13話 居場所の特定
「街中に溶け込んでみたけど、ミクスはもう着いてるんだよね。
そうなると、意味ないのかな」
ミクスは影に入ってすでに待機をしているはずだ。
しかし、この影が実に厄介な存在だった。
「影のまま潜まれてると、こっちから手出しできないよね。
もしかして、影の中から詠唱できたりするのかな」
流石に考えたくはない。
絶対詠唱の邪魔が入らず、対象がどこにいても狙える。
もしこの理想的な状況を得られているのなら、こちらから止める術はないだろう。
しかしあの時、ミクスは影に隠れて移動すれば良いものの。
姿を見せて路地裏に入って行った。
マナ消費が大きいという理由もあるかもしれないが、
詠唱自体ができないことの方が自然である。
あの商人の顔はまだ覚えている。
この広場に来た時に、ミクスは動いてくるだろう。
今はそれを待ち構えるだけだ。と、
「来た!」
大量の果物を目一杯積んで、布で固定している不安定な荷車。
それを引くのは紛れも無い、あの怪しい商人であった。
慌ててミクスが来ると踏んでいる場所に向かう。
この広場のどこでも魔法の範囲にできる場所。
それは、中心に大きく建てられている彫刻、いわゆる噴水のことだ。
ここしか無いだろう。
彫刻の裏に隠れられて、ただ広場に遊びに来た人と思われる。
円形になっている噴水のため、どの方向に獲物がいようとも。
少し移動するだけで、身を隠すことができる。
ふと商人に目をやると、休憩を始めていた。
今のところ、苦しそうな表情などは出ていない。
「じゃあ、こっち側から回って行って」
魔法にかかっていないことを確認し、商人の位置とは反対側。
ミクスがいると思われる場所に駆けつける。が、
「いない……!?」
そこに、ミクスの姿はなかった。
「なんで、ここしか他に見渡せる場所なんてどこにも……
まさか、ミクスは商人が行く場所を知っていたのか……?」
この広大な広場で、場所を特定するのは不可能。
ならば、商人の行く場所。休憩場所は定まっているのかもしれない。
そんな考えに至った。
商人の方に目をやると、あるマークが目についた。
「そうか、トイレか!」
商人の近くには公衆トイレがあった。
頻繁に利用されているそれは、無論、人間ならば誰でも利用するだろう。
また周りを見てみると、どこも出店と休憩する商人で埋め尽くされていて。
休憩できる所の数箇所は、一つの場所にまとまっていた。
まるで、誰かが誘導したかのように。
「僕は、なんて馬鹿だったんだ。ということは、建物の中にーー」
[きゃーーー!!]
「っ!?」
突如、広場に悲鳴が響き渡った。
何が起きたのか、目で追うとともに理解する。
「んぐぅ……っ!!」
商人がその場でうずくまっていたのだ。
足からゆっくり崩れるようにして、徐々に体が落ちていく。
もう、自分のバカさ加減を呪っている暇はない。
建物を確認すると、そこにはミクスと思わしき人物が、窓越しに商人の方をじっと見ていた。
建物も決して高いというわけではない。
一階分だけ上がるようなそんな小さな建物なので、今から向かえばまだ間に合うだろう。
ミクスは術をかけるので手一杯で、僕に注意を向けている暇はないはずだ。
大急ぎで階段を上がり、ミクスがいるだろう部屋へと辿り着く。
扉を開けると、
「明日に全ての苦しみを、明日に全ての損害をーー」
「詠唱を、止めてくれ……」
「明日に全ての困難を、汝に呵責の強き更生ーー」
彼女は、人が変わったかのように、淡々と、それでいて着実に魔法を唱えていく。
その姿はまるで、何かに取り憑かれているようだった。
彼女の執着心と憎悪が溢れんばかりに出ている。
誰が見ても怖気付くだろう。
「詠唱を止めてくれ!」
「血音に焼かれ死ぬがーー」
「ミクス!!!」
窓ガラスの割れる音。
そう、僕はミクスの体を抱え、窓に向かって飛び降りた。
ここは二階で、特に怪我をする心配はないと踏んでの判断だった。
あんなに騒がしかった広場が、一斉に静かになり、落ちてきた二人の人物に注目する。
詠唱が終わりを迎えそうだった。
そのため、詠唱を止めさせるにはこの手段しかなかったのだ。
ミクスは何が起きているのかわからない様子で、急に現れた僕に戸惑いを隠せていない。
「ごめんけど、詠唱は止めさせてもらったよ。別に殺す必要はないだろう?
さっきも言った通り、僕に確認を取ってからだ」
「な…んで……」
未だにミクスは、止められた理由が分かっていないようだった。
そもそも、ここに来てまで殺したいほどの人物なのだろうか。
執念深いけど、死んだものに対してはかなりあっさりな性格が、僕には理解できなかった。
商人は、本当にギリギリの状態だが生きているみたいだ。
体がところどころ動いていた。
「なん、で! なんで、止めた!! 余計なことをっ……」
「別に人を殺したいなら、この人を狙う必要はないと思う。
何か罪を犯したのなら、罰を与えてしかるべきだと思うけど、
それは殺しじゃなくても良いはずだ。
一度、考え直してーー」
[うわあああ!!!」
ミクスに諭そうとしていると、またもや騒ぎが起きたらしい。
彼女は魔法を唱えてない。
今度は何が起きたのか。
ゆっくり視線を上げてみた。
ーーすると、威力を上げんと燃え盛る炎が、商人の荷車を侵食していた。
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少し前、奴隷商人のローガンは荷を運んでいた。
「ったく、あそこのところの御曹司も、沢山奴隷と遊んでんだろうなぁ。
羨ましい限りだぜ」
ローガンは妬んでいた。
奴隷商人という間柄、人を物のように扱うことに抵抗はない。
むしろ、奴隷を持てる貴族たちを、とても羨ましく思っていた。
「どいつもこいつも、要らない要らないって……そりゃあ、金稼げるからいいけどなぁ。
こいつら、一人ぐらい遊びに使っても……いや、ダメだ」
なぜか、売っていると自分も買いたくなってしまう。
特に子供は今からでも調教して、自分のために育てることができる。
いわば、自分の人生に華を添えられる娯楽なのだ。
それでもローガンは我慢する。
役に立たないとして捨てられた子供を、高く買ってくれる上客がいるからだ。
それも三桁を超える数を運べば、自分が貴族として成れるほど。
楽しみは後にでもついてくる。
ならば、今この時は我慢するしかないのだ。
「よし、ようやく着いたな」
ここは広場で、商人たちはここを一旦介すことで休憩を入れている。
例に違えず、ローガンもここで休みを取ろうとしていた。
「しっかし今日の混み具合はなんだぁ?
人気な場所が空いてるのはラッキーだが……」
トイレの周辺は、常に埋まっていて他の場所に止めるしかないのだが、
今日は逆に他の場所が空いてなかった。
その違和感に若干の気味の悪さを感じたものの、特に考えようとも思わない。
「ようし、後ちょっとだな」
これから大金が入ることに胸を躍らせながら、荷車を置く。と、
< プチッ
「ん?」
それは小さな音だった。
普通の人なら見逃してしまいそうな、僅かな音。
指を鳴らしているような、そんな感覚である。
< プチップチッ
その数は徐々に増えていく。
自分の体の中で鳴る不思議な音に、変な感じを覚える。
この音は、本当に自分から鳴っている音なのか、疑問さえも覚えた。
< ブチッ
「んぐっ!?」
突如、 鳴ってはいけないと感じる大きな音が出る。
明らかに切れてはいけないものが切れた。
そう肌で感じた。
喉の奥から血液が上がってくる感覚。
これはマズイ。
何が起こっているのか理解できないまま、その場でうずくまるしかなかった。
「んぐぅ……っ!!」
徐々に立つことに意識がいかなくなる。
今はこの苦しみ、痛みにどう対処するかしか考えがいかなかった。
周りの音も気にならない程に、痛くて苦しい。
しばらく経つと、痛みの増加が急に止まった。
それでも痛みは続いている。が、周りを見る余裕が少しできた。
周囲を見渡すと、窓ガラスの破片が近くに散らばっている。
破片の上には男女が二人、何か話しているようで耳を傾けた。
「ーー別に殺す必要はないだろう?
さっきも言った通り、僕に確認を取ってからだ」
「な…んで……」
殺す必要、だと……?
なぜ、あいつらに殺されなければならない。
全くの面識はない。
いや、男の方は朝、自分に話しかけてきた通行人だ。
一体なんのために、俺を殺そうとする?
「まさか……!」
まさか、自分が奴隷商売をしているのを知っていたのか?
だから朝、話しかけてきて様子を伺っていた。
そう考えると、全て辻褄が合う。合ってしまう。
「あんな、奴らに!!」
奴隷商売をしていることがバレたら、どれだけの罪に問われるか知っている。
故に、それがバレるわけにはいかない。
高額で買い取ってくれる上客も、バレたとあっては自分を庇ってくれることはないだろう。
ならばどうするか。
今はただ、自分が被害者になるしかない。
ローガンはそう、考えた。
ポケットから瓶を取り出し、荷車へ投げる。
すると瓶が割れ、中から液体がこぼれ出た。
液体は荷車全体にかかり、
「六人分か。惜しいが、仕方なし!!」
突如、荷車に火が出る。
それは証拠隠滅用にと念の為持ち歩いていた、魔法道具であった。
本当は使いたくなかったが、こうなった以上仕方がない。
悪事がバレなければ、後でどうにでもなる。
そう思っての行動だった。
今回は、いつもテンポ調整で入れている文を省略してみました。
こっちの方がテンポが良いとか、そういうことがあるのかなと考えています。