16話 申
「……え?」
クラス全体が静まりかえる。
聞き間違いだと思えないほど、はっきりと言われた。
情報の処理が追いつかなくなった頭は、無という空虚な流れを脳裏に映し出す。
ロイアンは伏せていた目を開けた後、ウインクをして同意を求めていた。
一つの結論に辿り着かざるを得なかった。
「それはぁ、今の教室からってことですかぁ?」
最初に口を開いたのは、真っ先に話しかけてきた女子だった。
彼女は体を傾け、ロイアンに対し質問を投げかける。
「あぁ、失礼。この言い方だと、学がないものには分からなかったか。
退学しろ、って言ったら分かるかい?」
持っても無かった淡い希望も、これで完全に打ち砕かれた。
退学しろ……? なんで?
さっきまであんなに、友好的だったのに。
「理由を、聞かせて貰ってもいいかな……?」
一旦考えることを止め、さも冷静かのように問い返す。
何か失礼なことでもしてしまっただろうか?
会うのは初めてだから、因縁という訳でもないだろう。
尊敬とまではいかずとも、感謝していた相手にこうも言われると心にくるものがあった。
「君がいると、学校全体の士気が下がる。それだけさ」
「…下がる? それはなんで」
思ってもない回答に一瞬思考が停止する。
注目を浴びるから、ということなのだろうか。
確かに教室に来るだけで色々な人に見られはしたが、もしそれが理由ならば納得できないというものだ。
「ここまで言って分からないのか! と言いたいところだが、親友としての顔を立てて教えてあげよう。
質問、君は何のためにここに来た?」
「それは、魔法について学ぶためで……」
「そう! そこだよ。君と僕たちとの意識の差は。
この学校に通う学生は、討伐隊や王立騎士団に入ることを目標にするものがほとんどだ。
それに対して君はどうだ? もう入れるじゃないか。
君の場合は、魔法の性質からも討伐隊がベストだろうね。入隊後は実践による訓練を積み、魔王討伐という一つの目標に向けて頑張る形になる。
君には権利がある。にも関わらず、呑気に学校に来ることは僕たちへの侮辱としか思えない」
淡々と、それでいて強い言葉がロイアンから出てきた。
サポート魔法が凄いものだと知って、周りから称賛されて、浮かれる気持ちが入っていたのも間違いはない。
でも侮辱と言われるのは、酷い勘違いだ。
全くその気はないのだから。
「侮辱したいだなんて、そんなこと……!」
「君は、思っていないだろうね。だが周りは違う。
自己中心的に物事を考え、周囲への配慮などしなくても良いという考えなら、そう言ってくれ」
「そんな考えはない……でも、退学もしない」
「考えと行動が一致してないよレイド君。僕をこれ以上、失望させてくれるな」
見守っているだろうクラスメイトに、ふと目を向ける。
すると、周囲の視線は全て僕に注がれており、それはまるで全員がロイアンの味方であるようだった。
先ほどまでの持ち上げはどこへ行ったのか。
じっと、それでいて強く睨む目が鋭く僕を突き刺してくる。
僕が…間違っているのか?
「今一度聞こう。君は何しにここに来た?」
「…………」
目的など、あるはずもなかった。
元々、学校に行くこともリオラが全て決めていて、決断に参加はしていない。
意志を持っての入学など、してはいないのだ。
これほどまでの言葉を前にして、感じるものは熱量の差。
絶望的で圧倒的なこの差こそが、今の彼らと僕との間にある深い溝なのだろう。
「何も答えず…か。それは了解と捉えていいんだな? なら、退学手続きでもして、元の学校にーー」
「……ない」
「ん?」
「やめない!」
考えるよりも言葉が出た。いや、正確には考えていないから言葉が出た。
熱量が足りない。
それでも、やめてはいけない予感がする。
ただそれだけの理由だ。
犠牲になるものはあるが、やめること自体は簡単だろう。
でもダメだ。
やめてしまったら、自分が変われるチャンスがなくなる気がして、
逃したくはない。そんな感情を抱いた。
「あのね、僕の話聞いてた? 君がいることで迷惑になるんだよ。
現に君は何のために学校にいるか、自分でも分かっていないだろ?
学校なんてあくまで手段だ、目的じゃない。強い覚悟がないままだらだらと続けても、良いことなんてない。
しかも退学した後に行くアテはあるんだ。君にとっても良い話なはずだ」
「っ…それでも! やめちゃダメな気がするんだ……
ロイアンに賛成できる所はあるよ。何をしていくかなんて思いつかない。
でも、ここでやめたらダメなんだ……っ!」
「変な方向に振り切り、根拠のない意志を固め始める。典型的な厄介人だ。
……仕方ない。『決闘』するしかなさそうだね」
我関せずだったクラス中が、一瞬にしてざわめき始める。
「『決闘』……お前、それ本気で言ってんのか?」
「ちょっとぉ、酷いんじゃなぁい」
「そうだそうだ!」
周りからのブーイングがロイアンに寄せられる。
決闘?
言葉のまま受け取れば戦う行為なのだろう。しかし、実力はないと自覚しているものの、戦う分には賛成だった。
ただここまで優位だったロイアンが批判されているのを見るに、『決闘』はとても重いものなのかもしれない。
ロイアンは急に自分が批判され、黙ってはいたが苛立ちを顔に表していた。
「受けようとか、そんな風に考えてるわけじゃないよな?」
後ろの席からラクトが話しかけてきた。
「受けたらダメなの?」
「レイド、お前何も知らないのな。『決闘』っていうのはな、何でもありの戦いのことだ。
魔法使用とかも全部ありの、昔からある全力の一騎打ちってところだな。
要は、殺しもありってことだ」
「ーー!?」
最後の言葉に思わず体が固まってしまう。
軽い腕試し程度に捉えていたが、殺しもありとなると話は別。
クラス中が批判するのにも納得がいった。というか学校で決闘行為が行われること自体、許されるのか疑問にも思う。
未だに止まらないロイアンへのブーイングに、明らかに嫌な表情を浮かべながら、
「まったく、こちら側に正義があると言うのに、外野がうるさいからスムーズに行かない。
分かったよ。
健全な勝負をしよう。お互い木刀で魔法使用は禁止、相手が降参って言ったらそれで終わりだ。
これなら、誰も文句はないだろう?」
ただの遊びだと周りに主張し、一旦その場は収まった。
いまいち内容がつかめていないが、批判が収まったなら受ける状態は整ったのだろう。
魔法使用禁止となると、残るは最低ランクの魔物にすら勝てない力のみ。
刀など握ったことがない。
だが、勝負を引き受けないというのも、逃げた気がしてならなかった。
「受けて立つ!!」
僕は大きな声で、そう言い放った。
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「本当に大丈夫か? お前が決めたことだし、別に止めはしないけどよ。
第一、魔法使用禁止って勝ち目ないじゃん」
ロイアンたち三人組が席に戻った後、ラクトが不安そうに聞いてくる。
「心配してくれてありがとう、ラクト。でも、流石に引き下がる訳にはいかない気がして」
どちらにせよ、攻撃魔法は持っていない。
魔法使用禁止のルールが足枷になるとは思えなかった。
ロイアンが指定してきたのは放課後、第三コート。場所は屋上にある、一番広い場所だ。
勝てる、とは思っていない。
でも勝てないと思われているからこそ、油断が生まれると思っている。
その隙をついて一撃をお見舞いする。
上手くはいかないだろうが、簡単にやられてあげるつもりはない。
学校から出て行け? 今考えたら酷い話だ。
学校に行くかいかないかぐらい、僕自身で決める。意志表明の場でもあるだろう。
「ロイアンってばぁ、意味わからないところで感情的になるからぁ、気にしなくていいのにぃ」
彼女はロイアンとは異なる意見を持つようで、普段の不満も込めてそう言ってきた。
「そういえば、ロイアンってどれぐらい強いの?」
僕は以前この学校にはいない。故に、ロイアンはこちらがどのような攻撃を仕掛けてくるか、知らないはずだ。
その点、彼の方はクラスのみんなに知られてる上、有名な家系だ。
情報収集できる点で、こちらが優位に立てるかもしれない。
「うぇえ? お前知らないで受けたのかよ。学外でも有名だと思ったけどな」
「学外でも有名? もしかして、相当な実力者なのか?」
「相当も相当だ。なにせ学年では三位の成績、全体では六位の実力者。
父親が各地を回ってることもあって、あいつ自体の知名度はもっとだろうな。
一騎打ちの提案も、父親に倣っての行動だろうよ」
ラクトの言葉に忖度がないと分かるため、より負けが現実味を増してくる。
決闘を受けなくて良かったと安堵するとともに、勝負にすらならない気がしてきた。
とにもかくにも、受けてしまった以上は仕方がない。
全力でぶつかりにいくしかないだろう。
そんなことを考えていると、廊下から足音が聞こえてきた。
クラス全員がそれに気づき、自然と教室は静かになる。
扉が開けられ登場したのは、担任と思われる先生だった。
若くて美しい女性。肩までの短い髪は、意識しているのがわかるほど、手入れが施されている。
学校で指定されているのか、金色の帯の大きなローブにその身を包んでいた。
「は、初めましての方もいると思うので、改めて自己紹介を。
二年N組の担任、ミミミミル・サンディッドです。よろしくお願いします!」
「ミミミミル・サンディッド?」
「ミル・サンディッド先生だよ。あの人いっつも緊張して噛みまくってるんだよな」
名前に疑問を抱いていると、ラクトが答えてくれた。
今は三期だというのに、初々しい先生だ。
「きょ、今日から来る転校生が、そこに座っている彼。レイド・シースリー君でーす!
もう学校中に知れ渡っているので、紹介は省きます」
リオラに渡された時間割によると、今日は特別授業。
午後からお客さんが来るらしく、午前は軽い授業のみである。
基礎的な内容を一切やらず授業進行の途中からだったため、何がなんだか訳が分からなかった。
ついて行けないという奴だ。
あまりにも分からないので、ラクトに説明してもらいつつ授業の理解を進めた。
今日蓄えられた知識は一つ。
リオラには、サポート魔法が防御魔法、回復魔法、ギフト魔法の三つに分けられる事を知った。
しかし攻撃魔法は
火を発生させる熱魔法、
光を操作する光魔法、
音を作る音魔法、
空気を操る空気魔法、
水を駆使する水魔法、の五つに大別されるそうだ。
他にも説明をしてもらったが、帰りの支度をする頃にはもう頭から抜けていた。
授業が終わり、約束通り屋上に向かう。
「レイド! 痛い目見せてやれ!」
「あんなやつぅ、ぼこぼこにしちゃってよぉ」
屋上に着くと、クラスみんなが出迎えてくれた。
ラクトも、興味を示していなかった彼女も来てくれている。
なんでこの人たちも…と不思議に思ったが、大勢が見ている中でカッコのつかない姿は見せたくない。
余計な考えは捨てて、今は勝負に集中することにした。
絶対に勝ってやる。そんな思いが、心の中で沸々と湧き上がってくる。
コートは二人専用で、他人の侵入を許さない術式。
コートに上がると、ロイアンが腕を組んで立っている。
「まったく、僕はむしろ君たちのために戦っていると言うのに……。
来たね。では、勝負の誓いをしようか」
「勝負の誓い?」
「君、転学前の学校で何も教わらなかったのか?
誓いというのは、ルールを破った場合に罰を与える制度だよ。このコートに二人しか入れないのも、誓いの守りによるものだ。最も、僕は決闘をしたかったんだけどね」
なるほど。
魔法禁止、降参と言ったら終了。
これらのルールを誓約的に誓わせ、決して破れないようにするのだろう。
此方としてはありがたい限りだ。
誓いの宣言を行った後、魔法でお互いを縛り付けた。
コート備え付けの木刀を持ち、構えの姿勢に入る。
「なんだ、その構えは? 隙だらけにも程があるぞ。こうするんだ」
そう言って、ロイアンは構え方を見せてくれる。
「ご丁寧にどうも」
あたかも知っていたかのように、僕は正面に構えを直した。
剣など握ったことが無い。教えてくれた構えがより、隙だらけでも自分にとって大差はなかった。
「これで正々堂々とした勝負だ。別に僕が勝ったからと言って、レイド君に退学を強制する、というものでもない。
クラスのみんなもちゃんと確認しただろう?」
「再三、聞いてくるのを見ると何か企んでるんじゃないかって思ってしまうよ。
そういえば、与えられる罰は何なのかな?」
「ルール破る気満々とは、情けない限りだね。
一つ言えることは、一回受けたらもう二度と破ろうとは思わない。そのぐらいの罰だね」
「分かりやすくて助かるよ」
目を真っ直ぐにロイアンへ向け、ロイアンも普段の余裕の表情を崩す。
「じゃあラクト、合図をしてくれ」
「なんで俺なんだ。まぁいいけど」
ロイアンの注文に対し、ラクトは渋々受け入れた。
「三、二、一」
木刀を握る手に力がこもる。
全力で報いて見せてやる!!
「始め!!!」
テンポ感に苦戦してます。