進路
三ヶ月が経った
私は変わった
身体が変わった
腕に筋肉がついた
足が太くなった
反射神経が研ぎ澄まされた
狩人の訓練は過酷だった
毎日走らされた
石畳の道を
闇の中を
息が切れるまで
鉈の振り方を叩き込まれた
上段
中段
下段
横薙ぎ
突き
何千回と振った
門番との実戦も経験した
最初は一体で精一杯だった
今は三体同時でも捌ける
統率者にも認められた
仲間もできた
集落の人間は最初よそよそしかったが
私が門番を倒すたびに態度が変わった
今では名前で呼ばれる
鳥居
ただの鳥居
それが私の名前だ
でも私は忘れていなかった
螺旋塔のことを
元の世界に戻る門のことを
毎晩、建物の隙間から塔を見上げた
遥か上方まで続く螺旋
その頂上に何があるのか
誰も知らない
誰も辿り着いていない
十二人が挑んで
十二人が消えた
私は十三人目になる
その決意は固まっていた
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ある夜
狩人が私の建物を訪ねてきた
『起きてるか』
『ああ』
『外に来い。話がある』
私は鉈を腰に差して外に出た
狩人が歩き出す
集落の外れ
螺旋塔がよく見える場所
『お前、そろそろ行くつもりだろう』
隠しても無駄だった
『ああ。明日、出発する』
『そうか』
狩人が塔を見上げる
『止めねぇ。止めても無駄だろうからな』
『止めないのか』
『止める権利がねぇ。お前の人生だ。お前が決めろ。俺にできるのは送り出すことだけだ』
狩人が懐から何かを取り出す
小さな瓶だ
中に液体が入っている
赤い液体
『これを持っていけ』
『何だ』
『燃料だ。目の液体。これを飲むと一時的に力が増す。視界も広がる。見えないものが見えるようになる。ただし副作用がある。飲みすぎると自分が何者か分からなくなる。記憶が溶ける。だから最後の手段だ。本当にやばい時だけ使え』
私は瓶を受け取る
ポケットにしまう
『ありがとう』
『礼はいらねぇって言ってるだろ』
狩人が私を見る
『お前に一つ教えてないことがある』
『何だ』
『塔に挑んで消えた十二人。そのうちの一人は俺の相棒だった』
狩人の目が遠くを見ている
『名前は覚えてねぇ。でも顔は覚えてる。俺より先にこの世界に来てた。俺に色々教えてくれた。門番の倒し方。生き延び方。全部あいつから学んだ』
『その人が塔に挑んだのか』
『ああ。五年前だ。俺は止めた。でもあいつは聞かなかった。元の世界にやり残したことがあるって言ってた。何かは教えてくれなかった。そして登っていった。戻ってこなかった』
狩人が私の肩を掴む
『お前に頼みがある』
『何だ』
『もしあいつに会ったら伝えてくれ。狩人は元気だって。まだ生きてるって。それだけでいい』
私は頷く
『分かった。伝える』
『嘘でもいい。その言葉が聞けただけで十分だ』
狩人が手を離す
『行け。夜明け前に出ろ。統率者には俺から言っておく。止めようとするだろうからな』
『狩人』
『なんだ』
『アンタに会えてよかった』
狩人が笑う
初めて見る笑顔だ
『俺もだ。鳥居。生きて戻ってこい。無理なら、せめて最後まで目を開けてろ。それがお前の選んだ道だ』
私は背を向ける
歩き出す
振り返らない
狩人の視線を背中に感じながら
集落を後にする
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螺旋塔の根元に立つ
見上げる
果てしない
どこまで続いているのか分からない
階段が螺旋状に上へ上へと伸びている
幅は一メートルほど
手すりはない
落ちたら終わりだ
私は一歩目を踏み出す
石の階段
冷たい
硬い
二歩目
三歩目
登り始める
最初は何も起きなかった
ただ階段が続くだけ
百段
二百段
三百段
足が重くなってくる
息が上がる
でも止まらない
止まったら終わりだ
五百段を超えたあたりで
空気が変わった
重くなった
身体が沈む感覚
何かが私を押し下げようとしている
塔が私を拒んでいる
構わない
登る
千段を超えた
景色が変わった
下を見る
集落が小さく見える
豆粒のようだ
周囲の闇が濃くなっている
螺旋塔だけが光っている
私だけがここにいる
孤独だ
でも怖くない
私はずっと孤独だった
元の世界でも
会社でも
誰とも本当には繋がれなかった
目を逸らしていたから
人の顔を見なかったから
今は違う
目を開けている
全部見ている
だから登れる
二千段
三千段
足が悲鳴を上げている
太腿が痙攣している
でも止まらない
ふいに
階段の先に影が見えた
人影だ
座り込んでいる
近づく
男だ
背中を壁にもたれかけている
目を閉じている
動かない
死んでいる
服装を見る
ボロボロだが
元は登山用のジャケットだったようだ
狩人の相棒か
違う
この男はもっと最近だ
服がまだ新しい
集落にいた誰かだろう
十二人のうちの一人
ここで力尽きたのか
私は男の横を通り過ぎる
目を逸らさない
見る
死んだ男の顔を
安らかではない
苦悶の表情だ
最後まで登ろうとしていた
でも届かなかった
私は違う
私は届く
届かなければならない
登る
四千段
五千段
身体が限界だ
足が動かない
膝をつく
這うように登る
一段
また一段
階段が終わらない
永遠に続くのか
いや
終わりはある
見える
上に
光が見える
あと少し
あと少しだ
六千段
七千段
もう数えられない
意識が朦朧としている
でも目は開けている
閉じない
閉じたら終わりだ
最後の力を振り絞る
這い上がる
そして
階段が終わった
平らな場所に出た
円形の広場だ
直径は十メートルほど
中央に
門がある
石でできた門
その向こうに光がある
眩しい光だ
元の世界の光か
立ち上がろうとする
足が言うことを聞かない
這って進む
門に向かって
あと五メートル
あと三メートル
あと一メートル
手を伸ばす
門に触れようとする
その時
声が聞こえた
後ろからだ
振り返る
女が立っていた
長い髪
白い服
顔は見えない
逆光で
『ここまで来たんだね』
女の声だ
穏やかな声
でも冷たい
『お前は誰だ』
『門番よ。この門を守っている。十二人を止めた。十三人目のあなたも止める』
女が近づいてくる
顔が見えてくる
若い
二十代か
でも目が違う
目が青い
瓶の中の目玉と同じ青さだ
『通してくれ』
『通せない。ここを通った者はいない。通してはいけない。それが私の役目』
女が手を上げる
その手から触手が伸びる
無数の触手
先端に目玉がついている
青い目玉
門番だ
こいつも門番だ
でも今まで見たどの門番とも違う
人間の形を保っている
意識も保っている
私は鉈を抜く
立ち上がる
足が震えている
でも立てる
まだ戦える
『お前も元は人間だったのか』
『そうよ。私も審判を通った。使う側になった。でも門に魅せられた。登った。ここに来た。そして門番になった』
『なぜ門番になった』
『通れなかったから。門は私を拒んだ。私の目は重すぎた。見すぎたのよ。この世界で。元の世界で。全部見た。だから通れなかった。重すぎて』
女が笑う
悲しい笑いだ
『あなたも通れない。通れた者はいない。諦めなさい。ここで私と一緒に門番になりなさい。永遠にここを守るの。悪くないわよ。孤独だけど、意味がある』
私は鉈を構える
『断る』
女の表情が消える
『そう。なら死になさい』
触手が襲ってくる




