「ここは、どこですか?」
「救護室って言って、分かるかしら。あなた、今日からここに来たばかりでしょう?」
優しい温かみのある声で、撫でるようにそう言われる。
どうやら先生たちの間でも、噂は知れ渡っているらしかった。
それにしても救護室……リオラの案内によると、確か一階だったはずだ。
屋上から運び出されたようだが死なないとはいえ、ロイアンの限度の無さには吃驚する。
甚振って間接的に出ていけと、そう伝えたいのだろう。
「にしても、初日からこんなやんちゃして。ミル先生が腰抜かしちゃうかもしれないわね。ポーション治療も試したかったのだけど、今はあまり置いてなくて……。
ごめんなさいね」
「いえいえ、包帯を巻いてもらっただけでもありがたいです」
多分何が起きたか知らないのだ。
あれが、やんちゃという言葉で表せていいはずがなかった。
内なる恐怖が背中に伝わり、わずかに身を震わせる。
窓の外を見ると夕陽が確認でき、みんなはもう帰っていると思われた。
ベッドの横には荷物が置いてある。きっと誰かが持ってきてくれたのだろう。
「じゃあ、僕は帰りますね。ありがとうございました」
「はいはい。ちゃんと、あの子にお礼しなさいよ。なんか、思い詰めてたみたいだから」
「……?」
最後の言葉は分からなかった。でも、今はあまり会話をしたくない。
目の前に木刀が振り下ろされるその感覚が、頭の中でフラッシュバックするからだ。
頷くだけ頷いて、僕は救護室を後にした。
校門へと向かい途中、校長室の前で二人の男の声がした。
そこまでは良かったのだが肝心なのは、討伐隊というワードだ。
咄嗟に壁に張り付いて音を消し聞き耳を立てた。
一人は校長の声だろう。喋ってる内容からも場所からも、そう推定ができる。
もう一人の方は極端に若い。優しい青年の声である。
僕とそこまで歳の差はないように思われた。
「ーーははは。なんだなんだ、そういうことだったんだね。君が来るというからには、手厚く歓迎しようと思っていたんだが…とんだお節介だったようだ」
「いえいえ、俺も言葉足らずで申し訳ないです。
それより、わざわざ午後の授業を無くしてもらうだなんて……他の生徒の方にどう申し開きすればいいのやら……」
どうやら今日が特別授業になった理由。それがこの若い青年らしい。
確か特別なお客様が来ると言っていた。
「それにしてもそれにしても、まさか君が討伐隊に行くとはねぇ。ラミナが聞いた時はとても驚いていたよ。
君は王立騎士団の方が相応しいとね」
「……すごいよく言われます。でも俺はどうしても、魔王を討伐してこの世の平穏を取り戻したいと、そう思ってしまうんです。
俺にはラミナの方が意外に思えましたよ。国を守るよりも、魔物と戦ってる姿の方が想像できます」
「君らは我が校始まって以来の最高傑作の生徒だ。討伐隊、王立騎士団のどれに入っても全く見劣りすることがない。しかも一学年で二人もいるとなれば、本当に奇跡的だよ。
王様も我々も、みな凄まじい活躍をするのではと期待満々だからねぇ。分かってるとは思うけど、他校の卒業生に負けてはダメだよ? なんせうちは最高峰の大学だからね」
「…俺よりもすごい人たちが、討伐隊には沢山います」
「君より優秀ならなぜ魔王は討伐されない? ペルフェ君、もっと自信を持ってくれ。王様も期待してるんだし、クヨクヨしてはられないんだよ」
「……努めます。でも、やはりあの結界をどうにかしない限りはなんともーー」
突如、負傷部分が強く傷んだ。
思わず少しよろけてしまう。
その拍子に棚にぶつかり、ガタッという強い音が鳴り響く。
「…誰かいる?」
マズイ! 僕は音を立てないように慎重に、その場を急いで後にした。
門の前まで来たところで、ふと後ろを振り返る。
特にバレてはいないようだ。
朝入る時は、自分が足を踏み入れることを拒んでいた。しかし、今は学校から僕が拒絶されていると、そう感じた。
本来は美しいはずの彫刻も、陰惨な表情でこちらを睨んでいるかのように見えてしまう。
討伐隊。そこまで高尚な目標など持ち合わせていないのだが、先ほどの会話含めみんな僕を入れたがっている。
早く討伐隊に入って、実践経験を積むべきなのだろうか……。
ここに来るべきじゃなかったのだろうか……。
そんな考えが、頭をついて回り始めた。
思えば、自分の意思で行動して良い結果が生まれたことがない。
ミクスの時もそうだった。
ミクスの邪魔をして大規模な火事を起こし、捕まっていた子供達が危険な目にあった。
殺さないことが正しいことなのだと、信じて疑わなかったのだ。
結果、双眼鏡に映っていた未来がそのまま結末になり、あれは自分が原因で起きたことなのだと知った。
ミクスに委ねていれば、あんなことは起きていない。
結局あの後は双眼鏡を見るのはやめた。また自分のせいで、何か起きてしまわないように。
今回もロイアン、それにクラスのみんなが言うのなら学校を辞めた方が……。
いや、リオラになんて言えばいい。
入学をお膳立てしてくれたリオラに対して、強い意思も持たない僕が魔王討伐したいから辞める。など、言えるはずもなかった。
気づけば家の前に着いていて、ため息をつく。
一息ついて、家の中に入る。
「おかえり、レイド」
変わらずリオラは出迎えてくれる。
「ただいま……」
対して、元気のない挨拶を返す。
リオラを前に僕は話す体勢を整えるのだった。
「おかえり」って帰りの挨拶が大好きです。