14話 どっち付かずの正義感
火が大きな荷車全体を包まんとしていた。
どうやら、商人が火をつけたみたいだ。
それは周りの出店にも移りそうになっていたが、
その心配は無意味だった。
急に燃え上がったことで、広場全体が離れるように動き、
近くに燃えるものはない。
むしろ果物は水分を多く含んでいるため、燃えづらい。
しかも噴水が三つもある広場だ。
何も心配はいらないだろう。と、
「うわっ!」
抱えていたミクスが、いきなり僕を突き倒す。
感情的になっていたかと思えば、唖然とした顔をしていた。
まるで、放心状態に陥っているみたいだ。
ピクリとも動こうとしない。
「ミクス、ここは離れた方がいい。
このままだと、僕たちにまで火が及ぶ可能性がある。だからーー」
とりあえず一旦離れよう。
そう提案しようとしたのも束の間、彼女は魔法を唱え始める。
「ちょ、何をしようとーー」
「ヴェント!!」
突如、魔法で生み出された風が荷車に当てられる。
風の量が調整されているのか、圧縮された風の玉は、
荷車の下に穴を開ける程度だった。
しかし吹き飛んだ荷物や破片が、本来火が届かないだろう場所に落ちていく。
火は燃えるものを見つけ、広場のあちこちで小火が起き始めていた。
「この後に及んでまだ殺そうとしているのか!?
こんなことしたって何にもならないっ…!?」
ミクスは今にも泣きそうな、悲しい顔をしていた。
彼女は僕の問いかけには答えず、
「ヴェント」と何度も呟きながら、丁寧に大型の荷車を破壊していく。
各地に散らばった火の種は、やがて大火へと変化する。
それはまさに、鐘楼で見た景色そのものだった。
火の原因は商人だったが、火を大きくした張本人はミクスということなのだろう。
どちらの行動も訳が分からないが、事実そういうことだった。
すると、荷車の破壊をある程度終えたところで、ミクスがソレに走っていった。
「……子供?」
中から出てきたのは、グッタリとした、子供達だった。
手、足、口が全て縄でまとめられ、身動きが取れない様子である。
「子供…? なんで子供が、そんなところに……」
ミクスは必死に子供を外へ出し、火の手が届かないところへ避難させる。
全員運び終わったところで、待っていたかのように荷車全体が爆発した。
僕はただ、それを見ていることしか出来なかった。
彼女は子供たちの縄を全て切り、体を動かせるようにしていた。
六人運び出されたが、その内の五人は煙を吸いすぎたのか意識を失い倒れている。
残りの一人はまだ意識を保っているようで、
とても不安そうな表情をしていた。
ミクスはそんな少女を抱きしめながら、
「大丈夫……もう、助かったよ。だから、大丈夫」
彼女は優しく声をかけ、柔らかい笑顔で微笑んだ。
少女は安心したのか、ゆっくりと目を閉じる。
全ての子供たちを安静にしたところで、ミクスは魔法をかけていった。
顔や体についていた、火傷や擦り傷が段々と回復していく。
終始事態を見守っていた僕に、ミクスが近づいてくる。
「この子供達は、もしかして……あの男に閉じ込められてた、のか?」
「……」
彼女は何も喋らない。
「ごめん! 本当に何も知らなかったんだ。まさかこんなことを……」
「……」
永遠とも思える長い沈黙が、僕とミクスの間に流れた。
何か言われる。
そう思ったが、彼女の口が開くことはない。
若干の罪悪感に苛まれていると、背を向けられ一言。
「君は、本当に最悪だよ」
「っ……」
自分は、子供たちが捕まっていることなど知らなかった。
だから仕方ない。
その感情が心の内から湧き上がってくる。
が、何も言い返すことは出来なかった。
結果として、子供たちを危険に晒した事実がある。
この場において、ミクスに言い返せる立場にはない。
重く受け止めざるを得なかった。
ミクスは商人を仕留めにいく。
僕がギリギリで止めたせいで、まだ生きていた。
体を引きづりながらも逃げようとする商人は、消え入りそうなほどの状態で、
あと一発、何か攻撃でも喰らったら死んでしまうだろう。
その商人に、ミクスは容赦無く首を絞める。
絶命。
詠唱を止めてまで助けようとしていた商人は、火事という結果をもたらして終わりを迎えた。
全てが終わったかのように思えたが、気がつくと火が広場全体に回っていた。
魔法で水を出して消火活動にあたる人がちらほらいる。
火の勢いが弱まってきていることから、完全に消えるのは時間の問題だろう。
と、火事の騒ぎを聞きつけて、多くの衛兵がやってきた。
「なんだ、何が起こっている!?」
「これは……!?」
火事の大きさに、恐れの感情を見せている。
その中には、門の前にいた威厳のある衛兵もいた。
こちらを見るや否や、火そっちのけで近づこうとするが、
[あいつが、あいつが火を付けてたぞ!]
[私も見てたわ! あの女が!!]
唐突な火事に感情的になっている民衆は、駆けつけた衛兵に犯人を告げていく。
今すぐ捕まえてくれとでも言うように、必死に助けを求めていた。
その声を流石に無視はできなかったのか、
方向を変え、ミクスを捕まえに行こうとする。
最も、商人が火を付けていたのは場にいたものなら知っているが、
火を広げたのは彼女のため、それを否定することはない。
衛兵に囲まれたミクスは、特段焦ってはいなかった。
完全に集まりきっていない衛兵に、
難なく包囲を突破し、逃走する。
その時、チラッとこちらを見て、また顔を前に向けた。
僕は何をしたらいいのか、分からなかった。
この子供達は、どうしたらいいのだろうか。
服は決して良いものではなく、ところどころ破けている。
あまり良い扱いはされてこなかったのだろう。
「おい、お前」
いつの間にか、後ろには衛兵が立っていた。
ミクスの確保を部下に任せ、自分だけこちらにきたのだろう。
今し方、ミクスが子供たちを助けようとしていた所から
頭が回転していない。
抵抗する気力は、残っていなかった。
「お前は、子供たちを助けようとしていたんだな。済まなかった」
「……へ?」
「そこらにいる人たちから聞いたんだ。お前は子供達を助けていた、とな。
無理やり門を突破しようとしていたのは、そういうことだったんだな?」
訳が分からなかった。
ミクスが助けていたのを、誰も見ていなかったのか……?
とにもかくにも、自分はミクスを止めた後から何もしていない。
無駄に止めようとしなければ、このようなことは起きなかったのだ。
そんな自分が褒められることなど、何一つとしてないのである。
「僕じゃなくてミ……あの猫耳のついた女性が、助けていたんです。僕は何もできなくてーー」
「謙遜の仕方を学んだ方が良さそうだな」
「いや、謙遜じゃなくて……」
聞く耳を持ってくれない。
ミクスは確かに火事を大きくした人物だが、
責められ方に納得がいかない。
しかし完全に善であると、主張はできない。
言葉をなんとか紡ごうとしたが、考えても最適解が出てこなかった。
火が収まると共に、騒ぎは徐々に小さくなる。
焦げた匂いを除けば、もう普段通りの日常風景を取り戻していた。
「そういえば、子供達はどうすれば……?」
「俺は別に助けた訳じゃないからな。お前さんの名前はレイド・シースリー、だったな?
本当かどうかは知らないが、一旦は信じといてやる。
あとでシースリー家に使いを送るから、お前さんのところで預かっててくれ」
「え? そんなこと出来ませんよ」
断ると、「うーん」と唸った上で、
「仕方ない。こちらで預からせてもらおう」
「それが当然だと思いますがね……」
僕は家の人間とはいえ、居候のようなものだ。
誰かを家に入れることなど、決める権利がない。
ひとまず、今日の事件はこれにて終了したのだった。
第一章終了しました。次の第二章では、ようやく学校に入学します!
第二章は、一週間ほど期間を空けてから投稿します。
今後ともぜひ、よろしくお願いします。