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10/25 大人になった僕達へ



大人になって思う。何してんだろって。勉強もろくにしてこなかったから。何度勉強すればよかったって、思ったか。子供の時思った。大人って自由だな。ああ、大人になりたいな。


大人になって思う。子供の考えることは、所詮子供なんだって、自己実現欲求がどれだけあっても、この目に現実を突きつけられる。

大人になって思う。まだ、大人じゃないのかもしれないって。


大人になって思った。今勉強すればいいだろって、いつになったって、何歳になったって、遅くないって、そう思った。


大人になって、思った。子供の考えることは、下限がないって、だから、なんでもできるって思えるって、そう思った。


今、僕は大人なんだ。なんだってできるさ、時間が少ない?関係ない。学歴がない?関係ない。時間が少なくても、勉強はできる。学歴がなかろうと、仕事ができるかどうかは、また、別の話だ。


前置きは、この辺にして、本日もジャーナリングを行っていく。


その前に、今日の反省点。

睡眠よし。読書よし。英語よし。瞑想よし。食事………食べすぎだ。俗に、こういった日のことをチートデイというのかもしれないが、ジャーナリングが遅れてしまった。すまない。謝る必要は無いのかもしれないが、戒めとして、残しておきたい。


今日のタイトル「大人になった僕達へ」は、散歩中に思いついた。小説のタイトルにしようかと思ったが、生憎私は、そんな大それた小説は書けない。


大人になった僕達に何ができるだろうか。


今一度考えてみる。世の中を変える?じゃあ、どのようにして?何を変える?違う。変えるべきは自分だ。ジャーナリングを行って、1週間が経過した。


始める前よりも、SNSを見る時間が激変した。そして、記憶力の向上。これは、実感できるほど、生活に影響している。

また、自分自身と向き合う。一日の反省点や成果を振り返ることで、努力を実感できる。人生にとって、プラスだと実感できる。


ところで、最近の私の兆候について、書いておきたい。今まで、思ったことを口にする。ということが、理解できなかった。なぜ、考えて発言しない?相手のことを考えるべきでは?と、そう思っていたが、頭の良い人間ほど、相手の言葉に対する反応速度が速いそうだ。そのため、頭の良い人間ほど、考えるスピードが速いのではないかと推測する。私が頭がいいかどうか、判断し兼ねるため、ここに私の凡例は書けない。致し方無し。


そこで、ひとつの憶測なのだが、「思考=賢い」ということは、皆が承知のとおり、大前提だとは思うのだが、考えていなくても、ぼーっとするとは、また違うのだが、考えずに返事をしても、それなりに、相手に対する返事の速さは速いのではないか。といった点である。


たまたま、YouTubeを見ていて、思ったのだが、速読をする人間は本来なら聞こえるはずの頭の中の声が聞こえないという。それにより、速読を可能としているそうだ。そのことからも、頭の中で、声が聞こえなければ、反応速度が速くなり、「考えていない=賢い」となるのではないかという私のあくまでの予測だ。しかし人間は、誰しも心を無にすることはできない。誰だって、何かしら考えるものだ。


例えば、この文章を読んでいて、あなたは何を考えるだろうか。


つまらないな。読むのやめようかな。だったり、面白くない。だったり、何言ってんの。と思うかもしれない。


まあ、どちらにせよ。それが普通だ。当たり前なのだ。だが、もし心の声がなかったら?


あなたは何を思うだろうか?と聞かれても、「・・・」これだ。これなのだ。お分かりいただけただろうか?

そこにあるのは、無だけであり、無が存在している。

つまり、無は存在することが証明できる。

無心の存在証明とでも、言っておこうか。


私が何を言いたいのかといえば、もし無心になることができたなら、行動がワンテンポ速くなる。


例えば、


歩こうと思って、歩くを行動に移す。


歩くを行動に移す。


思う必要などどこにもないのだ。


思わなくていいのだ。


だが、思わないってつまり、思考停止じゃない?という意見もあるかもしれない。


それについて、反論していきたい。


思考停止とは、うーんと、考えている振りをしたり、えっと、と悩むことであり、記憶は定かではないが、人間の考える力を時間をかけても同じであり、30秒だけ考えても、一時間じっくり考えても、同じ結果になると言う。つまり、このことから、極論にはなってしまうが、考えなくても、「ひらめき」さえあれば、あなたは、最速の思考法を手に入れることができるのだ。


私も手に入れたいが、無の境地に辿り着くにはどうしたらいいのか。


無理は承知だが、願いが叶うのなら、仏陀に尋ねたい。


私は、明日は休みだが、休みこそ時間の使い方を考えるべきではないかと、考える。


週末をどう過ごすかで、人との差が生まれる。それは、紛れもない事実であり、差を埋めることは、難しいことこの上ないだろう。


願ったり、叶ったりだが、明日は時間がある。まあ、捉え方次第では、いつだって時間があるのだが、では、こう記そう。自由な時間があると、誰にも邪魔されずに、自分の好きなことを好きなだけ使える時間、あなただったら、どうするだろうか。私なら、自己研鑽に使いたいと、言いたいところだが、それは朝だけで、いいのかもしれない。


明日の朝、何時に起きるかは、わからないが、土日も自己研鑽を行いたいと考えている。だが、昼からは、気の許せる友人とどこかへ出かけたり、知らない土地へ行って、旅をしてみたり、たまには気分を変えて、家でゆっくり過ごしたりするのもいいだろう。

明日の私が、どれを選択するかは、わからないが、なぜなら、可能性には何万通りとあるからだ。何が起因となり、どんな結果、作用をもたらすのかは、私にも予想できない。それこそ、神のみぞ知るといったところだ。


さてさて、夜も更けてきたな。この静けさが好きだ。ACAねさんの言っていたずっと真夜中でいいのに。は、こういうことなのかもしれない。おっと、King Gnuについて、語るのを忘れていた。


ここからは、私のオタク談義だ。興味のある方は、読んでいただきたい。


私が、King Gnuを知ったのは、player_Xという曲からだ。その時は、バンド名など知らず、白日という曲から、彼らの凄さを知ることとなった。私は、数ある名曲の中から、三文小説という曲を推したい。もちろん、私が小説好きということもあるのだが、まるで誰かの人生を物語っているかのようであり、聞いていて、心が浄化される。King Gnuは、私にとって、心の励みになり、時にギアを上げてくれる。そのような存在だと認識している。


本日は、以上だ。良い夢を。




以上の文章はジャーナリングであり、偏見に塗れていることに、御留意いただきたい。

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