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支援の日の出  作者: hoketsu
第一章 始まりの始まり
13/18

12話 必要な犠牲

 レイドと再会する少し前。

 刑場の司裁(プリズンジャッジ)と呼ばれる彼女、ミクス・ニャーマラはある屋敷の前にいた。


「あいつら…ッ」


 彼女は猛烈に怒っていた。

 目は縦に長く、細くなり、歯はガチガチと音を鳴らしている。

 今すぐにでも、襲いかかって殺したい。

 冗談でもなんでもなく、本心からそう思っていた。

 それもそのはず彼女の目線の先では、男二人が誰かに見られているとも知らずに『人身売買』をしていたからだ。


 屋敷の家主と思われる青年が嫌がる子供を恐喝し、手慣れた動きで子供の動きを封じてしまう商人の男。

 ひと昔前に多かった、奴隷商人の(たぐい)だろう。

 

「話を聞いた時はまさかと思ったけど……どうやら、本当だったみたいだにゃ。それにしても、なんで今さら……」


 彼女がそこまで驚く理由。

 それは、いまの規則体制にあった。


 王都及び他の国は全ての国の王である家系、オストフォーズ家を主として動いている。

 決められた王の(もと)、全国に新たな規則が公布され、それに従い世界が回る。

 約五十年前から、人身売買に関する禁止の徹底が追加され、二年前に王が交代した後もこの規則が変わることはなかった。

 規則を破った際の罰は、人身売買がゼロになるほどの厳しいものであり。

 違反してまで売り買いしようとする(やから)は、自然といなくなったのだ。


 にも関わらず、最近情報が出つつある。

 最初は気のせいだ思っていたが、今となっては、無視できないほどに情報が出回っていた。

 そこで今回、遭遇する可能性のある場所に来てみたのだが……

 

「……」


 ミクスの頭の中では、自分の子供の頃の記憶が思い出される。

 弱くてちっぽけだった少年期。

 未だに記憶に新しい。

 鮮明に蘇りそうになる思い出に、思わず口を手で塞ぐ。


 ふと、男たちに目をやる。

 すると、まさに女の子が荷車に入れられているところだった。

 目が、合ったような気がした。


「……後で必ず助けるから、今は……」


 何もできない自分に腹がたつ。

 もっと力があるのなら。

 自分を許して欲しいなんて、勝手なことは言えない。

 考えるだけでは何も解決なんてしない。

 今は、やれるだけのことをやろう。


 ミクスは奴隷商人が向かう場所、王都の中心を目指して走るのだった。




*********************




「なんで、ミクスが……ここに?」


 目の前には、頭を悩ませている張本人がいた。


「にゃんでって言われても、ここは路地裏だよ?

 むしろ、お前の方がにゃんでこんなところにいるのかにゃん?」

「っ、それは……」


 言えるわけがない。

 ミクスを止めるために来たなどとは。

 本人がいるなら、ここで捕まえてしまえばいい。

 そんな考えが頭をよぎったが、すぐにそれは諦めた。

 なぜなら、全く捕まえられる気がしないからだ。

 現場でもあわよくば捕まえようと思っていたが、その考えは捨てることにした。

 僕はせいぜい、詠唱に集中している時に邪魔することしか、ミクスを止めることはできないだろう。

 

 もしくは、今ここで説得を試みようか。

 成功する保証はないが、やってみるだけの価値はあるだろう。


「……こっちに来る!」


 衛兵が歩く時の独特な音。金属の擦りあう音を聞き、ミクスは上へ、僕は小道へ隠れた。

 しばらくすると、衛兵がやってきて


「確かにこっちで、声が聞こえた気がしたんだがな。ったく、あの黒髪やろう! 手間かけさせやがって」


 衛兵は暴言を吐きながら、その場から去っていった。

 ミクスと話していた場所に戻ると、にんまり顔で、


「ようこそ、こちらの世界へ! 仲間が増えたみたいで、嬉しいにゃん♪」

「いや、本当に何もしてないから! ただの衛兵の勘違いだから!」

「にゃるほどにゃるほど、勘違いだったにゃんねー。じゃあーー」


 そう言うとミクスは一息入れて、


「なんで、ここに、いるのかな?」


 体がざわついた。

 語気が強く、最初にあった時と同じ雰囲気を感じる。

 もしかして、ミクスを止めようとしていることに気づいている、のか?

 衛兵に追いかけられているから?


「ほ、本当に偶然だよ。二回目の奇跡的な出会い、みたいな。あのバーにも、もう一度行きたいなーとか思ったり……ね?」

「……」


 いや、違うだろう。

 止めようとしていることに気づいているのなら、聞く前に殺すなり拘束するなりするはずだ。

 また、衛兵に追いかけられていることに不信感を抱いたとしても。

 ミクスにとって何も関係がないのに、強く聞いてくる理由が思い当たらなかった。


 すると、背中を叩かれて、


「にゃーんだ。あのバーに行こうとするとは、センスのあるやつだにゃー」


 豹変したかのように、元の笑顔を取り戻した。

 一体、なんだったのだろうか。

 疑問に思うが、今は説得をしなければいけない。

 どこに行くかも聞ければいいが、流石に高望みというものだろうか。


「また、これから誰か殺しにいくのか?」

「まね。まーた殺したくにゃっちゃった」

「相変わらずだね⋯⋯。ところで、次は誰を狙おうと?」

「そんにゃの、決めてる訳ないんだにゃ。私はその時ばったり会って、殺したいにゃーって思った相手を狙う。

一期一会の達人にゃんだからね!」

「⋯⋯それは本当に一回だね」


 笑えない冗談を言ってくる。

 しかし、ミクスの言っていることはウソだ。

 何気ない冗談のように振舞っているが、ウソがバレないように隠すためのものだろう。

 本人は気づいてないのかもしれないが、目は細くなり髪も若干逆立っているように見受けられる。

 その上、本人が犯罪者しか狙わないと言っていたのだ。

 人を殺したいだけなら、わざわざここへ足を運ぶ必要はない。


「それにしても、私が人を殺したくにゃるってよく分かったね? まだ二回目なのに、偉い!」

「まぁ、昨日の様子見てたらまた今日もかなって思ってさ。ミクスは、これからどこに行くのかな?」

「……にゃんで、そんにゃこと聞くの?」


 また雰囲気が変わった。

 圧に飲まれそうになったが、心を落ち着けてしっかり話す。


「さっきだって、ミクスが僕に聞いてきたじゃないか。ただの、世間話の一つだよ。それとも何か、話せない理由があるのかな?」


 これは賭けだ。

 少し詰めるような形で質問する。

 嫌な奴になっているような気がするが、今は気にしない。

 あくまで動揺していない(てい)を装うことで、答えない方がおかしいという流れを作る。

 我ながら、良い返しをできたと思う。


 なんにせよ、ミクスが行かなければ事件が起きようはないのだ。

 時間稼ぎという意味でも、ここに留めておくのが吉と見た。


「王都に用事があるにゃんよ」


 やはり、この先であの商人を殺すつもりだ。


「もし誰か殺すのなら、まずは僕に話してからーー」

「お前に言って、何になるのさ」

「っ……本当に死ぬべき人なのか、確認でもしようかなって……」


 思わずたじろいでしまう。

 無論、話したところでミクスの知ったところではないだろう。

 僕が止めろと言ったところで、止めるような間柄でもないし義理もない。

 それでも犯罪者を殺すという部分において、自分は完全に反対できないでいた。


「お前は、どっちの味方にゃん? 殺すのを否定するのかと思いきや、確認?」

「完全に否定じゃない、というか。でも人を殺すのは絶対ダメで……」

「……中途半端」

「なっ!?」

「もう行かなきゃだから、マスターによろしくねー」


 そう言って、ミクスは背を向ける。

 その姿はとても焦っているようで、急に話を切られてしまった。


「待って! まだ何も……」

「ラブオン!!」

 

 そう言うと、ミクスは逃げるようにして地面にヌルっと入っていく。

 影の中と言った方が正確だろうか。

 体が瞬時に影に溶け込み、恐らく中を移動して王都の中心に向かっていると思われた。

 ミクスはハッキリとは言わなかったが、やはり殺す気なのだろう。

 

 どうやって向かうのか、気になってはいたのだが。

 影に入れる魔法があるのなら、壁はあって無いようなものだ。


「中途半端か……それでも、僕はこの行動が正しいと信じているし、今はもう時間もない。

早く向こう側に行かなきゃ……」


 僕には、浅い考えを広めに展開してしまう昔からの癖があった。

 自分はあまり頭が良くない。

 考えすぎたところで、深く考えられはしないのだから。

 行動を第一にするべきなのだ。


「……ラブオン!!!」

 

 唱え方さえ分かっていれば、誰でもできるという訳ではないらしい。

 試しに叫んでみたが、何も効果は現れなかった。


「影に入る…か」


 思考を回転させる。

 このまま行っても、ただ衛兵に捕まって終わりだ。

 何か、何か入る方法はないだろうか。

 

「じゃあ、自分も影に入ればいいじゃないか!」




 門を潜るための場所には、未だに長い列ができており。

 先頭では迅速な対応がなされていた。

 ここを通りたい人は後を絶たない。

 故に、最後尾の位置が変わることはほとんどないのだ。

 この最後尾である作戦を実行する。


 狙ったタイミングが来たところで、僕は勢いよく飛び込んだ。


「ん? ……気のせいか」


 原始的にして最高の戦術。

 そう。商人の荷車に飛び込んだのだ。

 新しく列に並ぼうとしており、尚且つ別の方向を向いたタイミングの商人。

 その目を盗んで入るという、極めて新鮮味のない作戦である。

 ここは王都中心への道で、商人は頻繁に行き交いしているため、少し待てば理想的な状況ができると考えての作戦だった。


 荷は一種類の果物のみで、なかなかに狭いものだった。

 しかし、これだけの量があればバレることはないだろう。


「じゃあ次の方ー。ハレストを見せてください」


 商人はハレストを見せたのだろう。

 衛兵は「ありがとうございます」と言い、もう見せる必要はないと暗に示す。

 とりあえず第一関門は突破だ。あとは門を通り抜けたら急いで出てーー


「じゃあ荷物の(ほう)を、確認していきますねー」

「!?」


 この杜撰な入都審査で、荷車にあるものを確認するとは思わなかった。

 一方で今の自分のように、不法に入るものもいるのだと思うと。

 何も不思議ではなかった。


 商人は言うまでもなく、中に人が入っているとは思っていないため、躊躇いなしに見せようとする。

 見つからないことを祈るしかなかった。


 手が突っ込まれる。

 自分の周りを漁っているのだろう。

 周辺の果物が激しくどかされていた。

 ご丁寧に果物を全部どかして確認するようで、徐々に外の光が強くなってくる。

 あと数個なくなったらバレてしまう……


 自分の願いなど露知らず、衛兵は無情にも顔の前にある果物の壁を全て取り切ってしまった。


「あ」

「あ」


 目と目を通わせる僕と衛兵。

 先ほど庇ってくれた若い衛兵だった。

 顔を横に振り、手のひらのハレストを今回も見せる。


「衛兵さん、何かありましたか?」


 固まっている衛兵を見て不審に思ったのか、商人が尋ねてくる。


「いえ……」


 しばらくの沈黙が流れた後に、衛兵が口を開く。



 ーー「ここに人、いますけど」



 商人が知っているかの確認の意味も込めたのだろう。

 見逃してくれる気など、一切ないみたいだ。

 数瞬の後、咄嗟に荷車を降りる。


「え?え?」


 商人が驚くのも無理はない。

 知らぬうちに人が入っていたのだから。

 しかし目の前はもう門で、こんなところで捕まるわけにはいかなかった。


「ごめん兄さん。見つかっちゃったみたいだ。別々の方向に逃げよう」


 そう、商人に声をかけた。

 何が起こっているのか分からない商人は、その場で棒立ちする。

 何も言わなければ、衛兵の確認で商人は無関係だと思われただろう。

 しかし、僕が声をかけることで商人の方にも人員をさかざるを得なくなるはずだ。

 今日の自分は、特に悪知恵が冴えている気がした。

 

「両方捕えろ!」


 衛兵が動く前から、既に王都中心の一歩手前まで来ていた僕よりも。

 棒立ちしている商人の方を、先に衛兵は取り押さえようとする。


 人生の中で一番、罪深いことをしたかもしれない。

 自分でもなかなか酷いと思っている。

 心の中では申し訳ないと思うものの、もっと大惨事になる可能性がそこにあるのだ。

 それは自分に関係ないと言えば関係ない。

 しかし、助けられる可能性があるのなら、行くしかないのだ。

 ハレストを正式に賜ったことを知らせれば、すぐにでも商人は解放されるはず。

 だから、今は耐えてほしいと思う。




「もう、追いかけてこないな」


 なんとか一旦は撒いたようだ。

 仲間と思わしき人物を捕まえたため、満足したのかもしれない。

 あとで拷問し、居場所を吐かせれば良いのだから。


「ここが、王都の中心か……!」


 そこは、噴水が三つも付いている大きな広場だった。

 特に真ん中の噴水には、有名な人が手がけたであろう大きな彫刻が装飾されていた。

 子供達は走り回り、見たことのないおもちゃで遊んでいる者もいる。

 広場の周辺は店が立ち並び、数ある道の中でも王の城へと真っ直ぐに続く太い道路が目立っていた。

 商人たちが休憩しているのもちらほら見え、ここはみんなの広場といったところだろうか。


「こんなに人が多いんじゃ、隠れなくても魔法をかけられそうだけど……」


 衛兵に追われている身がたとえバレない可能性があったとしても、リスクが高い方を選ぶとは思えない。

 故に、当初の目的通り、隠れて詠唱しやすそうな場所を探すことにした。

 このだだっ広い広場の中で、どこにあの男の商人が行っても魔法が届く場所。となると、かなり的は縛られる。

 少なくとも、動きづらい建物の中ということはないだろう。

 ならば、思いつくところはただ一つ。

 商人が到着した後そこに向かえば、きっとミクスがいるはずだ。

 ただ、僕が近くにいればミクスはきっと警戒する。

 予定が狂わないよう、街中に溶け込み隠れて待つのだった。




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