合流
集落の中は思ったより活気があった
石造りの建物が二十ほど並んでいる
その間を人が行き交う
男も女もいる
若いのも年寄りもいる
全員がどこか疲弊した顔をしているが
目だけは生きている
私を見ている
値踏みするように
品定めするように
『新入りか』
声をかけられた
振り返る
女だ
四十代くらい
髪は短い
軍人のような刈り上げ
顔に大きな傷がある
左目から顎にかけて
でも両目ともしっかり開いている
鋭い目だ
『狩人が連れてきた』
門番の一人が報告する
女が頷く
『そうか。久しぶりだな、審判を通ったやつは』
女が私の前に立つ
背は私より低い
でも威圧感がある
『名前は』
『鳥居』
『鳥居か。私はリーダーをやってる。呼び名は統率者だ。本名は忘れた。ここじゃ皆そうだ』
統率者
この集落をまとめている人間か
『お前、何を見てきた』
また同じ質問だ
狩人にも聞かれた
審判でも問われた
『自分を見た。逃げてきた自分を。目を逸らしてきた自分を』
統率者が目を細める
『それで、どうした』
『逃げないと決めた。見ると決めた』
統率者が黙る
私を見ている
目の奥まで覗き込むように
『合格だ』
統率者が背を向ける
『ついて来い。お前の寝床を案内する。それから仕事を教える。ここでは全員が働く。例外はない』
私は統率者の後をついていく
集落の中を歩く
すれ違う人々が私を見る
敵意はない
でも歓迎もない
ただ観察している
新入りがどれだけ使えるか
どれだけ生き延びるか
それを見ている
『お前、元の世界で何をしてた』
統率者が前を向いたまま聞く
『会社員だ』
『会社員か。多いな、そういうの。ここにいる半分は元会社員だ。残りは学生とか主婦とか。色々だ』
『統率者は何だったんだ』
統率者が足を止める
振り返る
傷のある顔が松明の光に照らされる
『軍人だ。自衛官。十五年やった。海外派遣も経験した。そこで色々見た。見たくないものを山ほど見た』
統率者が歩き出す
『ある日、部下が死んだ。私の判断ミスで。作戦中に待ち伏せされた。私は生き残って、部下は死んだ。三人。全員私より若かった』
狩人と同じだ
誰かを救えなかった人間
誰かを死なせた人間
『それからおかしくなった。眠れない。食えない。酒に逃げた。薬にも逃げた。最後は拳銃を口に咥えた。引き金を引いた。気づいたら砂漠にいた』
統率者が立ち止まる
小さな建物の前だ
『ここがお前の寝床だ。中に毛布がある。水もある。食料は配給制だ。朝と夜、広場に来い』
統率者が扉を開ける
中は狭い
四畳半くらいか
石の床に毛布が敷いてある
それだけだ
『質問はあるか』
『ある。この世界から出る方法はあるのか』
統率者が黙る
長い沈黙
『あると言うやつもいる。螺旋塔の頂上に門があると。でも誰も辿り着いたことはない。登ったやつは全員消えた。戻ってこなかった』
『挑戦したやつは何人いる』
『私が知ってる限りで十二人。全員優秀だった。審判を通って、門番を何体も倒して、生き延びてきた連中だ。でも塔には勝てなかった』
統率者が私を見る
『お前も考えてるんだろう。元の世界に戻ることを』
否定しない
考えている
ずっと考えている
『やめておけ。ここで生きろ。ここで仲間と一緒に生きろ。それが一番確実だ。塔に挑んで死ぬより、ここで生きる方がずっといい』
統率者が背を向ける
『明日から仕事だ。今日は休め。狩人が色々教えてくれるだろう。あいつはああ見えて面倒見がいい』
統率者が去っていく
私は建物の中に入る
毛布の上に座る
冷たい
硬い
でも屋根がある
壁がある
砂漠を歩いていた三日間に比べたら天国だ
目を閉じる
いや
目を閉じない
閉じたら終わりだ
第一条
目を閉じる者は闇に還る
私は目を開けたまま横になる
天井を見る
石の天井
ひび割れている
その隙間から微かに光が漏れている
螺旋塔の光だろうか
あの塔の頂上に門がある
元の世界に戻れる門
本当にあるのか
あるとして
私は戻りたいのか
元の世界
会社
会議室
怒鳴り声
病室
葬式
屋上
あの世界に戻って何をする
また逃げるのか
また目を逸らすのか
分からない
分からないが
このまま終わりたくない
それだけは確かだ
足音が聞こえる
扉が開く
狩人だ
『寝てないな。いいことだ』
狩人が入ってくる
手に何か持っている
布に包まれた何か
『これをやる。餞別だ』
布を開く
鉈だ
狩人のものより小ぶりだが
しっかりした作りだ
『俺が最初に使ってた鉈だ。もう使わねぇから。お前にやる』
私は鉈を受け取る
重い
でも手に馴染む
『ありがとう』
『礼はいらねぇ。その鉈で生き延びろ。それが礼だ』
狩人が腰を下ろす
私の隣に
『統率者に会ったか』
『ああ。厳しい人だな』
『厳しいが公平だ。えこひいきしねぇ。だから皆ついてくる。俺もそうだ』
狩人が天井を見上げる
『お前、塔に挑むつもりだろう』
否定しない
『分かるさ。お前の目を見りゃ。諦めてねぇ目だ。戻りたいと思ってる目だ』
『狩人は挑まないのか』
『挑まねぇ。俺にはその資格がねぇ。俺は人を殺した。救うはずだった人間を殺した。そんな俺が元の世界に戻ってどうする。また同じことを繰り返すだけだ』
狩人が立ち上がる
『でもお前は違うかもしれねぇ。お前は逃げただけだ。殺してねぇ。誰も傷つけてねぇ。だから戻れる。戻って、やり直せる。そう思いてぇ』
狩人が扉に向かう
『明日から訓練だ。門番の倒し方。この世界の生き延び方。全部教えてやる。塔に挑むにしても、まず強くなれ。弱いやつは何もできねぇ』
扉が閉まる
狩人の足音が遠ざかる
私は鉈を見る
刃が光っている
松明の光を反射している
明日から訓練だ
強くなる
生き延びる
そして
いつか
塔に挑む
私は鉈を握りしめた
目を開けたまま
夜が明けるのを待った




